探偵のいらない事件③


「今回の事件、全てが、ひと気の少ない市街化調整区域でおこなわれている!」


 バシーン!

 開かれたページは飛島村の簡易マップで、今回の事件が起こった現場のところにはバツ印と日付、そして被害者の名前が書かれていた。

 確かに全部、市街化調整区域だ。そのことはニュースでも確認していて、現場の住所が間違いでないこともわかる。

 うん。で?


↑↑ここまで前回の分↑↑

――――――――――――――――――――

↓↓ここから今回の分↓↓


「普通じゃない? 事件なんて人目がつかない場所でおこるもんでしょ。まさに市街化調整区域はそんな感じじゃん。そんな迫力満点で過剰演出されても、内容が追いついてないよ?」


「ハイ、ダメ。答えを焦るのは愚か者の行為よ。これがとても大切なことなの」


 再び大川はページをめくった。

 そこに書かれいたのは一件目に起こった事件の詳細だった。


 二週間前の日付と、被害者である2年生の平島 ほてるさんの詳細プロフィールに顔写真、家族構成やら友人関係に加え部活記録や学業成績まで載っていて、さらに事件当時のことまで書いてある。メモ用に空白部分まである仕様。

 きっとこんな感じで今までも事件を解決するのに利用してきたのかもしれない。


「すごい調べっぷりね。やっぱり興味あるんじゃ?」

「この程度、興味なくても要領よけりゃ調べられるレベルよ」


「あ、そう。でも意外。大川さん程の名探偵でもメモとかするんだ」

「あいにく、そこまで記憶力にそこまでの自信はないの。

 アナタも、別にわ。思い出せなかったら、またこれを見返せばいいのよ」


 そう言った大川さんが指をさしたのは一件目の事件当時の欄。


「飛島村○○○○郷○○にて、刺殺死体として見つかる。

 目撃者なし。監視カメラに映る場所でもない。しかし、興奮状態にあったためか、犯人のモノと思われる毛髪は落ちていた。


 ……証拠となるならコレね。血痕の量と抜け落ちた毛髪から考えて、まず現場はここで間違いないと言えるわ。よって事件当日、部活を終え市街地で友人たちと簡単な買い物や食べ歩きをし、友人と別れ、一人で帰っているところを自宅のある市街化調整区域で襲われたものと思われるわね……」


