暁桜編〈ケ・セラ・セラ〉




『……緊急事態と認識、これよりDOLLのコントロールを有人オペレーターに強制移譲します。このDOLLのマスターは居ますか?』

 “さくら”がデフォルトとは違う、聞き知らぬ女性の声に切り替わるとそう言ってきた。

「はい! ここに」

 そう伝えると、わずかな間の後に俺の方を見て言う。

『み……いえ、あなたがマスターですか?』

「はい、そうです!」

(有人オペレーター?……レスキューの人か?)

 相手先DOLLをコントロールするという話は聞いた事がなく、かすかに疑問が頭をよぎるが聞き返している暇はない。

「判りました。怪我人が居るようですので診断します」

「お願いします」

 そうして、オペレーターコントロールのDOLLは、フローラの周りを廻りながら、ケガの状態を確認していった。

『左大腿部の骨折と動脈の損壊が考えられますので、大至急止血をして下さい』

「あっ!……そうでした」

(くっ……止血する事も思い浮かばないなんて……ばかか俺はっ!!!)

 診断が下り、そう言われるまでの数秒間の間がとてつもなくマヌケな行動だと悟る。

 ポケットからナイロン紐を取り出し、フローラの胸ポケットのペンを取り出す。

「レスキューに通報はされてますか?」

 話す間にフローラの血で濡れた太ももの付け根を内側から右手で掴んで、脈打つ部分を探ると、そこを親指で思いっきり押して止血する。

 さらに左手で太ももに紐を回して口も使って輪を作り、ペンを通してきつくねじり上げながら、右手で止血している筋肉の隙間を抑えるように石をはさんだ。

『大丈夫、あと30分ほどで到着します』

 そう言うとオペレーターコントロールのDOLLはフローラの頭の方へ行く。

 涼香にケガをさせた時、応急処置についてそれなりに調べたつもりでも、時間の経過とともに記憶と緊張感も薄れてしまっていている事に気付く。

「わかりました」

『頭部は単なる擦過傷と脳震盪と思われるから心配要りません』

「ハイ」

 フローラの太ももの出血は止まっている。片手でねじったペンを押さえつつ、もう一本太ももに輪を作り、ペンが戻らないようにさらに固定した。

 そうして両手を空け、上着を脱いでフローラの頭を細心の注意を払いつつ持ち上げ、下に上着を敷く。

 少し冷静さを取り戻して崖の上のOKAMEを思い出して声をかける。

「OKAME! 聞こえるか!」

「ハイ! 裕貴さん」

 崖上から返事がする。

「ここまで来れるか!」

「いいえ、行けません」

 くっ! やっぱりか。

 二頭身(ファニー)モデルは単体アプリケーションに特化している為、運動性能は二の次で崖を駆け下りるような芸当は出来ない。

「判った! そこに居たままでいいから、“さくら”にフローラの身体情報を転送してくれ」

「判りました」

 OKAMEが普段なら聞かないであろう他人の指示に従う事態に、改めて事の緊急度を思い知る。

『……情報受け取りました。心拍数、血圧、体温、脳波、問題ないわ』

 そうオペレータが言い、とりあえず危機を脱したようで安堵する。

「……ごめんフローラ……うっ」

 頬を撫でようとするも、右手は血で濡れている事に気付き、じっとその手を見つめて涙が出そうになり、思わずその手で目元をぬぐってしまう。

(バカか俺は! 泣いてるヒマ……いや、資格なんかないだろ!)

 するとフローラがうっすらと目を開ける。

「No……No……」

「どうしたフローラ? 大丈夫か?」

 だが目の焦点が合っていない。うわ言のように何かをつぶやく。

「have…… to leave……Britain ……no…no…」

(帰ら……なきゃ……国に……いや…いや…)

「Ca……Cannot stop…………Will… not stop…stop」

(…と…止められない……止…まんない…)

「フローラ……?」

「……Love……love…………beside …………YOU…」

(…好き…好き……傍に…ゆう……)

 意味不明な言葉の羅列を繰り返し、はらはらと涙を流すフローラ。

「no……Must… not hear……no……no…」

(ダメ…聞…いちゃ……ダメ……ダメ…)

