暁桜編〈涼香とデート・2〉

 ――家に着いて部屋に戻り、一葉ひとはとさくらを専用クレードルピットにセットする。


「それじゃあ、サーバーにアクセスしてページを開いたら、画面なかから合図するから、ダウンロードしてくれる~?」

「OK、んじゃあ接続するか」


「さくらちゃんがんばってね?」

「もう、涼香ったら~~、ブルーフィーナスはさくらの実家おうちなんだよ~~?」


「あっっ、そっそそうか……、なっなんか、すごく悪い事してる気がして、心配しちゃった」

 分かる気がする。

 DOLLさくらの無償の好意に疑問を持ち、その背後にあるものを疑うのは当然だとは思うが、やさしさを疑ってしまう奇妙な罪悪感をぬぐえない。

 そうしてそんな気持ちを隠し、涼香の頭を撫でながらさくらに声をかける。


「じゃあ切り替えるぞ」


〈ELF―16が接続されました〉

〈YES/NO〉


“YES”をクリックする。

 さくらの額のLEDが緑色で点滅を始め、さくらが独立作動ダイブモードに入った事を示してアクセスを開始した。

 するとパソコン画面に、黒いく長い髪の本来の“霞さくら”に似せた八頭身アバターがピョコンと現れる。

「おお、アクセスモードだとこんなキャラになるのか」


『それじゃあ始めるねえ~』

 さくらはそう言うと、ブルーフィーナスのTOPページから、管理者ページにアクセスを始める。

 サーバーにアクセスを開始し、さくらが数々のプロテクトや認証を開いていく。


 なんか情報は……って、早えー!!


 さすがにAIによるアクセスは、人間の目には目まぐるしく画面が入れ替わっているようにしか見えず、とても目で追いきれるものではなかった。


 むうう、ヒントになるようなコマンドが見れればと思ったけどダメか、じゃあ履歴やキャッシュで調べて……。


 そう思い、タスクマネージャーからキャッシュの項目を見ると“停止中”と表示されていた。


 ――え!?


 マスターの個人設定プライベートにまで干渉するこの表層人格パーソナルマスクに驚く。

  

 ――数秒後。〈Cautoin注意! ――Dedicateb管理 Administrator 者専用〉と、警告が表示されるがさくらは構わず先へ進み、赤い色調で彩られた奥の間ラストステージにたどり着く。

 そしてそこの中央に置かれた“KID ROOM“と、書かれた緑の扉の形をしたファイルボタンにさくらが手を置き声をかけた。


『ただいま~~、さくらだよ~~』


 すると、その言葉が解除信号セキュリティーコードだったのか、ファイルが開いて景色が一変した。


 へえ、音声コードなのか。つかなんで?

 少し違和感を覚える


 そこは、濃紺の星空を壁紙にして、真ん中にベビーゴーランドがくるくると回り、子守歌で聞いた事のある外国の歌がオルゴールの調べで流れ、七つほどのベビーベッドの形をしたボタンが並んでいる部屋ファイルだった。


 ここがあのセキュリティーのラストか!


 同時にこのAI“達”があたかも子供の様に扱われている事に驚く。

 そしてさくらがその中の一つに近づき、ファイルボタンに手を置くと、この部屋のBGMと同じ”虹の彼方に”を歌い始めた。


『♪~♫~~――』


 それは復刻リバイバルされたプログラム霞さくらのキャラ音声でなく、いつ記録されたのかもわからない、素人でたどたどしくて幼く、アカペラのノイズ混じりの音源だった。


 ……なんでこんな幼な声の歌をセキュリティーコードに使うんだ?


