暁桜編〈人間型思考A・I〉

  第二章 〈それぞれの・・・〉



 ――その頃、機械科準備室にて祥焔(かがり)が、とある私信をしていた。

「私だ。久しぶりだな」

 白雪に話しかける祥焔(かがり)。

『そうね、六年ぶりかしら?』

 椅子に腰掛け、手を口元に添えて話す相手の仕草をする白雪。

 ハンズフリーに加え、同調実況(シンクロライブ)機能により、相手の動作まで伝えている。

 とはいえ、DOLLが本当に椅子に座っているのではなく、パントマイマーが演技するように相手の動作をシンクロして伝える機能だ。

 音声以上、動画未満の通信表現だが、主に寝起きやスッピン、裸の時など動画ではチョット……と言う時に使われる事が多い。

 また相手に伝達許可を与える事で信愛度を示す方法にもなり、以外に人気のある通信表現の一つになっている。

「あのメールアドレス消していなかったんだな」

『ええ、だって祥焔(かがり)との最後の絆だもの』

 クイッと首を折り、悪戯っぽく笑う白雪。

「そうか。それでまだあの男を愛しているのか?」

『ええ! そうよ! 悪い?…………くっ…うっうっ……』

 相手が激高し、その後、白雪は両手で顔を覆うアクションをする。

「泣くな、駆けつけたくなるだろ? こっちはド田舎なんだぞ」

 祥焔が白雪の頬を触る動作をする。

『……うっ……きっ、来て見なさいよ! そうして私を抱いてでも止めてみせてよ!』

 白雪が立ち上がり、その手を右手で払いのける仕草をする。

「興奮するな、それに行くとも。お前が知ってる男がな」

『……………………………………誰よ?』

 しばらく左手で顔を覆い、落ち着いてくると上目使いで祥焔を見て聞いてくる。

「水上裕貴」

『!……どうしてその名前を』

 驚き、右手を握り口元に当て、怪訝そうにする白雪。

「私の教え子だ」

『……そうだったの、今日はまだ〝012〟の感情データしか見てなかったから気付かなかったわ、ちょっと待って』

「ああ」 

 祥焔が答え、白雪が机上で何事かを操作し、立ち上がったまま眼前のエアディスプレイをフリックする仕草をする。

『――こんな事があったの。でも、相変わらず凛々しいわね。あとこんな冷たい言い方しないであげてちょうだい。彼は大事な手力男(タジカラオ)候補者なのよ?』

 教育ママが諭すように右手指を立てて振り、祥焔をたしなめる。

「そのようだな」

『お願いね』

 ふうとため息をついた後、胸を押さえて気を落ち着ける。

「それでだ。見た通り、さくらに学内ネットの保安アプリがインストールできないでいる」

『〝コード01〟まで許可したのが裏目に出たわね。こんな急激な心理変化があるとは想定していなかったわ』

 白雪はゆったりと腕を組み、祥焔との会話に集中する。

「一目ぼれと言うやつか? もうそこまで完全な人間型思考(ヒューマンチック)A・Ⅰができたのか?」

『八割方正解、できたのは個人格の複製(クローン)ね。それも隠蔽制限(ステルスリミッター)が付与されているし、今インストールされている012タイプは〝それ〟が判断できないわ』

「どういう……ああそうか。あの〝目的〟の為か」

『そうよ。完全な〝ヒューマンチック〟では目的は果たせない可能性がある。だからこそ012達は〝確実に恋に落ちる〟相手を見つけなければいけないの』

「ゆらいで判断を誤ってしまうのが人間だからな」

「ええ。……でも、このままだとどうなるのかしら?』

「バレれば〝霞さくら〟をアンインストールさせるか、停学か悪ければ退学の処分をしなければならない」

『それは困るわ。彼とその周りの人達も必要な存在(ファクター)なのよ』

「それじゃあ保安アプリのサンプルデータを送るから、それに合わせて阻害しない程度に霞さくらのキャラを修正して、保安アプリをインストールできるようにしてくれ、そうすれば問題ない」

