女子高生冥探偵と魂の契約

生生

第一部

一章 探偵のいらない事件

探偵のいらない事件①


 凡人の癖に平凡な青春をおくれない。というわけで女子高生名探偵ルルムと名乗ることに決めた。

 強烈に不謹慎なことを言ってしまえば、それがゴールへの近道であり、今がそのチャンスだからだ。

 凡人なりに、悪人から恐怖される対象になればいいと思っている。

 人気がほしい。大人気の自称女子高生名探偵になりたい。ならなければならない。

 

 手っ取り早く人気を得る要素と言ったらまずは外見だけど、そんなわたしの肉体は、ピッチピチの18歳にして身長は1メートル55センチ、バストは90センチという、コンプレックスまみれの下劣で哀切極まりないものに仕上がっている。

 これじゃ期待通りの人気は得られない。


 しかしわたしは名探偵。その外見が涙誘うという話にはあまり意味はない。

 所詮、外見は手っ取り早く人気を得るための第一印象。

 切り替えて、より大事な内面を分析しよう。


 欠点がある。欠けている点。それは余裕だ。心に余裕がない。

 ピッチピチで先が長いからかな、将来が不安で仕方ない。絶望だ。

 将来に絶望するぐらい、バカで愚かなのがわたしの中身。性能。経験。

 何もやってないのに、もう終わってる。


 ……これまでわたしは人生をあまりにもムダに生きてきた。

 って言うと老人みたいだけど、まだ子供。

 まだまだ子供だって自覚はしてるから、大人の言う事が普通に怖い。超深刻。


 若者は夢をみない、とグチグチ言うのが大人たちだけど、社会は厳しい、と脅すのも大人たちだ。

 社会が厳しいのに、夢をみるなんて賭けができるか。

 まっとうに生きている大人は子供の頃からそのために一心不乱に努力してきた人たちらしい。

 色々な世界の色々な人が、幼い頃からの経験を生かしていることによって活躍し、世界を動かしていのだろう。


 じゃあ、何の才能もなく、幼い頃からムダなことばっかりしてきたわたしのような人間には一体どんな人生が待っているのだろうか。

 それとも、この悩みすらおこがましいのだろうか。甘え?


 わたしだって夢をみないわけじゃない。理想がないわけじゃない。でも、何かを目指したことがない。

 どうせ自分のようなザコには何もできないのだ。苦しいの嫌い。痛いの大っ嫌い。


 ……今日も朝っぱらから、教室のすみっこで一人だ。夏の脚光が無能を照らす。

 何でわたしは生きているんだろう。

 

 で! そんなわたしが、何でよりによって自称名探偵なんていう、さらなるムダなことをやっているのかというと……。

 おっと、きたきた。

 いったん舌打ちしとくか。

 チッ!


「ああ! エイミーさん! エイミーさんが来たわ!」

「あーん! エイミーさん! エイミーさんよ! おはよう!」

「おはよう! おはよう!」

「やっぱり今日もかわいい!」


 あああああああ! チッ! チッ!

 舌打ち止まんねえ。

 うぜえなぁ。

 この、わたしを余所に行われる、いたいけな群集女子の押し合いへし合い。

 あ、群集女子っていうのはリア充妬みすぎて頭おかしくなったわたしが勝手に脳内で名付けた蔑称ね。

 そんな群集女子に囲まれた少女が中心で発するのは、


「おはよう」


 なんて最低限に文化的な4文字の挨拶。


「やーん!」


 たったそれだけで同性の群集女子を昇天させてみせる彼女は、

なんと絶賛売り出し中の、の女子高生名探偵エイミー・ウォーカー、本名「大川 歩美おおかわ あゆみ」だ。

 人気者だ。ああいう風になりたい。

 有名推理小説家の「大川 憲」を父親を持ち、それを遥かに凌ぐ推理力でこれまで現実に起こった数々の難事件を解決に導いてきた、現代の名探偵。


 ここ、愛知県飛島村の誇り。

 清楚でかわいくて、髪はサラサラで、おっぱいデカくて、頭もいいんだからそりゃ人気でるわ。

 人気すぎて、ムダに空気の読める男子共は声をかけられないでいる。

 そうそう、わたしが自称女子高生名探偵なんてやってるはね、……あの子のマネだよ!


 ああ、でも、本当の本当の原因はもう1つあって……、


「エイミーさぁん、聞いたー? また被害者が出たってー……。怖いよー!」


 やっぱり出るよね、この話題。

 大川は朝の準備を手際よく進めながら、朝からぶっそうな話をもちかける女子たちに落ち着き払ってこう返す。


「……そうね。悲しいことね。とても残念だわ。でも、今回の事件は特にトリックもないし、私たちにできることなんて何にもないの。とにかく自分の安全に気を配って、警察による犯人逮捕を待ちましょう」

