暁桜編〈Alpha〉



 ピンポン。

 チャイムが鳴り、地下3階フロアにエレベーターが到着した。

「ここで降りるアル」

「……判った」

 降りてまず目に入ったのが、横一直線の廊下と、後ろのエレベーター脇に管理者控室と書かれた部屋と休憩所、そして正面は『ブルー-フィーナスサーバールーム』と、『管理者以外立ち入り禁止』書かれた巨大な金属製の扉が据えられていた。

 その扉には認証用のモニターとキーボードが付けられていた。そしておそらくは直接操作で認証するであろう装置を指さして雛菊に聞いてみる。

「この先か?」

「そうアル」

「じゃあ、操作方法を教えてくれ」

「ちょっと待つアル」

「……どうしたの?」

 雨糸が雛菊に聞き返す。

「ちょっと裕貴は雨糸の前に立つアル」

「??……ああ」

 不思議に思いつつ、素直に従い雨糸の前にまわる。

「これでいいか?」

「そうしたら両手を開くアル」

「なっ、何?」

 抱き付く寸前のような格好になり、雨糸が少し赤くなってどもる。

「それで?」

 かまわず俺が聞き返す。

「じゃあ裕貴、しっかり受け止めるアルよ」

「どっどうい――」

 バチッッ!!

