探偵のいらない事件②


 ナーバスなわたしを気にかけたのか声をかけてきたこの男は、福岡 渚。

 同級生の大親友だ。そして、


「べ、別に、人気者に対抗するひ、必要はないぜ……! オ、オレはその、お前の地味っぽい感じのとこ、なんかすごい、どうしようもないくらい好きだ。汚したい……!」


 わたしに堂々と欲情する唯一の男だ。

 

↑↑ここまで前回の分↑↑

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↓↓ここから今回の分↓↓


「う、うん」


 うなずく。

 あまりにストレートな発言に、ストレートにキモイと思ってしまう。

 このわたしが、圧倒されてまともに発言できないなどほとんどないことだ。


「うっひょー! その反応たまらん! じゅる……、じゅぼ……、じょぼぼ……」


 こいつが犯人か?

 だって女子高生を無差別で殺人するなんて変態だろ。

 こいつ変態じゃん。犯人でしょ。どっちにしろ予備軍だろ。


「おっほ! おっほ! おっほっほ!」

「ううう……」


 興奮して前髪を触ってくる福岡の対応に困っていると、チャイムが鳴り、みんなが散り散りに席へ着きはじめる。福岡も残念そうに去る。助かった。

 みんな、いつも以上に空気を読んでさっさと席につく。

 そして予想通りの、いや、予定通りの神妙な面持ちで先生が入ってくる。

 我がクラスの担任にして、社会科、主に歴史担当の樫村先生だ。27歳の落ち着きあるババアだ。


「皆さんに悲しいお知らせがあります」


 そして誰もが予想できることを話し出した。


「昨夜、1年生の鎌倉さんが殺されているのが見つかりました」

「……」


 みんな知ってるから反応は薄い。


「それに関してですね、お通夜は今日の津島市の……」


 通夜か。通夜な~。全然親しくない子だから行っても迷惑かもしれんけど、やっぱ探偵としては行っとくべきか。いやいや、悲しむ遺族の前でずけずけと事件や遺体の様子は調べられんよなぁ。しかも自称の女子高生名探偵だし。不謹慎すぎるか。


「先生ぇ~!」


 周知しておくべき連絡事項を説明中の先生に、それを遮らせてまで気になることがあるのか、竹ノ内さんが大きな声を発した。


「学校ゎ~、休みにならないんですかぁ~?」


 間抜けな声だが、確かに大事なことだ。

 その証拠に、みんなが気になっていたことなのだろう。人が死んだ神妙さとはかけ離れた騒がしさが生まれた。

 これだけ一つの村で固まった殺人事件が起こっている。

 それも狙われたのは女子高生だけど、共通の知り合い同士というわけではないようだから、つまり女子高生というくくり以外は無差別って感じだ。

 それはつまり、今こうして学校に来ている女子がみんな狙われる可能性があるということ。

 手っ取り早い対策として学校を休みにするのもアリかと思うが……、


「申し訳ありません。休みにはなりませんでした」


 空間を冷やすように、たまったもんじゃない宣言がなされる。


「確かに、休みにすることが安全につながるという意見で学校側も進めるつもりでしたが、犯人の目星がついておらず、いつまで休校にすればいいのかの判断が見当もつかないということ、そして犯行が夜、誰もいない道を、一人で歩いていた場合、という状況でしか起こっておらず、コチラ側と警察が注意していれば犯行は起こりにくい可能性が高いということ、そしてもうすぐ夏休みという関係で、それまでガマンしてください、とのことでした」


 どんな判断だ。そういうもんなのか? 制度的に。

 あ、わかった! きっとどっかの圧力とかなのだ! とすぐに疑うわたしは陰謀論者?

 例えば、捜査に行き詰った警察が、あと一人被害者が出れば逮捕できる、って考えて、こうやって学校に圧力をかけている可能性がないわけではない!