 そう感じながら涼香と二人、神妙な面持ちでさくらの行動を見守る。

 軽やかに1番を歌い(再生)を終わり、木琴のような認証音とともにファイルを開けると、さくらが数あるファイルの中からから赤ん坊のアバターを引き出して抱き上げ、その子を指し示す。


『それじゃあこの子をクリックして、ダウンロード開始してくれる~?』

 涼香を見ると、俺ほどは事の重要性は認識して居る様子はないようで、アバターのかわいさにデレていた。

「うん♪ さくらちゃんありがとう!」

 さくらの腕に抱かれている赤ん坊のポリゴンを涼香がクリックする。


〈このファイルを開きますか?〉

〈YES/NO〉


「ふう、……イエス!」

 一呼吸の間のあと、涼香が強い口調でクリックする。

 そうして表示されたダイアログボックスのファイル名を見ると驚く。


《kasumisakura_beta.ver012.ai》


 ――“beta (仮)

   “ver012(バージョン12)

   “ai(AI)


 やっぱり特定AI!!

 一般配布されてるキャラクターマスクは、普通は国が管理してるクラウド型AIをベースにして個性を出してるが、このコードは明らかに専用開発されたキャラクターAIだった。


……なんて事だ!


 驚きを隠しつつ涼香を見ると、涼香も気付いてるのか真剣な顔をして、OKボタンをクリックしてダウンロードを始めた。

 表示されたダウンロード時間はおよそ三十分ほど。


 ……やはり異様に重い。


 そう思いつつ二人無言でダウンロードバーを見てるとさくらが口を開いた。


『それじゃあ、さくらは別ウインドウでさっきのアプリを一葉ひとはにインストールしておくね~~、それが終わったのを見届けたら、こっちをロック戸締りして帰るから、だから終わるまでゆっくりしていていいよ~~』


 さくらが早速ほかにウィンドウを開き、操作を開始する。



「そっか、じゃあリビングでお茶しているな。終わったらツインに連絡くれ」

『は~い、ごゆっくり~~』


 ……まあ、今はこれだけ情報が得られたらそれでいいか。

 焦って追及したところで、涼香とさくらが混乱するのは目に見えてるので、とりあえずそこで考えを止めておく。


「よし、お言葉に甘えて下でお茶でも飲もう」

「う、うん」


 そして、インストールを始まったのを確認してリビングに行く。

 部屋に入ると姫花がソファに腰かけ、携帯デバイスで友人らしき人物と何か話をしていた。

 邪魔しないよう無言で傍を通ると、涼香がお茶の用意を始める。


「お! 悪い、ありがと」


 返事はせず、涼香はにっこり笑って頷いた。

 給湯器のお湯をIHで沸かしなおしていると、姫花の電話が終わり涼香に話しかける。


「お、涼姉達帰って来てたんだ。その服ちょ~~目立ったでしょ♪」


 あ! NGワードにふれやがって!

