暁桜編〈Murder〉


 時計を見ると午後4時を回っていて、ちょうど下校時間も過ぎた頃だったので、雨糸に一つ提案する。

「……じゃあ、俺がお父に連絡を取ってみるから、雨糸には悪いけど、祥焔(かがり)先生の家に行って見てくれないか。居たらこんな犯罪じみた事、いやもう犯罪なんだけど、――しなくて済むならそれに越したことはないと思うんだ」

 そう言うと、雨糸が首をすくめて、笑いながら俺の手を取って言う。

「もう。全部承知の上なんだから、裕貴が気に病むことないのよ。……でもそうね、確かに穏便にできるならその方が良いわね。判った。ちょっと行ってくるわ」

 言葉にできない感謝を、わずかばかり握り返した手に込めて答える。

「ありがとう。――頼む」

 そうしてフローラとの通信を切り、雨糸は自分のツインだけを持って祥焔先生の家に向かう。

 そして俺がお父に連絡を取ろうとしたら、俺のツインにフローラから連絡が来た。

『ところで裕貴』

「なんだい?」

『オレが雨糸を認めた事と、裕貴が雨糸とキスをした事とは別だという事は承知しているんだろうな?』

 少々怒気を孕(はら)んだ声色で聞いてくる。

「!!そっそれは……」

 全くその通りだった。

 昨日フローラの告白に“好きだ”と応えておきながら、今日には幼馴染の告白と無償の協力にほだされ、キスで返した。

 理由はどうあれ、フローラに対して不誠実な行動なのは間違いない。

『こういう場合は“どうオトシマエをつけるんだ?”と聞くのが正しいんだろ?』

(いや、それ任侠(アウトロー)の世界っス、姐さん!!)

 とはもちろん言えず、かすれた声で答えてしまう。

「あっ……う……いや…………そうです」

『……まあいい。こんな事がなかったら私も告白なんてしてなかったし、本来なら涼香に振られた裕貴に先に告白していたのは雨糸だったろう。そんな彼女が長い間想いを寄せていたのに、今回の事で私が横から奪ったと思われても仕方ない』

 女性言葉になり、沈痛な様子で雨糸に対して負い目がある事を正直に告白する。

「……フローラ」

『だが、私はそれで納得できるほど感情をコントロールできなくてな』

 声を震わせてフローラが言う。

「うん」

『……今度びょ、病院に来たら、雨……糸にしたのとおっ、同じキスをして。……そっそれで………………』

 フローラが言葉に詰まりながら懸命に言葉をつなげるが、最後まで言えずに泣き出しそうだった。

「ああ、判った」

 それ以上応えようもなく、ここまで尽くしていてくれる彼女達にただただ頭が下がった。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 雨糸が祥焔先生宅に行き、ものの数分で戻ってくると、祥焔先生が不在だった事と、インターホンに俺宛てに伝言が入っていた事を伝えた。

「んーとね。『私は暫らく戻らない。水上は思うように行動しろ』だって……」

「はぁ?? 意味判んねえし、そもそもそれをなんで雨糸に伝えるんだ?」

「さあ?」

 「「『…………………」」』

 言いようのない困惑が広がり、経過を聞いていたフローラとともに3人で押し黙る。

『……祥焔先生は何かしら事態を察知していると見ていいだろう』

 ややあってフローラがポツリと言い、

「やっぱりフローラもそう思う?」

「どういうことだ?」

 俺が聞き返す。

『いや、まだ憶測の域を出ないし、それを言ったところでやる事は変わらないからやめておこう』

「そうね。判っているのは祥焔先生の協力は無いって事よ」

「……そうか」

 残念ながら俺の洞察力や分析力は二人に劣る事を充分承知しているし、それに二人は十分信頼も置けるのでここで詮索を止める。


 ピロリン。


 ツインにお父からの返信音が鳴り、空間投影機(エア・ビューワー)を起動させて返信内容を読む。

「なになに?……『裕貴の言う音源は多分デビュー前に録音されたデモテープだろう。お父のPCにMP3で入っている。お父の方でPCを操作してフォルダを開いておくから好きに使いなさい』だってさ」

