暁桜編〈プールブロンド 〉



 ――同じ週、6月5日土曜日の夕刻。

 チャイムが鳴り、玄関に行き、件のゲストを玄関に出迎えに行く。

「いらっしゃ……あ………………お……………ふっ……フローラ……」

 扉を開けたら、そこにはまたしても想像を凌駕した、金髪碧眼の美少女が立っていた。

 今日のフローラは、ライトブラウンでVネックのスリムニットに生足、白いパンプス、髪は左で二つ小さい輪を作った髪に、赤い玉かんざしを挿した変則ポニーテール。

 フローラの豊満なスタイルに、ぴったりフィットした手の平を半分まで隠した長袖ニットが、昔の泥棒アニメの悪女よろしく、暴力的なまでにXX染色体を主張し、淡いグリーンの繊細な金髪に挿された赤い玉かんざしが、エキゾチックな雰囲気を醸し出していた。

 一泊分の着替えを詰め込んだと思われる右手に持ったスポーツバッグが少し不釣り合いだが、フローラの美しさをいささかも損なっていなかった。

(おおお!……しかし本当に自分と3ヶ月しか年が違わないのか?)

 と驚嘆する。

「…………………………(ハッ!)」


 見惚れてしばし呆けてしまうがすぐに我に返る。代わりに呆けた俺の顔を見たフローラの方は、なぜか赤くなって俯いてしまう。


「こっこんに……今晩は。裕貴、招待してくれてありがとう」


「……うっ、うん。きょ、今日もお綺麗でございます。女王陛下……」

『誰が女王だ!!』と、小突かれるのを警戒する。――が、

「きっ……そっ…・・・・・・・(ボソボソ)」

 なにやら口ごもって黙り込んでしまう。

(あれえ? おかしい、ツッコんでこない)

「こんばんは、裕貴さん、さくらさん」

「こんばんは、フローラ、OKAMEちゃん♪」

 OKAMEがいつも通りあいさつし、さくらが返す。それを見てフローラとお互い目を合わせてなんとなく照れて促す。

「ん、じゃあまずは夕飯まで時間があるから、俺の部屋で桜についてあれこれ教えてくれる?」

「ああ、判った」


 そうしてフローラがリビングに居たママと姫香に挨拶する。

「それじゃあ、今日はお世話になります」

「どういたしまして~フローラちゃん、ゆっくりしていってね~」

 ママが言うと、姫香がまたしても黄色い嬌声を上げる。

「キャ~~~~~~!! フローラ綺麗~~!! モデルみたい~~!! 裕兄と並ぶと月とスッポンだよね~~」

「失礼な事この上ないな!! つか、よくそんな比喩知っているな!」

「そうだぞ姫香、身内を貶めるのは良くない。裕貴の良いところは容姿なんかじゃ計れない。それはオレがよく知っている」

 フローラがそう言いながら姫香の顔を両手で挟むと、女神の様な笑顔で優しく諭す。

「……ふぁい。ごめんなさい」

「ん、いい子だ」

 そう言うと、姫香がおでこにキスをされる。

「ふにゃ~~ん……」

 姫香が軟体動物の様になりフローラに抱き付く。

(……わが妹ながらチョロイなあ)

「ところで、俺の良いところってなんでせうか?」

「ふふふ、ナイショだ」

 笑いながらとぼけられてしまう。

「すんごい気になるんですけど……」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 部屋に行きフローラを部屋に招く。

「さ、どうぞ」

「ん、ありがとう」

 そうしてテーブルをはさんで座ると、フローラが聞いてくる。

「ん、じゃあまず桜の何を知りたい?」

「そうだね、まず日本の桜の起源についてかな?」

「なぜ?」

「“桜はどこから来てどこへ向かうのか”ってね、はは」

 家へ招く口実半分とは言えず、取って付けた理由を少々オーバーに言う。

「いいところに目を付けたな。実は日本の桜はそこらへんが結構重要なんだ」

 以外に何かフラグが立ったような理由なのか、フローラが感心したように言う。

「へえ、物事は最初が肝心くらいにしか思ってなかったけど、それならもっと前向きに聞くから教えてくれる?」

「よし。じゃあまずは原種の方から話そう」

「お願いします」

「まずは南の寒緋桜だが、これは台湾から伝わり、南西諸島の久米島や石垣島で野生状態で見られるが、元々この地での自生はなかったと言う説もある」

「寒緋桜、花が下向きに咲く真っ赤な桜だよね、確かオカメ桜の片親の……」

「そう、日本の桜の系統的には一番古いタイプに分類される。そして、南方から氷河期の終息に従って北上してきた結果が、現在の日本の桜の分布した形になる」

「あれ?、て事は氷河期以前は日本に桜がなかったって事?」

「そういう事になるな。だから日本が大陸と地続きだったおおよそ15万年前から、完全に切り離される1万年前の間に桜が日本列島に移ってきたと言う説があり、オレもその説が正しいと思う」