 そう思いつつ怒るように姫花を見るが姫香は澄ましている。


「くっっ! …………う、うん。――おおおっ、茶いる?」

 涼香が照れて茶器までカタカタと震わせる。


「うん欲しい――そっか~、あ~私も早くDOLL欲しいなあ、あと三年かあ……」

「デバイス版の簡易キャラじゃダメなのか?」

「それは嫌、友だちの見てたらゲームキャラと変わらないし、裕兄のさくらちゃん見たいに、リアルに動く方が断然いいって思ったもの」


「あ~~……それはそうかも」

 ……つか、さくらはさらに特殊なんだけどな。


「はい、どうぞ」

「「ありがとう」」

「本格的な缶紅茶あったから使ったけど良かった?」

「いいよ、フローラ来た時に買ったやつで、ウチでは自分で淹れてまで飲もうとする奴はいないから」


「もう、みんなめんどくさがりずくなしなんだから~、ふふ」

「うちで細やかなのは涼姉だけだよ、今日泊まってく?」

「ん~~、どうかしら? ――裕ちゃん?」

 俺を振り返り、伺うように聞いてくる。


「まあ、一葉のインストール後の様子も見ときたいし、泊まってけば?」

「そっか。そうだね、じゃあ後で一度帰ってママのご飯の用意してくるね」

「判った」


「わ~~い、……ふふふ、それじゃあ涼姉、今晩は寝かさないわよ~♪」

「うふふ、お手柔らかにね♪」


 そうして三人でひとしきり談笑していると、さくらから連絡が入った。

『ただいま~~。ゆーき、インストールおわったよ~~』

「ありがとうさくら、今行く」

『は~い』

 残ったお茶を一息に飲んで立ち上がる。


「ご馳走様」

「じゃあ私、後片付けしてから行くね」

「ああ、それじゃあ先行って準備しとくな」

「うん」


 部屋に行くと、さくらが起動してテーブルに座って待っていた。

「お帰りさくら。ご苦労様、どんな状況?」

「ただいま~、うん、無事におわったよ~、一葉の再起動は涼香が来てからね」

「うん、そうだな」


 さくらが頭を傾けるので小鳥のように頬を撫でると、その指を抱いてキスしてきた。

 え!? おい……。

 そのリアクションに照れる。

「うふふ~~♪」

 さくらがはにかむように笑う。


 テーブルに肘をついてソッポを向いてたらドアが開いた。

「……準備OKだぞ」

「待っててくれたんだ、さくらちゃん、……本当にありがとう」

「どういたしまして~」

 手を後ろに回し、腰を折って小首をかしげて答えるさくら。


「じゃあ、このボタンをクリックすれば完了だ」

「うん、なんかドキドキする」

 そうして涼香がボタンをクリックして、一葉の再起動が始まる。

「「「……………」」」


 ――十数秒後、起動した一葉が、目を明ける。

「どう? 一葉」

 涼香が聞く。

「んん、どうもしないけど今までがなんか寝ぼけていたみたい。ありがとうさくら姉」

「“あなたはもう一葉”だから、わたしの事は“さくら”でいいんだよ~~、涼香をしっかりサポートしてね~~♪」

 さくらが微笑みながら小首を傾げ、嬉しそうに一葉を見つめた。


「うん、判った。さくら」

「うん、よろしくね一葉」

「それじゃあ裕貴! 改めてよろしく」

 右手で敬礼の仕草をして挨拶をしてきた。


「なんか妙に遠慮がないキャラになったような、――うん、こっちこそよろしく」

「そういえば、そろそろ四時だな、何時くらいに帰る?」

 パソコンの時計を見て聞いてみる。

「う~ん……そうだね、そろそろ、かな?」

「涼香ん家のパソコンにも、アプリをインストールするなら早いほうがいいんだろ?」

「それは心配いらないわ。ご飯を作ってる間くらいには完了するから」

 一葉が胸を張る。


「おお頼もしいな。って知っていたのか?」

 そういってさくらを見ると、ウィンクで返してきた。

「そう言う事か……じゃあ、悪いがインストールの面倒見てやってくれ」

「まっかせなさい!」

「ふふ、いい感じみたいだな涼香」

「本当、心強いね♪」


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


 涼香が一旦家に帰ったので、リビングに行って姫香の前に座るとこちらを見た。

「……兄ちゃんが何を言いたいかわかるか?」

 腕を組み、睨み付ける様に凄んで言う。

「ええ~?、何の事? わたしわかんな~~い♪」


 シスコンなのを120%理解している姫香は、あからさまに話をはぐらかす。

「とぼけるな! 朝に涼香に“南極二号ダッチワイフ”って言っていたろう?」

「えへへ~~」

 言われてなお笑ってごまかす。


「つか、なんでお前がそんな言葉を知っているんだ? なんかあやしげなサイトとか覗いてんじゃないだろうな? もしそうなら、お前の部屋のパソコンとデバイスのセキュリティを上げるぞ?」

「……むううぅ、それはヤダ、つか普通に “Love”と“Doll”で検索するとでてくるワードだよ?」


「それは本当だよゆーき。“Love Doll”って“ダッチワイフ”って英語の意味があるんだよ~~」


 それをお前がさらに言うんじゃない! ……ってまあそれなら確かに単語自体はセキュリティに引っかかるような、エロいものじゃないけど.



