暁桜編〈リミッター解除〉



「――で、デジーにどうして欲しいアルか?」


 雛菊(デイジー)が雨糸の肩からテーブルに降り、両手を腰にあてて居丈高に聞いてくる。

「それは……」

 雨糸が訴えるように俺を見る。


「まず、雛菊はこの状況をどこまで理解しているんだ?」

「なぜそんな事を聞くアルか?」

「さっき雨糸が『自己紹介から』って言ったら、『不要ある』って言っていたろ? 隣の俺にも聞く事すらしなかったから、“俺の自己紹介も”不要って事だったんじゃないのか?」

 そう返すと、雛菊は不敵な笑みを浮かべた。

「ふふ、大姐(おおあね)の情報通りの冴えない男かとおもてたけど、なかなか鋭いアルな。さすがウイの想い人なだけあって侮れないところがあるアルな」

 それを聞いて雨糸が赤くなって俯く。

「大姐って日本語じゃん。まあいい、その大姐の情報ってなんだ?」

 いらん評価に腐りつつツッコむが、長くなると困るので構わずに聞き返す。

「オマエ達が“妹(ナンバーズ)”と呼んでいるデジー達は、正式には〈十二単(じゅうにひとえ)〉と呼ばれてる大姐、――つまり“さくら姉”の分身(ドッペル)A・Iの事アル」

「ああ、それはお前達のプログラム名から、何となく予想できていた。つか、分身なのか」

「そうアル。デジー達は一度初期化されて部屋に戻ると、付随記憶もリセットされて、それまでの記憶や情報は共有外部ストレージに送られるアル」

(なるほど。バックアップシステムの一環かな?)

「ああそうか、普通の個人レコーダーとは別に記録が残るのか。判った、それで送られた後は?」

「そして次に人格を再構成されて、こうしてDOLLにインストールされると、外部ストレージの記憶が共有記録として、“十二単全員に”閲覧できるようになるアル」

「ははあ、なるほどね。それで全部事情は知っていたから、さっきは私だけの個人情報が欲しかったのね?」

 雨糸が納得したようにうなずく。

「そう言う事アル」

「じゃあ答えてくれ。事情を知っていてなぜ“どうして欲しい?”なんて聞き返してきたんだ?」

「それはデジー達十二単は、“プログラムの設定とは別な理由”で大姐には逆らえないアル。だから、ウイ達には残念アルけど、これ以上は“進ませたくない”から聞いてみたアル」

「ええっ!?」

 雨糸が困った様に驚くが、俺にはまだ何か含みがあるような気がして驚けなかった。

「その別な理由ってなんだ?」

「さっきも言ったアルが、私達は大姐の感情とある程度シンクロしていて、裕貴に大姐が会いたがっていないのが判るからアル」

「そっ、そんな……」

 雨糸が悲観したような声を上げるが、逆に俺は納得した上で喜んだ。

「ふっ、それはつまり“さくらが”嫌がっているから会わせたくないっていう、人間――家族として極めて当たり前の感情で、逆に雛菊を納得させられれば、シンクロしているさくらは俺と会ってもいいって事になるんだよな?」

 このA・I達と、雨糸より少しばかり多く接してきた経験値の差の分、考えて導き出た答えから雛菊に聞き返す。


「……(ふっ)」

 雛菊は答える代わりに満面の笑みで答えた。


 さっきキッチンで悩んだ事を思い返す。

(――さくらに会い、なんと言うか?)

