暁桜編〈ストーカー〉




「……その前に、ゆーきがここまで来た経緯を調べさせてもらっていい?」

 どうやって調べるのか一瞬判らなかったが、考えてみたら目の前の“さくら”は、一葉や雛菊の本体A・Iであり、“その気になればあらゆる機関の記録ログを見る事が出来る”のを、フローラや雨糸と一緒に見ていたし、さっきの雛菊の“十二単衣の共有ストレージ”の話も思い出していた。

「調べる?……ああそうか。いいよ」

 そうして数分の間、どこかへアクセスしているのか、目を閉じてじっとしていた。

「……驚いた。フローラも西園寺さんも本当に一生懸命になってくれたのね」

 調べ終え、ようやく目を開けて感嘆したように言う。

「ああ、好き嫌いは別にして、さくらを追う事を渋っていた俺の背中を押してくれた」

 すると、フローラや雨糸との動画記録レコーダーまで見たらしいさくらが謝ってきた。

「そうね、ゆーきの心配は当然ね、ごめんなさい。ゆーきから離れた事がさくらは悲しくて、そこまで気がまわらなかったわ。護ちゃん?」

 さくらが俺の後ろに控えていたブルーフィーナスの社長――“大島護”さんに声をかけた。

「なんだい? さくら」

「ゆーきがさくら達の目的を知らない間、みんなに危険が及ぶかもしれないっいてすごく心配していたから、護ちゃんの口から言って安心させてあげて欲しいの」

「いやそんな事は……、 ってまあそれなり心配はしたけど」

 とっさに否定したかったが、イチ高校生の認識を遥かに超える事態を知ってしまい、全く否定しきれなかった。

「それはそうだろうな、水上君の心配はもっともだ。だが安心していい。我々は君らに一切の危害を加えるつもりはないし、それどころか謝罪と援助もしたいと考えている」

「謝罪? 援助? ……ってなんでですか?」

「その理由はさくらがこれから話す内容に含まれるだろう。だから今私からは君らの安全を約束する事だけを述べておこう」

「……分かりました」

 そうしてさくらに向き直る。

「……最初は興味本位だったの」

「興味本位?」

 机に置いた俺の手に触れながら、俯きながらさくらが語り始める。

「デイジー、一葉の十二単衣達はさくらの分身であると同時に、さくらの好みの異性を試す役割を持っていたA・I達なのよ」

「試す? さくらの好みを?――あ! そうか……」

 聞き返しながら、最初の妙な質問やリアクションはそれが理由だったと納得した。

「ええ、“霞さくら”の擬似人格キャラクターマスクをユーザーがダウンロードして、インストールされる時に最初に行ったアンケートで、さくらと相性のいいタイプを選抜したら、まずは十二単衣がユーザーのDOLLの元へインストールされるの」

「……そうか」

 だが、試されていた事についてはやはり愉快ではなかった。

 しかし、さくらにはそうしなければいけない重要な目的があったのだろうと思い、不満を飲み込んだ。

「そうして散っていったユーザー情報から、さくらが興味を持ったユーザーを見つけて、十二単衣と記憶を引き継ぐ形で入れ替わるの」

 ――入れ替わりと引き継ぎ。その答えに一葉の事を思い出して聞いてみる。

「……ひょっとして“一葉”が俺が最初に接していたA・Iじゃないのか?」

「一葉の言葉で気付いたのね? そうよ。ゆーきと接しているうちに、涼香の抱えている悩みを知って、さくらとの引き継ぎを終えた後に“ナンバー012”を涼香のDOLLの“一葉”にインストールさせたわ」

「そうか。納得したよ。涼香を助けてくれてありがたいと思ってる」

 思えば、涼香に献身的に尽くす一葉を見ていなければ、もっとさくら達を警戒していたかもしれない。

「ゆーきは“012”と“さくら”が途中で入れ替わった事は怒らないの?」

「ああ、不思議と怒る気になれない。……どうしてかな? それは自分でもよく判らないや」

 そう言ったらずっとそばで聞いていた祥焔かがり先生が答えてくれた。

「それは水上がさくらを“A・Iプログラム”でなく、“人格”として接していたからだ。だから記憶を引き継いで同じ記憶を共有するさくらを同一人物と認識したんだ。――例えばそこのデスクトップパソコンにさくらが移っても、水上は“さくら”と感じて意識するだろう」