 姫香とさくら、二人(?)に理路整然と反撃され、反論のしようがない。

「まあそういう事ならしょうがない。だけどあんな言葉は、中一の女子が口に出すもんじゃないから気をつけろ? いいな?」

 仕方がないので注意にとどめる。


「はあい。……は~~あ、裕兄にはさくらちゃんみたいなマスコットや涼姉って恋人がいていいなあ……」

「さくらマスコットかは微妙だが、涼香は別に恋人じゃないぞ?」

「ってうそ!? 涼姉とあんだけイチャコラしてるから、てっきりもう恋人同士なのかと思ってたよ?」


「うそじゃない。涼香が“今でも”俺に色々オープンなのは恋人だからじゃない」

「ええ~~!! 本当に? 小さい頃は“あんなこと”までしていた仲なのに?」

「……涼香が俺に寄せてるのはただの信頼だ。それにそもそも俺は涼香の恋人になる資格がないだろ?」


「そんなのとっくに乗り越えたと思っていたのに……そっか。涼姉を本当のお姉ちゃんみたいに思うのは気をつけなきゃいけないんだね。……いいわ、ど~~せ私は子供だから、二人の精神的障害トラウマなんて理解できませんよ~~だ。ふん」

 膝を抱え、ぶつぶつ言いながら、しまいには涙ぐんで姫香が睨んでくるので、頭をなでながらさらに言い訳をする。


「……俺が涼香に負わせてしまったのはトラウマだけじゃないだろ?」

「そんなの関係ないよ!! もう二人とも知らない! 勝手に兄妹ごっこやってればいいわよ! ば~~か! ば~~か! ば~~~か!!」

 もう完全に涙声になって罵倒して膝に顔を埋める。


 子供じゃなくて幼児かよ……


 だがその言い分は正しい。

 俺と涼香もいつまでも幼いままでいられないし、涼香に恋人ができればただの知り合いに成り下がる。それにもし涼香の恋人を名乗るなら、越えなければいけないトラウマが俺にもある。

 仮に恋人のポジションを望んだとして、涼香のトラウマを掘り返し、なお自分の我を通すことはとても今の俺にはできない。

 それならいっそ、このまま涼香の“兄”のポジションで見守っていた方がお互いのためだと思っている。

 だがそんな理屈は、生まれた時から涼香が実の姉のように傍に居た姫香にとっては、到底理解できないのかもしれない。


 相手が望むようにできないなら、説明が必ずしも解決になるとは限らない。だから何も言わずに謝る。


「ああ。そうだな。兄ちゃんが悪かった。コンビニでケーキでも買ってきてやるから機嫌直せ。な?」

「…………」コクコク

 姫香もそれ以上は触れようとせず、しゃくりをあげながらも妥協案に乗ってくれた。


 そうして、ぐずらせてしまった慰めにコンビニに行き、姫香の好きそうなスイーツ類を適当にカゴに入れる。

 ……そういえば涼香も来るから余分に買っておくか。

 ケーキをさらに数種類買い込んでレジに行く。


「お会計1560円になります」

「あ!」

 ……いけね、足りるかな? 