「へえ、おじさんってそんなディープな“霞さくら”ファンだったんだ……」

 雨糸が驚く。

「ああ、最初に“霞さくら”を推してきたのはお父だしな」

「そっか、でも子供とはいえ自分のPC覗かせるなんてやっぱり親子なのねえ……」

『雨糸、どういうことだ?』

 フローラが聞き返す。

「うん、裕貴もここまで来るのに私にPCを好きにさせてくれてたのよ」

「そっ、それは……」

 反論しかけるが、事実なので口ごもる。

『ほほう? オレにはさくらの“あの画像”とやらは見せてはくれなかったのに……か?』

 フローラの言葉に心臓が飛び上る。

 フローラの言う“あの画像”。忘れもしない。さくらが映し、警察のサーバーに送られた俺の痴態。

「イヤイヤイヤ、それは雨糸どころか、涼香や親にだって見せられないよ?」

「え? え? え? 何? どんな事?」

『ああ、どうも最初のDOLLの認証登録の時、とんでもない恰好で裸を撮らせたらしいぞ?』

「やーーめーーてーーーー!!」

 叫びつつ通信している雨糸のツインを奪おうとするが、身を翻して雨糸が胸のブラ中にしまい込む。

「あっ!!」

 そして雨糸はこれ見よがしに胸を張ってくる。

「ふふふ、欲しいならさあどうぞ?」

「くっ……!!」

 涼香なら胸元どころか股間でさえ探れるが、さすがに雨糸にはそこまで出来ずに躊躇(ちゅうちょ)する。

『……どうした? 何があった?』

「えっとねえ、裕貴が通信を切ろうとして私のツインを奪おうとするから、ブラの中に隠しちゃったの♪」

『ほほう、なら、この会話が途切れたら裕貴は雨糸と一線を越えた事になるんだな?』

「ふふふ、そう言う事ね」

 そう言って、雨糸が胸の真ん中に来るようにツインの位置を直す。

「コンチクショーーーーー!!」

 拳に力を込めて絶叫する。

『ああ、いいな。裕貴、もっと吠えろ』

 ドSか!!

「まあ、私としては超えてもらった方が嬉しいんだけどね、」

『それは裕貴次第だな』

 二人とも矛先を俺に向けつつ、お互いを意識してけん制しているようだ。

「てか今なら警察にだって侵入できそうだから、その画像も手に入るかも……」

「くっ!!」ギリギリギリ……。

 そんな状況で何かできるわけもなく、短く呻いて歯噛みしていると二人が笑い出す。

「『あーはははははははははははは!!」』

「??」

 戸惑い、立ち尽くしていると雨糸が喋る。

「どう? フローラ。見れた?」

『ああ、バッチリ見られた。というかしっかり録画した。ありがとう雨糸』

 その会話に、胸元から見えた雨糸のツインが、いつの間にかカメラの作動を示す緑色のLEDが点灯している事に気付く。

「やられた……」

『こういう場合は“ご愁傷さま”と、言えばいいのか?』

「ピンポーン。フローラ」

 うろたえた俺の顔を抜け目なく記録する事に成功しつつ、意気投合した二人に内心安堵する。

(険悪になるよか全然マシだからまあいいか)

 そう思い、諦めながらクギを刺しておく。

「ハァ…………頼むから拡散させるのは勘弁してくれよ」

「『もちろん」』

 二人がハモる。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 そうして一旦雛菊デイジーを回線から外し、お父のPCに繋いで歌をコピーする。

