暁桜編〈コンタクト〉



「じゃあコンビニで何か買ってくるけど、リクエストはあるか?」

「そうねえ……、それじゃあフォアグラのテリーヌ、トリュフソース、キャビア添え!!」

 何その世界三大珍味最強コンボ!!

「……普通の高校生が入手可能なものでお願いいたします」

「億万長者が何言ってんの」

「おお! そう言えばそうでした!! つか桁が違いすぎて全然実感湧かない」

「じゃあ、いくら位なら実感が湧くの?」

 雨糸が笑いながら聞いてくる。

「5万とか10万とかかな?」

「ごめんなさい」

 膝に手を当てて90度の姿勢で頭を下げる。

「なんで謝るんだ?」

「え?……じゅっ……10万て……せっ……せめて数百万円とか?……」

 ハッキリ言うのを遠慮するかのように、憐れんだ目で俺を見る。

「悪いか?」

 その目に俺も悲しくなり、消沈気味に反論する。

「だって裕貴が……あんまり安い男で……よよよ……」

 笑いながらわざとらしく目頭を拭う仕草をする。

「俺が安いのかよ! 俺の満足度じゃないのかよ! つか俺はそんな安いのかよ!」

 からかわれているのが悔しくて強く反論する。

「ゴメン。冗談よ」

「せめてもう2~3万上乗せしてくれよ」

 冗談に乗ってしまい、主導権(イニシアチブ)を取り返すべく軽口で切り返す。

「2~3万……ふふふ、そうね、本当にそんなに安かったら、借金してでもありったけ裕貴を買い占めちゃう♪」

「くっ……」

 純度100%の求愛(ラブコール)に言葉を失う。

「……でも売約済じゃしょうがないよね」

 寂しそうにそう言って自己完結してくれたので、かわりに精いっぱいの提案をする。

「ではせめて、雨糸様に置かれましては、コンビニで買える最高の昼食をご用意させていただけますか?」

「ふふ、ありがとう。じゃあフツーのサンドイッチでお願いします」

「承知いたしました」

 そう言って二人で笑いあうと、通常モードに戻って雨糸が話す。

「その間私はパソコンの復旧(リカバリ)かけておくね」

「そうだな、頼む」

「うん、あのね?………………………」

 そう言うと、もの言いたげに見つめてくる雨糸。

「どうした?」

「ねえ、これからはちょくちょくここに遊びに来てもいい?」

「全然かまわないけど」

「本当!? やった~~!!」

 小躍りして喜ぶ雨糸。

 おやつをもらった子犬みたいだ。……カワイイ。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 そうしてコンビニでサンドイッチとジュースを買い、店を後にする。

(……この大金、減らすように言ったのにやっていなかったな、さくらの消失(ロスト)と無関係じゃないかも……てか、あんま考えたくないけど手切れ金とか口止め料とかなのか?)

 その考えに思わず苦笑いする。

(……はあ、さくらの意志ではないと思うけど、見くびられたみたいでなんか悲しいな)

 ネガティブな予想に落ち込んでしまう。

「ただいま……」

 部屋に入ると雨糸がパソコンデスクに向かい、真剣な表情で空間挙動認識(リアクショントレーサー)のキーボードを一心不乱に叩いていた。

 「どうだ?」

「んん、……ああ、お帰りなさい。ん~~芳(かんば)しくないわ」

 振り返らず画面にクギ付けになっているので、後ろから画面をのぞき込む。

 画面には3つほどウィンドウが並び、そこに“HTMLソース”とよばれるデータコードが二つ、ウィンドウ表示され、ポインタがそれぞれの数だけ振り分けられ、尋常でないスピードでデータコードを押し上げていた。

(……雨糸の意識はマルチタスク可能なのか?)