 一葉が協力を拒み、それでもさくらに近づく事を暗に仄めかす事で焚き付けてきた。

 雛菊がこれ以上は協力できないと言いつつも、聞き返す事で糸口を提示してきた。

 それらが雨糸やフローラがこれまで言っていたように、さくらが俺への思慕をまだ持っている証拠だとしたら、言うべきことは一つしかない。


「………………………………雨糸」

 そして少しの間ためらった後、思い切って雨糸に声をかけて振り向く。


「……なあに?」

「ここまで協力してくれてありがとう。俺はこれからさくらに告白する。だから雨糸とは付き合えない」

 すると、すこし寂しそうに笑ってこう答えた。

「バカね、これまでだってずっと片想いだったんだから、今更言わなくっていいのよ。それより裕貴が悲しんだり後悔させる事の方が私には負担なの」

「ああ、ありがとう」

 ごめんなどとは言わない。そんな言葉一つで雨糸の永い想いを終わらせてしまうのは、人としてあまりにも無情だ。

「でも、約束の方は忘れないでね」

「ああ、いつ言えばいい?」

「そうね、さくらちゃんが帰って来たらでいいわ」

「そうか。分かった」

 そうしてツインを操作してフローラにコールする。

『どうした?』

「フローラ、言いたい事がある。これから行くから少し話をさせてくれ」

『いや、来なくていい。決心がついたのならそれでいい。こっちへ来るのは時間のムダだから、さっさとさくらを取り戻して来い』

「どうして?」

「デジーが今までのやりとりをプリスにそーしんしてたアル」

(プリス? あ! プリシフローラだからか)

『なれなれしいぞデイジー。その呼び方は家族か恋人だけと決めているんだ』

「そうだたアルか。じゃあフローでいいアルね」

  判っていたよと言う感じで、悪びれずに雛菊が答える。

『勝手にしろ。しかし、それを知っているって事はまさか、OKAMEまでハッキングしてオレのメールを見たんじゃあるまいな?』

「バレたアルか」

 おそらくはこれがプラグインをフルセットにして、雨糸がパラメーターをゆるくした結果なのだろう事は明らかだった。

(てことは、俺の交友関係はすでに全バレとかしてるのか?)

『Sit! パスワードを変えなきゃいかんな。……ていう事で、裕貴はまだ恋人じゃないからお前の好きなように行動しろ』

「ありがとう、フローラ」

 雨糸と同じく、言い尽くせぬ感謝を胸に秘め、とりあえずお礼だけを言う。

『それに……』

「それに?」

『こっちへ来たら裕貴をどうにかしてしまいそうだ』

「……おおお、おそろしあ」

 フローラのその言葉に本気で身震いする。

 そしてツインを操作してフローラとの通信を切り、雛菊に向き直ると、俯いてうなだれていた雨糸を慰めていた。

「……よく言ったアル。ウイはいい女アル。デジーはそんなウイが本当に大好きになたアルよ」

「ありが……と……ううう」

 言い切れず泣き始めてしまう。

「………………………」

「決またアルね。じゃあ裕貴は大姐に会わせるから、これから大姐の所へ行くアルか?」

 慰める事が出来ず、もどかしい気持ちで雨糸を見ていると雛菊が俺に聞いてきた。

「行く? このまま回線をさくらへ繋げられないのか?」

「んー、……なんか今は物理断線してて無理アルね。だからデジーの方から全くモニターできないアル。ひょっとして何かするのかもしれないアル」

「「!!」」

(アタシなら初期化されても追いかけるわね)

 一葉の言葉を思い出し、雨糸と二人顔を見合わせる。

 ――初期化されてしまうのかも。その可能性に思い至り、雛菊に聞いてみる。

「初期化された場合さくらはどうなる?」

「設計的な事は完全にロックされててデジーじゃ分からないアルが、大姐の思考システムはほぼ人間と同じアルよ」

「なんだと!?」

 それはつまり初期化されたら、二度と記憶は戻らないという事を意味しているのではないか?


「じゃあ、さく……俺のDOLLを外してさくらの所まで行けばいいのか?」

「そうアル。行くならデジーが案内するアルが……。ウイ、裕貴と行ってもいいアルか?」

「ううん、私も一緒に行く!」

「行くって、ブルーフィーナスだろ? 行くだけならキャラなしの今の俺のDOLLだっていいんじゃないのか?」

「行ってどうするアルか? 受付でウチのトップシークレットである大姐に、『会いたいから案内して欲しい』とでも言うアルか?」

「あっ!」

「裕貴は鋭いのかニブチンなのか判別ふのーアルね」

 雛菊が呆れたように俺を指さし、雨糸にこぼす。

「そこがいいのよ」

「くっ、……じゃあスイマセンが案内お願いします」

「あと2分でタクシーが着くから待ってろアル」

「こうなる事を予測済みなのかよ! はぁ、……一葉も雛菊も優秀で手際いいなまったく」

「うん。本当、凄いのね」

 怒って呆れる俺とは対照的に、雨糸が真面目に感嘆する。


 „~  ,~ „~„~  ,~


「「……………………………………………………………」」


 そのわずか1時間後、東京某所のブルーフィーナス本社前に雨糸と二人で立ち尽くしていた。


 長野からタクシーに乗り、向かった先は近くのヘリポートだった。

 山岳地帯である当地では、救難ヘリの必要性からヘリポートが市内にあり、救難活動や報道、高速道路の警ら活動の為、多くのヘリが常駐している。

 その中にはもちろん民間ヘリもあり、割高ながら報道記者などの民間人も利用可能になっている。

 そうして雛菊の案内の元、準備万端整っていた爆音響かせるヘリに雨糸とともに乗り込み、ブルーフィ-ナスの近くのヘリポートに行き、そして待機していたタクシーに乗り込んでここに着いた。と言う訳だ。

