エピローグ

エピローグ 焼け野が原 にて




「で、僕がいないのにお風呂に入ったわけだ」

「だって、新しいシャンプーを早く使いたかったんだもの」

「無計画な入浴はやめようよ。もし僕の帰りが遅くなったらすぐに身体拭けないんだよ? 何時間も狭いところに閉じ込められることになるんだよ?」

「あら、帰ってきてくれたじゃない。結果オーライよ」

「そうだけどさぁ……」


 湯気の立ち上る浴室で、ため息をつきながらバスタオルで背中を撫でる。

 あーもー風邪引いても知らないからね。

 今日雪降ってるんだよ?


「はいできた」


 文句を押し込んでバスタオルを広げ、シノの身体を包む。


「ありがとう」


 ずっと背を見せていたシノが振り向く。


「綺麗になりましたか」

「ええ。完璧」

「そう」


 こうして僕は、本日も滞りなく任務を終えたのだった。

 急いで帰ってきて正解だった。

 もしそこいらをほっつき歩いていたら、シノはずっと浴室から出られなかっただろう。


 ひと一人がようやく入れる小さな場所に閉じ込めておくのは、ちょっといただけない。

 狭い浴室には小型の浴槽とシャワーが取り付けられている。

 浴槽はシノですら脚を曲げなければ入れない、窮屈なサイズだ。

 なので現在、僕はドアのフレームを跨ぐかたちで浴室のシノと会話していた。

 浴室のドアは開け放たれており、次々と冷気が湯気に混じっていく。


「ねぇユイ」


 中腰で作業していた状態から真っ直ぐ立ち上がる。

 すると風呂用イスに座っていたシノが僕の腕を掴んだ。


「ん?」


 無言のまま、じっと見つめられる。

 数秒後、掴まれた腕はゆっくり引き寄せられ、タオル越しに脇腹を触らされた。


 ええと、あの、意図がつかめないのですが……。


「気づくことはないかしら?」

「き、気づく?」

「ほら、ここ」


 柔らかい腹に、手のひらが沈み込むほど押し当てられる。


「お腹痛いの?」

「ちーがーうっ!」

「ごめん、怒られる理由が思い当たらないんだけど……」


 低反発クッションみたいで気持ちいいが、揉むのはアウトだろう。

 あ、顔を埋めたら楽しいかもしれない。

 やらないけど。


「ユイのにぶちん」

「申し訳ございません」

「にーぶーちーん! ユイのせいなんだからね」

「え? 僕の?」

「そうよ。ユイのせいで、私、私……」


 どこがどうなってしまったのだろうか。しょんぼりと背を丸めて、シノは俯く。

 掴まれていた腕からも力が抜け、感触の堪能は終わった。

 残念。もう少し触れていたかったなぁ。


「あの……そのね……」


 口ごもりながら足をもじもじさせる。

 あの、その、とためらい続けたシノはある瞬間、急に立ち上がった。


「ふ、ふ、太ったのよ!」


 超至近距離での告白に、どうリアクションするべきか迷う。

 そうか、太ったのか。

 気がつかなかった。ごめん。


「ええと……もともと痩せすぎだったし今くらいの方が具合がいいんじゃないかな。僕は気にしないよ?」

「私が気にするの! 絶対絶対ユイのせいよ! ユイと一緒にいるとついたくさん食べ過ぎちゃうんだもの。怒られないし、取り上げられないから油断しちゃったじゃない! スカートのホックがきついだなんて今世紀始まって以来の一大事だわ! 最低よ……ユイのせいなんだから……。ユイが美味しそうに食べるのが悪いのよ……」

