タフェフィリア 4-2
三日後の午後。
葬儀ホールは人で埋まっていた。
僕は同じクラスの同級生だから、と強制的に葬儀に参列させられた。
だが、どうも現実味がなく、夢の中にいるのではないかとすら思える。
これは悪い夢だ。
シュンが死んで僕が生きているだなんて、阿呆らしい。
何度も腕や頬をつねるが、夢は終わらなかった。
あれから三日。
時間の経過により、さらに詳細な殺害時の状況が報道された。
祖父母夫婦の遺体は、激しく損傷しており四肢は焼けた状態で別の部屋から見つかる。
母親は腹を裂かれ、台所に内臓が飛び散っていた。
子供部屋で見つかったシュンの遺体は顔面を抉られていた。
あまりにも惨い。
想像だけで吐き気がする。
亡骸を見なければ信じないと思っていたが、顔の潰れたシュンは見たくない。
結局、異常な損壊を加えられた四人の亡骸を見ることはなかった。
僕たちが見たのは既に骨壺に収められた彼らの姿。
人の形ではない、白い骨になった四人だった。
祭壇は白色や黄色の大輪の菊で飾られ、所々に桃色のユリが散りばめられている。
花で囲まれた祭壇の中央には、四人の家族が笑顔でこちらを見ていた。
一番右端にいるシュンは白い歯を見せ、いつもと変わらない笑顔のままだ。
お経を聞きながら焼香のために席を立つ。
会場の磨かれた床にはイスが置かれ、参列者がずらりと座っている。
涙を浮かべる人や、眠そうな学生、一点を見つめ続ける親族たち。
僕もその中に混じっているのだと考えると、やはり場違いで夢のようだった。
イスの合間を縫って焼香台の前に進み、改めてシュン一家を見上げる。
禿げ上がり、白髪が側頭部に残るだけの祖父。
目尻にしわを寄せてお淑やかに微笑む祖母。
化粧気のない顔にショートヘアの母。
そして、にかっと笑ってみせるシュン。
みんな、死んでしまったのだ。
焼香を済ませて席へ戻ると、僕は一人思惑する。
彼らは神の元へと行けただろうか。
懐かしい嫌悪感と同時に、心地良いお経のリズムに合わせて祈った。
どうか、神の御許へ誘われますように。
救済の日が訪れますように。
安らかにあちら側へ導かれますように。
あの日から何一つ変わっていない自分を呪いながら、ただ祈る。
出来ることはもう、これ位しかないから。
死者は蘇らない。
どんなに神に祈ろうが、復活はありえない。
死は終焉であり、行き止まりである。
人生の終着駅に到着してしまえば、もう元には戻れないのだ。
人生は片道切符で一方通行でしかない。
ああ、こんなこと痛いくらいに知っているのに。
それなのに、ふらっと帰ってこないだろうかと考えてしまう。
人とはいつだって矮小で惨めで醜い。
僕も例外ではなく、ちっぽけで醜い人間だ。
さようならの一言を躊躇ってここに居る。
シノさえいてくれれば満たされるはずなのに。
ただの同級生の死ごときでここまで動揺してしまった。
情けないなぁ。どうしてこんなに感傷に襲われるんだよ。
たった四ヶ月時間を共有した、ただの他人の死にどうしてこんなに――
「くそ、みっともないな」
音にせず、唇を動かす。
シュンが少し構ってくれたからって勘違いするなよ、ユイ。
ルカもそうだ。
僕は普通じゃない。
真性の異常者だ。
みんなが僕の本性を知ったら見下して軽蔑して
同級生は赤の他人でしかない。
僕は彼らとは違う。
僕を見てくれるのは、シノだけ。僕の世界に君臨するのは、シノだけ。
他を望むな。おこがましい。
俯いたまま唇を噛んで耐えた。その間に参列者の焼香が終わり、お経がやむ。
僕を置いて、滞りなく式は進んだ。
あっけないものだ。
ホールから出て最初に思った。
