暁桜編〈parasite eye.〉



「……やってくれたな」

「ひっ、一葉!」

 俺がボソリと恨み言を言い、涼香が怒るように声を上げる。


「どうせ十二単アタシ達は好きになった人とは居られないんだから、このぐらいのプチ報復と役得くらいいいじゃない?」

 一葉ひとははそう言うと、腕を組んでフンッと鼻を鳴らすようにふんぞり返る。


「そっ、それは……」

 涼香が口ごもる。


「まあそうだな。でももう役目は終わったんだし、涼香の元にも残れたんだからいいじゃないか」

「そうね。その点に関しては裕貴にはとても感謝しているわ」

 一葉はそう答えると、涼香の手に触れ、頬ずりをする。

「一葉……」

 そんな一葉を嬉しそうに涼香が見つめる。


「でも雨糸が残しておいたSIMピンに気が付いてくれてよかったわ」

 ネタバレした一葉が安堵したように言う。

「そうだな。でもあの時雨糸が諦めていたら、どうするつもりだったんだ?」


「そしたら今度は“さくら”を騙ってメールで『もう関わらないで!』とか言って誘導していたわね」

「それは……、雨糸が燃えるだろうな」


 ちっ、本当によく分析してるよ全く……。

「……で、お前たちは“さっきの雨糸同様”、俺を心配して様子を見に来たって訳か?」

 そう思いながら、呆れ気味に言い返す。


「…………」

「アタシはELF-16この子の目を通して裕貴を確認できるからいいけど、涼香が昨日からずっと泣きっ通しでね」

 知らないはずの雨糸とのやり取りの俺のあからさまなカマかけに、今度こそ気付いた涼香が黙って俯いていると、一葉があっさり暴露する。


「ひっ! 一葉っ!」

「そうだったのか。つか、俺にプライベートは無いのかよ」

 涼香が怒り、俺が投げやりな不満を漏らす。


「無いわよ。さくらが止めたのに裕貴は知ってしまったでしょ? 裕貴が負った責任の重さを自覚しなさい!」


「!!」

 ――軍事機密。


 一葉にピシャリと指をさされて怒られる。

 ……そうだ、俺の方がみんなを巻き込んでしまったんだ。

 一葉が言わんとするのは、この件に軍が関わっている事を俺が外部に漏らさないよう、一葉が監視する事を暗示している。

 ……いや違うな。監視じゃなく一葉が俺を心配しての事か。


 涼香を見ると顔に?の表情が浮かんでいた、そして続けて一葉を見るとウィンクをされる。

「涼香は“そこまで”知らないから、裕貴が話さない限り大丈夫よ」

 俺の不安を見透かしたように一葉が答える。

「そうか。よかった……」

 ホッと胸をなでおろす。


「まあ、そう深刻にならなくてもELF-16この子は、今アタシがプログラムに修正を加えたから大丈夫よ」

「修正? 何をしたんだ?」

「日常会話や“一般回線であの事”を話そうとしたら、ジャミングがかかるようにしたわ」


「!!」(一般回線!!)

 声に出せない叫びをあげる。


 ――そうだ。まだELF-16には、特殊な加入者識別モジュールピン SIMピンが挿入されているんだった。

 一葉はその修正も含めてここへ来たって訳か。なるほど。


「でも、もし話す必要がでたらアタシに連絡して。理由を聞いて正当性があればセキュリテーを解除してあげる」

「……分かった。頼む」


「“裕ちゃん”……」

 改めて事態の重大さを認識して真剣に考え込んでいたら、黙って聞いていた涼香が抱き付いてきた。

「うん? なんだ」


「辛かったら言ってね? 裕ちゃんが喜ぶなら私を好きにしていいから」

 噛まずにそう言うと、潤んだ瞳を閉じて、俺を見上げてきた。

 知らないなりに俺を気遣って慰めようとしてくれているのが判り、ふっと笑って答える。


「そうか。じゃあ……」

 そうして涼香の細い腰を抱き寄せる。


「あっ……」

 涼香が身じろぎをして、俺のシャツをつかむ。


 涼香の頬に手を添え、ゆっくりと引き寄せる。


「んっ……」

 涼香の口から吐息が漏れる。


 顔を近づけ、涼香のゆるくウェーブのかかった、淡い茶色の髪を唇でかき分けて額にキスをする。


 そうして、しばらくその額を唇で愛撫し、離してから涼香の頭を胸に抱いた。


「…………裕……ちゃん?」

 涼香が怪訝そうに聞き返す。


「……そうだな。もし俺が“霞さくら”のフォローにつまずいたら、その時は俺を慰めてくれないか?」

 涼香の髪を指できながら、耳元にそっと囁く。


「……ん。分かった」

 涼香がそう答え、さらに強く抱き返してきた。

「じゃあ、今日の所は添い寝でもしてくれるか?」

「……。そう言う事なら。いいわ」

 一瞬、微妙に残念そうな顔をしたが、すぐに涼香が嬉しそうに答える。


「実は指がまだフローラの感触を……っとスマン」


 そう言って涼香のそのささやかな双丘ひ〇にゅうを見つめて謝る。


「~~~~~~~もうっ!!」(ポカポカ)