「ごめんって。でもシノの料理美味しいしさ。他意はないんだけど……」


 シノを太らせるために毎食すべて平らげているわけではない。

 今にも泣きそうな表情に変わったシノは力なく風呂用イスに座り、頭を抱えた。


「ユイの馬鹿……」


 そう言えば女の子は体重で一喜一憂する生き物だった。

 もやしとしては体重増加は喜ばしい限りなのだがシノは違うようだ。


「すみませんって」


 改めてバスタオルから伸びた太ももを見る。

 夏には脚全体が木の棒を彷彿ほうふつとさせる恐ろしい細さだった。

 だが、今昔をよくよく比べてみると、不安になる細さではなくなっている、気がする。

 今でも十分細いが、少しふっくらしたというか、曲線を描いているというか……。

 うーん。


 自己申告があったのだからどこかしら変化しているのだろう。

 下手に評価すると地雷を踏み抜いてしまいそうだ。

 ここは話しを合わせるしかない。


「こんなこと、今まで一度もなかったのに……うぅ」

「幸せ太りならむしろ喜ぶべきじゃない?」


 僕の言葉に素早く頭が上がる。


「喜ばない! 太ったら幸せもパーよ! 私はちっとも幸せになれないの!」


 本気で目尻に涙を浮かべるシノを「お、落ち着いて」と宥めた。

 冬は太りやすいらしいが、実害がこんな身近なところに出るとは考えもしなかった。


「ユイはもやしのままなのに……どうして私ばっかり……」


 本当にね。

 こっちは逆にそれで悩みそうだよ。


「ウォーキング、は寒いか。室内で筋トレしたら少しは変わるかもよ?」

「そうね……」


 項垂れたシノが「栄養全部まとめて胸にいかないかしら……」と零したのを聞き逃さなかった。気にしてたんだ。


「あのー、僕あっちで着替えてくるからシノも服着ない? 風邪引くよ?」


 玄関付近にカバンとコートを投げ捨てて、浴室に直行している。

 外行きの格好をしているのでさっさと部屋着になりたい。


「ええ。ドア、閉めておいてね。覗き見したらただじゃおかないわよ」

「見ないって。絶対見ないから」


 段差を下り、ドアに手をかける。


「待ってます」


 浴室のドアを閉め、バスタオルを巻いただけのシノの姿は見えなくなった。

 浴室は台所に直結しており、そこから引き戸を隔てて洋室が続いている。

 閉めて、と頼まれたのはこの引き戸だ。

 放置していたカバンとコートを回収し、僕は洋室へ入った。


 六畳ほどの部屋が、現在の僕たちの生活スペースである。

 中央にはカーペットが敷かれ、その上にちゃぶ台が乗っている。

 壁際にはベッドが一台あり、向かい側にウッドシェルフが並ぶ。

 一応クローゼットはあるが、シノの好みだったらしく、シェルフの購入を決めた。

 小物類や書籍、観葉植物が整然と収まる、インテリアとしてなかなか秀逸な家具だ。シェルフがあるだけでボロアパートが小奇麗に見える。


 コートをクローゼットのハンガーに掛けていると、浴室の方から物音がした。

 シノが着替え中らしい。

 競い合うように、僕もカーディガンのボタンを外した。



 あれからもう、四ヶ月が経過しようとしている。

 季節は盛夏から真冬へと変わり、先日新年を迎えた。

 宮脇家で火災が発生したあの日。

 僕はシノに荷物をまとめさせ、すぐに離れから逃がした。


 真っ先に疑われるのは僕だ。

 だが、もしシノの痕跡が残っていれば疑いの目はそちらに向く。

 大人たちは血眼になって彼女を探すに違いない。


 シノのものは全て持たせて、裏口で短く別れを惜しんだ。

 この時、フライパンや煮込み用の鍋までボストンバッグに入れ始めて仰天させられる。

 なんと家出の際、調理器具一式を持ち出していたらしい。

 あの十五キロの重みの原因はこれだったのだ。


 こうしてシノを逃がして間もなく、本宅は炎に飲み込まれた。

