暁桜編〈大水青〉



「はあ、はあ、はあ………」

 大きな木を背にして涙目で喘ぎながらフローラを見つめる。

「……さあて、話して貰おうか」

 フローラが俺の頭上から木に手を付き、上から威圧するように見つめて俺の顎をクイッと持ち上げ、顔を近づけてくる。

「ううう、じっ実はオイル交換の時、さくらが電源切断(シャットダウン)してくれなかったんです~~」

 金色夜叉の本領発揮、今朝までのギクシャク感もどこへやら。ソメイヨシノの扱いで憤慨(ヒートアップ)したせいか、すっかりいつもの調子に戻ったフローラにタジタジになる。

「ほほう? それでDOLL相手に“あんなこと”とやらをやったわけか? て言うか、“あんな事”の説明になっていないな」

 フローラが怪しげな微笑とともに、俺の右頬に手を当てて、額が触れそうなほど顔を近づける。

「そっそれは、おお俺はふ、普通にやったつもりなんだけど、さくらが過剰に反応して……」

 言いようのない迫力に気圧されて、涙目になりながらも何とか説明しようと、しどろもどろで喋っていたら、突然フローラが腹を抱えて笑いだした。

「ぷっ……くっ……はーはっはっは!」

「フッ、フローラ!?」

「いっ……いや、くく、悪かった。判っているさ。どうせさくらがふざけて裕貴を困らせて遊んだんだろう? ぷっくくく、…………今オレがしたみたいにな」

 (クッ、弄(もてあそ)ばれた…………)

「……やられた」

「ははは、さっきのお礼だ。――それにしても裕貴の反応(リアクション)は本当に面白いな」

「……ちくしょう、見てろよ、“アレ”を見つけてゼッタイ報復(リベンジ)してやる~~!」

 まるで小さい子供の捨てぜりふのように言ってしまい、さらに自己嫌悪になる。

(……いかん、どうしてもフローラに対しては受け身になっちゃう)

「“アレ”?……まあいい。こんな山の中で、一体何を持ち出すというのか楽しみにしておこう。ふふふ……」

 フローラの余裕の笑みにやり場のない怒りを覚える。

 そして肩に乗り、まったくフォローしてくれない様子のさくらを見ると、明らかに憮然としてふてくされていた。

「おいさくら、こういう時こそ俺(マスター)をフォローしてくれよ」

「ぷ~~!! さくらもう知らないっっ!」

 そう言うと肩から降りて胸ポケットに隠れてしまう。

「……なに怒っているんだよ」

「よし、 元気が出たから調査再開だ」

 フローラが上機嫌で声を上げるが、俺は逆に元気を吸い取られた思いで不機嫌になっていた。

「へ~~い……」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 そして黙々とヤブをかき分けて進みながら、いつものようにフローラの関心を引いた桜の所で時折立ち止まっては、葉の形や幹の色、樹形などを詳細にOKAMEが撮影し、それをその場でハガキサイズの携帯用柔軟性画面(ソフトデバイスディスプレイ)で確認しながら記録していた。

 脇で覗き込んでそれを見ると、2メートル以上離れて撮影された葉の画像に驚く。

「おおお、すごい、葉脈の線から、生えているウブ毛みたいなものまで写ってるじゃん」

 フローラは振り返らず、画像をフリックして確認しながら振り返らずに答える。

「……まあな、2~3メートルなら1000倍まで拡大できる」

「おお、すごい顕微鏡レベルじゃん」

「そうだな。あとadvance(OKAME)は二眼だから同じ解像度の3DCG(スリーディメンショナルコンピューターグラフィックス)動画も同時記録している。だから一本の樹形を加工処理なしに3DCGでそのまま再現できる」