「ええ~? って、1万年前って、桜の寿命から考えたらすんごい最近じゃない?」

「そうだな、桜には樹齢千年を超える古木もあるが、有史以前で2~300年の寿命で平均250年の樹齢なら、わずか4~50世代で寒緋桜から現在の桜の状態まで進化したことになるな」

「そんなに早く? ――って、桜の原種は確か10種くらいあったよね?」

「ああ、先に述べた寒緋桜の他は、山桜・大山桜・大島桜・霞桜・高嶺桜・豆桜・丁子桜・江戸彼岸・深山桜・の10 種だ」

「うええ、人間だって40世代じゃこんなに変化しないぞ? つか昆虫なんて、年1世代として50年経ったってほとんど変わらないじゃんか」

「その通りだ。しかし桜も実際はもっと細かく世代交代をしていると思われるが、それでも桜は他の植物と比べて異常な速さで進化して、未だ変化を続けている」

「ふええ、以前お父が言っていたけど、『八重の子は八重にならず、逆に一重の子から八重が生まれるのは珍しくない』って言っていた」

「その通りだ、ついでに言えば野生でも八重は時折発見されるし、花が咲かない個体も稀に出現するぞ」

「うん? 花が咲かない個体? それって生き物としてどうなの?」

「まあ、一種の突然変異だが、桜の園芸品種中にも雌しべが葉状に変化して実が付かない、つまり“不稔性”になる個体も多いし、そして、花粉が生成されなかったりするような変異体もある。また、そう言った個体は致死遺伝子を内包させていて、その因子の発現が種としての自立性を保つ要因になっていると考える学者もいるようだ」

「なるほど、確かにライオンとトラ、シマウマと馬とかの動物の交雑種は大抵不妊性で、子供を作れないって聞いたことがある」

「そう、普通“種間雑種”は“F1”と呼ばれ、以降世代を重ねる毎に“F2”、“F3”と呼ばれる。が、桜の場合は自家不和合成で“種”そのものが、色のカラーチャートの様に境界が曖昧なので、便宜的に園芸品種名の付いた世代から次代を数えていて、生物学的な雑種のカウントとは若干ニュアンスが違っているんだ」

「カラーチャート、……うん、そう言われると納得だね、俺だってこんな庭の家で育ってなきゃ、園芸品種でもほとんど見分けがつかないのがあるもんね」

「だがまあ、桜の場合、さっきも言ったように、八重や不稔性でさえ、1世代中の“ゆらぎ”に含まれてしまうくらい変化の幅が大きいからな」

「ふええ。……数万年前はただの赤い桜が、いまや原種だけで10種類、亜種や雑種で百種ほど、園芸品種を含めれば数百種か。バラくらい力を入れる人がいれば、パンデミック的に品種が拡大するんじゃない?」

「そうだな。そしてオレはいずれは“青い桜”も作られると確信している」

「青い桜!!」

「そうだ」

「ええー? って、フローラ、桜もバラ科の植物で、そもそも青い色素を作る遺伝子と酵素が存在しないから、それは“不可能”じゃないの?」

 あまりの事にさっそく調べたのか、さくらが反論する。

「そう、桜の赤色色素はバラと同じくアントシアニンなんだ、この色素は青い花の植物では、花弁内に含まれる酵素遺伝子によって、デルフィニジンと言う物質に替えられるが、バラにはその酵素物質がそもそも存在しない。だが、日本のとある会社が青いパンジーから、デルフィニジンを生合成する遺伝子を取り出してバラに組み込んで、デルフィニジンを作り出すバラ誕生させたんだ。まあ、実際のバラはパーフェクトブルーではなかったが、それでも“不可能”と言われた事を、大きく覆したのは確かだ。そして、おそらくは桜も同じ手法で青い花を咲かせる事ができるようになるだろう」

 胸を張り、熱く語るフローラはやはり輝いて見え、いつも以上に眩しく感じた。

「そうだね、赤、白、黄色、そして青い桜か。並べて見られたらさぞ壮観だろうね」

「ああ、生きているうちに見られたら最高だな。おっと、原種の話だったか」

「ああ、うん、大丈夫。夜は長いし眠くなるまで付き合えるから、たっぷり話を聞かせて」

「じゃあ次に……」

 と言いかけた所で、フローラがOKAMEに声をかけられる。

「フローラ、涼香さんからシークレットメールが届きました」

「うん? 涼香が? 何だろう、こっちへ回してくれ」

 フローラがそう言い首のツインを起動、空間投影図(エア・ビューワー)を展開、プライベートモードにより、俺の方からは砂嵐に見える画面を裏から空間操作(エア・フリック)して読む。

