スタチューフィリア 3-2
「と、いうことがあったんだけどね」
食卓を囲み、シノに学校での出来事の一部始終を伝える。
ルカとの会話には少し脚色も加えつつ、だけど。
「ユイが学校の話をするのって、初めてね。お腹でも痛いの?」
「痛くない痛くない。至って元気だよ。昨日一昨日とあれだけ看病してもらったし」
「そう。それなら構わないけれど。想像以上にユイが青春を
「酷い偏見の目で見られてたんだね、僕。ショックだよ」
「あら、でも実際は青春真っ只中の輝ける十五歳じゃない。胸を張って生きるべきよ」
「振り回されているだけが、現実なんだけどね……」
苦笑いに、シノは冷ややかな態度のまま食事を続けた。
本日テーブルに並んだ料理も、既に僕へ説明済みだ。
メインはピーマンの肉詰め。
同じ皿にはトマトとチーズのカプレーゼなるサラダ。
小鉢に盛られた、ひじきと切り干し大根の煮物。
白ネギがたっぷり浮かんだ油揚げのみそ汁。
しらすとネギのゴマ油和えが乗った冷や奴。
トウモロコシとバターの炊き込みご飯。
今更気がついたが、毎回絶対にサラダがある。
シノは健康志向なのだろうか。
こんなに野菜を毎日摂るなんて生まれて初めてだ。
ヒツジやヤギになった気分、とは言わないでおこう。怖いし。
僕が恐れている間も、シノは上品に炊き込みご飯を口に運ぶ。
しっとりして
食べ始めはいつもどおりの、おどおど、おろおろ、で僕が美味しいと言うまで箸を持たなかった。
これだけ繰り返されると僕も慣れたが、シノが何に怯えているのか未だに分からない。僕は怒鳴ったり手を上げたりしないんだけどなぁ。
いい加減同時に食べ始めたい。
シノの方が食事のペースが遅いので、いつも一人で食べ終わってしまうのだ。
スピードはなるべく合わせているのだが、食べ始めの違いで苦労する。
食事はお互いのスピードを合わせるべきだ、と教わったし、一人置いてけぼりにするのはスマートじゃない。
「シノこそどうなの?
「……聞くのね」
「聞くよ」
「聞いちゃうのね」
「あれ、もしかして聞かれたくなかった?」
やけにわざとらしく引っ張るのは、シノの学園生活が暗黒である証、なのかもしれない?
「いいえ? 差し障りはないわ。私だって教室移動やお弁当を共にする学友はいるわよ。でもそれだけ。学校外で会う機会はないわね。べたべた粘着するのは苦手なの。常に誰かと一緒に行動しないと死ぬタイプとは
「じゃあ映画を観に行ったり、夏に花火を見に行ったりする相手は作りたくないってわけだ」
「映画くらいなら、……付き合うけれど。花火大会は、ないわ。興味ないもの」
「珍しいね。シノって華やかで綺麗なもの好きのイメージだったんだけど」
「偏見よ。その……花火は綺麗だと思うし、好きだわ。でも人混みは嫌なの。息が詰まっちゃうもの」
なるほど。
「お互いインドア人間みたいだ」
「お互い見るからにね」
視線が逸れる。
シノを見習ってお上品に切り干し大根へ箸を伸ばして、口に運んだ。
静かな食卓に、鼻に抜けるしょうゆの香りが爆ぜる。
甘いご飯に、塩気のあるおかず。
冷や奴が夏らしさを演出するも、おんぼろ扇風機が回る台所の蒸し暑さに汗が滲む。
離れにはエアコンがない。あるのはがたがた煩い扇風機のみだ。
今年はシノにも耐えてもらわなきゃなぁ。
*****
花火大会なんて興味ない。
そんな話をした四日後。事態は急変する。
いや、急変は大袈裟か。間違ってはいないとは思うが。
いつも通りにシノと一緒に朝食を摂り、昼は一人で弁当。
夕食の予想をしながら紫色に染まった帰路につく。
そして。
裏口の戸をくぐって離れに戻ると、シノが玄関で待ち構えていた。
もしかしてブタの貯金箱が尽きたのかな。
あ、そうだ。
昨日密かに中身を増やしておいたんだった。だったら違うよね。
それじゃあ帰りが遅いことへの抗議?