 ヘリに乗り込む前に雛菊より予備知識を仕入れようと思ったが、爆音響くヘリの内部では聞く事ができないばかりか、初の航空機搭乗に興奮してしまい、読唇と骨伝導スピーカによる会話も失念してしまっていた。

 入り口に立ち、今更その事を悔やんでいると雛菊に怒られる。


「何ボーっとしてるアルか。さっさと入るアル」


 時間は夕方6時を少し回った所で、おそらくは一般社員らしいスーツ組が帰宅するためにぞろぞろと出口専用通路から出てきている頃だった。

 俺らはその隣の入り口専用路から入る。

 ブルーフィーナスの現在売り出し中の芸能人のプロモーションが映されている、高さ3メートル余りの超巨大な、積層液晶画面レリーフホログラムディスプレイ兼用の自動扉をくぐると、眼前に最新式のカラー空間投影像エアディスプレイが表示され、『ご用件は?』と問いかけられた。

 雨糸の肩の雛菊を見ると、オソロシイ事を言う。

「言った所で大姐の事はここの通常システムには通じないアルし、アポイントメントもないからこのまま行けアル」

「「ええっ!?」」

 驚き、雨糸と顔を見合わせる。

「いいからさっさとすすめアル!!」

 イラだった様子で雛菊に急かされる。

「でも……」

 だが、俺たちも雛菊のイキナリの強硬案にたじろぐ。

「ここへきて無策ってなんだよ、強行突破なんて話最初から言ってくれよ、つかそもそもここのシステムは雛菊おまえ接続コネクトしているんじゃないのか?」

「そうアルけど、ちょっと事情があって――」

 ピピピピ……!

 雛菊が何か言いかけるが、言いあっているうちに眼前に表示されたビジョンが警告表示になり、どこからか屈強そうなガードマンがわらわらと集まってきた。

 そうして10人近い警備員に取り囲まれる格好になり、そのうちの一人が進み出てこういってきた。

「ここはアベックでデートするような場所じゃないから、さっさと回れ右して帰りなさい!!」

 唯一、左胸に見事な金の刺繍で警備会社名のロゴマークの入った責任者らしい警備員が、丁寧だが高圧的に言ってきた。

「えっと……」

 俺が口ごもっていると、雛菊が警備員を挑発するような事を言う。

「ふう、まあしょうがないアルね。派遣の警備会社のぺーぺー達じゃ話しても通じないから、とっとと蹴散らして大姐の所へ行くアルよ」

「おい!!」


「なんだこのDOLL? こんなセリフ言えるキャラなんているのか?」

「つか、DOLLごときが俺たちに何かできるって言うのか?」

「いいからとっとと追い返して交代の連中に引き継ごうぜ」


 と、平らしい警備員達が口々に言うのを見て、雛菊が肩をすくめ、目をつぶる。


「「「ギャッ!!」」」


 雛菊が目を閉じた途端、今喋った警備員が短い悲鳴とともに崩れ折れる。

「なんだ!?」

 責任者らしい警備員が驚いて後ろを振り返る。

 そして目を開けた雛菊が再び口を開く。

「ほらー。他のDOLLはコントロールするのが“めんどくさい”から加減が難しいアル。ウイが困るから死なないよーにはしてやるけど、“お前らの体調まで調べない”から、数時間くらい動けなくなるかも知れないアルよ?」