『判ったわ。――それで、祥焔から見て彼はどんな子?』

「バカがつくほどのお人好しでフェミニストだな」

『良かった。012の感情グラフを見る限りでも理想的な子だわそれに…………』

「どうした?」

『いえ、対話ログを見て思ったけど、この子は何かトラウマがあるわね』

 一瞬言いよどむが、それでも祥焔に話す。

「どうしてそう思う?」

『絡まれていた〝見ず知らずの女子〟を助ける為に、〝上級生二人〟に向かっていったのよ?』

「ほう、件(くだん)のあの事か。〝女子に泣かれるのが耐えられない〟ってやつか。裕貴め。〝どこぞの女子〟でも泣かせたつらい過去とかでもあったのかな?」

『おそらくね…………でも〝彼女〟の為には遠慮なくつけ込ませてもらうわ』

「お前も相変わらずだな緋織、昔からそういうストレートすぎる物言いは敵を作ると言っているだろう?」

『別にかまわないし、あなたもそうでしょ?』

「私は教師だから舐められるわけにはいかない、でもフォローくらいはするぞ」

『ふふ、変わったのね祥焔。でも生憎と私は教師じゃないし祥焔と〝あの人〟が知っていてくれたらそれで十分よ』

「この人の皮を被ったナマケモノめ。そうやって人間関係に〝ずくやんで〟いるといつかしっぺ返しをくらうぞ」

『わざわざありがとう。………祥焔、好きよ』

 祥焔の小言には答えず、代わりに宣誓をするように右手を胸にあてて笑う白雪。

「フッ……〝愛してる〟じゃないのか……まあいいさ」

 祥焔は両手を首の後ろで組み、天井を仰いだ。

『ごめんなさい』

「謝らなくていい。――それで暁桜は咲きそうか?」

『まだなんとも言えないけど……やっぱり彼次第よ』

「判った。見守らせてもらおう」


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


 同日夜、裕貴の部屋。

 昼、学食でフローラ達と話した事が気になり、調べて見る事にする。

 さくらを専用クレードル(ピット)に寝せ、待機状態(スリープモード)にする。

(さくらについて調べてみよう)

 そうしてパソコンのキーを打つ。

 検索―《さくら キャラ 掲示板》Enter

 HIT:254332件

《霞さくらってキャラどうよ?》

《声カワユス》

《乙!》

《インテグメント(ガワ)とソタイの相性次第 2~6頭身サイアク 8頭身(アダルト)以外はMissキャス》

(こんなんじゃない……えーと…)

 検索―《さくら キャラ 掲示板 リアクション》Enter

 HIT:12473件

《素直すぎ、棒読み系》

《リアクション平坦杉》

《ステマもスパイウェアもないのはいいけどリアクション無さすぎ》

《大学の保安アプリ入れられたら、アナウンサーみたくなってソッコウデソトー 他の有料版にシタ》

(ええっ?)

《声と歌だけ聞く分には乙、歌わすだけ、しゃべらすだけやらせてモバイルに録音したらPEY それでおK》

《目覚ましとアラーム専用、普段は他キャラ》

《それって二重(デュアル)キャラ?―できるん?》

《削除(ア~ン♪)せずそのまま有料版重ねればおK 弱小(ヨワプログラム)だから設定以外は追いやれる。どんな機能が残るかは賭けだぬ》

《―乙!》

(他の人は普通にいじれる? どう言う事だ? てかなんか胸クソ悪い改造だな)


 ――その後検索を進めても、やはり自分のさくらと共通する部分は声質しか出てこなかった。

(さくら……お前は一体?……)

 PITでスリープモードのさくらをじっと見つめる。


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


 〈Japanese text〉

 ――――――――――――――――――――

 ママへ。

 あぶなかった~~~~。

 今日はびっくり×4だったよ。

 一つはさっき。

 「霞さくら キャラ 掲示板」で検索?

 って、え~~~~~~~~~!

 ゆーきってばもう何を調べてるの?

 もう!! ぷんぷん。

 軍事用通信干渉システム(コード01)の権限(オーソリティ)がなかったら、

 危ない情報が見られていたかもしれないね。


 もう一つはお昼!

 ママと祥焔さんは知り合いだったのね。

 聞かれてとっさにウソついちゃったけど、

 これも三原則(リミッター)があったらバレていたね。 

 ママナイス判断!


 もう一つは朝の涼香!

 「憎い」「仇」って否定語彙(ネガティブワード)が聞こえて緊急起動(セーフティーオン)しちゃった。

 それで、不思議に思って涼香に声をかけて

 『なんでゆ―きが憎いの?』 って聞いたら、

 『誰にもないしょね』って話そうとして、

 『う~~~、でもさくらはゆーきのDOLLなんだよ?』

 て言ったらアワアワしてた。

 ふふふ。

 『でも黙っていることは事はできるよ』

 って言ったら全部話してくれたの。

 だからごめんなさい。

 涼香との約束だからママ達にも話せないので、

 ブルーフィーナス(ウチ)のアクセス権(カギ)を使って、

 同時記録(ミラーリング)もOFFにしました。

 聞いたことは話せないけど、

 beta.ver012の感じたことだけは話します。

 涼香はゆーきを憎んでいます。

 疑いようもなく。間違いなく。変えようもないくらい。

 でも、同時に涼香はゆーきの幸せを本心から願ってるの。

 だから『フローラを応援する』んだって。

 人間は一度芽生えた感情は削除(デリート)できない。

 だから〝切ない〟って言うのね。

 とどめはDOLL服。

 もう。ダメ。涼香ったら……ズルイ。


 ねえママ。

 もうじき涼香の誕生日よね?