いつも同じ時間帯に帰るように心がけているつもりなんだけどなぁ。
あるいはもう僕との生活を終わらせたくて待っていたのか。
「あ、あの、お、おかえりなさい……」
「た、ただいま戻りました?」
頭の中で増えていく仮説に、目を泳がせるシノが上塗りされる。
もしかして帰宅しただけで地雷を踏んだのだろうか。
いきなりすぎるって。
「お、お疲れさま。夕食、出来てるわよ」
「うん。ありがとう。今日は何かな?」
「その……見てからのお楽しみよ」
「えー、意地悪だなぁ」
両手を後ろに回しもじもじしながら
ちらりとビニール袋を隠し持っているのが見えた。
「あ、あのね、ユイ。その、今日スーパーに行ったらね、む、無駄遣いはダメだって分かっているんだけど……小さい女の子が買ってもらっていて、羨ましくて、つい、カゴに……ごめんなさいっ!」
いきなりの大声量による謝罪。
髪が舞うほどの勢いで頭を下げて、謝られてしまった。
同時に両手を僕に突き出して、指先のビニール袋が揺れる。
ええと、受け取れ、ってことかな。
白い袋の中には長方形のものが透けて見える。
頭を下げたままの姿勢を続けるシノの手から、袋を外し、中身を取り出した。
入っていたのは。
「線香、花火?」
落ち着いた黒のパッケージに、七色の線香花火が数本。
小さい女の子が買ってもらっていて、羨ましくて、これ?
「い、一番安いのにしたわ!」
また、ぶん、と髪が揺れて赤くなった顔が戻ってくる。
つい最近、花火大会には興味がないって聞いた気がするんだけどなぁ。
あれ、でも花火自体は好きだったんだっけ。
「花火、したかったんだ」
「な、夏だもの……。それに! 線香花火って儚くて雅で美しいと思わない?」
「いや、まあそうなんだろうけど」
「お、怒ってるわよね……ごめんなさい。買うつもりはなかったの。でも、売り場の前で足が動かなくなってしまって、つい……」
「つい、カゴに入れちゃった?」
大きく頷かれてしまった。
せいぜい数百円の無駄遣いを責めるつもりはない。
夏なのだから、少々浮かれても仕方がないだろう。
シノはまだ十五歳の高校生なのだし、無理もない。普通そうだ。
「まあ、買ってしまったものは仕様がないよ。しけさせてダメにしても可哀想だしね。夕食食べたら二人でする? 離れの裏側なら見つからないだろうし」
本宅からの死角であればやり放題だ。
「本当!? 本当に花火なんてしても許されるの!?」
「うん」
「やったぁ!」
両手を掲げて飛び跳ねるシノ。
これ本気で楽しそうだな。
苦笑する僕を、シノの輝く瞳が捉える。幻想的な色をした瞳だ。
「そうとなったら早く夕飯を食べてしまいましょう? 私、用意するからユイも急いで着替えて!」
「はいはい」
完全に童心に帰ってしまったシノに急かされ靴を脱ぐ。
そのまま背中を押されて洋室に押し込まれた。
十五歳の高校生なのだし無理もない、の言葉は撤回しよう。
今の浮かれたシノは十五歳ではなく、八歳くらいの幼い女の子と同じはしゃぎ方をしていた。
どうせなら線香花火ではなく、普通の派手な花火を買ってくればよかったのに。
別に怒らないし、少々値段が上がっても
それにしても、先程のテンションの上がりきったシノときたら。
普段と違う一面に、胸の奥がぞわりとした。
適当な言葉がみつからない感覚に不快感はなく、むしろ微笑ましさを覚える。
物静かな女の子だと思っていたが、幼い部分もあり、時にはああやってはしゃいでしまう。
他者の一面を見るのは実に興味深い。
叶うのならもっとシノの側面を見てみたいし、触れてみたい。にやけてバケツとロウソクの心配をしながら、服を着替える。
「ユイ早くー!」
もたもたしていると、台所からシノが弾んだ声で僕を呼んだ。
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