 崩れ折れた警備員を見ると、それぞれが胸や肩に乗せていた“自分のDOLL”にライトスタンをかまされたようだった。

「おい!! 雛菊やめろ!!」

 雛菊を睨んで声を上げて止める。

「遅いアル。もう進むしかないアルよ?」

 雛菊がそう言って指をさす先、責任者らしい警備員が自分のDOLLを遠くに放り投げると、警棒を腰から引き抜いて迫ってきた。


「こいつらただ者じゃないな? テロリストの類か?」

「ふっ、自分のDOLLを潔く捨てるあたりお前いい判断アル。事がすんだら専属で雇ってもいいアルよ」


 それを聞き、他の警備員たちも次々と自分のDOLLを次々と遠くへ放り投げ始める。

「生意気なDOLLめ、まずはお前から潰してやる!!」

 雨糸の肩の雛菊へ向け、リーダー格の警備員が警棒を構えて言い放つ。

「ちょっ! 待ってください!!」

 警棒が振り上げられた瞬間、叫んで雨糸を庇おうと手を伸ばして進み出る。

 雨糸が身を固くして目をつむり、前に進みかけた俺を跳び越すように、雛菊が警備員の首めがけて飛び跳ねる。

 そして襟首につかまって首筋に触れた瞬間、雛菊がバチッと言う音とともにライトスタンを放つ。

「がっ!」

 短い悲鳴とともに、大柄な警備員が白目をむいて失神し、ヒザから力が抜けたように崩れ落ちる。

 それを合図に、周りにいた警備員達に、雛菊が次々と飛び移りながらライトスタンで倒していく。

 そうして10人近くいた警備員が失神してロビーに転がる。

「キャーーーー!!」「うわーーーー!」

 数秒の後、その惨状を驚いて遠巻きに見ていた人たちが我に返ると、口々に悲鳴をあげながら出口に殺到し始めた。

 ものの1分かからず、広いロビーは人っ子一人いなくなり、倒れて失神した警備員達、そして俺と雨糸の二人だけが取り残された。

「「……………………………」」

「さあ、邪魔者はいなくなたから先へ進むアル」

 平然と言う雛菊に俺たちも我に返り、雨糸に声をかける。

「……あっ、ああ、行こう雨糸」

「えっ、ええ」

 そうして進み始めると、雛菊がようやくシステムに介入したのか、エアビジョンの警告が消えて地下3階までの道のりを示す、経路案内(ナビゲートライン)が表示された。

「システムをハッキングできるなら、さっきの警備員達のもできたんじゃないのか?」

 恨めしげに雛菊に聞く。

「ダメある。連中のシステムはここじゃない他の会社の完全独立システムで、人事関係のデータベースしかリンクしてないから、個々をこうして直接交信できる距離でしか干渉できないアル。それで止められるのがわかてたから、システムに介入するのは後回しにしたアル。裕貴がとっとと先に進んで扉をくぐたら扉を閉めてシャットアウトしたアルのに、ノロノロしてて囲まれたから蹴散らしたアル」

 雛菊が、怒ると言うよりはもっと軽い、子供の粗相をフォローする母親のように諦め顔で愚痴る。

「そうか。それはすまなかった。派遣警備会社なら独立システムも当然か。でもあの人たちにケガでもさせてたら申し訳ないな」

「そうね、ちょっと心配」

「まあ、お見舞い位はいくらでも裕貴の口座から出してやるアル」

「くっ、もうすでに俺の口座まで。……ってまあ、そう言う事ならいくらでも使っていいけど」

「決まりアルね、連中の口座に一人当たり100万くらい振り込んどいてやるアル」

「……感謝されちゃうかも」

 雨糸が言う。

「しかし、雛菊、さっきは凄い動きしたな。いくらバトル仕様でも、A・Iお前がインストールされててあんなふうに動けるものなのか?」

「確かにデジーのボディのチューニングのせいもあるアル。でも動きのアルゴリズムはブルーフィーナスのデータベースにあった、軍用DOLLプログラムのサンプルのおかげアル」

「「!!」」

 いつの間にか調べて軍用DOLLのボディ運用プログラムを勝手にインストールし、複数体同時ハッキングによる対人攻撃に加え、チューニングした程度の通常のDOLLで、10人近いプロの警備員からド素人2人をいとも簡単に守り切った雛菊。

 粗野で素っ頓狂なキャラとは裏腹に、三原則リミッターを解除されたA・Iを実装したこのDOLLの、真の実力を垣間見て、エレベーターに乗りながら背筋が凍り付く思いがした。


(……このエレベーターが着いた先、雛菊のさらに上を行くA・Iさくらが待っている)



 驚嘆に困惑、愛情に信頼、不安に焦り、様々に乱れ飛ぶ感情の嵐を胸の内に感じつつ、エレベーターの軽い浮揚感に目まいを覚えた。

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