「ええ、たぶんそうなると思います」

 教師らしい分かりやすい解説に素直に納得する。

 記憶や経験の蓄積を人格とするなら、その記憶を保持している媒体を人格とはしないだろう。なればこそ、人格取り換えドラマが成立するのであって、口調やリアクションが全く違う同じ外見の人間を、人は“同一人物”とは思わないだろう。

「そうなのね。……ありがとうゆーき」

 俯いて俺の指を握るさくらの手に力が入った。

「ふっ、とんだ精神愛プラトニックラブだな」

「そうなんですかね?」

 祥焔先生が嬉しそうに揶揄やゆしてくるので少し照れた。

「……そうしてさくらが代わりにゆーきの元へ来て、一緒に過ごすようになったのは知っての通りよ」

 明るい空気になっても同調せず、さくらが少し悲しそうに俺を見つめて話を再開する。

「……それで? なんの為に俺と決めて、一緒に過ごそうとしたんだ?」

 さくらを振り向き俺も真剣モードになり、最大の疑問をぶつけてみた。

「最初はただ純粋にゆーきのリアクションが面白くて、『なんて素直な男の子なんだろう』って思ってとても興味が湧いたの」

「リアクション。そうか、色々やらされたのはそのせいだったか……」

 恥ずかしい事を思い出し、少しからかうように言ってみる。

「そう。……さくらは、“恋をしなければならなかった”の」

 だが、やはりさくらは笑いながらすこし遠い目をしただけで、すぐに真顔に戻って話を続けた。

 顔を伏せて言うので俺もひとつ息をつき、真顔に戻って聞き返す。

「ふぅ、……恋を?」

「そう、それこそがさくらの目的、そして手段だったの」

「…………」

 ――目的で手段。普通なら恋愛詐欺に聞こえる告白だが、そんな事をしないのは十分に知った上でさくらの言葉に耳を傾ける。

 すると、さくらはさらに驚くべき事を口にした。

「…………霞さくらは生きているわ」

「なにいっっ!?」

「霞さくらは死んでないの。事故で瀕死の重傷を負ったけど、奇跡的に一命をとりとめて、さっきの人口冬眠装置の中で今日まで眠っていたのよ」

「人口冬眠?……。 まさか……いや……そうか」

 にわかには信じられなかったが、これまでの事からあり得なくもない事だと強引に納得する。

「事故で頸椎を損傷してしまい、後遺症が残ってしまって、体がまったく動かせない状態になってたの」

「全身不随? ってでも今じゃ傷ついた神経も治せるって聞いたことがあるけど」

「ええ。体はもう完治してるわ。でも、悪い事に霞さくらオリジナルは事故以来意識を閉ざしてしまっていて、さくらはオリジナルの意識を呼び起こすために作られたA・Iだったの……」


「なに!?」


「…………事故の後、霞さくらの治療と覚醒を目的とした計画を護ちゃんが起こして、ママ――大島緋織の主導の元に計画が進められて、今のこのわたしが、――A・Iさくらが作られたわ。オリジナルの霞さくらは計画上“Primitive《プリミティブ》”とコードネームを与えられ、わたしには“Alpha《アルファ》 ”のコードネームが与えられた。同時にブルーフィナスここで“無垢なる魂”とも呼ばれたそのわたしは、“Primitive”の為に作られた存在で、Primitive の閉ざされた意識を開ける為の“八咫鏡ヤタノカガミ”としての使命を担っていた。映し出すのはPrimitive自身。つまり閉ざしたPrimitive の心を映すための人格A・Iで――わたしは“霞さくらのクローン人格”だったの」


「!!――――」

 絶句した。


 (――霞さくらのコピー人格A・Iが本人を呼び覚ます存在? A・Iが人の精神にどうやって干渉するんだ? つか、どうして今まで隠されてきた? 25年も? 人工冬眠装置? そんなの実用化されてた? いいや、そもそも初めて聞いた技術テクノロジーだぞ?) 