 驚きつつ、テーブルに昼食を置き、雨糸の背中を見つめていたら声をかけられる。

「あ~~~ん」

「あ~~~ん?」

 聞き返してみると、画面から目を離さないまま雨糸が口を開けていた。

(ふふふ、しょうがねえな)

「ハム卵、チキンカツ、コロッケ、ツナ、ハムチーズ、野菜、ポテサラ、メンチカツ」

「ツナ!!」

「判った」

 袋を開け、サンドイッチを口元にもっていく。

「はむっ……もぐもぐ」

 一口目を咀嚼(そしゃく)すると、雨糸の口元がやっとほころんだ。

「んんん~~~~~! おいしい!」

 雨糸は足をばたつかせて喜ぶ。

 そうして1つ目のサンドイッチを食べさせ、次はコロッケサンドを食べさせる。

 終わって一緒に画面を見ているうちに、恐ろしいスピードで再生されてた動画ファイルが砂嵐になってしまう。

「しかし、ダブルウィンドウ展開で動画同時再生。しかも神早ええじゃん」

 そんな俺の驚きにも意に介さず、雨糸は画面に視線を固定したままボヤく。

「……ダメだわ。今リカバリーデータの20%見たけど、裕貴の誕生日以降は履歴やキャッシュどころか、DOLLの個人用レコーダーまでキレイさっぱり削除(デリート)されてる。こっちの方は機械言語(アセンブリ)で残らないから大丈夫だと思ったけど……」


 〈――個人用レコーダー〉

 DOLLが普及して以降、ソーシャルカメラの代わりに犯罪抑止を主な目的に導入された制度で、プライバシーの観点から犯罪行為の立証以外では決して他者が干渉できないシステムだが、個人のものなら金融機関のデータ同様、自分の端末から簡単に閲覧できるのだ。

 そしてそれは普段はDOLLがマスターの為に保管、管理し、行動記録や忘備録として利用し、経済産業省に同時保管されている動画データでもある。


「個人用レコーダー? そんなのまで見るのか?」

「そうよ。さくらちゃん、ブルーフィーナスから何かDL(ダウンロード)したって言ってたでしょ?」

「ああ、うん」

「ダイブモードの場合、DOLLのカメラアイじゃなくて、ダイブしたパソコン画面が記録されるはずだから、履歴やキャッシュとは別にDOLLの視界記録が残る……はずなんだけど。…………ああっ! もうっ! やっぱりコッチも全然残ってないっっ!」

 バンッ!!

 机を両手で叩き、イラついたように天上を見上げる雨糸。

 砂嵐の動画再生が終り、 残ったHTMLソース表示のウィンドウが二つ、繰り上がっていく画面が表示されている。

「…………………………」

 それをおそらくは認識して、目で追っている雨糸の顔は険しかった。

 しばらくすると一つのウィンドウのチェックが終り、残り一つとなる。

 再び雨糸が険しい顔になり、残ったウィンドウを食い入るように見つめる。

 俺も芳しくない状況らしいのを察し、パックに紅茶にストローを挿して雨糸の口元へ持っていってやる。

「ん………………」

 半分ほど飲んだところでストローを離すので、テーブルへ紅茶を置く。

 そうして2分ほどたった頃、最後のウィンドウが終って閉じられる。

「…………………………………」

 その瞬間、無言で両手で顔をおおい、机に肘をつく雨糸

「それにしてもすごいな、未処理のHTMLソースのままで、しかもあの速さの2(ツー)ウィンドウと動画データ同時表示でよく読めたな」

 不発に終わったらしい事は容易に想像がついたので、元気づけようと努めて明るく言う。

「………………………………」

 だが雨糸は顔をあげず無言のままだ。

「普通はアレだろ? リカバリーデータは虫食いみたいになってたりする事が多いから、閲覧補完用のフィルターを通して見られるようにするんじゃなかったっけ?」

 くじけずに明るく聞くと、やっと答えが返ってきた。

「うん、……でもそれだと補完された部分は不正確になるし、処理が重くなってリカバリーに時間がかかっちゃうの……」

 それだけ説明してくれると、また顔を覆って下を向いてしまう。

「スゲエじゃん、つかそれだけのITスキル持っててどうして機械科を選ん……(あっ!!)」

 その先の言葉に気付き、押し黙る。


 ――専科高校は普通高校と違い、選択科目を合わせさえすれば、確実に同じクラスになれる。

 雨糸は自分の得意分野を曲げてまで、俺と同じクラスになる事を望んだのだ。


 かける言葉が見つからず、落ち込んでいる雨糸の肩に手を置く。

「雨糸……」

「………………これだけ大騒ぎしたのに、何にもできなかった。……裕貴……ゴメンね」

「気にするな、まだ祥焔(かがり)先生が居る。この様子だと絶対なにか関わりがありそうだから大丈夫だ」

「うん、……ゴメン……なさい」

 そう謝るとシクシクと泣き始める。

 それを見て、ある決心をする。

(ごめんフローラ、ちょっとだけ許して欲しい)