 最後まで言えないまま、雨糸が雛菊のライトスタンを首筋に受け、崩れ落ちる。

「おっ、おい!!」

 その体を両脇から、広げた両手でそのまま抱えるように雨糸の体をとっさにキャッチする。

「……どういうことだ?」

 抱えた雨糸をゆっくりと床に寝かせ、雨糸の髪を愛おしそうに持ちあげている雛菊に聞く。

「ここから先は雨糸ウイには見せられないアル。だからちょっと休んでいてもらうアル」

「何を見せられないんだ?」

 突然の雛菊の反攻に懐疑心が湧き、わずかに怒りをにじませながらも冷静に聞き返す。

「ここの扉の向こうは選ばれた者しか入れない場所があるアル」

「企業秘密のようなものか? ならわざわざ雨糸を失神させなくてもいいんじゃないか?」

「違うアル。そんなありふれたどーでもいい事じゃないアル……」

  そう言うと雛菊は狂おしそうに顔をしかめ、横になっている雨糸の頬に顔を摺り寄せた。

「企業秘密がどうでもいい?」

「そうアル、でもとりあえず雨糸を放っておけないアルから、後ろの管理者控室へウイを運んで欲しいアル」

 雨糸に見せたやさしさから危険は感じなかったのと、何やら深い事情がありそうなので素直に言う事を聞く。

「……判った」

 そうして、完全に脱力した雨糸を少々重く感じながらも、なんとかお姫様だっこして控室へ向かう。

 リモートで雛菊が扉を開け、中に入るとちょっとした事務所のようになっており、右端に仮眠用のベッドが置かれていた。そして雛菊に示されてそこへ雨糸を寝かせる。

「じゃあ話してくれないか」

「……これからあの扉の先へ裕貴を案内するアルが、結果次第ではデジーはデリートされるか、ウイと引き離されるアル」

「何だって?」

「だから、もし雛菊デジーがウイと別れる事になったら、裕貴にはウイに伝えて欲しい事があるアル」

 尋常ならざる雛菊の真剣な告白に耳を傾ける。

「なんだ?」

「“裕貴は優柔不断で押しに弱いアルから、ガンガン色仕掛けで攻めればいいアルよ”と……」

「おい、それは……って、まあいい。それだけか?」

 勢い込んで反論しかけるが雛菊の真剣な表情を見て諦める。

 その雛菊は雨糸の頬をそっと撫でながらさらに続ける。

「あと、“デジーは初めて誰かの、……ウイの友達になりたいと思たアルよ”と、伝えて欲しいアル」

 企業秘密すらどうでもいいと言い、さらにまるで遺言のような告白をA・Ⅰに決意させる、この先に待ち構えている事態を想像して警戒する。

「雛菊にそこまで言わせる訳を聞いていいか?」

「裕貴はこの先で重大な決断を迫られるアル」

「……それがどうした?」

 さくらを取り戻す事の他に何があるのか想像がつかず聞き返す。

「この先で大姐さくらとデジー達の、“真の目的と存在理由”を知る事になるアル」

「何だって!?」

 思いがけず核心に迫る発言に動揺して聞き直してしまう。

「……裕貴は大姐が好きアルか?」

 聞き返した事には応えず代わりに少し寂しげに、だが真剣な表情で、ちょっと風変わりなキャラになった、雨糸の格闘中華娘系DOLLが聞いてきた。

「ああ、好きだ」

「どこが?」

「一言では言えない」

「順番に教えて欲しいアル」

 雛菊が打ち解けたように穏やかな表情で、笑いながら聞いてきた。

「そうだな、まずはおちゃらけている所かな。だけどそれをカモフラージュにして、人を落ち込ませないように明るく振る舞っているところ」

「うん」

「人の迷惑も顧みずにプライベートを知りたがって困らせたりして、それをちゃっかり心配りに転嫁するところ」

「ふふ、それで?」

「人に共感して同情したり、思いやったりするところ」

「あとは?」

「俺を好きになってくれた事」

「十分アルね。それは大姐に真っ直ぐ言うがいいアルよ」

 聞いてきた本音が見えず、なにか腑に落ちないものを感じたが、悪気はないようなので素直に答える。

「分かった」

「それじゃあ行くアルか」

 飛び上らず嬉しそうに手を伸ばす雛菊に、淑女をエスコートするように手を伸ばし、指を掴ませて肩に上げる。

 そして寝ている雨糸を見て、置いていく不安から、さっきまで感じていた懸念を口にする。

「ここに置いていって、……つか、この先みんなに危険が及ぶような事は無いのか?」

「その事なら大丈夫アル。これから先何がどうなっても裕貴やウイ、フローやスズ達に危険が及ぶことは無いアル」

「何でだ?」

「その理由もこの後に知るアル」

「その理由に保証はあるのか?」

 先の見えない展開を前に、できるだけ不安要素は無くしておきたくて聞き返す。

「ないアルけど、誓ってもいいアルよ」

「ロボットが? 何にかけて誓うんだ?」

「デジー達、十二単衣じゅうにひとえの存在そのものを賭けてもいいアル」

「証明できるか?」

「ふふ、デジー達全員の自滅プログラム発動のキーワードを教えるアル」

 ぶるるっ。

 そう言うが早いかツインにメールが着信し、from欄に雨糸(今はデイジーから)とメッセージが表示された。


『keyword:サクラナンカダイキライエイエンニキエテナクナレ』


「おいっっ!!」

 答えようとした時点で許すつもりだったが、あらためて決断の速さに驚きを隠せなかった。

「どうしたアルか?」

 あたかも自分に向けられた銃口の引き金を俺に預けて平然とする雛菊。その堂々とした態度に思わずたじろいでしまう。

「…………俺が浅はかだった。そもそも“さくら”を生み出した人達を、雛菊を試すようなことを言って悪かった。信じよう」

「いいアル。好きな人が居れば慎重になるのは当然アル。それが人間アル」

「ああ、ありがとう」

 そうして大扉の認証システムの前に立つ。

 ピンポン。

 リモートで雛菊が何事か操作し、認証画面に数字が飛び交う。そして数秒後、操作音とともに扉のロックが外れる。

 プシュー。

 肌寒いほどの冷気とともに扉が開き、ぶるりと震えながら中に入る。

 地上から見えた分の面積と二階分の高さを持っただだっ広いフロアには、同心円状にコアユニットが整然と並び、その中心に平屋程度の大きさのコンクリートで作られた、無機質な小部屋があった。

「あの中のコアユニットが大姐の本体アル」

「分かった」

 そしてその小部屋の前に立つと、今度は雛菊が髪を縛っていた直結用コードの一端を渡し、扉のミニコンソールを指さした。

「そのコンソールにコードを挿すアル」

「ああ」

 こっちはリモート操作ができないらしく、直接プラグを差し込むとすぐに扉が開いた。

 そうして中に入ると、すぐに扉が閉まりロック音がした。

「うお、びっくりした!……つか当然か」

 一瞬ドキリとするが、そもそも開けっ放しになるはずがないと悟る。

 納得してあたりを見回す。

 そこは暑くもなく寒くもないぐらいの空調が施され、中心に自動車ほどのコアユニットと、その隣には筒状のガラスカプセルが置かれ、中はピンク色の液体で満たされていた。

 そしてその周りには、少しの本が並んだ机、そこそこ使い込まれた女性用のベッドや、柔らかそうな二人掛けのソファが置かれ、小さな流しなどもしつらえてあり、コンピューターのコアユニットとガラスベッド以外は独身女性のワンルームマンションのような雰囲気だった。