「うむむー! ほんっと、警察って使えないー! エイミーさんに警察の持ってる情報渡してエイミーさんの通りに動けば一発で事件解決なのに~!」

「そんなこともないわよ。それに警察にも威信ってものがあるし」

「威信威信ってほんっとバッカみたい! よけいな事件ふやして!」


 言いたい放題だ。でも、彼女たちだっていつ被害者になるかわからない。当事者なのだ。仕方のないことなのかもしれない。

 そうそう、これこそがもう自称女子高生名探偵誕生のもう1つの原因。


 飛島村女子高生無差別連続殺人事件。


 この愛知県飛島村ではここ二週間で、昨日殺された子を含めれば3人もの女子高生が殺されている。それも、みんなこの村出身の子で、この村で殺されてる。


 あ、でも「飛島村女子高生無差別連続殺人事件」なんて名前はネットでの通称。

 実際、殺し方は撲殺、絞殺、刺殺と様々で、そこに関連性はない。

 ひょっとしたらケンカとかの果てにうっかり殺しちゃったとかもあるのかもしれない。

 だから2人目まではそんなに騒がれてなかったけど、昨日の3人目でネットでは朝から少しだけ騒がれている。いよいよ連続殺人事件説が現実味をおびてきたっぽい。

 怖い怖い。


 でも、わたしにとってこの事件は大チャンス。

 なんか、あんな感じで名探偵はやる気ないし、警察ももたついてる。

 絶対に、絶対に、警察よりも先に犯人を捜したい。

 そのために女子高生名探偵を自称したんだ。

 よし、手始めに探偵がどこまで知ってるのかさぐってやろう。

 ついでに、ギリギリまで犯人捜査を協力してもらおうか。

 正直、捜査ってどっから手をつければいいかわからないしね。


 わたしは席を立って、人ごみかきわけて大川のいるところへ向かう。


「うげっ!」

「なんだよっ!」

「はうう……」


 群集の女子共がきったない声をあげているが気にしない気にしない。

 バン! と大川の机に手をついてにらみを効かす。


「おい名探偵、なんか事件解決してみろよ」

「……。はぁ……」

「溜息はやめろ!」

「相変わらず……、くだらない絡み方をするのね」

「ふん!」

「なんかアナタ最近、女子高生名探偵を名乗ってるらしいわね。それも私へのあてつけかしら。生憎、恨みを買われるような覚えはないから謝る言葉は見つからないし、同情もできないわ。それに私、けっこう人気あるのよ? アナタの行為って、単にこの学校に敵を作ってるだけじゃないかしら」


 そのとおり。すっかり敵だらけ。


「そうだそうだ!」

「失せな!」


 そして勢いをます群集女子共。


「チビ! ブス!」


 と、ちょっとひどいこと言うのは竹ノ内 和香さん。クラスの中心的な位置にいる女子だ。

 確かにスラッとしたスタイルに整った顔立ちだが、今わたしの図体を攻める必要なくないすか。

 仕方ない。


「あ、竹ノ内さん、すみません。今、わたし大川さんに用があるんで、ちょっと静かにしてもらっていいすか。ほんと、申し訳ないっす」


 ちょっとマジで竹ノ内さんは怖いので、ケンカは売らず穏便にすませようとする。


「ああ!? スカしてんなよ?」


 竹ノ内さん、腕を振り上げる。

 うーむ。失敗。そしてあきらめかけたタイミングで飛んできた声は、


「や、やめてぇ!」


 張り詰めた少女の叫び。

 竹ノ内さんの動きが止まる。助かった。


「……はうう。サナちゃん……、やめなよお……」


 でも……、


「あ! サナちゃんじゃねえ! 今のわたしはルルムだ! 自称女子高生名探偵、ルルム!」


 と名前の訂正に怒らざるをえない。ここは譲れない。

 助かったけど。

 そうそう。この女の子の名前は上乃 空うえの そら

 幼なじみだ。


「ううう……、だってサナちゃんの方がかわいいよぉ。それに、ルルムとか意味わかんないしぃ……」


 相変わらずわたしのことをサナちゃんと呼びたいらしい。

 まあ、小さい頃からずっとサナちゃんだから、いきなり呼び方をルルムに切り替えるのはつらいんだろうけど。

 しっかしコイツはコイツで幼なじみの風上にも置けん。

 朝一でわたしに構わず、群集女子にまじって大川にかけつけていた。

 普通、幼なじみっていうのはそういうのにも惑わされずに、一途についてきてくれるんじゃないのか!?

 ミーハーめ。幼なじみ失格だ。


「と、とにかく、みんな困ってるよ? ね? 事件の話はさ、もうちょっと落ち着いてからでいいじゃない? ね?」


 と、なだめようと必死。

 ひょっとして、このグループの空の役割はわたしをなだめることで、わたしが引き下がらないと空になんかひどい仕打ちがまってる?

 心なしか、わたしを睨むべき竹ノ内さんの目が、空にも向けられているように感じる。

 空は食いしん坊だけどちんまい感じの女の子で、竹ノ内さんには敵いそうもない。リア充たちの微妙な上下関係も大変だ。


「……わかったよ」


 引き下がる。

 これだからバカな女はいやだ。

 猿山の大将はどんなに偉くなっても猿だぞ。

 と、負け惜しみにも似た言葉を心で吐きつけて、静か~に席につく。


「よう! ルルム! 元気だな!」


 ナーバスなわたしを気にかけたのか声をかけてきたこの男は、福岡 渚。

 同級生の大親友だ。そして、


「べ、別に、人気者に対抗するひ、必要はないぜ……! オ、オレはその、お前の地味っぽい感じのとこ、なんかすごい、どうしようもないくらい好きだ。汚したい……!」


 わたしに堂々と欲情する唯一の男だ。




続く

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