暁桜編〈保安アプリ〉

  第二章 〈保安アプリ〉


 学校に着き、お互いの教室へ行き、教師に詫びて席に着く。

 そして、休み時間になるとさくらを見にクラスメイトが集まってきた。

「やっぱり〝神秘なる乙女(ミスティーメイデン)〟か」

「キャラは何を入れた?」

「いくらぐらいかかった?」

 等々、遅生まれでクラス内でもまだ数人しか持っていないので、みんな興味津々だ。

 そもそもDOLLの保有に年齢制限があるのは、《幼少時から使うとコミュニケーション能力の形成に支障を来たす》というのが主な理由だそうだ。

 だが、逆に欧米では児童擁護の目的で、積極的に携帯を推奨する国もあり、フローラなどは、十三歳の誕生日にOKAMEを買って貰ったそうだ。

 この状況を見るだけで、いかに外国では児童が危険にさらされているのかがわかる。

 ……俺も、DOLLを買った時、〝日本ももっと早くにDOLLの携帯が許されていたらよかったのに〟と、もどかしく思う事もあった。

 昼休みになり学食へ行こうとしたら、さくらに着信が入った。

「あ、ゆーき、〝早生都 祥焔(わせみや かがり)〟さんから音声着信だよ」

 そう伝えると、さくらは髪にぶら下げていたインカムを渡してきた。

「先生? なんだろ?」

 インカムのスイッチを入れ。通話ONにする。

『裕貴、DOLLを手に入れたそうだな』

「ええ」

『なぜ、報告しない?』

「ええ? 報告がいるんでしたっけ?」

『このばか者! 学内ネット用保安アプリのインストール諸々あるのを忘れたか!』

「あ、そうか!……忘れてました!」

 いけねえ。それに遅刻したから朝のホームルームで先生と会ってないんだった。

『すぐ電気科準備室に来い!』ブッ。

「…………あちゃ~~」

「切れたよ~」

 そうして、きびすを返し、さくらと共に電気科準備室へ向かう。

 コンコン。

「失礼しまーす」

「来たか! 裕貴。さっさとDOLLをこっちに連れて来い!」

 そう怒鳴りつけるのは自分の担任、機械科一年担当で機械設計科教師。

 大学時代の専攻は人間工学で、機械と人間に関する特殊専科も受け持っている。

 年齢は二八歳独身、一六〇センチちょいくらい。肩甲骨までのセミロングで亜麻色の髪はウェーブがかかり、小顔でそれなりに美人。目測Cカップのなかなかナイスバディな肢体だが、野生の山猫のような鋭い眼光と、板に付いた命令口調が周囲を萎縮させてしまう、ちょっと残念なキャリアウーマンタイプの女性だ。

 名前の〝祥焔―かがり〟の読みは彼女が生まれた時代の当て字ブームによるもので、なかなかのセンスとは思うが、国語の教師すら読めないというDQNスレスレの読み方だ。

 姓の〝早生都(わせみや)〟より、名の方が呼び易いので、みんなは〝かがり先生〟と呼んでいる。

「はい、どうぞ」

 さくらを手に乗せ、差し出す。

「初めまして 早生都祥焔さん。〝さくら〟と申します」

 さくらが〝きちんと〟挨拶をする。

「さくら?……その声もしかして《霞さくら》か?」

 知っているんだ。へええ。

「はい、そうです」

 さくらが答えつつ、手の上から机の上に移る。

「そうか。私のDOLLは〝白雪〟だ……じゃあ早速始めるか」

 なんだか、さくらの名に思う節がありそうな感じだが、急いでいるせいか、それ以上語らない。

「よろしく、さくらさん」

「はい、白雪さん」

 そう挨拶をするかがり先生のDOLLは八頭身(アダルト)、お嬢様タイプの清楚系キャラで、声も楚々とした澄んだ良く透る声で、かつて、《ロシアの妖精》と呼ばれたアルビノ体質の人気モデルが外皮(インテグメント)モチーフで、肌や服、髪も白を基調としており、目――アイレンズが赤く変更されていて、白い雪兎のようなイメージのDOLLだ。

「「お願いします」」

 そう言うとさくらを専用クレードル(PIT)に乗せインストールを始める。

「祥焔(かがり)先生、具体的には何をインストールするんですか?」

「そうか、すまん、説明がまだだったな。データファイル類は学校の教職員と生徒名簿、学校要覧と歴史、校内の敷地図とかだな。アプリの方は校則とそれらを守らせる保安アプリケーションのインストールだ」

 横柄で高圧な態度とは裏腹に、目下の者にもきちんと謝ることができるので、生徒たちから意外な尊敬を集めている。

「ああ、なるほど。要は校内でDOLLを使った不正を行わせない為ですね?」

「そう言う事だ。――例えば、覆面したどこぞのバカ共が真裸(マッパ)で走り回って映された動画を、監督者権限で記録不能や拡散不能にする為にな」

 バレバレだった!!