 顔を赤くして涼香が猛抗議する。


 その両手を掴んで動きを封じる。

「ははは、すまんすまん。……でも」


 顔を近づけ、怒りで紅潮した唇にそっと触れる。


「――!!」


 途端に涼香が脱力して崩れ落ち、再び抱きしめて耳元に囁く。


「……ありがとう涼香」


「ふっ……くっ…………はい……」


 そうしてその晩は、初めて涼香が俺を抱きしめながら添い寝してくれた。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 そんなこんなで、なんとかフローラの介助セクハラに耐え……、もとい。こなしながら中間テストもギリギリ乗り切った7月7日。


 涼香と圭一と、新たに雨糸を加えたメンバーで昼休みに学食に集まった。

「よう裕貴! ついに俺様もDOLLを手にいれたゼ~!!」

 圭一が嬉しそうにそう言ってをテーブルのDOLLを示す。


「初めまして裕貴さん。“中将姫ちゅうじょうひめ”と申します。長いので中将と及びください」

 そうして紹介されたDOLLは、Woody bellウッディ ベル社が某腕時計メーカーとタイアップした8頭身アダルトの専用モデル、“GZ’elevenジーゼットイレブン”だった。

 バトル仕様に比べれば鈍重だが、単体での高耐久を目指した半ロボットタイプのモデルで、肩やヒザなど各要所要所に白とブルーを基調とした、プロテクターのように角ばった緩衝材がついていて、インテグメントを必要としないモデルだ。

 だが、顔と髪はきちんとヒューマンタイプで、栗色ウェーブの美少女モデルだった。

 さらに圭一の趣味なのか、猫耳しっぽがオプション装備されていて、メカボディなのになんとも愛らしい外観をしていた。


 ……圭一のキャラで猫耳娘、似合わね~~!! つか、さすが中堅建築会社の長男坊。お高いモデルをよくもまあ。


 そんな事を考えていたら一葉が口を開いた。

「涼香が十二単アタシの事をうっかり喋っちゃてね。アタシはイヤだったんだけど、この男がどうしてもって頼み込むから、“011”をインストールしたわ。……はあ」

 DOLL《ロボット》のくせに、ため息をつくリアクションで一葉がぼやく。


「そうか。“霞さくら”さんのフォローの事しか話してなかったけど、それじゃあ圭一は“ソッチ”の方の事情は知っているのか?」

 一葉に聞き返す。

「……まあ、涼香と同程度の事までは話したわ」


「そう。……じゃあ中将、この男が迂闊うかつな事を喋りそうになったら、遠慮なくライトスタンでノシちゃっていいからね」

 雨糸が忠告する。

「はい。承知しました」


 中将はにっこり笑って上品に答え、そのキャラに疑問を覚えて聞いてみる。

「ん? 確か十二単お前たちなら、雨糸みたいに最初に設定してなきゃ、キャラの細かい傾向は自分らである程度決められるんだろ? ずいぶん礼儀正しいキャラだけど一体誰が決めたんだ?」