「なっ!……………」

「どうし……」

 驚くフローラに聞きかけて止める。

(いけね、涼香は今日ここにフローラがいるのは知っているはずだから、シーックレットメールって事は、俺にこそ知られたくない内容なんだろうな)

 そう察し、聞くことをやめる。

「……………………for crying out loud!(まったくもう!)」

 そう呟くと、赤くなって口に手を当てて横を向くと、何事か思案する。

「………………………………OK」

 フローラがそう言うと、エア・フリックして短そうな文を作成して送信する。

 エア・ビューワーを閉じてふうとため息をつくと、じっと見ていた俺と目が合い、真っ赤になってすぐに逸らしてしまう。

(おり?)

 黙ってしまってどうしたもんかと考えていたら、ドアがノックされ、姫香がお茶を持ってきてくれた。

「おお、ごくろうさま姫香」

 俺がねぎらうと、フローラも声をかける。

「ありがとう姫香、それじゃあ今晩部屋にお邪魔させてもらうな、それでオレ達は朝が早いから、もし騒がしかったらすまない」

「ううん、いいようそんなの。――あ、でも髪はどうする? 裕兄に編んでもらう?」

 いつも山に行く時は姫香に編んでもらい、帽子に収まる様にしっかりとまとめてもらっていたが、

山歩きで派手に動き回っても緩まないよう、しっかりまとめるのは結構コツがいるらしい。

「できるのか? 裕貴」

「いや、三つ編みくらいはできるけど、まとめる方は教わらないとできないなあ」

「そうか、じゃあ裕兄、今から教えるって言ったら覚えてみる?、フローラはどう?」

「裕貴が覚えたら、せっかくの休みに姫香の手を煩わせなくて済むから、そうしてもらえたら、オオッレはうれしい……ぞ?」

 手の平を組んで、バストを挟むようにして下げ、体と顔を傾けて伺うように聞いてくるフローラ。

 ライオンが寝転がって腹を見せているような感じで妙に可愛いのだが、素直に撫でるのは度胸が要るような感覚に襲われる。

「……まっ、まあそう言う事なら教えてもらおうかな」

「き~~まり、じゃあ二人がお茶してる間に、わたしの方はヘアピンとかブラシとか、ボチボチ用意するからちょっとまっててね♪」

「おっおう」

「……………ハイ」


 第四章 〈プールブロンド 〉


 そうして二人なんとなく無言でお茶をすすり、姫香を待つが、ふと気づいて声をかける。

「あ、じゃあ今のポニテを解いておいた方が良いよね」

「そっそうだな……」

 そう言うとフローラが立ち上がって隣りへ来ると、ストンと座って背を向ける。

 その瞬間、動いた空気にのって、最近のお気に入りらしいシトラスのコロンの香りが鼻を過ぎる。

(???………………んん? なんだ?)

 傍に来て座った意味が解らず首を傾げると、ツインが振動して、さくらからの一言メッセージが表示された。

『ゆーきにほどいて欲しいって言ってるの!! ヽ(`O´)ノ ニブチン!』

 さくらを見ると、アッカンベーをしていた。

(怒られた…………って、そう言う事だったのか、やれやれ)

「俺がほどいていいんだね?」

 背を向けたままじっとしているフローラに声をかける。

「………………………(コクン)」

 そして頭に触れると、フローラがかすかに震える。

「あ、ごめんびっくりした?」

「……(フルフル)」

「そっか、じゃあほとくね」

「…………………」

(無言……うん?)

 珍しく言葉が少なくなるフローラに戸惑いが隠せない。

(さっきから変だなあ、どうしたんだ?)