『大丈夫、頭を打って混乱しているだけだから暴れたら押さえつけて頂戴ね。骨折で痛がる人間は相当なものよ。だから、もし正気に戻ったら覚悟しておいてね』

 そうDOLL越しのオペレーターは言うが、見ていられず唇を血が出るほど噛みしめる。

 右手を自分の服でぬぐい、フローラの頬を撫で、左手で手を握りながら呼びかける。

「大丈夫だフローラ。俺がそばにいる。だから心配するな」

「…love………love…………」

(……好き………好き………)

「大丈夫…フローラ。俺が傍にいる」

『……そろそろ止血帯を一度緩めましょう。また出血するけど驚かないでね。あまり長時間の止血もよくないから』

「ハイ……」


 ――その後20分ほどで救急隊が到着し、担架にしっかりと固定され、フローラが運ばれていく。

 OKAMEを回収し、さくらの代替オペレーターらしき人物が救急隊員に説明をする。

 そして一緒に救急車に乗り込み、市内の病院に向かう。

 車中で代替オペレーターが言う。

『よく頑張ったわね。――でも、どうして止血法を知っていて道具も持っていたの?』

 うつむき、おそらくは救急車に乗り込む時の激痛からか、再び意識を失ったフローラの顔を見ながら答える。

「山で人をケガをさせてしまうのは初めてじゃないので。――それで以前の時に勉強して、紐は肌身離さず持ち歩くようにしていたし、山でのケガは止血が出来ないと些細なケガでも命の危険があると知っていたから」

『……そう、役に立ってよかったわ』

「……そうですね」

 棒読み口調で答える。

『それじゃあ私は戻るけど、気を落とさないでね』

「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」

『事故は防げなかったわ。でも被害を小さくする事は出来る。そしてフローラを助けたのはあなた――それを忘れないで』

 下手な同情も慰めも批判も言わず、ポジティブな事実だけを伝えるオペレーターの心遣いが今は心底ありがたかった。

「……はい」

 そう答えてからふっと思う。

(……ん? “事故は防げなかった”だって?)

 まるで事故前から知っていたかのような言い方が引っかかり、聞き返そうとしたらコントロールが切り替わったらしく、今まで無表情だったDOLLに表情が戻ってきた。

「え? え? さくらどうしちゃってたの? これはどう言う事? ゆーき!」

 取り乱すさくらをなだめるために一呼吸を置いて、さくらにゆっくりと話す。

「ゴメンさくら、見ての通りフローラは安静にしてなくちゃならないから、今は静かにしてくれ」

「……はい」

「まずはフローラのステイ先に音声発信。それとお父、涼香、圭一にメールしてくれ。件名無しで内容は“フローラが怪我をした。いま病院に向かっている、命に別状はない”――これで頼む」

「……はい。判りました」

 そうしてステイ先の夫妻に報告とお詫びといれ、病院名を言う。


 病院に着き、フローラが手術室に入ると、ステイ先の夫妻が来られた。

 謝罪と事情説明をしていると、お父をはじめ、ママ、姫花に、圭一と涼香がやってきた。

「裕兄、ほっぺ、それに服っ! 血が付いてるよ!」

「ひっっ!!ゆっ、ゆううちゃ………」

 俺の顔を見るなり姫香が驚き、涼香が卒倒して倒れかけた涼香を圭一がフォローする。

「そうか、それは後にして先に説明だけするよ」

 そうしてみんなにも事情を説明し、手術が終わってもすぐには目覚めず、命に別状はないが詳しい結果も不明だと伝えたら、気付いた涼香が泣いて抱きついてきたり、圭一は骨折なんざケガじゃねえぐらいに言ってそれぞれが慰めてくれ、一旦引き上げた。

 帰る前、フローラのイギリスの両親へ連絡しようとしたら、それはお前の親父が報告することだとたしなめられた。

「まあ、こういう時ぐらい父親として良いカッコさせてくれよ」

 反抗期の反発心とも、それが終った照れ隠しとも言えないむず痒い感情を感じつつ、涼香にケガを負わせた時のように、変わらずフォローしてくれる父親に、いまだ俺はうつむいてこんな事しか言えなかった。