「あ! そう言えばそうね。何で?」

 インストールを手伝った一葉と涼香と、オフラインで事情を知る事が出来る雛菊デイジーを除き、圭一なら当然お色気キャラを選ぶと思っていた俺に雨糸が激しく同意する。


「あ~~、それはまあコイツ自身だな。なんでも俺の身辺調査……つか、色々調べまくったみたいで、総合的に判断して俺には秘書タイプが良いって決めたみたいだ……」

 そこだけは残念そうに圭一が打ち明ける。


 それを聞いて俺と雨糸が笑う。

「ああ、そうなのね、あんたも一応は会社の跡取り息子だもんね。じゃあせしっかり指導されなさい」

「う~~ん。中将は人間にだけじゃなくて、デジー達にもよそよそしいし、プロテクトがきついアルよ?」

 雛菊デイジーが俺たちを見回して訴える。


「そっ、そそうなの?」

「そうよ」

 涼香が一葉を見て聞き、一葉が答える。


「じゃあ一つ質問してみましょう」

 雨糸が中将を見る。


「はい。何でしょう?」


「中将から見て、圭一が今現在好きな子って誰なの?」


「「!!」」

 的確過ぎる質問に圭一以外のみんなが驚く。


 十二単こいつらの最大の特徴は、“マスターのプライベートを無視”だ。

 それが初期設定以外の設計概念アーキテクチャなんだろうか? と、疑問に思うほど、“012”“010”“alpha”に共通する困り事だった。


「って、おい。なんだよ?」

 雨糸の質問に珍しく動揺する圭一。


 そんな圭一の様子を中将がチラリと見てから、みんなを見回しながら中将が答える。


「存じません」


「「ええっ!?」」

 “居る、居ない”でなくて、“知らない”と言う答えに一同が驚く。

 圭一の動揺っぷりに加え、一葉や雛菊まで驚いている事から、その答えが明らかなフェイクだと察せられた。

 一葉と雛菊の驚いた反応は、あらゆる角度からの分析ができるはずの中将姫A・Iの、不自然すぎる答えなのだろう。


「「………」」

  みんな無言で中将を見つめる中、圭一はホッとした様に中将を見つめ、中将が笑顔で返していた。


「な~~んだ。残念。せっかく圭一の弱みを握れると思ったのにな~~……」

 雨糸はそう愚痴るが、本心でないのは圭一と中将を微笑ましく見つめる目で明らかだった。


「……ま、圭一をこれ以上“エロいち”への進化を止めてくれるなら大歓迎だ」

 俺の感想にみんながウンウンとうなずく。


「いいや。俺は“エロイスト”のナンバーワンにな「アウトです♪」うぎゃっ!!」

 立ち上がって堂々と宣言をする圭一を、中将が笑いながらライトスタンをかまし、圭一が悲鳴を上げる。

 それを見てみんなが中将に親指を立てる。


 GJ!!(グッジョブ)



 „~  ,~ „~„~  ,~


 それからさらに一週間後、祥焔かがり先生に家に呼ばれた。


「霞さくらのリハビリは順調だそうだ」

「そうですか……」

 A・Iさくらを失った事で、元々ファンであるのにその報告に今一つ感情移入できず、素っ気なく答えてしまう。

 そんな空気を察したのか、無駄話はせずに祥焔先生がさっそく手に持っていた箱を渡して口を開く。


「これは以前、フローラが転落した時、水上のDOLLをコントロールしたアイテムだ。一点物ワンオフで名前はparasite eyeパラサイトアイと言う」

「ええ!?」


 そんな俺の驚きにも反応せず、祥焔先生が話を続ける。

「知っているとは思うが、他人のDOLLをコントロールするのは、レスキューや警察を除き、個人レベルでは禁止されている」


「ええ、そうですね」

 おおむね犯罪を防止するための法であり、しかるべきアクセス権がないIPアドレスは当然ブロックされてしまう。


「だがこのアイテムは、相手のDOLLのパスワードを知っていればコントロール可能になる。使い方には十分注意しろ」

 どういったシステムなのかは不明だが、今ELF-16に差し込まれている、特殊なSIMピン に近いものなのだろうと思う。


「……ええと、凄い事だと思うけど、これをどうしろと?」

 その利用法が判らずに聞き返す。

「緋織からの提案だが、フローラに渡せば、水上がフローラの目の代わりになれるんじゃないか? と言う事だ」

「あ! そうか、それで桜の調査ができるって訳ですね?」


「そう言う事だ」

「分かりました。フローラに渡してみます」

「うむ」



 ――そうしてフローラに渡してみるが、以外にも桜の調査に使う事には難色を示した。

「……どうして?」

 聞き返すと、逆に悲しそうな顔をして聞いてくる。

「そんなに早く私をイギリスに帰したいの……?」


「あ!」

 ――そうか! って、俺はバカか!!


 緋織さんは研究者、祥焔先生は教師、俺は男だったせいか、フローラの乙女心を理解しないばかりか、喜んでもらえると思っていた自分に激しく自己嫌悪に陥る。


「…………」

 悲しそうに俯くフローラ。

「ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだ」

 フローラの手を取り、素直に謝る。――が。


 がしっ!

「え? って。うっ!!」

 次の瞬間、顔を掴まれて強引にキスをされる。


「「………………」」


 数秒後、唇を離すとフローラが笑っていた。


「――だっ、だました?」

「ふふ、そんな事は無い。正当な謝罪要求だ」

 だが、よく見ると目じりに涙が浮かんでいたので、やはり傷付けてしまったのだと悟る。


「そうか。うん。気付かなくてごめん」

 笑ったのは、やっぱり俺に対する気遣いだったようで、フローラがすぐに真面目に答えた。

「まあでも、これがあれば遅れさせている裕貴の勉強も見てやれるし、イギリスに擬似帰国できるな」


「ああ、なるほど。そうだね。……って、俺の勉強?」

 ドギマギして聞き返す。

「雨糸に聞いたぞ。中間テストは危なかったそうじゃないか」


「くっ!! ……雨糸め。余計な事を」


「ふふふ、そう言うな。雨糸なりに心配していたんだから」

「……そうだね。それは嬉しいよ」


「じゃあパスワードを教えてくれ」


「うん。半角英数字で“2032sakurasaku”だよ」

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