 食事した時に残高が少なかった事を思い出す。


 そう思ってツインで確認しようとしたら、さくらがストンと飛び降りて認証端末に手をかざす。

「は~~い」ピコン

「ありがとうございました~~」


 ……よかった、足りたようだ。まあ残り少ないのは確かだから、後でこづかい余分に貰えるか聞いてみよう。


 家に帰り、愛しの姫香おひいさまの顔色をうかがいつつおずおずとケーキを差し出す。

「麗しの我が姫様に置かれましては、この南蛮菓子をお召し上がりになり、なにとぞご機嫌を直していただきたく、伏して申し上げあげ奉ります」


「む……わたしの好きなチョコミントクリームのケーキがある。…………ふう、しょうがないなあ。……“苦しゅうない、そちの進物、ありがたく頂戴しよう”」

「ははあ、ありがたき幸せにございます」

 仰々しく応答して顔を見合わせる。


「「ぷはっ!!」」


 笑いあい、姫香の頭をかきむしると姫香が何事かを呟く。

「…………そっか。“だから”涼姉はフローラ推しなんだね」


「ん? なんだ?」

「何でもない。いっただきま~~す♪」


 涼香が食べ終わって機嫌を直した頃チャイムが鳴り、ドアを開けたらプレゼントしたゴスロリ服を脱いで、ゆるいニットの青Tシャツに紺のミニスカ、白いサンダルとラフな姿になって大きな鍋を抱えた涼香が立っていた。


「さささっき、冷蔵庫の中を見たら食材が寂しかったの。それでおばさんに聞いたら、帰りがお、お遅くなるから、MOT!MOT!のおお弁当にすっするって言ってたの。だっ、だから裕ちゃんちの分も作ってきたんだけど、……たっ食べる?」


 まだホカホカの鍋を受け取りながら、お礼を言う。

「ああ、最近は涼香の方がママよりおいしいからすごく嬉しいよ。ありがとう」

「ふふ。よかった」

 そうして、けっこう久しぶりに涼香を交えて五人で遅い夕食にした。


「相変わらず涼ちゃんのシチューおいしいわぁ、おばさん教えてもらった通りに、小麦粉からホワイトソース作るけど、どうしても粉っぽくなっちゃったり、ダマになっちゃうのよねえ。もう私より上手になったみたいで師匠としてうれしい限りだわあ」

 ママはそう言うと感慨深げに涼香を見つめた。


「あっ……ありがとう……でっでも私もたっ……たまに失敗するから……」

「涼香は失敗作を人に出さないから良いんだ。ママなんか『もったいない』と言って無理やり食べさせるんだから」


「当然でしょ、捨てたらゴミだけど胃に入れば栄養になるのよ!」

「ゴミを食べさせべっ――!!

 お父が言い終わる前に殴られる。


「「「…………」」」


 食事が終わり、女性陣にスイーツを出しつつ、ママにさっきのお願いをしてみる。

「ママ、このお菓子のお金と小遣いを少し欲し――

「さあ! 洗い物をしちゃいましょうネ♪」

 盛大にスルーされた。


「…………じゃあお父。小遣いを少し貰いたいんだけど」

 涼香が居て上機嫌になったお父に振ってみる。


「はははは!  ワタシは住宅戦隊ローンレンジャー。ポジションは家計はいっつも火の車。ローンレッド! 必殺技は味方を借金で踏み落とす、“借金地獄巡りデート・ヘル・ツアー!” 裕貴も巡ってみるか? あーーーーはっはっはっはっはっははーーーーーー」

 酔ったドヤ顔で手足を振りまわし、リアクションを付けながら堂々と言い張る。


「……戦隊か。じゃあ残りのメンバーは?」

 諦めモードになりつつ、どこまで設定を盛るのか興味が湧いた。


「お父の給料明細を見て月末はいつも真っ青、ママことローンブルー! 必殺技は窮地の時に電撃の様に姿を消す、“青い消撃ブルーインパルスルー!”」


 こうなると自分のポジションが予想がついたので、先に他を聞いてみる。

「じゃあピンクは?」

「僅かな金銭の余裕を桜の笑顔でかすめ取っていく羊の皮を被った狼、姫香ことローンピンク! 必殺技は味方の財産を奪う、“笑う簒奪者スマイリーシーフ!”」

 笑っていた姫香の笑顔が凍り付く。


「次は緑」

危険色デンジャーカラーだらけの我が家の唯一のオアシス! 癒しと言う名の甘い果実を与えてくれる、涼香ことローングリーン!  必殺技は相手に不幸を気付かせる、“禁断の果実ゴッド・オブ・フルーツ!”」