 さくらの告白でも解けない、言葉にならない疑問が脳内を駆け巡り、動悸が収まってから改めて聞き返す。

「…………クッ、クローン人格? っつか、霞さくらの心を映す? それでどうして覚醒につながるんだ?」

  そうして一つしか無い口からようやく最低限の言葉を絞り出す。


「さくらはオリジナルと脳波リンクされていて、そうして同調シンクロしたさくらの感情の波が霞さくらの閉ざした精神を刺激するように設定されていたの。そうしてゆーきに恋をすることで、霞さくらの心の扉を開けようとした。そして――」

「……そして?」


「さっきのゆーきの告白が霞さくらオリジナルを覚醒へ導いてくれたのよ」


「う……、おお、そっそれは、……」

 『よかったな』と、言おうとしたが、さくらが泣きそうな顔で言うので、素直に言葉にできずに詰まってしまう。


「「………………」」

 シュッ。

 押し黙っていると、扉が開いて緋織さんと緋織さんのDOLLが入ってきた。

「お父様、蘇生処置完了しました。毎時1℃で体温を上昇させてますので、明後日には完全に蘇生処置が完了します」

 そう報告を受け、大島社長がそうか、と応え、緋織さんの頬に手を当てて撫でた後軽く抱きしめる。

「緋織、長い間私のワガママに付き合わせてすまなかった。本当にありがとう」

 緋織さんは大島社長の胸に幸福そうな顔をうずめ、大きく首を振ってから顔を上げて言葉を継いだ。

「……いいえお父様。それは私が望んだことです。それにまだ終わっていませんわ」

 横で見ていた祥焔先生が、一瞬ぞっとするような怖い目線を二人に走らせたが、すぐに二人から目を逸らしてしまう。

(……?)

 そう言われた大島社長がさくらに向き直って聞き返す。

「そこから先は私が話そう。いいね? さくら」

「…………(コクン)」

 そうして頷くと、俺に向かって両手を開いて掲げるので、手に乗せて肩に上げたら、首筋に抱き付いて俺の髪に顔をうずめた。

「水上裕貴君、君にはまず三つ謝罪しよう」

「はい?」

「霞さくらを覚醒させる為とはいえ、君の気持ちを利用した事、それと秘密保持の為に君や友人らを不安にさせた事、それとプリシフローラ君にケガを負わせてしまった事だ」

 全然平気ですと言えるほど簡単な事ではではないが、ゴネて文句を言うほど子供でもないので、精一杯の虚勢を張ってみる。

「いいえ、みんなを不安にさせたのは俺の行動の結果ですし、フローラのケガは俺の慣れによる軽率な判断のせいだと思ってます。それとさくらを好きになったのは、俺自身の意志ですし、その結果も俺自身のものだと思ってます」

 そういったら、肩のさくらが震え、さらに強くしがみついてきた。 

「……そうか。さくらをそこまで思ってくれて本当にありがとう」

 そう言うと、大島社長は深々と頭を下げてくれた。

「……」

 黙ってお礼を受け取り、たっぷり30秒くらい下げてから顔を上げた大島社長が口を開いた。

「君にはさらにお願いがある」

 肩のさくらがまたブルッ」と震え、重大事だと悟る。

「何でしょうか?」

「そもそも霞さくらは事故ではなく、失恋した上での自殺だったのだ」

「ええっ!?」

「そのせいで、一命をとりとめた後も自閉に陥ってしまい、今日に至った」

「……はい」

「そして今日、君のおかげで目覚めるに至ったが、彼女の時は25年前の自殺した瞬間に止まっている」

「…………」

 そこまで聞くと、さくらの別れの予言と態度から次の言葉が読めてしまい、相槌すら打てなくなった。


「君にはこれから、心に深い傷を負っているであろう、霞さくらの心のケアをお願いしたいのだ」


 ――やはり。

「……さくら」

 無駄と知りつつ、聞かずにはいられなかった。

「……ゆーき」

 さくらも察したのか、『なあに?』とは言わなかった。

「俺の元に戻ってこい」

「……できないわ」

「なぜだ?」

「さくらはさくら。シンクロしていた事で、オリジナルの深い悲しみも知ったわ。それにゆーきはさくらが好きになった人。オリジナルもきっとゆーきを好きになるわ。だからさくらからゆーきに最後のお願い。“さくらを救って”」