 心の中で謝ると、雨糸の座る椅子をまわして俺に向ける。

「……?」

 覆っていた顔を上げ、不思議そうに俺を見上げた雨糸の顔は涙でボロボロに濡れていた。

 その顔を見た瞬間、胸がギュッと締め付けられ、押さえきれない衝動が沸き上がる。

(この娘は……)

 涼香と同じ種類の泣き顔に心が震え、その頬を両手で挟んで顔を近づける。

「ちょっ……ダッ……メッ……」

 押し返すように両手を胸に当ててくるが、その手は震えて扉すら開きそうもないほど弱々しく、そのまま押し切って唇を重ねる。

「……ん」

 ゆっくりと唇を動かし、俺より高い体温の雨糸の唇を自分の唇でそうっと挟む。

「んっ……んうっ…………」

 胸に当てられた手がシャツを掴んで引っ張られる。

 それに合わせて歯が触れそうなほど深く重ねると、挟んだ両手に暖かい滴がとめどなく伝う。

「ふっ……んくっ…………ふっ……んふっ…………」

 雨糸の鼻から嗚咽が漏れる。

 唇を重ねたまま、うなじの方へ左手を滑らせ、右手で雨糸の目元の涙を親指で拭い、そのまま頭を撫でる。

 すると雨糸はシャツを離して背中へ回し、両手で強く抱き返してきた。

 しばらくの間一番敏感な器官でお互いを感じた後、ゆっくりと離して雨糸の頭を胸に抱き寄せる。

「俺は雨糸にはこのぐらいしか報いてやれない……けど…………本当にありがとうな」

 それだけ囁き、わしわしと頭を撫でると、胸の中の頭が左右に揺れ、さらに強く抱き返された。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 その後、落ち込んだ雨糸は毛布を頭からかぶって、枕を抱えてベッドの中に籠(こも)ってしまう。

 その間に俺も昼食を済ませ、ベッドの脇に腰掛ける。

 毛布の上から雨糸の頭を探って撫でていたら、中から手が伸びて右手が引きずり込まれる。

「………ここ……………撫(な)でれ……」

 落ち込んで弱々しく、おかしい日本語の命令にクスリと笑いつつ、おそらくは頬であろう場所をそうっと触ると、出迎えてくれた猫のようにグリグリと手に頬を強く摺(す)り寄せられる。