「くっ! そっそれは…………」

 思わぬ不意打ちにあっさりとひざを折る。

「だから急がせたんだ……っと、おや?」

 ニヤついてからかう視線を投げつつそれ以上は言及しない先生に、ココロの中で土下座する。

 そうしてパソコン画面に表示された《caution!(警告)》ダイアログボックスのメッセージを見ると《Error:インストールできません》の表示が出ていた。

「うん? 〝失敗〟でなくて〝できない〟だと? ……おかしいな、なぜだ?」

「問題点を検索っと……」カタカタ

 そうして、学校備品(リアルタッチ)のキーボードを操作してシステムチェックする先生。

「――なんだコレは《このアプリケーションはセキュリティー:コード〝B‐02〟に抵触します》?、民間レベルのトップシークレットだと?……」

 作業に没頭しているせいか、電気科準備室に自分達だけだからなのか、先生の心の声がダダ漏れだ。

〝民間レベルのトップシークレット〟だって? ただの無料配布キャラにそんな大層なものが?

「…………まあいい、とりあえず作業は中断だ。さくらを再起動するぞ」

 机を指でトントンと叩きつつ、腑に落ちない様子のまま答える先生。

「ハイ」

 ……数秒後。

「あれ~、終わらなかったみたいだね~?」

「ああ、ちょっとトラブルがあってな。ところでさくら、一つ聞きたいんだが」

 かがり先生が答え、さくらに聞いてくる。

「はい。なんでしょう?」

「お前の開発者のリストに〝大島緋織(おおしま ひおり)〟という女性はいるか?」

 うん? 大島緋織? って誰?

「はい、居ります。チーフプログラマーでクレジットされてます」

 おお! かがり先生は《霞さくら》のプログラマーを知っているのか?

「……そうか。ありがとう」

 答えだけ聞き、先生は軽く考え込むが、すぐに気を取り直し俺に向き直った。

「裕貴、とりあえず名簿やリスト類は使えるが、保安アプリはインストールできなかった。それで今は〝さくら〟には学校規則や教師の監督権限の強制力は働かない。だからといって悪いことをするなよ? いいな!」

「はい、でも結局どういう事なんです?――さくらは一体?」

「んん?、難しくない。現時点では〝霞さくら〟の疑似人格(キャラクターパーソナルマスク)は開発者しか改変できないと言う事だ」

 最近は勝手に誇張(デフォルメ)したり、歪曲表現(カリカチュア)させた違法キャラが横行して肖像権侵害と騒がれるくらいで、ちょっと専門知識があれば自由に書き換えられる、そんなレベルのプログラムのはずだ。