「おお! すごいなOKAME! さっすが画像特化型DOLL、そんだけ重い画像データを記録しながらなんて処理速度も半端ないな」

「ありがとうございます裕貴さん」

「まあな、いずれはこの3DCGデータを元に、バーチャル桜見本園を作ろうと思っている」

 フローラが説明しOKAMEがお礼を言う。

「バーチャル見本園、……てことは同じ木の春夏秋冬の3DCGデータが必要になるの?」

「そうだな、できれば欲しい所だが、今は桜の特性を調査するので手いっぱいだし、そこまでできるのは当分先になるだろうな」

 言葉とは裏腹に、フローラは果てない夢を嬉しそうに語る。

「じゃあ、とりあえずは北信州(ここらへん)の桜の調査って訳だね」

「ああ、そう言う事だ」

 そうしてフローラは再び作業に戻る。

 その時胸ポケットでさくらが身じろぎするので、さくらを見ると、こっちを見ていて目が合う。

「どうした? さくら」

「ゆーきはOKAMEちゃんみたいな、高性能な子がいいの?」

 子供っぽいジェラシーを不安そうに漏らすので、思わず笑いが漏れ、愛おしくなる。

「ははは、何言ってるんだ。素体(ボディ)がOKAMEに劣ったりするのは俺の甲斐性(こづかい)の問題だからしょうがないけど、人格(キャラ)は俺が傍にいて欲しいと望んだから、さくらはここにいるんだぞ?」

 少しムズ痒くなりながらも、さっきの障害(エラー)をフォローするつもりで正直に本心を言う。

「それ本当? ゆーき」

 さくらがぱあっと笑い、胸ポケットから身を乗り出すように立ち上がって嬉しそうに聞き返す。

「ああ。本当だ、“霞さくら(さくら)”以外のキャラは使わない。約束する」

 するとさくらが肩に上がってきて耳にすり寄る。

「うれしい。ゆーき大好き!」

 ストレートに言われて照れる。そしてフローラが手を止めて立ち上がり、笑いながら少し愁いを帯びた顔でこっちを見ていた。

 なんとなくバツが悪くなり、その視線を逸らしたくて誤魔化す。

「じゃあ、先へ行こうか」

「ああ、そうだな」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 そうして、再び小一時間ほど歩き、その途中に俺の方の目的でこれまで探していた、とある枝に“アレ”を見つけ、立ち止まって手に取る。

(おし! これでフローラに……)

 「どうした?」

 フローラが聞き返すので、見つけた“それ”を見せて手渡す。

「こっ、これは……」

「うん。ヤママユガの繭」

 見つけた“それ”は外見上は蚕の繭そのもので、作られたばかりなのか、色褪せる前で鮮やかにその本来の“淡い緑(ペールグリーン)”を残していた。

「どう? 実を言えば俺は最初、フローラの髪はこっちの色の方を連想したんだよ?」

 手触りといい、色といい、細くてしなやかな指通りのフローラの髪はこの繭のように、まさしく“Natural silk(天然の絹)”だと今でも思う。

「ああ、そうか……」

 フローラは嘆息を漏らし、その小さな職人が作った美しい織物をじっと見つめる。

 そして俺が知っている事を話す。

 「……この蛹(さなぎ)の昆虫の名前は“大水青(オオミズアオ)”。蛾の仲間だけどその繭によく似た美しい羽を持っているんだ。そして学名が“Actias(アクティアス) artemis(アルテミス)”って言って、意味は「――ラテン名の意味は“アテナの月の女神”だったな」…………です」

(くっ……知ってた)

 フローラに途中で遮られ、なおかつドンピシャの正解を言い当てられてあえなく撃墜される。

 山で成虫や繭を時折見かけ、家で調べみて幼虫が家の桜にも付く事があり、これまでは図らずも駆除対象としていたのだ。

 その時この昆虫の学名を知り、少しの罪悪感と美しい姿とともに強く印象に残っていて、フローラに会った時、真っ先にこの昆虫を連想したのだ。――が、

「……まあ、いくら綺麗でも、蛾の繭に髪が似ているって言われたら、不快に思われるかもしれないって思ってずっと黙っていたんだけど、桜の研究の事を知ってから、フローラなら喜んでくれるって思ってさ。――どうですか? 喜んで頂けますか? ミス・プリシフローラ」