 近隣住民が呼んだ消防車が集まった頃には時すでに遅し。

 もうもうと天を染める炎は本宅を全焼させた。


 大勢のやじ馬と消防隊員たちで現場は一時騒然とする。

 全焼はしたものの、住人は旅行中で怪我人はなし。

 唯一敷地内にいた僕は当然疑われはしたが、後日無罪が確定した。


 出火元はご子息様の子供部屋だった。

 可愛がられていたハムスターがケージから逃げ出し、コードを噛み切って漏電。

 火花が夏休みの宿題に飛び散り、火災は発生した。


 鍵は一つ残らず施錠されている。

 かんぬき錠の壊れた裏口からも、僕以外の指紋は検出されなかった。

 火災の混乱に乗じてあらかじめ指紋をふき取り、触っておいたのだ。

 消火活動で枯山水も荒らされ、痕跡は消されている。

 謎の連続火災は、今回も事件性なしで終結した。


 しかし、家を失った宮脇のおじさんたちの怒りは終結しない。

 まもなく彼らは市内のマンションに避難することとなった。

 不平不満を携え、仮の住まいとした広い一室で生活を再開させる。


「お前が火をつけたんだろう!」


 警察官や消防士の目のつかないところで、おじさんは僕を殴った。

 血走った眼で僕を睨み、殴り続けた。


 マンションには行かない。

 もう放っておいてください。

 離れに一人で残るから。


 殴られる合間に提案するも、世間体を気にしたおじさんに、僕も無理やりマンションへ連れていかれた。


 まるで金魚のフンだった。

 毛布一枚を渡され、廊下での生活を強いられたのだ。

 部屋に入ることも禁じられ、トイレや風呂の使用も制限された。

 食事も数日おきにしか与えられず、小遣いも打ち切られた。

 その上、所持金も巻き上げられる。


 毎日毎日、身体中に血が滲むまで折檻せっかんされ、約ひと月。

 夏休みが終わった二学期の初めに、僕はマンションから追い出された。


 言い渡された当初は浮浪者生活を覚悟したが、幸いにも世間体に助けられる。

 児童相談所にでも目をつけられたのだろう。

 施設に戻すのはおじさんの面目が潰れる。

 なら、金だけ渡して余所で暮らさせよう。

 宮脇家の人々の狡猾こうかつな計画は、金魚のフンを自由にする。


 僕は一人で、宇臣うおみ高校近くのボロアパートへ引っ越すことになったのだ。

 二学期早々、顔面を腫れ上がらせて登校したのが功を奏したのかもしれない。


 おじさんの話では家賃は払ってもらえるらしい。

 だが月々の生活費は以前の金額から激減していた。

 安いカップラーメンを一日に一個すするのがやっとの額だ。


 人間的な生活がしたい。

 せめて、シノが来る前の生活に戻りたい。

 飢えた僕は、コンビニのアルバイトを見つけ働き始めた。


 一日二食、カップ麺が食べられるようになった十月の日曜。

 僕は汽車に飛び乗り、シノを迎えにいく。


「きっとまた逢えるって、信じていたわ」


 涙を流して笑うシノは痣だらけだった。

 放課後、清明せいめい高校の校門前で僕たちは再会を果たす。

 シノは父親の元へ戻り、二人で暮らしていたのだと言った。

 飲んだくれの父親から暴力を受けながらも、迎えを待っていてくれた。


 それから間もなく家出してきたシノと、二人だけの生活が幕を開ける。

 僕の劣悪な生活状況を知った彼女は、境港さかいみなと市内の料理店でアルバイトを始めてくれた。食費や諸々の生活費は増えたが、収入も上がり、暮らしに余裕が出る。


 部屋にも家具が増え、賑やかになった。

 台所から芳しい匂いがするようにもなった。


 今日だってほら、コンロ上の鍋からの美味しそうな匂いが室内に充満している。

 夕食が楽しみだ。


「雪、積もってるかな」


 着替え終えた僕はカーテンを少し開いて外を見る。

 帰宅時と変わらず闇の中で白色がちらついていた。

 アルバイト先の店長の話では、今日は気温が氷点下まで下がるらしい。