 さくらの言葉には返事をせずに唇を噛み、八つ当たりに近いと知りつつ大島社長を睨む。

「……これがさくらをオリジナルと同じにプログラムした“本当の理由”なんですね?」

「ああ、その通りだ」

 大島社長は顔色一つ変えず答える。

「A・Iさくらを作り、俺みたいな救済者フォロワーを見つけさせ、霞さくらを目覚めさせたら、その後の心のケアを俺に違和感なくスムーズに引き継がせるために……」

 拳を強く握りしめ、沸き上がる怒りを抑えるように言葉を絞り出す。だがその怒りは不甲斐ない自分自身に向けられているものだった。

 それは、雨糸やフローラ、さらにはさくら自身の想いにも応えられなくなる事が分かってしまったからだ。

 うつむいて拳を握りしめる俺を見て、大島社長が決心を促すようにさらに言葉を発した。

「そう。そして君が、君の良心が、さくらのこの頼みを断らない事も知っている」


「くっっ!!――――」


 そうして、淡々と俺の心情まで暴露されてしまう。

 A・Iさくらや一葉、雛菊、雨糸、フローラが後押ししてくれて俺はこの場に立っている。

 みんなだけではない。大島社長が言う通り、俺に逃げ場のない良心の一本橋を渡らせてまで、大島さん達は霞さくらの覚醒を願ったのだ。 淡々と俺の心のスキを突いて、汚れ役を買う事をいとわないのは、そうして俺に“引き受けなければいけない理由”を与えてくれるつもりなのだ。

 さくらはフローラのケガだけでなく、俺が“そういう”選択をする事まで予想していたからこそ、何も言わずに俺の元を去ったのだと今更ながら知る。

 だが、様々な思惑を差し引いても、さくらの“最後の願い”を俺自身が断れなかった。


「…………分かったよさくら。引き受けよう」


「ありがとうゆーき、愛してるわ」


「私からも感謝を。本当にありがとう」

 大島社長は改めてビジネスマンらしい、腰を90度に曲げた手本のようなお辞儀を、大企業のTOPらしからぬ振る舞いで、目下の田舎高校生にしてくれた。


「はい。俺なんかで良ければ」


 そうして祥焔先生が、雨糸が目覚め次第、自分の車で送ってくれると言うので、しばしその部屋で世間話をした。

「私のDOLLは雨情、よろしく。何かあったら遠慮なくこちらへ申してくれたまえ」

 そうして紹介されたのはビジネス用モデルの、8頭身でスーツを着た男性秘書タイプのDOLLだった。

 ビジネスモデルらしく、軽く会釈をして楚々とした印象だった。

「祥焔の言う通り、素直でいい子のようね。私は社長の娘で、大島緋織よ。DOLLが逸姫。詳しい事は彼女が目覚めてからになりと思うわ」

 「はっじめまして~! ゆーくん。ひーちゃんの周到な罠にはめられて大変だけど、その代わり、困ったことがあったら全力でフォローするから何でも言ってね~。ママが許可しなくても、私が許可しちゃうから何にも心配しないで、全力でさくちゃんに向き合ってあげてね~♪」

 ハイテンションで馴れ馴れしくまくし立てて、緋織さんに睨まれても意に介さない風の緋織さんのDOLLは、普通のDOLLより少し大きめの30センチくらいの体高の、和服を着た町娘風のDOLLだった。

 口調から察するに、さくら達と同じA・Iを実装してそうだと感じた。

「……はい。分かりました。ありがとうございます」

 軽口にも気分が浮上せず、肩のさくらに目をやると、悲しそうに微笑んだ。

 それを見ておれも黙っていたら、大島社長が話を始めた。

「この部屋は、現役時代の霞さくらの寮の部屋を再現してあるんだ」

「え!? 」

 全国区レベルの芸能人どころか、どう見ても普通の独身OLの部屋にしか見えず、思わず聞き返してしまう。

「彼女は孤児で、私と同じ施設の出身だったんだ」

「そ……うでしたか」

「彼女は私に恋をして、当時有名大学に進学を決めた私に釣り合うようにと、中学校進学と同時に芸能界入りを決めた」

「はい」

「元々が自分を磨くための芸能界入りだったから、金には執着せず、必要最低限しか使わずに、ギャラのほとんどを園に寄付したり、貯金に回していた」

「そうでしたか」

「そして高校に上がり、16歳の誕生日、私に告白するために私のマンションにやってきた」

「……」

「赤ん坊の頃から見ていて、 いずれ告白をされる事は行動パターンから読めたので、事前に『将来の損失になる』と事務所と相談して、金で雇った事務所の女優志望の女性に、恋人兼婚約者を演じてもらい、彼女の来訪に合わせて『婚約者がいるから』と、これ見よがしに濡れ場を見せつけた」