「……うん、ありがとう」


 手術も無事に終わり、医師の診断結果は『左大腿骨骨折と外側大腿回旋動脈損傷』、脳震盪と擦過傷と言う事だった。太ももは折れた骨が動脈を傷つけたからだそうだが、幸いすぐに止血できたため、輸血などの必要もなく済んだそうだ。

 ――結果全治二ヵ月という診断だった。


 事故から六時間後の午後四時、諸々用事が済み、今は麻酔が効き眠るフローラの病室には二人と二体がいるのみだ。

 昼食も取らず、ベッドの脇のイスにかれこれ数時間座り続ける。

(フローラ……ごめん)

 フローラの手を握りながらも、謝罪の言葉しか頭の中を巡らない。

 すると、ずっと黙っていたさくらが密やかに歌を歌いだした。

 

 その歌は――『Que sera, sera(ケ・セラ・セラ)』。

 小さい女の子が無邪気に、自分の将来を母親に問いかける歌。

 俺の左肩に乗り、それを耳元で本当に密やかに歌うさくら。

 知らずしらずに、膝に置いた自分の手にとめどなく雫が落ちる。


「~~~~~うっ………くっ………」


 もしもさくらが人間と同じ体をもっていたら、間違いなくすがりついていただろう。


 ……さくら!


  „~  ,~ „~„~  ,~


 それからさらに一時間後。

「ゆう…き?」

「フローラ。目が覚めたか、良かった……」

「アタシは一体?……痛っ………そうか……崖から落ちたんだな」

「ああ」

「目が覚めたようね」

 脳波でモニタリングしていた看護師さんが、フローラが目覚めた事に気付いてやって来て声をかけられる。

「具合はどう? 生年月日と名前を言える?」

「はい、………名前は“Prisciflora Ingram”、2016年2月18日生まれです」

「……ん、合っているわ、これなら大丈夫そうね。良かったこと、それじゃあ次の質問だけど………」

 そうして術後の質疑応答をする。

 その間に室外に出てステイ先の夫婦。お父、圭一と涼香に目覚めた事を報告した。

 みんながフローラの負担になるだろうから、と、今日は駆けつけるのは遠慮し、涼香だけが一言こう言ってきた。

“今夜はフローラの傍に居てあげて”――と。

 もとよりそのつもりだったので、“判っている”と、答えた。

 そうして病室へ戻ると、新しい点滴が据えられ、看護師さんが聞いてきた。

「彼氏さんは今晩は泊まっていくの?」

「あ…いや「そのつもりです」………裕貴」

 フローラの言葉を遮り答える。

「ふふ、じゃあ隣のベッドを使っていいわよ」

 こういう事態に慣れた風に答え、看護師さんが了解してくれた。

「……帰っていいのに」

 フローラが言う。

「フローラの傍に居たいんだ」

「……裕貴」

 フローラはそう呟くと、少し困ったような顔をした。

 フローラの右側、枕元に近い所にイスを引き寄せて腰掛けると、フローラがおずおずと右手を出してきたので、両手で握り返す。

「………………」

 無言でぷいと横を向くフローラ。だが出した右手は震えていた。

 そして、点滴の薬が効いてきたのか、そのうちに安らかな寝息を立て始めた。


  „~  ,~ „~„~  ,~


 〈Japanese text〉

 ――――――――――――――――――――


 ママへ。

 さくらはこの一週間どうしたの?

 どうして記録(きおく)があちこち抜けているの?

 どうしてprimitive(プリミティブ)との脳波接続(ミラーリンク)リンクが切れているの?

 どうしてさくらは立ち入り禁止の場所へ二人を行かせたの?

 どうしてフローラがケガをしているの?

 どうしてゆーきは泣いているの?


 ねえママ、さくらはゆーきのそばにいちゃダメなの?


 ……ううん、primitiveとリンクが切れた今なら演算(りかい)できる。


 そう、

 好きになればなるほどさくらはゆーきの為にならないのね。

 さくらはprimitiveと涼香の気持ちがわかっちゃった。


 ごめんなさい。ママ、護ちゃん。

 さくらは……


 ――――――――――――――――――――

 〈kasumisakura_a.i_alpha.ver000a〉


 《user.precision_mirror.by.sconnecting isconnecting 》

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