荘厳で威厳のある葬儀も、一歩二階の葬儀ホールを出てしまえば、キナ臭さが漂う。どうせマニュアルに沿っただけの儀式だったのだと感じてしまったのだ。
ぞろぞろと列をなす学生服の集団に混じり、一階ロビーへ降りる。
モノクロの人々でごった返すロビーには、誰かの派手な嗚咽が響き渡っていた。
「どうしてぇぇ! しゅーたあぁぁあぁあぁん!」
しゃくりあげながら少女の声が「しゅーたん」を繰り返す。
誰よりも喪失を受け入れられない少女の嘆きに、僕は吸い寄せられた。
入り口付近の壁際。
友人や式場の人に肩を抱かれて、ルカが泣き喚いている。
遠巻きに姿を眺めながら、彼女の惨めな姿を目に焼き付けていた。
次第に耳が嗚咽で侵されて汚染される。
どんな風に声をかけるべきか、考えつかない。
近づいたとして、どう接すれば傷つけないか分からないのだ。
「結婚してくれるっていったのにぃぃ!!」
「お嫁さんにしてくれるって約束したのにぃぃぃ!!」
「何でぇ? しゅーたん悪いこと一つもしてないのにぃ!!」
「殺してやる! 絶対に絶対に犯人殺してやるぅ!!」
悪意を撒き散らしてまた、声を上げて泣く。
舌足らずな作った声を忘れ、どす黒い淀んだ低音で、ルカは何度も何度も「殺してやるぅ!」と叫んだ。
僕は彼女を慰める術を持たない。そっとしておこう。
静かに通り過ぎようとしたその時だった。
一歩踏み出して、目を逸らそうとした瞬間。
涙で顔をどろどろにしたルカと、視線が交錯してしまった。
交わる視線に足は止まり、じっとルカに釘付けになる。
一秒、二秒、三秒。
充血して真っ赤になった大きな目が僕を捉え、離さない。
同時にこぼれ落ち続けていた涙が止まった。
「――何で?」
表情を失ったルカはそう零し、僕にゆっくり近づく。
「ねぇ。何で?」
友人たちの制止を振り切り少しずつこちらへ。
僕は金縛りにあったように動けない。
まるで針と糸で縫いとめられてしまったように、指先すら動かせなかった。
「ねぇ、何で?」
目の据わったルカはすぐそこまで迫る。
「ねえ」
目の前数センチで足を止め、ルカは目を剥いた。
「何であんたが生きてるの?」
「……え?」
「おかしいよね? しゅーたんが死んで、あんたが生きてるの、おかしいよね? みんなから必要とされてたしゅーたんが死んであんたが生きてるの、おかしいよねっ!? あんたが死ねばよかったんだ!! いらないもののくせに!!」
身体が凍って動かない。
ルカの
「ゴミのくせに! ちょっとは役に立てよ!! 私のしゅーたんを返せ! どうせのたれ死ぬんだからしゅーたんの代わりに死ね!!」
胸ぐらを掴まれる。が、動けない。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」
心臓の上を強く叩かれてよろめいた。
凍ったままの僕を睨んでルカは走り去る。
ロビーを駆け抜け、人にぶつかりながら一心不乱に走り、開け放たれたガラス製のドアを通って外へ――
直後、誰かが「危ない!」と叫んだ。
「あっ……」
瞬間、見えたのは青と銀の塊。
急ブレーキの断末魔。
宙を舞う身体。
式場前の道路に飛び出したルカを、トラックが撥ね飛ばした。
一瞬の出来事だった。
あっけにとられた人々からは遅れて悲鳴が上がる。
「きゅ、救急車!」
ロビーにいた女性が声を上げ、モノクロの集団は僕を置いてルカの元へ走っていった。
僕は腰が抜けて、その場にへたり込む。
声も発せず呆然としながら、繰り広げられる惨劇のあとの光景を見ていた。
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