暁桜編〈一触即発〉
……まあ、少々不安を覚えつつも、さくらのキャラクターに魅力を感じている自分は、それなりにさくらと楽しく過ごしていたし、さくらがA・Iと言う事も、フローラの言う通り、特殊な秘匿調査の類だと思っていた。――あの時までは。
5月も終わりに近づいてきたある日、昼休みに4人で学食に集まり、今度の休みに遊ぶ計画を立てていた。
俺の正面に圭一。左隣に涼香。左前にフローラが座り談笑する。
「そういえばフローラの調査って、今期はもう終わりなの?」俺が聞く。
「いいや、まだ、初夏と秋にやりたいと思っている」
「へ? 花が咲いてないのに?」
「ああ。今度は成葉、成熟した葉と新芽のサンプル採集がある。それで秋は紅葉のサンプル採集だ」
「だ~~っ、フローラはメンドくせえ事やってんなあ」
と、圭一。涼香はOKAMEと、あっちむいてホイをやっている……勝てるのか?
「好きでやっている事だ。放っといてもらおう」
「その一途さが俺は好きだゼェ、フローラ」
「……おけ! ばか!」
軽く照れるフローラ。
こういうストレートな物言いは圭一のデフォだ。
圭一もフローラも気質が似ていてぶつかる事も多いが、どちらも引きずるのが嫌いなので、五分以上ケンカしていた事はない。
「そうか、また時期になったら教えてくれ。付き合うから」
「ああ、再来週あたりになるかな?」
そう答えた時入り口側から声がした。
俺の右側に近づき喋り始める2人組。
「よう後輩。お前もDOLLを手に入れたんだな」
ひょろ高く、メガネをかけ、やせてポケットに手を突っ込んでいる方が聞いてくる。
「なかなか美形なDOLLだなおい、へへへ…」
俺と同じ位の背で、髪をワンレンにして、体重は2割増し位の方が舐めるように言う。
そんな風にいかにもな感じでそう言ってきたのは、入学者説明会でフローラに絡んできた先輩達だった。
フローラと俺が険しい表情になる。圭一はニヤニヤして、涼香は圭一とフローラをチラリと見ると、OKAMEを抱き寄せ、黙り込んだ。
「ええ」
「どんなキャラを入れたんだ?」
俺の肩のさくらを指して聞いてくる。さくらは無表情で無言だ。こんな風に相手を見て受け答えを選ぶのを見ると、改めてA・Iなんだと実感する。
「……霞さくらですよ」
「「おおっ!!」」
オーバーリアクションで驚く2人……知ってやがったな?
「お前よくそんなキャラ使っていられるなあ」とメガネ。
「気味悪くねえのか?」とワンレン。
言いたいことは予想がついたが、あえて聞く。
「どう言う事ですか?」
「だって”霞さくら”ってもう死んでんだろ? そんなキャラって幽霊みたいで気味悪くねえ?――なあオイ」とメガネがワンレンに言う。
「そうだよ。夜中になんかブツブツ喋ったりするんじゃねえか?」
「うらめしや~ってか?」とメガネ
「「ハハハハ!」」
人目のある場所で、まさかケンカまでは仕掛けてこないだろうという、実は甘い読みがあるのは明らかだった。
――未成年者保護法による、暴力的な場面に関する、DOLLの自動通報基準が、以前より緩くなったとはいえ、暴力沙汰に発展すれば、
先輩たちはそれを見越して、言葉でいたぶろうと言うハラなのは明らかだった。
しかし俺も圭一もそんな些細な事は頓着しない。
フローラが腰を浮かしかけ、圭一がニヤケながら止める。さすが親友。ありがたい。
この手の人間は一度相手をやり込めるといつまでも突っかかってくる。だからやるなら徹底抗戦あるのみだ。
しかし暴力でやり込めると陰にこもるので、正攻法で返さなければいけない。
それにさくらを馬鹿にするなんて聞き捨てならない。
「……そんな事はありませんし、気味悪くもないですよ」
「そうか~?」とワンレン