 その時、PCを操作していた雨糸が感嘆する。

「すごいのねえ、おじさんって本当、霞さくらの大ファンだったのね」

「何で?」

「だって、この〈霞さくら〉フォルダのデータ量が〈家族〉フォルダの10倍くらいあるのよ?」

「マジか? って、彼女が活動してたのってせいぜい3年くらいじゃないか。どんだけ霞さくらの追っかけやってたんだ?」

「まあ、やっぱり裕貴のお父さんなんだなって私は思うけどね。――さ、完了。行きましょう」

 何が? と聞きたくなるが、似てるとか言われそうだしそんな感想いらねーので止めておく。


 部屋に戻り、雛菊を繋いで“010”のフォルダをクリックすると、マイク型のアイコンが出現し音声入力が可能になり、雨糸が雛菊を操作して歌を再生させる。

『Somewhere over the rainbow・・・・・・』

「「『…………………………………」」』

 人間の耳には、さっきの唄となんら変わりがないように聞こえるその歌を、再び3人で聞き入る。


 ピロリン。

 歌の再生が終り、認証音とともにあっけなくフォルダーが開いた。

「おお!! 開いた」

「ああよかった。……さて、と」

 俺が感嘆し、雨糸が安堵する。

 そして赤ん坊の形をしたアイコンが出現すると、雨糸がそれをクリックする。すると、


《kasumisakura_beta.ver010/bin》

《このファイルを開きますか?》


 と、ダイアログボックスが表示され、ダウンロードを問われる。


 《 YES / NO 》

 そうして、雨糸が“YES”を選択しすると、《既定の設定》という選択肢の他に、《詳細設定》というコマンドが出現した。

「やっぱり設定可能みたいね」

『ああ、そのようだな』

 雨糸が呟き、フローラが答え、続けて雨糸が詳細設定をクリックする。

 するとウィンドウが変わり、ほぼHTMLコードで埋め尽くされた画面に切り替わる。

 そのページは、“<>”や“〔〕”、“/”などの記号の間を、ほぼ半角英数字で埋め尽くされており、時折日本語や、英語らしき表記が散見されていた。

「……んんん。フローラ、悪いけど各パラメータの日本語訳をお願いできる?」

『いいとも。任せて』

「ありがとう。これを見ると、感情パラメータを振り分けて変更するみたいだけど、感情名がなんかの専門用語で、私の和訳じゃあ不正確かもしれないの」

『ああ、そのようだな。英語以外にも所々ラテン語やオランダ語、ドイツ語が混じっているようだ。おそらく心理学の専門用語だと思う』

「なんだって?」

「やっぱり。フローラが居てくれてよかったわ。さすがに“A-02”レベルの機密プログラムだから、いじるなら慎重にいかないとね」

 俺の驚きには答えず、雨糸が真剣な表情で呟く。

『ああ、その考えは賛成だ。だから私も慎重に答えよう』

(“A-02”? B―01がたしか民間レベルだったから、その上は政府とかか?)

 そう聞こうにも、最初にハッキングを開始した時のように、緊張してわずかに手を震わせている雨糸の雰囲気に呑まれて聞けなくなってしまう。

『じゃあ、一通り読み上げるから、それから考えて数字を入力すればいい』

「そうね、そうしましょ」

『よし、行くぞ』

「いいわ」

『まずはThe age《ザ エイジ》、年齢……The gender《ザ ジェンダー》、性別……The race、人種……Language言語…………』

 という翻訳から始まり、次第にディープな言葉が出てくる。

『Astonishment《アストーニシュメント》、驚愕……Pleasant sensation《プレゼント センセーション》、快感……Sense of guilt、罪悪感……The courage、勇気……………………が、通常レベル設定の部分だ』

 およそ20ほどの最初の項目をフローラが訳し、次にはさらに複雑な感情比喩が出てくる。

『Relieved《リリビット》、安心と、Anxiety《エンザイエティー》、不安。……Superiority complex、優越感とInferiority complex、劣等感……Hate、憎悪とLove and hatred、愛憎。……Resignation、諦めと、Despair、絶望。…………』

 そして、重くて初めて知るような感情用語も出てきて、フローラが時折躊躇する。

『Saudaji《サウダージ》、郷愁、憧憬。……Schadenfreude《シャーデンフロイデ》、恥知らずの喜び……Malice、…………ふう……殺意。……Conscious negligence、未必の故意……Devotion、献身……………………』

 そこまで言うと、フローラがはたと翻訳を止める。

 不審に思い、雨糸を見ると雨糸もまた眉を潜めている。

 「どうした?」

 そう聞くと、引っかかっていた玩具が動き出すように、ようやくフローラが言葉を紡ぎだした。

『………………………………Fornication、姦淫……Escape、逃避……Resistance反抗、次が……」

 再び口ごもるが、次に答えた言葉に殴られたような衝撃を覚えた。


『Murder《マーダー》、殺人』

「!!」


 „~  ,~ „~„~  ,~

 