 恐ろしい話だ。


「ちぇ~」


 と引き下がる竹ノ内さん。おいおい、いいのか? 戦えよ! わたしは面倒だからイヤだけどさ。


「とにかく、しっかりと気をつけていれば、防げるはずです。みなさん、一人にならないようにしましょう」


 先生はありきたりな檄を飛ばし、HRを終え、そのまま授業に入る。

 早くもこの異常事態になれつつあるのか、いつもと何ら変わりない授業だった。

 そして放課(休み時間の方言)になる。

 まっさきにわたしは大川の席へ駆け寄る。

 邪魔な虫けら共はいない。

 放課は気のいい友人とすごす。大川は憧れだけど友人じゃあないのだ。群集女子にとって。

 そんなことはどうでもいい。


「ねえねえ~、大川さ~ん、事件の話、しましょうよ~」


 一瞬だけ面食らった様子だが、すぐに顔を縛って整える。


「……、アナタの行動目的がまるでわからないわ」

「そんなこと言わないで~。あ、そうだ。大川さんは、鎌倉さんのお通夜に行くの?」

「行かない」


 冷たい宣言。


「え? でも、事件の様子とか聞かないの?」

「……、あのね。根本的に勘違いしているようだから言うわ。私、この事件を積極的に解決するつもりは毛頭もないのよ」

「え!? なんで~?」


 大川は肺の空気を絞りつくすような「はぁあ~……あああ」という溜息をついて、


「今朝の会話、聞いてなかったの? あのね、この事件に探偵は必要ないのよ」

「? 必要ない?」

「……、わかった。事件の整理をしましょう」


 大川はノートを取り出した。表紙には「探偵ファイル」と書いてある。こんなん付けているのか。さすが名探偵だ。


「放課(休憩時間の方言)の間に終わらせるわよ。じゃあ、まず事件となったこの村は? 特徴と共に答えよ」

「えーと、市町村別の財政力ランキングで堂々の一位であり、わたしたちの誇りである飛島村」


 と、わたしは促されるままに答える。


「そう、日本で一番裕福とまで言われているわ。そんな飛島村の地理的な特徴は?」

「名古屋と海に近い」

「内部における『地理的特徴』は?」

「……おおまかに4割が市街化調整区域、3割が工業地域、残りが市街地にわけられる」

          ________ ______ ______

          │ 市街化調整区域 │ 工業地域 │  市街地  │

          ──────── ────── ──────  

「そう。まずこの『工業地域』ね。

 三菱重工がロケット作ってたり、三菱モーターズが車作ってたり、中電が火力発電してたり、他にもトヨタやら川崎重工やら、東海鋼材やら色んな企業の事業所が700近くあって、昼間も1万人以上がこの村に押し寄せる。

 これは村の人口が3~4倍になるということよ」


 飛島村にはたくさんの企業があって、それら全てがこの村にも税金を納めている。

 それが財政力ランキングで一位となる理由の1つだ。

 しかしなんだこれ。小3の社会科の授業かな? これがどう事件に関わるんだろう。


「じゃあ、こんどこの村の4割を占める『市街化調整区域』はいったいどんな地域?」

「市街化させられない地域でしょ?

 都市計画法によって指定された、自然環境等を守るために開発や建築が制限されている区域、だっけ?

 まあ、飛島が指定されてるのは海抜ゼロメートルで水害が起こりやすいからってのもあるんだろうけど」

「そうね。

 市街化調整区域は新しい建築物を容易に建てられないの。土地が余っていても。

 そして実際、これだけの企業が参入していながら、のどかな田舎を維持しているのはこのシステムのおかげだわ。

 人口も高度経済成長からずっと4500人を維持してる。そのおかげで村民は税収の旨味もハンパないわ」


 旨味言うなよ。はしたないぞ名探偵、なんて思いながら、色々思い出して自分の顔もニヤついていることに気づく。

 そんなタイミングで大川と目が合ってしまった。


「ど、どうも……」

「なによ」

「あっ! そ、それで市街地は、建築の規制がされてない地域。

 ……まだまだ田舎だけど車はよく通ってて、飲食店もあるし、わたしみたいな家に帰りたくない若い子が時間をつぶす程度のことはできるっていう、

あるていど発展した地域、って感じだよね~」


 話を変えるために、それまでの話で流れがつかめていたわたしは、先に自分で説明してやった。


「あ、あと、夜の市街地は日中に工業地域で働いてる人とかもたくさん買い物とかしてるかな~。飛島村のほとんどにお店が建てられない分、市街地に固まってるからね」


 市街地は村の人間と工業地域へ働きにきた都会の人間が一堂に会す場所ということだ。

 村からすればそんな彼らはよそ者ということになるが、かといって争いがあるように見えない。

 住宅は規制するくせに、やっぱりなんだか不思議だ。


「そうね。こんな感じで飛島村は、人のいる工業地域と市街地、そして急激に人影のなくなる市街化調整区域で構成されている」


 大川は探偵ファイルのページをつまみ、めくりながら、


「そして」


 続ける。


「今回の事件、全てが、ひと気の少ない市街化調整区域でおこなわれている!」


 バシーン!

 開かれたページは飛島村の簡易マップで、今回の事件が起こった現場のところにはバツ印と日付、そして被害者の名前が書かれていた。

 確かに全部、市街化調整区域だ。そのことはニュースでも確認していて、現場の住所が間違いでないこともわかる。

 うん。で?




続く

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