「おつかれさま……」


 そうして30分ほどベッドの中で丸まって引き籠った後、雨糸がのそのそと起き上がってきた。

 俯いてテーブルの脇に座り、残った紅茶をコップに移すと、日本茶のようにずるずるとすする。

 そうして顔を上げ、悔しそうにパソコンを見つめていると、短く叫んで突然立ち上がる。

「ええっっ!?」

「どっ……どうした?」

 驚いて聞くが、それには答えないままパソコンデスクに飛びつくと、そこに表示されていたタスクマネージャーを最大化した。

「こっこれ……」

「どうした?」

 雨糸が示したHA―ELF16(DOLL)の稼働状況を示すリアルタイムの折れ線グラフ。そこに書かれた通信状況。

「上りで1200Gbps(ギガビット毎秒)? まるっきり中堅サーバー間の通信速度じゃない!!」

「なんだって!?」

「しかもこの方式……」

 言葉に詰まる雨糸。

「………………どうした?」

「ごめん、ちょっと待ってね」

 雨糸はそう言うと、パソコンから俺のDOLLの電源を切り、手に取ってDOLLのうなじに刺さっていたSIMピンを引き抜く。

「やっぱり無印……」

「Subscriber Identity Module Pin(加入者識別モジュールピン)が無印? ってか、そんなの付けた覚えないぞ?」

「……………………」

 雨糸は質問には応えずに、ピンを戻し、再びDOLLを専用クレードル(ピット)にセットする。

 表示されたタスクメニューを見つめ、口に拳を当てて考え込む雨糸。

「この方式、速度、まさか……」

 そうして、パソコン側のグローバル接続を切り、HA―ELF16(DOLL)側から接続。とあるライブ画像サイトにアクセスする。

 そうして日本を選択して本州を選択して展開すると、目にもとまらぬ速さで日本各地の、あらゆる地点をランダムに選択して表示させる。

「おっおい、そんな何か所も選んで同時表示させたらフリーズ……ってあれ? しない?」

 雨糸が数秒間に選択して表示させた画像は実に368に上った。

「おい雨糸、これはどういうことだ? 何で有線接続のパソコンより、無線接続のDOLLの方が早いんだ?」

「そうね、私もあまり詳しくはないけど、多分このSIMピンはWEB界のフリーパス権よ」

「!!」


 ――雨糸の説明によると、


「そもそも雛菊(デイジー)がどうして普段のリアクションを減らしてあるのかは判る?」

「ああ、バトル仕様で反応速度を上げるために、余計なリアクションを省いているんだろ?」

「そう。――じゃあ逆にさくらちゃんみたいな、とてつもなく感情表現豊かなキャラクターをインストールした場合はどうなるかしら?」

 そう聞かれ、今の雨糸の行動を振り返って考えてみる。

「……そうか。複雑なリアクションや言動にシステムが追い付かなくてフリーズしちゃうんだ」

「そう、もしさくらちゃんみたいな高度なキャラが、DOLL本体だけにインストールされていたら、フリーズしまくっちゃってそれこそ役に立たないでしょうね」

「それじゃあさくらは……」

「おそらくブルーフィーナスの中に本体を置いて、外部から裕貴のDOLLを遠隔操作していたのよ。そして、それを可能にさせる為のこの大容量SIMピンなんだわ」

「……てことはさくらはこのDOLLからデリートしたんじゃない?」

「ええ ただ単に断線(シャットオフ)しただけなのよ」

「じゃあ逆にさくらを見つければ、こちらから接続(コネクト)する事もできる?」

「可能だと思う」

「それと、このピンがフリーパスってのはどういうことだ?」

「今の通信方式は5.5Gで、通信プロトコルもイーサネットを中心にしたLAN (Local Area Network)なんだけど、このPINはどれにも当てはまらない独自のプロトコルで接続しているみたいなの」