「でっでも、《ブルーフィーナス》で無制限配信してる無料キャラですよ?」

「だが事実で理由は緋織にしか判らん」

「誰ですか? それは」

「私の大学時代の友人で大脳生理学博士だ」


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


 その後、さくらとその博士の関係について詳しく聞こうとしても、もう彼女とは数年来会っておらず詳しいことは判らないと言われ、半ば強引に追い払われてしまった。

 さくらに聞いても名前以上の事は不明だと言うし、もやもやした気持ちのまま学食に行くと、もう既に三人集まっていて、涼香がブンブンと手を振っていた。

 自分は購買でヤキソバパンとコーヒーパンを購入し三人の元へ行く。

「お待たせ」

「待ってたゼ」と圭一。

「遅いぞ」とフローラ。

「今朝は遅刻させてゴメンね」と涼香。

 土木科の圭一。情報技術科のフローラ。工業デザイン科の涼香。

 んで機械科の俺。

 かけがえの無い、この幾クセもある三人の友人の顔を見ると、さっきまでのうつな気分も晴れる。

「それじゃあ早速涼香の作った服を着せてみるか」と俺。

「え~? 恥ずかしいよ~」

「ええっ?」

 思わず声を上げた。

 誰あろう、恥ずかしいとかぬかし、いや答えたのは涼香ではなくさくらだった。

 更にさくらが言う。

「こんなに人がいっぱいのトコで着替えるのイヤ~」

「おお~すげー、かっっわいいな~。反応がリアルすぎるぞ」

 そう言ったのは圭一をはじめ周りの数人だった。

「ん~……じゃあ、涼香、どこか人気のない所で着替えさせてやってくれるかな」

 次のリアクションを期待したギャラリーが囲み始めたので避難させる。

「はひっ! うん」

 こういう場面が苦手な涼香も二つ返事で答え、さくらを連れ出した。

 その間にパンをほお張り、食べ終える。

 そうして、着替え終わるのを待ちつつ、朝に遅刻した訳を二人に話す。

「ほう、なかなかいい反応をするキャラだな」

 フローラがさくらを褒め、

「その動画、さくらは見せてくれるか?」

 圭一が聞いてくる。

「さあ、どうかな、さくらのスイッチがどこにあるのかまだよく判らん。大人しくなったりからかわれたり、振り回されっぱなしだ」

「ふっ、良いキャラじゃないか。裕貴が止めなきゃあの動『スト~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ップ』……ちっ」

 自分の胸、○○が刺していたあたりを指差し、フローラをけん制する。

 ぜえはあ、これ以上拡散されてたまるか。

「なんの話だ?」

 圭一が聞いてくるが、二人でかわす。

「千夜一夜物語の〝アリババと四十人の盗賊(オープンセサミー)〟の真の作者について」

 と、フローラが言い、

「イソップ童話の〝奴隷と獅子(ライオンのトゲ)〟の崇高なテーマについて」

 と、俺が言ったら殴られた。

 フローラ非道い!! つか、俺の極小(ゴマ)じゃねえし!!


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


 数分後、体の前にあげた涼香の右腕に座り、エスコートされた稀代の歌姫の偶像(レプリカ)が登場した。

 俺たちの前の食堂のテーブルに、あでやかなさくらが立つと、周囲からざわめきが起きた。

『おお~すげ~』『きれい~』

 その賞賛の声に耐えられなかったのか涼香は、

「あっ、あっ、あたし教室、もも戻ってるね」

 と言い残し、教室に帰ってしまった。

「コレを涼香が作ったって?――二日で? マジかよ……」

「うん、よく出来てるし、綺麗だぞさくら」

 フローラと圭一が手放しでほめる。

「ありがと~みんな♪」

 圭一とフローラのそれを聞いていたギャラリーはさらにどよめいた。

「えっ!? 手作り? 彼女一年生でしょ?」

「コンクールレベルじゃね?」

「ソーラーセルも付いてるぜ」

「うそっ! それじゃあ、電力計算から配線までやってるって事?……すごいじゃない!」

「カチューシャ凝ってるよ」

「班長に連絡して」

 ノツてきたのか、さくらもしきりにポージングしてアピールしたり、リクエストに応えて歌を歌い、ちょっとしたミニコンサートを開いた。

 その周りを他の生徒のDOLLが囲み、見つめて(録画)ている。

 周りが勝手に涼香とさくらを賞賛してくれるので、俺たち三人は苦笑いし、みんなの言葉とさくらの歌をうなずきつつ聞いていた。

 少々うるさいが、涼香の仕事がこうして褒められるのは何より嬉しい。

「あ! そうだ、実は……」

 二人にさっきの祥焔(かがり)先生とのやり取りの事を話してみた。

「俺ぁ~わかんねえなあ、なんでかな?」

「それだけのプロテクトが必要って事は、同レベルの情報価値があるってことだろ? 確かに祥焔(かがり)先生の言う通り、その大島って人にしか答えは判らない」

「そうだな」

「大脳生理学者か……、DOLLを使うとしたら、その目的は研究のデータか、何らかのサンプル収集と言ったところだろう。そしたらそれは隠密(スパイウェア)化して、ユーザーに悟られないようにするのが普通だな」

「「!」」

 俺と圭一が驚いた顔で見て、フローラがさらに続ける。

「スパイウェアをかませるのは何も商業利用だけじゃない。おそらくは我々が知らない所では、様々な機関が、パーソナルキャラクターを使って情報を集めているだろうし、それを守るためにプロテクトもかけるだろう」

「フローラすげえな……発想が違うゼ」

「さすが情報技術科」

「まあ、さくらの場合、研究者とDOLLを結びつけて考えられる理由と、可能性はこんなところじゃないか?」

 なるほど。

「ああ。確かにフローラの言う通り、保安アプリでキャラの判断基準を改変したら、サンプリング情報に誤差が生じるだろうね」

「そうなるな」

「それに、さくらが必要以上に人間くさい理由も、その研究内容あたりにあるのかも」

 話をそう締め、みんなの間でリクエストに答えながらポージングや、受け答えをしてはしゃいでいるさくらを三人で見つめた。

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