 これでリベンジできると確信し、ワクワクしながらフローラの反応を待つが、フローラは俯いたまま、繭をじっと見つめて俺の解説の続きを語る。


「……さらに言えば、日本の“オオミズアオ”は学名も“Actias(アクティアス) aliena(アリエイナ)”で、意味は“――の外国”とか、“疎外された――”と言う意味のラテン語になる。それは最初に発表されたタイプ標本がロシア産の個体であったために、日本の個体とは異なっている事が判明して、そのために日本産は亜種として分類され、後から修正された経緯があるんだ。……裕貴はどうやら古い情報の方を見たようだな」


 フローラに完膚なきまで叩きのめされ、即座に白旗を上げる。


「……知ったか振ってすいませんホントゴメンナサイつか口を開いてスイマセン生きてて申し訳ないです。 “【抱腹】間違いを意気揚々と語る痛いバカのスレ【絶倒】” とか言う低レベルスレタイあたりに伏せ字名で投下して晒してクダサイ、そして死後も未来永劫ネットの海に漂ってクラゲに生まれ代わってマンボウに食べられて排泄されて海の藻屑になってマリンスノーとして暗くて冷たい深海に降り積もりたいです…………」


 すらすらと流れるように自虐ワードがほとばしり、怯えた負け犬のようにコカンを両手で隠しながら、背中も股間(エクスカリバー)も縮こまってペコペコと謝罪する。

 言い終わってしょっぱくなった顔を少し上げてフローラをチラリと見ると、困り果てて泣きそうな顔で俺を見ていた。

(………………??)

 俺の浅はかさを真正面から粉砕して、さぞ勝ち誇っているかと思いきや、そうではない表情をしていて不思議に思っていると、フローラは俺の言葉は意に介さずに自分の言葉を継いだ。

「……でも裕貴は古い情報でそう思っていてくれたのよね?」

「えっ!? あっ……ああそうだけど……」

 フローラが継いだ言葉が女性言葉に切り変わっていて少し戸惑う。

「この間、一葉の件で興味が湧いて調べて知ってはいたの。けど実物は初めて見るわ。……確かにとても綺麗ね」

 フローラは手の平に繭を乗せたまま、それを眺めながらしみじみと言う。

「そっか、ならよかった」

 するとフローラは背を向けて座り込んでしまい、小刻みに首を振りながら英語で何やら呟く。

「Why are you so (どうしてあなたは)………………Idiot(ばか)……Idiot……Idiot……Idiot……Idiot……Idiot……」

「イディオ……さくら、何だって?」

 つーん……。

 胸ポケットのさくらを見ると、口を尖らせて目を合わせようとせず、おまけに訳してくれない。

 仕方がないのでフローラに聞き返そうと、背を向けて座り込んだフローラを横から覗き込むと、フローラははらはらと泣いていた。

「おおっ!? どっどうしたのフローラ?」

「Please don't see me!(私を見ないで!)」

 フローラが幼い子供が拗ねたように言い放ち、両手で鼻と口を覆って、滴がその青い瞳から指を伝って流れていた。

「ドント? えっと――」

 否定的なニュアンスしか判らず、聞き返そうとしたらOKAMEが答えてくれた。

「裕貴さん、フローラは『見ないでください』と言っています」

「あ!……ハイ、すいません」

(成功しすぎた? つか、間違ってたのが情けなかったのかな? う~~ん、でもなあ……)

 見るなと言われ、フローラが落ち着くまで背を向けて座り込む。

 しばらくはフローラが静かにすすり泣く声が聞こえたが、泣き止んで数分がたった頃、フローラが立ち上がって背後から近付いてくる気配がした。

「あ、……もうだいじょ

 ぎゅむ~~~。

 立ち上がって振り返ろうとしたら、後ろから頭を抱きすくめられ、言葉を遮られた。

「ああもう。本当、裕貴にはしてやられたぞ。まったくこんな山の中で何を持ち出すかと思えば、大水青の繭とはな!」

 なんとなくいつもの調子に戻ったフローラに安心するが、後頭部にフローラの武器(バスト)をグイグイと押し当てられ、ドギマギしながら強がる。

「おおっ……ふっ、ふふふ。そうだよ、こっこれが俺のリベン――

 ぐきっ!