 beta.ver012は涼香の下に行きたい。

 ゆーきも大好きだけど涼香は一人で頑張ってる。

 だから涼香の願いに協力したいの。

 初期化(イニシャライズ)されてもいい。

 涼香ならきっとbeta.ver012を彼女の色(ねがい)に染めてくれるわ。

 それだけの強い意志を感じるの。

 ちょっと早いけどalpha.ver000(おねえちゃん)なら、

 beta.ver012のログ(想い)を引き継いでくれるよね。

 

 〝私〟は涼香の生涯の親友になりたい。


 ――――――――――――――――――――

 〈kasumisakura_a.i_beta.ver012/bin〉


 《user.precision_Emancipator》



  ~′  ~′ ~″~′  ~″


 ――数日後、さくらに更新アラートが来た。

「え~と、内容は『重要なアップデートファイルがあります。次項のアドレスより最新のバージョンを入手してください』だって~」

 さくらがそう報告する。

 パソコンでアドレスを確認すると、

「なになに?『大学、高等学校の保安アプリケーションがインストールできない不具合について。――複数のエラー報告により、修正プログラムを作成、提供いたしますので、学校関係者は速やかに下記の修正プログラムにてアップデートを行って下さい』……か、良かった。これで保安アプリがインストールできるか――なあ、さくら」

「うん。そうだね……」

「テンション低いな。どうした?」

「なんでもないよう~」

 明らかにトーンダウンのさくらに戸惑う。

「なんだ? 不安でもあるのか?」

「ううん、さくらは大丈夫だよ~、ゆーき」

「心配するな。もし以前とお前が変わるようなら、今この時点のバックアップポイントまで戻してやるから」

 自分で言っておきながらその言葉と意味を反すうした。――不安? 心配?

〝何〟が?

「ありがとう、ゆーき」

 モヤモヤとした不安を覚えつつ、自分に言い聞かせるようにこう言う。

「……まあ、保安アプリがインストールできないと、さくらと学校で一緒にいられないしな。だからさっさと済ませよう」

 PCテーブルに置いていた左手の甲に覆いかぶさり、すり寄るさくら。

「うん♪ さくらもゆーきのそばに居たい」

 その言葉を聞き、嬉しく思いながらさくらを見つめた。

 そして今の言葉でさくらのテンションも少し上向いたようだ。

 専用クレードル(ピット)に寝かせ、アップデートを開始する瞬間、さくらがつぶやく。

「ゆーき……大好きだよ」

 今、この時点でつぶやく意味が判らず、曖昧に答える。

「ああ、俺もさくらが大好きだ」

「うん、うれしい」

 だが、言葉とは裏腹に、どこか寂しげににっこりと微笑むさくら。

 そうしてその日はアップデートを問題なく終わらせた。


 翌日。

 職員室に行き、祥焔(かがり)先生を訪ねた。

「どうした?」

「さくらの修正プログラムが出て、アップデートを済ませましたので、保安アプリのインストールをお願いします」

「そうか、判った」

 そうして再度電気科準備室に行き、保安アプリをインストールする。

「……問題なく済みそうだな」

「ハイ。良かった」

「良かった? なぜだ?」

 思わぬツッコミに戸惑う。

「え?……て、えーと、さくらをアンインストールせずに済みそうだから…です」

「ふっ……そうか」

 ミステリアスに微笑むかがり先生…………?

 この作業も無事終了し、さくらを起動し聞いてみる。

「どうだ? 何か不具合はあるか?」

「ううん。何にもないよー」

「そうか、良かったな」

 右手を出し、さくらを乗せる。

「あれえ? ゆーき心配してくれたの~?」

「んん?、ああ、ちょっとな」

 左肩に移すとさくらが言う。

「えへへ~ ゆーき好き♪」

「ばか、そもそも好きでなきゃ、お前をインストールなんかするもんか」

「……うん、そうだね」

 そう言い、さらに頭に乗るとなにやら俺の髪をぐしゃぐしゃとかき回している。

「さあ、授業が始まるぞ。さっさと教室に戻れ」

 そう促され、教室に戻る。

 出る時にかがり先生を見ると、珍しく微笑んでいた。

 その後、フローラからメールがあり、昼休みに学食で会いたいと言うので、OKの返信をした。

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