「きっかけはネットで見た25年前のライブだったけど、その歌声に魅せられてインストールしたんです」
「ベタベタだなあオイ」とメガネ
「それでその時思ったんですよ。25年経ってなお感動させてくれた彼女を『もっと知りたい』って」
「それで?」とワンレン
「こんな風に色褪せないどころか、擬似的にでも彼女を蘇らせてくれた、今のテクノロジーがすごいなあって感動しました」
「!……」
「亡くなった彼女の真意はわからないけど、自分の残した情報がこうして25年経ってなお、俺やみんなを感動させているのは、たぶん喜んでくれるだろうと思ってます」
「……」
「俺はこうしてモノ作りの学校に来て、彼女みたいに、人を感動させられる仕事を残したいと思いましたね。――先輩達はどうですか?」
さくらをチラ見して、さらに人目があるのを逆手に取り、言葉の柔法で返す。
1分ほどの沈黙の後、メガネの先輩がまず口を開いた。
「………悪かった」とメガネ
「すまない」ワンレン
「確かに俺らも自分の仕事を形に残す勉強をしていながら、過去の情報を軽々しく侮蔑するのは、自分の仕事も否定する行為だった。すまん、あと彼女……プリシフローラもいつかは失礼した」
「俺もいろいろすまなかった。……プリシフローラにも……悪かった」
「いや、わかってもらえればイイ……」
突然振られ、戸惑うフローラ。
意地の悪い所はあるが、きちんと謝れる度量と、モノ作りに対するプライドがあると判り、深追いはしないでおく。
それに、そういうことは素直に認めるべきだと思うし、世の中には、完全な悪人は居ないと思っていたい。
「自己紹介がまだでした。機械化1年、水上裕貴です。よろしく先輩」
「俺は情報技術科3年、
「ヨロシク」――マシンボイスに、スキン無しのロボットタイプDOLLが挨拶をする。
……
「俺は電気科三年、
「よろしく」良く通る、――大人びた男性ボイスで、オオカミタイプのビーストモデルだ。
こっちは対称的に獣毛で被われていて、ダメージが
などと、二人の先輩の嗜好を分析しつつ、一つ提案をする。
「ついでにみんなにも紹介したいんですけど、いいですか?」
「ああ、俺からも頼む」
そうしてみんなをそれぞれ紹介し、最後に駿先輩が言う。
「ところで裕貴達は班活動は何かやっているか?」
――ちなみにこの学校では部と言わず、班と言う。第一次大戦時の創立で、軍属になっていた頃の名残らしい。
駿先輩の質問に、これには全員ノーだったが、涼香が言った。
「わっ私は、……いま誘われている班があるの……」
「判っているよ“DOLL服デザイン班”だろ?」と駿先輩
「…………そう」
みんなで笑う
「あれ? 先輩達も涼香を知ってたんですか?」
「超有名だ。密かにDOLL班会で、有望新入生を選出したドラフト会議があってな。“DOLL服デザイン班”が一位指名した。争奪戦は凄かったぞ。俺も誘いたかったが負けた」
「「!」」
それを聞き、俺とフローラが反応した。――その腹いせも含めて絡んできたのだ。
「どうやったんです?」
蒸し返すのも子供っぽいので、構わずスルーした。
「それぞれ彼女を誘いたい班員を集めて人数分のくじを引いたんだ。――でDOLデザ班が仮入班員を大量編成してくじを1番から4番まで引き当てた。ちなみにDOLデザの仮入班員は43人で、ドラフトに集まった班員の合計は126人だったぞ」
「「「ええっ!?」」」
俺らはおろか、周りで聞き耳を立てていた連中もぶっ飛んだ。
1番から4番、つまり1人目がだめでも、その後4人目までがDOLデザが誘い続けられるって訳か。
まずは涼香に近しい人から声をかけさせて、それでもだめなら副班長、班長と上げていってプレッシャーを掛ける戦法かな?