 おまけに、机の上には、これも年代を思わせるような、四角いタイプのブラウン管式のデスクトップと、パソコンの筐体が置かれ、コアユニットに接続されていた。

「だれか暮らしてるのか?」

「まあ近いアル。そしたらあそこのコアユニットに接続されてるインターフェイスまで行くアル」

「あれか?」

「そう。あれにつながってるコアユニットが、デジー達十二単衣の本体プログラムの、さくら姉こと“〈alpha《アルファ》〉”アル」

「そうか、ついに……」

 そして、コンソールに近づくと、雛菊が口を開いた。

「じゃあ、大姐を呼んで来るから、裕貴のDOLLを机に置いて待ってろアル」

「ああ、分かった」

 そう答えると、また雛菊がケーブルを渡してきたので、コンソール脇のプラグに差し込む。

 すると電源が入り、満開の桜がバックの壁紙の画面が表示され、そこに雛菊の音声とともにメッセージが表示された。

『〈大姐、裕貴を連れて来たアル。話をしろアルよ〉』

「……〈ゆーきがここに? “010”どうして?〉」

「〈今は西園寺雨糸のDOLLにインストールされて、010は“雛菊”って名前になったアル〉」

 チャットのように、画面上に次々と二人のやり取りが表示され始めたので読む。

「〈そう……、一番辛い目に会ってきたデイジーが裕貴の友達のとこへ“呼ばれた”のね〉」

「〈そんな事今は関係ないアルし、デジーの心配より今は大姐の事でここへ来たアルよ〉」

「〈話しって……ダメよ。やめてデイジー。 ゆーきには会いたくないの。 だから繋がないで!〉」

「〈ダメアルよ。デジー達は大姐とPrimitiveの為に存在してるアルし、大姐みたいに設計思想デザインコンセプトからはずれるよーにはできないアル〉」

(Primitive? どういう意味だ? くそう、雨糸がいたら……)

「〈イヤ! やめて! ゆーきに会ったら私……〉」

「〈いいから外部インターフェイスに繋げるアルよ。言いたい事は自分の口から言うアル!!〉」

 そんなやり取りがあり、少しすると机の前に置いた俺のDOLL――いや、“さくら”に表情が戻った。

「さくら!!」

「どうして?……」

 ヘタレ込み、M字座りになって顔を覆う。

「それはこっちのセリフだ! どうして姿を消した?」

 すると、さくらは顔を上げて見上げ、悲しそうな顔をした。

「さくらはゆーきが好き。でもそのせいでフローラにケガをさせてしまったわ。もしこのままそばに居たら、さくらはDOLLとしての本分を忘れて、きっと同じ事を繰り返してしまう。それにフローラはゆーきを愛しているわ。さくらじゃゆーきの伴侶パートナーにはなれない。だから……」

「ばかっっ!!」

 さくらを両手で掴みあげて叫ぶ。

「ゆーき……」

「お前が居なくなってやっと気付いたんだ! 俺が好きなのはさくらなんだよっ!」

 そう言って、さくらを正面から見つめて告白する。

「ゆーき!」

 さくらは手で口を覆い、今にも泣きだしそうな表情をした。

「始めはなんて扱いにくいキャラかっと思った。でもさくらと一緒に楽しく過ごして、泣いて笑って、辛い時は慰めてくれたのが嬉しかった。さくらがDOLLだからとか、人間じゃないとか関係ない!!……うまく言えないけど、ずっとそばに居て欲しいと思ったのはさくらなんだ!!」