 午後八時に仕事を終えた時点でかなり冷え込んでいたから、覚悟しなければ。


「ユイ。入っても大丈夫?」

「いーよー」


 振り返ってカーテンから離れる。

 同時にドアが開き、ニットワンピースを纏ったシノが洋室へ入ってきた。


「髪を乾かしたらすぐに夕食にするから。お腹、空いてるでしょう?」

「うん。お腹と背中がくっつきそうだよ。今日は何?」

「今日はビーフシチューよ。長く煮込んだから楽しみにしていて」

「へぇ。期待しておくよ」


 シノはふんわりと微笑んで、シェルフに収納されていたドライヤーを取り出す。

 タップにコンセントを繋ぐと、ベッドに腰掛け髪を乾かし始めた。


 今日は洋食が食べたいな。

 朝伝えた言葉は完全な形で叶えられた。

 和食が続いたので、今日はあらかじめリクエストしておいたのだ。

 三が日はずっとおせちと雑煮のお正月仕様。

 結果として和食ばかりの献立となった。


 もちろんおせちも美味しかったので、不満はない。

 しかし、僕は欲張りなので他のものも味わいたくなったりするのである。


 一月一日。

 ちゃぶ台に重箱が乗った時は首をかしげたが、中身を見て感嘆させられた。


 甘く煮たつやつやの黒豆。

 ふわふわの伊達巻に、鷹の爪が入ったピリ辛の田作り。

 味の滲みた昆布巻き。

 えびの旨煮に色合いの美しい煮しめ。

 あとは、赤貝の煮物。


 重箱に詰められたそれらに舌鼓を打っていると、すぐに中身はなくなった。

 おせちを食べるのも初めて。

 こんな風に誰かと一緒に正月を過ごすのも初めて。

 初めて尽くしの穏やかな一月に、心から感謝している。


「ありがとう、シノ」


 ドライヤーの音に掻き消された台詞は、シノの背中に吸い込まれた。



*****



 ちゃぶ台に、二人分の食器が並ぶ。

 最後にシノはスプーンとフォークを持ってきて、僕に渡した。


「説明させてもらえるかしら」

「よろしく」


 すでに用意万端の状態で、ちゃぶ台前に座っていた僕は説明を待つ。

 向かい合う位置でシノも正座し、視線が交わった。


「今日のビーフシチューはね、市販の固形ルーを使わずに作ったの。お肉が柔らかくなるように、長い時間煮込んだから味も浸み込んでいると思うわ」

「煮込み料理って大変だよね。この前のおでんも結構時間かかってなかった?」

「美味しいものはみんな、手間がかかるのよ。ユイが喜んでくれるから大変だとは感じないわ。手間を惜しんだら、負け。面倒くさがったら終わりよ」

「いつもいつも手間暇かけていただきありがとうございます」

「どういたしまして」


 ビーフシチューの他はバゲットとサラダの盛り合わせだ。

 ちょっとだけ知識がついたので、これくらいは分かる。


「それじゃあ、いただきます」


 手を合わせて、シノといただきますを輪唱する。


 ビーフシチューにはごろごろと具材が入っていた。

 角切りの牛肉と丸いジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、ブロッコリー。

 かゆいところに手が届く最適な具の種類だと思う。

 にんじんの赤とブロッコリーの緑があるので彩りも豊かだ。


 まずはスプーンで主役の牛肉をすくい、口へ運ぶ。

 口元まで持っていくと、お手製ルーの香りが鼻孔をくすぐる。

 頬張れば、僕を芳醇な香りがシャボン玉のように包み込んだ。

 軽く噛めば、肉はほろほろと崩れていく。

 絹糸のような繊維にはしっかり味が滲みこんでおり、すぐに解けて散り散りになる。

 煮込んで柔らかくなった肉は、ルーにより溶け込んで味わい深く変化した。

 長い時間を費やしたビーフシチューは、一口目から大成功だ。


「美味しいよ。レトルトとはまるで違うね。ルーは濃密で、肉は柔らかくてさ、美味しいとしか言えないよ、これ」