……そうなると涼香が同じ班の誘いを4回も断り続けるのは無理だろう、これはDOLデザ班長の作戦勝ちだな。
「……まあ、反則すれすれだが、あの班の気迫に逆らえる状況じゃなかったのは確かだ、なんせその時のDOLデザの瞬間最大班員は78人だったからな」
クジの半数ちょいを独占したわけか……つか、都会のコンクール常勝レベルの人数じゃん。
「DOLL班はどこが集まったんですか?」
「そうだな”DOLLデザイン班”、”DOLL音研班”、”DOLLゲーム班”、”DOLLスポーツ班”、”DOLLキャラプログラム班”、”人形劇班”、”DOLLスキン同好会”……まあ、DOLLが係わる全班だな」
「……おお!」
「そりゃそうだろ、あのレベルの衣装が作れるのが班員にいたら、大会とかでどんだけ目立つと思う?」
雲居先輩が言う。――その通りだ、素直に納得できた。
「まあ彼女の話はこれぐらいにさせてくれ。俺は”バトルDOLL研究班”の班長だ。裕貴、お前さえ良ければ入班してもらいたい」
身延先輩が神妙に聞いてきたが……。
「……俺のコネから涼香の協力が欲しいんですね?」
「バレバレか」
身延先輩は薄笑いを浮かべながら、悪びれずに白状した。
「……考えさせて下さい」
「まあそうだな。金もかかる班だからな。あと、班員が少なくて増員したいのは事実だから、ゆっくり考えておいてくれ ――じゃあな」
先輩2人が立ち去り、落ち着きを取り戻した食堂内には緊張の解けた空気が流れた。1人を除いて。
涼香は今の話を知らなかったのか、頭を抱えガクブル状態になってしまっていた。
「涼香、大丈夫だ。涼香が今の話を知らなかったって事は、班長はお前の性格を考えてくれて黙っていたって事だろ?」
俺がなだめる。
「……ウン」
「じゃあ入班したら、大事にしてくれるだろうし、断って何か仕掛けてくるようなら俺らがついてる。だからお前はお前のしたいようにすればいいゼェ」
圭一が励ます。
顔を上げた涼香に全員が笑いかける。
「みんなありがとう……」
潤んだ目でお礼を言う涼香。
「しかし圭一、お前がよくアノ場面で真っ先に立ち上がらなかったな、なぜだ?」
フローラが聞く。
「裕貴が俺より強いからさ~、なあ涼香」
コクコクと頷く涼香。うう、この流れは……。
「意味が判らんぞ?」
「ゆっ裕ちゃんは、ああいう時ぜっったい引かないの……」
涼香が両こぶしを胸の前にして力説する。
「もう少し判りやすく頼む」
「ヤメテ……」
哀願する。
「どうする涼香?、アノ時の話の方がわかりやすいぞ」
「いや、ヤメテ……」
更に懇願する。
「圭ちゃんがよければ」
「俺は良くない!」
宣言する。
「おう判った!」
圭一が答え。
「お願いね」
涼香が言い、……ガン無視された。
「ヤメテ~~~!」
絶叫した。
「裕貴うるさい!」
きゅう~~ん…フローラが怒った……。
「あれは俺らが中一の時だ。俺と裕貴達とは中学から一緒になったんだが、あるとき涼香のキョドさ加減がシャクに触って、からかって泣かせたんだ」
「それで?」
「そしたら裕貴が俺にケンカ吹っかけてきてな」
「うん」
「ボコボコに『されたのか?』してやった」
ああああ!!