 不思議に思いつつも手は動かす。

 まずはポニテを止めている紐に、斜めに挿してある赤い玉かんざしを抜き、次にリボンの様に作られた小さい輪を止めていたクリップを外す。

 二筋分長さを変えてポニテにしてあったのを見て、意外に手間のかかっていた事に気付く。

「おお、段差つけてまとめるって、一人だと大変だったんじゃない?」

「…………………Yes」

 フローラが力なく、ぽつりと呟く。

そうして、最後にポニテをまとめていた紐をほどく。

「あ、いけね、ブラシ持ってこなきゃ」

 そう言った瞬間、ドアが開いて姫香が入ってくる。

「!!!(ビクッ)」

 ほどいたばかりで、ブラッシングもされていない乱れた髪のままのフローラが、飛び上りそうなほど驚くのを見て姫香が謝る。

「あ……ごめんお邪魔だった?」

「いや、そんなことないぞ? ちょうど解いてブラシが欲しかったところだったんだ」

 驚いて赤くなり、無言のままのフローラの代わりにおれが平然と答える。

「ふ~~ん、……そ、じゃあはいコレ、ブラッシングが終わったら始めよっか」

 そうしてブラシを受け取り、フローラの髪をすく。

「じゃあ、まず三つ編みを時計回りに頭に巻くから、頭の右上に回転方向に向かって三角を置くような位置で三本の束を作って」

 そう言って姫香がフローラの後ろ、俺の右側に座り、指をさしながら位置を示す。

「こうか?」

「うん、いいよ。そしたらね、回転方向に沿って三つ編みが膨らまないよう、厚みを持たせないようにできるだけキュッてかんじで、押さえながら編んでいくの」

 「判った」

「ふふ、そうそう、裕兄うまいね、やっぱ涼姉でいっぱいやってたからかな?」

「…………(ピクッ)」

 一瞬フローラの肩が震える。

「まあなってか、そん時はお前も一緒になって『私にもやってやって~~!!』ってゴネてたじゃないか」

「ふっふふ、そうだっけか、覚えてないや」

 ワザとらしくとぼける姫香。

「まあ、フローラの髪の方が断然繊細だし、柔らかいから扱い易いけどな」

「だしょ~~?。 フローラの髪ってすごいよねえ、ツヤのある金髪で、光の反射で少し緑がかって見えるの! うらやましいよね~」

「ああ、そうだな、すごく綺麗で柔らかいから、ずっと触っていたい気になる」

 するとフローラがボソリと呟く。

「…………………プールブロンド」

「へ?」

「プールブロンドって?」

俺が呆け、姫香が聞き返す。

「オ……、私の髪色は、藻が生え始めたプールの水色になぞらえてそう呼ばれている、だから小さい時の赤髪もそうだけど、今の色もあまり好きじゃないんだ」

 恥じらいながらぼそぼそと喋るフローラ。

「ええ~~!? 信じらんない~~~~~! こんなきれいな髪を?」

 姫香が驚く。

「そうか、俺はそうだな、“アレ”に似てるなーって思ってるんだけどね」

「「「“アレ”って?」」」

 フローラ、姫香、さくらに聞き返される。

「……う、まあ、明日山へ行けば見つかると思うから、その時に教えるよ。画像よか実物の方がずっと綺麗だろうしね」

 女性陣の意外な食いつきっぷりに少し引きながら、何とかかわす。

「「「…………」」」

「ふふ、大丈夫、変なモノじゃないから」

 それでも腑に落ちなさそうな3人にそう説明し、編むのを続けた。

 そうして、最後は回した髪を編んだ髪の根元に下から入れ込んで、ヘアクリップで止めて終了した。

 元より日本人より細い髪質なので、複雑に編み込んでもほとんどボリュ-ムが出ないせいか、立ち上がると、頭のシルエットがさらに小さく感じられ、9頭身ぐらいに上がったような錯覚を覚えた。

「フローラが立ち上がり、鏡を探す風にキョロキョロするので、押入れを開けて扉の裏の姿見を使わせる。

 が、押入れの中を見た瞬間、フローラが凍り付く。

「こっこれは?、なぜ裕貴の部屋に?」

 そう言ってフローラが指差して聞いてきたモノ。――それは。


 涼香の名前の入ったタンスだった。


  „~  ,~ „~„~  ,~


 同刻、自室に入るなり祥焔が叫ぶ。

「あ~~っ!! もうやめだ!、緋織!、」

 最新鋭の眼鏡型ウェアアラブル端末をベッドに放り出し、白雪にむjかって吐き捨てる。


 眼鏡型のウェアラブル端末のレンズ内側に投影されるさくら目線の画像を見て、ここ数日ずっと監視を続けていたのだ。


『どうしたの? 祥焔(かがり)』

 即時通話アプリにより緋織に回線が開かれて、緋織のリアクションもトレースしている白雪(DOLL)が聞き返す。

「どうもこうもあるか! 何が悲しくて、自分の受け持つ男子生徒のオイル交換(羞恥プレイ)を覗かなきゃならないんだ? あと、あいつらは確実に大人の階段を“下って”いるぞ! それでいいのか?」