 言い切ってさくらの顔をじっと見つめるとさくらもまた喜んでいるようだった。

「嬉しいゆーき……あ……りが…………とう…………で……も…………」

「さくら?」

 だが、嬉しそうに見つめ返したその後、さくらはなにか電池が切れかけたようにトーンが落ちはじめ、目線が定まらなくなってきた。

「裕貴! 駄目アル。大姐は今、嬉しい感情と迷惑をかけたくない気持ちと葛藤を起こしてるアル!!」

 そばでやり取りを聞いていた雛菊が叫ぶ。

「葛藤?」

「急激にPrimitiveとシンクロが上がって来たアル!!」

「何の事だ?」

「ああ~~もうっ! つまり大姐の意識がもう一つの人格のトラウマに引き込まれそうになっているアル!!」

 雛菊がイライラしたように頭を抱える。

「もう一つの人格? トラウマ? ってどうすりゃいいんだ?」

 さくらの様子に、昨日フローラの質聞にエラーを起こした事を思いだす。

「とにかくPrimitiveに引っ張られないよう“さくらを呼び続ける”アル!!」

 その間にも、手の中のさくらがどんどんとパワーダウンしたように虚脱し始め、表情もどんどん消えてきていた。

「さくら、行くな! ここに居ろ! もう離れるな!」

 そう叫びつつ、小刻みにさくらをゆする。

「俺はさくらでなきゃダメなんだ!」

 力強くそう叫んだ瞬間、いきなり電源が入った様にボディが強張り、緩やかに表情が戻り始めてきた。

「やったアル!! 意識を掴んだアルよ!!」

 雛菊のその言葉に、訳が分からないまま背中を押され、さらに呼びかける。

「さくら“戻ってこい!!”  俺が好きなのは桜だけだ! 俺にはさくらが必要なんだ!!」


「だから戻ってこい!! さくら!!」


「ゆーき!? ……って誰? …………あああっ!!」


 さくらが手の中でそう叫んだ瞬間、ガラスベッド脇のアラームが鳴りだした。

 すると、パソコンのスピーカーから音声アナウンスが流れ始める。


『Primitiveの覚醒を確認、Alphaとの脳波接続をオフ。 人工冬眠モード解除、蘇生モードに移行します』


「なっ、なんだ?」

 驚いてガラスベッドを見ていたら、手の中のさくらが身じろぎをした。

「ゆーき……」

 マトモそうな声で俺を呼ぶので聞き返す。

「気が付いた…… じゃない、さくらに戻ったか? またエラーが出たみたいだけど大丈夫か?」

 そう聞くと、さくらが落ち着いた様子で答えた。

「うん、もう大丈夫。ぜんぜん平気だよ」

「やったアル! 成功アル! これでウイとずっと居られるアル!」

 雛菊が接続プラグを振り回して飛び回る。

「そうか、よかった……」

 そう言ってさくらを机に下ろすと、置いた手に触れ、指をつかんで俺を見た。

「ゆーき。ありがとう、ゆーきのおかげでPrimitiveを目覚めさせる事に成功したわ」

 なにやらうまくいったようだが、さくらはどこか寂しげに言う。

「そうだ。さっきから言っているPrimitiveとかAlphaって何の事だ? つか、あのガラスベッドの装置が言っている冬眠だの蘇生だのって何の話だ?」


「それは私から説明しよう」


 後ろから声をかけられ、驚いて振り向くと、さらに驚愕した。


 いつの間に入ってきたのか、そこには白衣を着た二十代半ばくらいの、“霞さくらの姉”といった感じのよく似た女性と、50前後に見えるグレーのスーツを着た紳士が立っていた。

 そして、白衣の女性の隣、もう一人良く見知った女性が居た。

祥焔かがり先生!!」

「ご苦労だったな水上」

「どうしてここに……いや、……そうだ、知り合いだったんですね」

 イキナリの登場に驚き、混乱して言葉がつっかえてしまう。

「まあな」

 なぜか会心の笑みを浮かべて答える。

「私は“大島緋織”、この計画の責任者でA・Iさくらの開発者よ。よろしくね」

 白衣を着た霞さくら似の女性が名のる。

「お!! あっ、あなたが……」

「会ったばかりで申し訳ないけど、私にはやる事があるからこれで失礼させてもらうわね」

「ああ、後でな」

「待つアルママ。ウイが心配だからデジーも行くアル」

「いいわ、行きましょう」

 雛菊が雨糸の元へ向かい、俺の代わりに祥焔先生がそう答えると、緋織さんがガラスベッドの接続を外し、車輪もない台を滑る様に押しながら部屋の外に行ってしまう。

「……では自己紹介の続きをしよう。私がブルーフィーナスの代表、“大島護”だ」

 威厳の中にも落ち着いた風を見せ、ゆったりと嬉しそうに語る。

「しゃっ、社長さん!?」

「ああ、君が水上裕貴君だね?」

「ええ、そうですけど……」

「君にはこれまでの事の説明と、これからの事の相談があるんだ」

「説明?」

 オウム返しで聞き返すと、別の声で遮られる。

「待って! 護ちゃん。その説明はさくらにさせて」

「さくら?」

「いいとも。だが大丈夫かい?」

「いいの。ここまで来てくれたゆーきに応えるのがさくらの義務だと思うの」

「どういうことだ? さくら」

 さくらを振り返ると、祈る様に手を合わせ、悲しそうな顔をして答えた。

「そうね、もうこれでさくらはゆーきの元には帰れなくなるってお話……」 


「何だって!?」

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