「ふんが~~~! やめろ~~!」
堪えきれず咆哮した。が、
その時フローラがなにやらツインシステムを操作し俺に向ける。
「あ!」
そこに映し出されていたのは、アノ一件でOKAMEが写した俺と圭一のフ
それも俺だけを
「黙っていろ」
「くっ、ハヒィ……」
口に脅迫を詰められた。
でも、あの一件は
ピロリン……可愛いい操作音とともに、俺の顔がスクリーンショットされた。
「!!」
ネットワークからの干渉を受けない、オフラインの独立端末なら保存が可能なのだと気付く。
……じゃああの
「んで、それから俺が涼香をからかうたんびに、裕貴がケンカ吹っかけてきてな」
ナミダ目で涼香と圭一を交互に睨むが、2人とも完全スルーだ。
「うん」
「……」
「負けてボコられてもそのたんび向かってくるから、あるとき聞いたんだ」
「なんて?」
「…………」
「『弱えぇクセにオメーは何でいちいち突っかかってくるんだ!』ってな」
「答えは?」
「そっそれ……」
「『涼香が泣いているのを指を咥えて見てるくらいなら、ボコられていたほうがましだっ!』ってな……俺に組み敷かれながら、目をぎらつかせて凄むんだ」
「すごいな」
「……くく」
「俺は体も大きいし柔道もやっていたが、裕貴のその目にビビッた」
「……もうやめて~~」半泣きですがってみた。
「裕貴はオレが涼香をかまうたんびに、負けるのを承知で、こんな風に喰ってかかってくる……そう思ったら俺は怖くなったんだ」
「うふふ~~、それからしばらくはクラスの女子が、裕ちゃんの前で泣き真似するのがはやったんだよ」
珍しくどもらず、口に指を当て、本当に嬉しそうに言葉をつなぐ涼香。
「ああそうだったな! 散々からかわれたよな!」
半分ヤケになって声を荒げる。
「裕ちゃんそれは違うよ」
「どう違うんだ!」
「判らないのか? 裕貴」
「わかんねえよ!」
「女共は涼香が羨ましかったんだ。それに、あ~~、俺は裕貴と仲よくなるまで、女共からハブられていたゼ~」
「羨ましいって何だそれ? イミフだぞ」
「しかし……そうか。そんなことがあったのか。かっこいいじゃないか裕貴」
フローラが答えずに割り込む。
「どこがだよ! さんざんボコられて全然勝てなかったんだぞ!」
「「判ってないな―わね。裕貴―裕ちゃん」」
涼香とフローラがカブる。
「女は強い男より、自分を守ってくれる男に魅力を感じるんだ――なあ。さくら」
フローラのその言葉も、いまいち腑に落ちないままさくらを見る。
さくらテーブルについた左の腕に俺に向かって座り、俺の二の腕を抱えるように、さっきから無言でしがみついている。
「さくら……」
右手の親指で頭をそっと撫でる。
「……ごめんねゆーき。さくらいっぱい言葉知ってるはずなのに、こんな時なんて言うのかわからないの」
「さくらちゃん。こういう時は『ありがとう』でいいんだよ」
涼香が優しい口調で教える。
「ありがとうゆーき。あい……だい好き…………」
〈Japanese text〉
――――――――――――――――――――
ママへ。
今日はとっても嬉しいことがありました。
あんまり感動したせいで、
思わずNGワードを言いかけちゃった。
おまけに記録が
こういうのを「心臓が止まりそう」って言うのかしら?
もう
それと、前にも書いたけど、
ゆーきのおこずかいを少し増やしてあげたいから、
あとで
う~~~……外部領域で考えるってめんどくさいのね。
でもママ、ちょっと愚痴になっちゃうけど、
人間的思考って、どうして一つの事しか考えられないのかしら?
色んな事を多重進行ができた以前の方が、
よっぽどゆーきの役に立てるのよねえ。
……でもしょうがないよね。
思考レベルを原点まで下げないと共鳴が起こらないものね。
ああでも、だからこそ今日はあんなに嬉しく感じたのね!
もしわたしが本物の人間だったら涙を流せたのかしら?
――――――――――――――――――――
〈kasumisakura_a.i_alpha.ver000a〉
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