「それは……」

 長い想いをようやく告白しようとした彼女にとって、どんなにか残酷な仕打ちだったろうと思うと胸が痛んだ。

「自分でも酷い仕打ちをしたと思う。だが、当時彼女の周りには、様々な汚い輩が居て、それらを駆逐するために私はかなり悪どい事にまで手を染めていた」

「じゃあ、断ったのは……」

「会社でのし上がる為に、認知症寸前の前会長に取り入って養子縁組をさせ、後継者レースの資格を得て社内での地位を確立、そうして保護者として彼女から管理を任されていた金を使って人脈を築いて力をつけていった」

「でもそれはすべて彼女の為だったんですよね?」

「ああ、だからこそ、私は彼女の好意に応えるべきではないと思っていた。だが、結果は彼女を自殺に追い込んでしまった」

「そう……だったんですね」

「そしてもう一つ。私は君に――君のお父さんに謝らなければいけない事がある」

「お父に?」

「さくらから君の家族の事を聞いた時、私の罪が確定したと思った」

「どういうことです?」

「あの日彼女は――、彼女が自殺する直前、傷心した彼女は君のお父さんに助けを求めていた」

「お父に?」

「そう、君のお父さんは彼女のデビュー当時からのファンで、個人的にメールのやり取りまでする間柄だった」

「本当ですか!?」

「ああ、そして、事故直後の現場に居合わせ、彼を見て私は悪魔の所業を思いついた」

「お父様!! それはまさか?」

「ああ、そうか。緋織にも話した事は無かったな。なにせ彼と私だけの密約だったからな」

「……どんな約束ですか?」

「事故現場のすぐ隣が大病院で、そこへさくらが搬送されて、命だけは助かると分かった瞬間、私はある決断を迫られた」

「なんですか?」

「事実をありのまま公表して、自殺未遂と言う不名誉と、彼女に列運航妨害の賠償を負わせるか、それとも……」

「…………」

「隠蔽して、事故に見せかけるかだ」

「自殺だったとは聞いたことがないので後者だったんですね?」

「ああ、そうだ」

「でもどうやって?」

「私はその時、彼女のメールでやってきた彼にこういう提案をした」

「どんなですか?」

「私は彼に。――君のお父さんに、『このままではさくらは巨額の賠償責任を負う事になるし、自殺未遂では名誉も傷がつく。だが事故に見せかければそれは軽減される。だから、君はストーカーと言う立場に立って彼女を追い回し、パニックになった彼女が橋から転落した事にして、彼女の立場と名誉を守ってくれ』と言った」

「!!――」


 バキッ!! ……ドサッ。


「お父様!!」 「ゆーき!!」

 さくらと緋織さんの悲鳴が重なる。


 俺はその言葉を聞いた瞬間、大島社長をぶん殴っていた。

 肩で息をつく俺の前に、上半身を起こした大島社長が、鼻血をたらしながら起き上がろうとしていた。

 緋織さんがハンカチを取り出して鼻血を拭い、大島社長を起こし、さくらが弱くライトスタンを俺の首すじに流して俺の気を静めようとしていた。


「……どうしたね? まだ一発だけじゃないか」

「お父様!」


 覚悟を決めていたらしいそのセリフに俺も冷静に戻る。

「……いいえ、俺の方こそついカッとなってしまい、すいませんでした」


「どうしてそう思うんだね」

 大島社長が立ち上がり、鼻を押さえながら聞いてきた。

「今、彼女の真相が伝わっていないのは、あのクソ親父がその提案を納得ずくで承知したって事ですよね? じゃあ俺なんかが改めて文句を言うのは、酒に弱くてお人好しで、……大の霞さくらファンのあのクソ親父の顔をつぶす事になりませんか?」

「ゆーき!!」

 さくらが首にしがみついてきた。


「裕貴君……」

 緋織さんが申し訳なさそうに俺を見つめる。


「ふっ、よく言った水上」

 腕を組んで祥焔先生が笑う。


「やはり彼の息子だったな。さくらが君を好きになるわけだ」

 大島社長は嬉しそうにそう言って、俺の肩を叩いてくれた。

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