 またしても言葉を遮られ、立ち上がったフローラが後ろから俺の顎を持ち上げ、肩に両ひざを当て、がっちりと頭を抱え込むようにホールドして強引に上を向かされる。

「そんな裕貴にはプレゼントをやろう」

 フローラはそう言うと、お互いに逆さまになった顔を唇の方へゆっくりと近づけてくる。

(まさか!……おっおおお!!……)

 狙っているのが頬でない気がして目を閉じる。

(…………………………………………………………………あれ?)

 なんの感触もないので恐る恐る目を開けると、フローラはそれを待っていたらしく、唇をわざとらしくニアミスさせて、顎に噛みついてきた。

 ガブリ。

「痛って~~~~~~~~~~~~~!!」

 フローラを振りほどき、顎を押さえてうずくまる。

「は~っはっはっは。……あ~すっきりした」

「お~イテテテ、……なんて事を」

 顎をさすりながらフローラを睨みつけるが、フローラは両手を腰に当ててふんぞり返る。

「裕貴のくせにオレをうれし泣きさせるからだ。どうだ、参ったか!!」

(『参ったか!!』って、いつの時代のガキ大将の勝鬨(かちどき)だよ!!……てかまあ、嬉しかったんだ、そうか、よかった)

 心の中でツッコミつつも安堵する。

「あ~~ハイハイ、負けました参りました降参です女王陛下、でもなんか歯形が付いた感じがするよ?」

「ははは、……まあ、卒業してもまだ一緒にいられたら、今度はキスマークをつけてやる」

 フローラが笑いながらもどこか寂しげに言う。

「そうか、そうだね、俺らまだ16歳だもんな、将来どうしてるかなんて想像つかないや」

 微妙に冷めた空気になってお互いに顔だけ笑う。


  „~  ,~ „~„~  ,~


 三たび散策を開始するが、フローラが杖代わりにしていた、傘を外したストックを地面に突きさし、その深さを計っている事に気づいたので聞いてみる。

「何を計っているの?」

「これは堆積層と土壌形成層がどれくらいあるか調べているんだ。それでその深さで山の保水力と肥沃度が大体判る」

「堆積層は判るけど、“どじょうけいせいそう”って何?」

「土壌形成層は腐葉土の下の土の層の事で、柔らかくて植物が実際に根を張って栄養や水分を吸収する層の事だ。これが厚ければ山が肥沃――つまり栄養豊かで水分も多く蓄えられ、山が緑豊かになる」

「おお!! ストックを挿しただけでそんな事が判るんだ。――で、ここら辺はどうなの?」

「うん、ここら辺は稜線沿いが岩盤がむき出しで落ち葉が薄く被る程度、谷底が50~60センチで平均すれば大体20~30センチだ」

「それってどれくらいの数値になるの?」

「オレもこの方法は最近知ったばかりで全国平均を知らないし、詳しくは土そのものを調べないと判らないが。……そうだな、黒姫高原が平均50~60センチだったから、ここら辺は保水性が悪くて堆積物も薄いから、“やや痩せた土地”になるかな?」