「子供たちの様子はどう?」

 白衣一枚の緋織が、コーヒーを二つ持ってきて祥焔の前に立ち、祥焔に聞く。

 眼鏡型情報端末(フェアラブルデバイス)をかけ、ソファにショーツ一枚でくつろいでいた祥焔が、グラスを外して顔を上げる。

「んん? 悩みながらなんとかやっているようだ。まるで人生のようにな」

 コーヒーを渡しながら緋織は肩をすくめる。

「答えが抽象的で的を得てないわ。やっぱりあなた、研究者より教師の方が向いてるわ」

「そうかもな、だがお前こそ研究者としては優しすぎるんじゃないのか?」

「そうかもね、でも彼のようにあれもこれも抱え込めるほど優しくも強くもないのよ」

 そう言いながら、祥焔の隣に座る。

 祥焔は一口コーヒーを飲み、テーブルに置くと緋織を抱き寄せる。

「あいつが強いのは守りたいものがあるからだ。お前が弱いというのなら、私が支えてやろう。フローラ達のようにな」

 祥焔はそう言って白衣を割って足の間へ右手を滑り込ませる。

「んっ……そんなセリフ、6年前に聞けたら、もしかしたらあなたを選んでいたかもよ?」

 緋織が意地悪く言う。

「嘘をつくのは体だけにしておけ。緋織」

「なぜそう思うの?」

 祥焔は緋織に覆いかぶさると、潤んだ秘部を愛撫する。

「お前が愛しているのはあの男と“さくら”だけだ」

「おかしな事を言うのね、では今何をしていると言うの?」

 緋織は笑ってそう言うと、祥焔の頬を挟んでキスをする。

「おかしくない。お前は私を利用して自慰行為をしているのに過ぎない。……お前は私を愛していないから」

 唇を離し、祥焔が自嘲気味に言う。

「それが判っててどうして私を抱くの?」

「好きな女の役に立ちたいと思うのは当然だろ? 自慰行為の手伝いでも、実験の代理母でもやってやるさ」

 緋織は瞳を潤ませ、祥焔を見つめて呟く。

「……あなたこそ愚かよ」

 そうして再び祥焔の唇を塞ぐ。

 

 „~  ,~ „~„~  ,~


「……止めよう」

「どうして?」

 ややあってそう言う俺に雨糸が聞き返す。

「殺人なんて、そんな事まで設定できるA・Iを雨糸のそばに置くわけにはいかない」

「心配してくれるのは嬉しいけど、それじゃあ、“一葉”や“さくら”ちゃんはどうなるの? そもそもあのA・Iは三原則に則(のっと)ってないわよ?」

「それは知らなかったからだ。そのれについてはこれから考えなきゃいけない」

『……裕貴、そもそも人間なら誰しも禁忌を犯せる状態で存在しているんだぞ』

 黙っていたフローラが割り込んで答える。

「そうだけど、人間は長い年月をかけて人格を形成して、愛情やモラルを育てて、理性と言う戒めを持つんじゃないのか? それがこんなふうに数字の変動一つで兵器にもなるなんて……」

 言いかけた自分の言葉にハッとする。

「やっと気付いた?」

 そう、こうやってものの数分でパラメーターをいじる事ができれば、要人のDOLLを即座に反逆者に仕立て上げる事が可能になる。

 そもそもこの厳重なセキュリティはこのA・I達の重要性を物語っており、最初に見せた雨糸の緊張はそれを十二分に承知していたからなのだ。

「ああ、やっとな。……雨糸もフローラもこの事は知っていたんだな」

『もちろん。私は自分ができないから躊躇(ちゅうちょ)してるだけで、そこに行けたら私がインストールしたいと思っている。戸惑ったのは、雨糸との付き合いが浅いせいで、巻き込んでもいいのか不安だからだ』

(そうか、俺と同じ不安を持っていたのか)

「何言っているのフローラ。そんなのフローラが気にする事じゃないし、私はただ、黒姫(ねこ)の時みたいに裕貴の手伝いができなくて後悔をするのはもうイヤなのよ」

「雨糸……」

『そうか、私が知らない因縁があるならもう言うまい。だが雨糸、今度その話をじっくり聞かせてくれないか?』

「いいわよ」

「おい。少し真剣になってくれ、人の命がかかっているんだぞ」

「……ふう、あのねえ裕貴、じゃあ人命がかかっていない世の中のシステムって、一体いくつあるって言うの?」

「そっ…………」

 言葉に詰まっていると、さらに畳み込まれる。

「自転車、自動車、包丁、プール、お餅、どれだって事故が起きるリスクを孕(はら)んでいるし、凶器にもなる。普通のDOLLだって古いナビ情報で、マスターを事故に導いてしまう事件だって起きてるわ」