「すまん、判らない」

「えーとね、つまりは普通が一般道路、官公庁や大企業が国道とかの幹線道路、政府や国家間とか軍事関係が高速道路って言えば判るかしら?」

「ものすごく判りやすいです」

 頭を下げた。

「でね? このピンは高速道路みたいなの、ついでにいえばETCカード搭載のね」

「なっ……ウソだろ?」

「そうね、ちょっと試してみましょうか」

 そうして雨糸は経済産業省のHPにアクセスする。

 管理者ページを開くと、なんと、“ログイン”することなくデータベースを開くことに成功した。

「「………………………………うそ?/うそだろ?」」

 俺も驚いたが、開いた本人すら信じられないようだった。

「うそって……知ってたんじゃないのか?」

「う、ん……えっと、せいぜい自動ログインするんだろうなーってくらいしか考えてなくて…………まさか“パスワードすら要求されない”なんて……」

「文字通りフリーパスか」

「そうみたい」

「……って、待てよ? さくらは事故前、『採掘権の関係で、閲覧に制限がかかっている』って、危険地区の地盤情報は入手できなかったって言ってたぞ?」

「本当!?」

「ああ」

「……おかしいわね。経産省にこれだけアッサリ入れるのにね。……えっと、採掘権…… 鉱業権の一種……経済産業局の管轄……って経済産業省の下部組織じゃない」

 雨糸が話を聞きながら、キーワード検索であっという間に調べながら報告する。

「どういうことだ? さくらは覗けるのに覗けないって嘘をついていたのか?」

「裕貴、その状況をもっと詳しく教えてちょうだい」

「ああ、そうか、話してなかったな、実は――」

 そうして現地調査に関するさくらとのやり取りを話す。

「……そんな……まさか…………でも」

「どうした?」

「……裕貴はさくらちゃんの消失した理由をどう思っているの?」

「まあ、フローラに知られた時には、『身を引いた』って言われたし俺もそう思ったけど」

「え? フローラさんが? ……それだけ?」

「あ、 いや、今の採掘権と閉鎖されていたって事は、余計な心配かけると思って詳しくは言っていない」

「そう、そうよね、聡明なフローラさんが“そんな事も判らないはずがない”ものね」

「そんな事ってなんだ?」

「嫉妬よ」

「嫉妬!?」

「そう、さくらちゃんは嫉妬から、無意識に嘘をついてしまった。事故後にそれに気が付いて、フローラさんや裕貴に対する負い目もあって身を引いた……」

「そんな……気にするなって言ったのに」

「……裕貴、さくらちゃんは“ただ高度なだけのA・I”じゃないわ。人間よ」

「人間……」

「人として扱うためにあらゆる権限を与えられたんじゃないの。この場合は逆で、人だから制限をかけられなかったんだわ」

「どういうことだ?」

「狼に育てられれば、人間は狼にだってなるわ。“人として生まれたA・I”だから、人として扱わなければならなかったのよ!」

「そうか! つまり“三原則を組み込まなかった”んじゃない、そんなのが組み込まれた人間はいない。人格形成に影響してしまうから“組み込めなかった”んだ!」

「そう、その結果が嫉妬やミスを呼んで、そしてその愛情からくる後悔に至って、裕貴の前から姿を消したんだわ」

「そうだったのか……さくら」

 これまでに開発者の影が見えなかった理由、“さくらの思うがまま行動させる”のが目的だったとすれば納得がいく。しかし、その“さくらの目的”が依然不明だ。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――その後、雨糸と小一時間ほど綿密に話し合い、一つの計画を立てる。


 まず一つ目。

 経済産業省はフリーパスだったが、ブルーフィーナスはさくらがアクセスした時、パスワードを要求された事からこちらは雨糸の当初の予定通り、レコーダー画像からパスワードを割り出して侵入する。

 そして二つ目。

 手に入れたパスワードとこのSIMピンで内情を探り、情報を集めつつさくらの所在を突き止め、アクセスを試みる。

 そして三つ目。

 さくらと交信(コンタクト)を取り、戻るよう説得を試みる事。


 と言う事になった。


 ――そしてさらに30分後。

 一葉をインストールした時のさくら視点の画像を経済産業省のサーバーから入手し、200ケタ14種ほどの半角英数字のパスワードを手に入れる事に成功した。

 そしてこの時判明したもう一つの難題。


「――ねえ裕貴、アナログでショートタッチの速打ち用キーボードってある?」

「ああ、確かお父はアナログ好きでそんなキーボード使ってたと思う。どうした?」

「うん、ブルーフィーナスだけど、パスワード入力画面で砂時計マークが表示されていたの」

「どういうことだ?」

「何秒かはわからないけど、たぶんパスワード入力に制限時間が設定されているわ」

「じゃあ、メモ帳をウィンドウ表示させてコピペしたらどうだ?」

「無理ね、おそらくA・I専用のルートでルートそのものが排他的対人フィルターになっているんだわ」

「……って、半角英数字200ケタくらいあったじゃないか。人間がいけるのか?」

 雨糸の推測からすれば、正確無比な機械入力やコピペは弾かれるだろう。だが、ただのアナログ入力だとハッカーに侵入されてしまう。なればこそのタイムリミットで、並みの入力者(タイピスト)では侵入すらできないだろう。

「私、元廃人級のゲーマーよ? やらせてちょうだい」

「……判った」

 一抹の不安を覚えるが、選択肢は他にないので了承する。



 そうして、お父のパソコンから速記用アナログキーボードを調達。



 俺がマウスでバナーをクリックし、あらかじめキーボードの上に手を置いた雨糸が、カウントゼロの掛け声と同時に入力を開始する作戦だ。

 ディスプレイの上にはパスワードをズラリと書いて張り付けた紙。

 そうして管理者用バナーにポインタを置いてスタンバイ。

 ブルーフィーナスの管理者画面を表示させる。

 その画面を前に雨糸が聞いてきた。


「……ねえ、裕貴」

「うん?」

「後ろからでいいからそのままギュッてしてくれる?」

「ああ、いいよ」

 そうして雨糸をイスの背もたれごと背中からハグ。机に置かれた手を上から握ってやる。

「……………ちょっと緊張するね」

 雨糸の手は言葉以上に強張り、汗が吹き出して冷え切ってすこし震えていた。

「大丈夫、雨糸は頑張れる子だ。俺が保証する」

「ありがとう裕貴。頑張るね」

 雨糸はにこやかにそう言うと、首をひねって俺を見上げて目を閉じた。

 顔を近づけ、静かに唇を重ねる。


「「……………………」」


 ゆっくりと目を開ける。


 深呼吸して雨糸は両手を打ち鳴らす。

 


「さあ、愛の奇跡を見せてあげる!」

 雨糸が叫ぶ。


「いくぞ!」

「いいわよ」

「…… 3、 2、 1、 0!」

 雨糸の指が電光石火の早業で動き始めた。

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