探偵のいらない事件⑥
8年前。
わたしは自動車との接触事故に合い、あろうことかそのまま逃げられた。
田舎の狭い道を猛スピードで走り抜ける車が、わたしの上半身や頭を強く打った。
死んだ。
と思った。
何がひどいって、うずくまるわたしをもう1度はねたのだ。
トドメを刺されたのだ。
たぶん、1度はねただけだと中途半端に生き残られて、逮捕されたら殺した場合より高額な賠償金を払う必要がある。犯人はそれがイヤだったのだろう。
だったらいっそ殺してしまえと思って2度目はわざとはね、トドメを刺しにきたということに違いない。
でも、わたしは生き残った。
そして、うすれゆく意識の中で必死に目を開き、ひき逃げ犯が乗った車のナンバーを確認して記憶に刻んだのだ。
一命をとりとめ、意識の回復したわたしは入院中でもできるだけ警察に証言し、協力した。
わたしはナンバーを覚えていたし、かなり強くタイヤ痕が残っているらしく、すぐに特定できると豪語してくれていた。
その時の警察は、そう豪語するほど自信家で、そして尊大だった。
警察は、意識を取り戻したばかりで治療中のわたしにも常に高圧的だった。
質問も高圧的、わたしの答えに対してうなずきもしない。
疑うことが頭のいい人間の特徴と言わんばかりに、わたしの証言まで疑うように聞いた。
あまりの態度にブチ切れてもよかったが、ブチ切れたら最後、捜査をしてくれないと思い、当時のわたしは怒りを抑えた。
でもよく考えたら、被害者が切れたところで捜査の手を抜くなんて、そんないい加減なことはさすがにしないと思う。でも、当時のわたしにそう思わせてしまうほどにはいい加減な態度と振る舞いと捜査だった。信用に値しなかった。
ある意味で予感は当たる。
捜査が行き詰まると、あろうことかナンバーを間違って覚えたことにされてしまった。捜査をかく乱したとまで言われてしまった。
……結局、わたしを2回もはねた上に逃げた犯人は今も見つかっていない。
もうきっと遠くに逃げたのかもしれない。もともと恐らくこの村を名古屋への裏道として使っていただけなのだろう。事故が判明した時はすでにどこへいたのやら。
そして、あの事故で耳を打って耳殻を傷つけたわたしは聴力が落ちた。
髪で隠してるけど、軽く欠損してる。
耳鳴りもやまない。
最初は両耳の聴力がなんとなく落ちただけだったんだけど、年月が経つにつれどんどん弱っていったらしく……、とうとう右耳はほとんど聴こえなくなってしまった。
右耳の難聴。
もちろん、左耳は機能しているので生活にはちょっと不便だけど生きることが難しい程ではない。
というか、ふしぎなもので、右耳が聴こえなくなっても、しばらくは気づかずにすごしていたようだ。
でも、やっぱり片耳の難聴により失ったものは大きくて……。
確かに、今でもちょっと警察は苦手だ。あんまり信用できない。
でも、それが警察に頼りたくない理由ってわけでもない。
「……別に、自分たちの力で犯人捕まえたかっただけだよ」
本当だ。
「いい? アナタは確かにかわいそうな目にあったけど、そんな事例はごく一部の警察官によるごく一部のケースにすぎない。もっと大局を見ないと。損するわよ」
「わーかってるって」
「それに、片耳が聴こえなくなったのも、警察のせいじゃない。事故のせい」
「わーってる、わかってる」
実は耳だけじゃなくて鼻も悪くなった。
感覚器官がボロボロだ。
あ、でも犯人見つかったら損害賠償とか請求できるのかな。だったらマジで警察どうにかしろよ。
普通はナンバーとタイヤ痕と市街地での監視カメラでどうにでもなるだろう。
車両すら特定できない監視カメラってなんだよ。
アレ、マジでイライラしてきた。
「本当に警察が悪くないとわかってるというのなら、なおさら、アナタが自分で解決したい理由がわからないわね」
「……探偵でしょ? 当ててみなよ」
「わからん奴ね。そういうことの動機もまた、無限よ」
「わざと言ってみただけ」
「はいはい。やっぱりアナタの、いや人間の考えはわかんないや。さ、お昼、食べましょう」
「わかったよ」
もうお前は食べてただろって言おうかと思ったけど、わたしを想っての切り出しっぽいし、言わない。
ほら、この程度の発言の動機ぐらいなら理解できる。
今の大川の言葉は感情に重きを置いて合理的ではない。
だけど論理的だ。論理があるから読める。
大川は探偵として、動機から犯人を推理することを諦めているっぽいけど、それ以前に人の心の機敏を読むことから諦めてるっぽい。
それって本当に探偵として、人間として正しいのかな?
そんなこと考えて、お昼は終わる。
続く
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