「ほお……。あ、その一人になったいきさつは正しいのかな? 予想?」

「報道されてる。私もソフト部の子に聞いてみたけど、ほとんど同じ証言だったわ」


「要はところを刺されたのは紛れもない事実か。

 怖かっただろうね。許せないな」

「そうね。

 ちなみに人間関係での問題は特にないわ。


 活発でケンカはするけど恨まれることはない。クラスの子と仲もよく、部活動のソフトボールも仲間たちと共に一生懸命。


 あ、幼なじみの子も同じ部活動だったわ。当日も市街地で一緒に遊んでいたみたい。進路については特に悩んでおらず、行ける大学にとりあえず行くつもりらしいわ」


「本当に普通の子ね。普通の高校2年生ね。だから許せないし、だから興奮したんでしょうね、犯人の変態は」

「そうね。でも、断定は危険よ。

 次。5日前の中六 ニコさん。3年生」


 ページがめくられる。現れたのは、クラスは違えど同学年で、知っている顔はつらい。


「飛島村△△△△郷△△にて、絞殺死体として見つかる。

 暴れた様子はあり。


 ……しかも絞められた時に犯人の手を引っ掻いたんでしょうね。

 犯人のものと思われる皮膚や血が爪の間から見つかったわ。これは結構な犯人の失態ね。いや、中六さんが精一杯頑張ったのかしら。


 人間関係は、おしとやかな人柄でみんなから頼りにされる存在だった。彼女はいつもおっとり笑顔で、まわりの笑顔も絶えなかった」


「彼女に殺される理由なんてない!」

「おさえて。当日は、部活を引退して以降は日課になっている職員室前での居残り受験勉強をしてから帰ったそうよ」


「もう受験勉強してたのか……。しっかりしてるな~」

「名古屋で働く父親にあこがれてプログラマになりたかったそうよ。

 どうも、大学に行く前からある程度の資格が欲しかったらしく、受験勉強だけでなくそっち方面の勉強もしてたみたい」


「いまどき、明確な目標あるってのがすごいよ。だけど、それが原因で帰りが遅くなり殺されてしまった。それはちょっと残酷すぎるなあ……」

「ただ、当日は、どうも下校時間はいつもより早いぐらいだったみたい。

 いつもは先生が帰るよう促すまで粘ってるんだけど、その日は気づいたらいなくなっていた」


「まあ、いつもより帰りが早かろうが何だろうが、犯行しやすい時間には変わらなかったんだろうね……」

「その通り。早いといっても午後8時はまわっていて、夏といえども十分暗かったはず」


「なんで殺し方を変えたんだろう」

「突発的な犯行だったか、関連性を疑われたくないからか、単にこちらを混乱させたいからか、本当に無関係なのか……。

 正直、考えてもキリがない問題ね。

 なぜなら、どちらも近接的な攻撃であることには変わりなく、どっちの殺し方でも殺せたに決まってるのだから」


「そうなんだろうね。犯人のそばで、犯人によって直接殺されたという結果に変わりはない」


 ……でも、その中六さんの死体は目が出そうなほどまぶたは開いていてアゴも外れて、それは悲惨なものだったらしい。それは、同じ結果だと言えるのか。


「さ、次ね。昨日殺された1年生の鎌倉さん。飛島村××××郷××にて撲殺死体として発見される。

 報道によると、どうも争った形跡があるから、例にならってここが現場なんでしょうね。その日の行動含め、まだ調べてはいないけど」


「でもお通夜いかないんでしょ」

「迷惑かけてまで探偵をする気になれないの。調査は放課中にすますわ」


「そんな、迷惑って……。みんな事件を解決してもらいたがってるよ? ちょっとでも大川さんが本気だして解決を早めれば被害者だって減るかもしれないのに」


「……そういえば、そんな話から始まったわね。何度も言うけど、この事件に探偵は必要ないのよ。今までの情報を整理しましょう。最初に、私が言ったことを思い出して」


「ひと気のない市街化調整区域で襲われた……?」

「そうね。それはつまり衆人環視での犯行が密室に分類されるのなら、逆のひと気のない場所というのは何もトリックの必要がないということよ。


 さらに言うと、現場には犯人のものと思われる血液や毛髪まで残っている。現場に監視カメラはないけど、現場がバラバラということは、確実に犯人は市街地を通っていて、そこで監視カメラに映っている」


 ガサツな犯行だ。まるで現行犯で捕まりさえしなければ問題ないとでもいうような。


「こういう誰でもできる犯行は誰でも容疑者になりがちなのだけど、今回のように色々証拠になるものも出ているなら、やっぱりが最適で、むしろそれ以外に方法はないと言ってもいいわ」


 探偵の必要のない事件。だから警察に任せよう。

 正論だ。でも、わたしはそれじゃダメなんだ。

 だって警察が犯人をわかったなら、すぐに捕まえちゃう。

 それは防がねば。

 こうなりゃムキだ。


「大川さん! いや、エイミーさん! それでもなんとか犯人見つける方法考えてよ! ホラ、例えばその……、警察のこない絶海の孤島にでもいるつもりになってさ! 名探偵が必要でしょ!? 必要なら解決しちゃうのがエイミーさんでしょ!?」


 もちろん、いくら村とはいえ孤島にしては広すぎることぐらいわかってる。

 自己暗示でどうにかなる問題じゃない。

 わかってるけど、アホなぐらいが奮い立つかも知れない。かまってくれるかもしれない。

 せめて話だけでも続けさせないと、本当に終わっちゃう。

 でも、わたしがこうして必死になっても、いや必死になればなるほど、大川は眉をつり上げ呆れるように言う。


「いくら小さな村と言っても、孤島というには広すぎるわ。人には向き不向きがあるの。ごめんなさいね」


 あまりにも分かり切っている言葉、それでいて呆れ切った口調。


 ……でもだけど、その時の大川は一瞬だけ、力の抜けた悲しそうな顔をした。


 わたしはそれを見逃さない。見逃せない。見逃せるならもっと楽に生きてこれた。




続く

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