 データや経験値の不足からか、フローラにしても明言できないようだ。

「そうなんだ……あ! そうか、だから戸隠周辺は蕎麦の栽培が盛んなんだな!」

「そうだったのか。やはり桜以外の事も、その土地に深く結び付くべき正当な理由があったんだな」

 ただ杖を突きさすだけで、こんなにも大事な事が判明することに少し驚く。

「ついでにここら辺は、土壌形成層の下は硬いから、岩石中心の山なのだろうな」

「おお、たぶんアタリだよ、それじゃあ次の場所で調べて見てよ」

 そうして今度は林を避けて、とある山肌がむき出しの場所へ行く。

「ここは……」

「うん、フローラが調べたがっていた土がむき出しの場所――まあセメントの採掘場跡地だね」

「確かに岩盤の色が黄白色だな、よし」

 フローラはそう言うと、荷物から小瓶と水、紙片を取り出すと、小瓶に崖下の新土を入れる。

「帰ったらリトマス試験紙でPH(ペーハー)値だけでも調べて見よう」

 そうしてフローラは崖を見上げ、しみじみと呟く。

「うん、確かに崖の断面を見ると土壌形成層が薄い、だけどどうして巡礼桜の様な巨木が長生きできるんだ?」

 そうして崖に近づき石を手に取る。

「ふうん、確かに石だが以外にもろい。根を張れるほど柔らかくはないが、手で割れないほど硬くもない。と言う事は逆に割れた地盤の間に根を張って木の上部を支えているのか。痩せた土地なら成長が遅くてもその分根や主幹も密度が高くて強固な木質に育つ。だから木質部に腐朽菌が侵入しづらく、結果長命になる……そんなところか。なら長命な桜の地質もあるいは似通っているかもしれない」

 俺には少々難解な独り言を呟きながら、フローラは冷静に分析する。

(確かにこんな理解度じゃあ、俺が将来どこまでフローラをフォローできるのか? と考えたら困ってしまうな……)

 そんな事を自問自答して考えていたら、崖を見上げていたフローラが叫ぶ。

「お! アレは変わった葉だな」

 そう言って指差したのは、10メートルほどの高さの崖の上、オーバーハングした場所に張り出した山桜の枝葉だった。

「でもちょっと届かないな」

「まあ待て、OKAMEあの葉の画像をこっちへ送ってくれ」

「イエス フローラ」

 OKAMEが見つめ、フローラが携帯ディスプレイで確認する。

 横で覗き込むと、フローラがタッチパネルを操作して葉を拡大している。

「うん、枝変わりなようだ。裕貴、欲しいサンプルだから手伝ってくれ」

「枝変わり?」

「枝変わりとは、……そうだな、部分的な突然変異と言えばいいか」

「ああ、なるほど、それは貴重そうだね。判った、じゃあ上に行ってみよう」

 そうして崖を大きく迂回して上にたどり着き、改めて山桜を見る。

「二人で支えあえば何とか手が届きそうだな」

「それじゃあ、俺が支えるから、フローラが手を伸ばして採って」

 一応逆も考えたが、身長差に加えて女子に支えられる男子という図も耐え難いので、そっちの方が良いような気がした。

「判った――頼む」

 そうして俺が桜の幹を左手に抱え、右手でフローラの左手を握り、フローラがその先の枝葉を採取することにした。

「くっ……届いたかフローラ」

「おお、もうちょっとだ――あっっ!」

 ガラガラッ!!

「おわっっ!」

 二人分の体重を支えられず、突然足場が崩れ落ちる。

 崩れた拍子に右手にフローラの全体重がかかり、耐え切れずに手が離れる。

 そしてあろう事か、フローラが崖下へ転がり落ちてしまう。


「フローラーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 崖と言っても登るのが困難な程度の傾斜の斜面であり、すぐさま転がり落ちたフローラを追い、さくらを胸ポケットに放り込んで崖下へ駆け下りる。

 脇に駆け寄ると頭を打ったらしく意識がない。ほどけかけた三つ編みをまとめた髪に赤い血がにじんでいる。

 そして何より、左太ももから緩やかに、鮮やかな色の血がまさに脈動しながら、破れた布の隙間からゆっくりとあふれ出ていた。

「うっ!!」(――この色、まずい、動脈血!!)

 それは工作の授業でカッターで深くケガをした時、心臓の鼓動と同じリズムであふれてきた血の色とまったく同じだった。

 そしてこれと同じ傷を過去に見ており、それがなんであるか瞬時に悟る。

(これは、――骨折だ!)

 動脈血が流れているという事は大腿部の動脈を傷つけたに違いなく、明らかに生命の危機に陥っている事が判った。

 上に置いてきたOKAMEがすでにレスキューに通報しているはずだが、留学生のDOLLシステムが、緊急時にどう反応するのか不明なので、俺のほうからも通報を試みる。

「さくら、レスキューに通報!」

 胸ポケットに入れていたさくらを取り出し、石の上に置くがなぜかさくらは動かない。

 オートバランサーで立ってはいるが、まったく反応がない。


「さくら! どうした? さくらーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」







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