『まあまて雨糸、そう裕貴を責めるな。いや、そもそもそんなに裕貴の心配がイヤなら、今からでも遅くない。OKAMEを取りに来て、OKAMEにインストールして協力させてくれ。それで裕貴の心配という関心が引けるなら、私は病院(こんなところ)でグダグダしているより、その方が断然嬉しいからぜひそうしてもらいたい』

「って、ダメダメダメ!! この件は私の方が先よ! この役は涼香にだって譲らないわよ!」

『だが、裕貴の心配は要らないんだろう?』

「そっ!! そんなんじゃないけど、さっきから裕貴があんまり心配性で強情だから、ちょっと頭にきて、……って、もう! とにかくこの権利は譲れません!!」

 フローラと雨糸が言い争いを始め、置いてけぼりを食らい口を挟めなくなっていたが、突然二人の矛先が変わる。

『なら裕貴は黙って雨糸に従え。女の本気を甘く見るな』

「そうよ裕貴。大丈夫、言葉の通じるスイッチの付いた猛獣だと思えば全然扱いやすいわ。てか、A・I実装のDOLLなんて、所詮実体のあるゲームキャラみたいなものよ」

「心配してるのに怒られる理不尽……まあ、たしかに三原則に関しては一葉もさくらも順守されてないようだし……雨糸、ホントに良いんだな?」

「もちろん!!」


 しぶしぶ納得させられて許可を出すと、雨糸がさっそく設定画面から数値を入力してパラメーターを振り分け始める。

 一度聞いただけで用語を理解したうえに、これだけ特殊なパラメーターの振り分けにも拘わらず、妙に手慣れた感のある雨糸に聞いてみる。

「やけに手慣れてるけど、ネトゲでこんな特殊(ニッチ)なパラメーターの振り分けのあるゲームなんてあったか?」 

 雨糸は不思議そうに振り返ると意外な事を聞いてきた。

「……裕貴、あたしのパパの仕事って知ってる?」

「いや、知らない」

「そう……。パパがおじさんとは町内会行事で一緒になって飲んだことがあるって聞いていたけど、おじさんから聞いていなかったんだ」

「そうなん? 全然そっちも知らなかった」

「アトリエシリーズのゲームは?」

「知ってる“ガスタ”っていうファミレスみたいな名前の会社が出してるゲームで、色んなアイテムを錬成するヤツだろ? 俺好きで最初のシリーズからやってるぞ。つか、いまやってる事と何の関係があるんだ?」

 意外な質問ばかりされ、いい加減しびれを切らしそうになる。

「ファンになってくれてありがと。実はその会社、パパの会社なの」

「……………………………………………ええっ!?」

 これまた意外な答えに5秒ほど脳がフリーズした。


「……私一人娘でさ、そのうえパパはバツイチでウチは親子二人っきりなのよ」

「そうか……」

「アトピーであまり外で遊べなくて、でもパパも忙しくてかまってもらえなくて、それでかわりにいつも新作ゲームを与えられてて、ついでにモニターを兼ねて小さい頃からゲーム三昧だったの」

「ああ、それでか」

 つか父ちゃんさすが経営者、抜け目ねえな。……とは言えなかった。

「そう、それで最近は開発の手伝いで、ゲームキャラクターの方のアルゴリズムまでプロデュースするようになったのよ」

 各種ITスキルに加えてタイピングの早打ち……納得の生い立ちに頭が下がる。

「雨糸様。お見それ致しました」

「モデルガンしか扱った事は無いけど、銃知識は専門家並みって感じなの。だからこの事も素人じゃないから全然心配要らないわよ」

「『頼もしいな」』

 フローラとともに感心する。

「……………ってよし。完了」

 そうこう話すうちにパラメータの振り分けと初期設定が終り、雛菊にインストールを始める。

「時間はどれくらいかかりそうだ?」

「そうね。30分くらいかしら?」

「じゃあちょっと休憩しよう。お茶でも入れてくるから待っててくれ」

「うん」

「フローラはどうする? 繋いでおいてこのまま終わるまで様子を見る?」

『いいや、そろそろ先生の回診の時間だから一回切る。30分くらいかかるなら終わってからこっちへ様子を教えてくれたら嬉しい』

「いいわ、雛菊の様子も見たいから私から連絡するね」

『ああ、待ってる』

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