「分かるようになったのね」


 僕が感想を述べると、シノははにかむ。

 こうして静かで満たされた時の中、二人での食事が始まる。

 スプーンと皿の奏でる音が増え、ようやく賑やかになるのだ。


 ペースを揃えつつ、夕食は進む。

 黙々と食べ続けていると、ある時シノが僕に尋ねた。


「宇臣高校の三学期はいつから始まるのかしら」

「ん? あー、来週の月曜からだよ」

「もう冬休みが終わってしまうのね。残念だわ」

「だね」

「来週からはお弁当も作らなきゃ」

「うん。……あっ! あの時のつくね、もう一度食べたいなぁ。ほら、しゃきしゃきしたあれ!」

「れんこん入りつくね?」

「そうそうそれそれ。あのおかず、好きかも」

「そう。それなら入れてあげる」

「やった。楽しみにしてるよ」


 僕にも好き嫌いができた。

 好きなものはシノの作ってくれた料理。

 嫌いなものは出来合いの総菜や赤の他人が作った料理だ。

 明確なそれらの線引きは当分揺るぎそうにない。


「ねぇ」

「んー?」


 シノはバゲットを千切りながら、問いかけてくる。


「お風呂が狭くておんぼろのこのアパートに、一つだけ利点があるって、知ってるかしら」

「利点? うーん……」


 ほくほくのジャガイモを頬張りながら考えるが、答えに辿り着けない。


「降参。わからないや」

「正解は、近所に大型スーパーがあるところ、よ」

「あぁ、あそこね」


 歩いていける距離に、巨大な駐車場を持つスーパーがある。

 シノの報告によれば、値段も安く、品質もまずまずでお気に入りなのだそうだ。

 買い物はいつもそこで済ませている。


「ユイが急にリクエストしてもすぐに対応できるわよ? 食べたいものはない?」

「うーんと……そうだなぁ。グラタン、ロールキャベツ、魚のホイル焼き……。肉じゃがも捨てがたいなぁ」

「まさか、一度にすべて食べる気なの?」


 欲求の限りに羅列したため、若干視線が冷ややかだ。


「いや? 今後の献立の参考にしていただければ幸いです、ぐらいだよ」

「あらそう。最近作っていなかったし、明日の夕食はグラタンにしようかしら」

「チーズ多めでね」

「ええ。もやしが大根になるくらい入れてあげる」

「うわ、ひっどい例え」


 僕がおどけると、シノはいたずらっ子みたいに笑った。

 僕の杖は相変わらず辛辣だ。

 でも、そんな言葉ですら受け入れられるほど、無くてはならない存在となっている。


 僕の世界に君臨する神様はシノだけ。

 僕の生きる理由はシノだけ。


 シノの手料理を美味しく食べるのが僕の使命であり、全てだ。

 彼女にとっても僕がかけがえのない人だったら、と祈っている。


 あの日から夢遊病も起きなくなった。

 意識が飛ぶこともない。


 絶対これから上手くいく。


 何もかもが順風満帆に進むのだ。

 シノさえいてくれたら、僕はどんな獣道でも歩んでいける。


 貶されて蔑まれて、殴られても辛くない。

 未来がどうなるかはまだ不透明だけれど、必ずシノが隣にいてくれる。

 だから、大丈夫だ。


 二人だけの食卓に浸って、ただ手を動かし咀嚼を繰り返した。

 焼かれたバゲットもビーフシチューもサラダも、美味しくて止まらない。


 ああ、幸せだ。

 こんな幸せを僕が享受しても許されるのだろうか。

 皿の上を平らげたあと、僕はシノを見つめる。


 ありがとう。

 本当に本当に、ありがとう、シノ。

 僕は君に救われたんだよ。


「ごちそうさま」


 たったそれだけの言葉で、ほころびたシノの頬に朱の花が咲いた。

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焼心アディクション 景崎 周 @0obkbko0

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