『別に私は平気だけど。……そう、祥焔にはハードルが高かったようね』

 腕を組み、飄々とした声で返す緋織(しらゆき)。

「人間をモルモットの様に観察できる研究者と、生徒の人間性を見極める教師とは、そもそも見るべき点が違うのにそれでもいいのか?」

『あら、そんな風に考えられるって、貴女も意外に生徒に感情移入する性質(たち)なのね』

「話を逸らすな。だが、そもそも共感できなきゃ生徒たちに良い指導なんてできないだろ?」

『ふふ、そうね。でも観察の方は少し我慢して続けて欲しいのよ』

「まあ、引き受けたからには続けたいとは思っているが、あんまりむず痒い場面ばかり見せられていて、水上の成績評価を上げてやりたくなるんだ」

『そうなの?――なら、やっぱり事後は祥焔に託した方が正解だわね』

 祥焔の照れを平然とスルーして緋織が答える。

「任せろと大声では言わんが、最善は尽くすつもりだ。だが、こんなふうに覗いていて具体的にこれから何をするんだ?」


『“alpha(アルファ)”の恋敵の排除』

「何ぃ!?」


『……と、言いたいところだけど、alphaの彼女たちへの好感度と事後の事を考えると、単純にそれもできないわね』

「相変わらず恐ろしい事をサラリと言うな」

『そう?、あと大分primitive(プリミティブ)とのシンクロ率が上がってきて、alphaの無意識野での異常判断が見られたから、観察もそう長くはならないと思うわ』

「異常判断?」

『そう、無意識で無自覚の嫉妬による情報のスルーね』

「どういう事だ?」

「彼に求められていた調査内容について、フローラへの嫉妬心から深く調べようとしない、“思考停止”が起きているわ」

「必要な情報を見逃したって事か? A・I(プログラム)がか? それが“三原則(リミッター)”を外した結果か? てか、この数日の“さくら”の行動はほとんどもう人間そのものじゃないか。それが脳波リンクの結果なのか?」

 矢継ぎ早に質問をする祥焔。

『ふふふ、そうよ。離れた場所の二つの音叉が共鳴するように、alphaは感情の振幅をprimitiveへ伝え、primitiveは人間のバイオリズムをalphaへ伝える。そしてそれらの相乗効果で、お互いがここ数日で劇的に変化してきているの』

 両手を開き、彼女にしては珍しく高揚した風に嬉しそうに語る。


「……お前の予測ではいつ扉が開きそうだと考えてる?」

 そんな緋織には同調せず、淡々と聞き返す祥焔。

『おそらく10日はかからないと思うけど、仮に開いても、自分からは出てくることはないと考えてるわ』

「まあ、原因がアレだから当然か、……それで引っ張り出す決め手がないのか。どうするんだ?」

『具体的には何もないわ。でも確実に彼の協力が必要になると思うから、その時はお願いね』

「ちっ、そう言う事なら状況を把握していなければならないか……判った。独身女にリア充の監視(ノゾキ)は拷問になるが、しかし緋織」

『なあに?』

「状況が終息したら、対価をもらうぞ」

『いいわよ。その点はあの健気な彼女と同意見よ。私なんかで良ければ好きにして頂戴』

「馬鹿を言え。思川は“献身”だが、お前のは“従順”で、全然意味が違うだろう?」

 教師らしく、理路整然と指摘する祥焔。

『……そうね。彼女には侮辱になってしまうわね。ごめんなさい』

 怒気を込めて反論する祥焔に、緋織が素直に謝る。

「まあいい。それじゃあ対価は何か考えておこう」

『できる事は何でもするわ』

「………………一つ聞きたい」

『何かしら?』

「そうしてA・Iを人間に近づけてどうするんだ?」

『前にも言ったでしょ? primitiveの覚醒よ』

「それだけじゃないだろ? お前の事だ。まだほかにも目的があるんじゃないのか?」

『……………………祥焔』

「人間の反応をトレースして学習させて人に近づけ、さらに自分の手を汚す事までして、まさか“芸能プロダクションだから、バーチャルアイドルです”――なんて言って浮ついたものを作るようなお前でもあるまい」

『言えないわ』

「じゃあ、今さっき言った対価を要求しよう。答えなきゃ協力を拒否する」

 そう言い切り、しばらくの沈黙の後、緋織が重い口を開いた。


『………………………………………………世界平和よ』


 平時ならまたしても緋織にツッコまれそうな呆け顔をした後、祥焔が高らかに声を張り上げる。

「…………………………ぷっ、くっ、はっ、はははは!!!! そうか、判った! 喜んで協力しよう!!」








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