 困り顔をしていた涼香が硬直した。


「俺は?」

「実りの秋が来て豊作バンザイ。でも実は紅葉は冬が来る前の黄色信号。親子二代ローンですでに将来黄色信号。裕貴ことローンイエロー! 必殺技は体調崩して成人病になる“黄疸胆石ザ・イエローストーン!”」


「涼香まで入れんのかよ! そんでもって四人が味方への自滅技かよ! ってか、なんで俺だけ自殺技なんだよ!!」


 その言葉を合図にみんながユラリと動き出した。

 ママはそば打ち棒を手に。姫香がズボンのベルトをはずし、俺が拳を鳴らしてお父に近づく。

 さくらがオロオロしながらも、ひな紅と愛染を誘導してキッチンカウンターの陰に行く。

 涼香が楚々と部屋から出るが、残った一葉が指に電撃を走らせつつ俺の肩に乗ってきた。

 そうして残った連中がお父にゆっくりと歩み寄る。

「……み、みんなどっどうしたの?、こ……こわいか……お…………


 お父は最後まで喋ることができなかった。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――その後。

 ………………………。笑 …………。

 ………………………。笑

 ………………………。笑

 ………………………。笑

 やりきった充足感の笑顔を浮かべた俺たち三人と一体、無表情の愛染が、さくらとお父、ひなくれないを残し、居間から退出してそれぞれの部屋に帰る。


 部屋に入ると、涼香がおびえた表情で俺のベッドに潜り込んでいた。

「終わったよ」

「裕ちゃん……」

 泣きそうな目で俺を見る。


 ドアを開けてさくらの帰りを待っていると、部屋の外からさくらが般若心境を唱える声が聞こえてきた。



 〈Japanese text〉

 ――――――――――――――――――――


 ママへ。

 今日は涼香とゆーきのデートだったよ。

 涼香はゆーきと二人っきりだと本当に嬉しそう。

 そのあと012を一葉にインストールしたけど、

 完全初期化フルノーマル状態だったから、

 涼香とうまく適応マッチングできるか心配だったの。

 なんと言っても“さくらの好みの男性に適応するAI”だものね。

 だけど涼香の為に報復行動リベンジするのを見て安心したわ。

 でもゆーきのパパにはちょっとかわいそうだったかな?

 012は限定解除オフリミッターされてるものね。

 そう言えば012をインストールする時処理速度が不足しそうだったから、

 さすがに本体わたし自身に意識コントロールを戻したけど、

 やっぱり人間と同じ|1人称出力《シングルインターフェース|だと大変なの。

 でもね? 良い事があったりすると、

 メモリーが飛びそうなほど嬉しい感情でいっぱいになるの!

 良い事をするとゆーきはちゃんと気が付いて褒めてくれるんだ。

 だからもっともっと喜ばせてあげたくなっちゃう!

 とりあえずはお小遣いを増やしてあげたからお金の心配はいらないわね。

 そしたらあとは涼香との関係ね。

 012のインストール中に涼香について十五秒ほど調べて見たら、

 ケーサツの記録ログに気になる事件を見つけたの。


 二〇二七年、〇月〇日――

 DOLLの未成年者保護プログラムの通報により、

 思川静(三十七)の夫で不動産業経営、思川良二(四十八)を、

 その妻の女児に対する暴行にて現行犯逮捕。

 その後罪を認めるも、署員の隙を見て逃走。

 二日後、遺書とともに市内の山中で首を吊った状態で発見される。

 これにより、犯人死亡のまま書類を検察庁に送致。

 不起訴処分となった。


 これって涼香のママの事だよね。

 詳しい経緯は記されていないけど、

 フクザツな事情があるみたい。

 これからは一葉と連絡を取り合って、

 二人の関係をもっとよく知ろうと思うわ。


 ――――――――――――――――――――

 〈kasumisakura_ai_alpha.ver000a〉


 《user.precision_mirror》

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