暁桜編〈DOLL服〉

 第二章 〈DOLL服〉


 翌、早朝。

 ガチャ。

 部屋のドアが開き、栗色でゆるくウェーブのかかった髪の少女が部屋に入ってくる。

 何も言わずベッドの裕貴の脇に腰を下ろし、寝顔を見つめて微笑む。

「…………」

 しばらく寝顔を堪能した後、その寝顔に指を伸ばす。

 ツンツン。

 ぶに~~。

 つぷっっ。

「んがっ、くく…………ん~~……むにゃむにゃ…………」

 前日の山歩きの疲れも残っているのか、イタズラされても一向に起きる気配がない。

「……ふふ、本当、眠っていても強情なんだから」

 少女は微笑んでそう呟き、裕貴を上から覗き込むと、髪がカーテンとなった天幕の中へその顔を誘い、静かにシルエットを重ねた。


 ……んちゅ。


 …………あむっ。


 ………………………………ぺちゅ。


 顔を上げ、リップグロスの付いた裕貴の唇を指先で拭いながら優しく囁く。

「…………誕生日おめでとう。私の憎い憎い仇さん」

 二粒の滴が裕貴の頬にぽとりと落ちる。

「…………だから絶対幸せになってね」

 そう言うと少女も横になってベッドに寝そべる。

「……………………にゃ~~ん」

 そうして布団の上から裕貴の胸に頬ずりする。


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


「ゆーき、おはよー。起きてー。涼香が来てるよー」

「ゆっ、ゆーちゃん。おっ起きないと遅刻するよ~……どうしようさくらちゃん」

「コレしかないかなあ~。涼香~」

 と言いつつなにやらバチバチさせてるさくら。

「え? え? いいの? 大丈夫?」

「うん、『とにかく起こして!』って、ゆうママの指令はあるし大丈夫だよ~」

「えっ? ちっち違っ、そうじゃなくて……」

「ゆーき覚悟!」

 バチッッ!

「痛ってー!! 何だ?」

 指先に痛みを感じ飛び起きる。

「おはよー、ゆーき。涼香がさっきから待ってるよ~」

 指先に電撃を走らせ威嚇するさくらと、不安げに胸の前で両手を握っている涼香がこっちを見ている。

「起きた。起きました。サーセン! 二度目は勘弁して下さい」

 ……なんだろう、自分がフィーメンの下僕化してきてる気がする。

「「おはようゆーき ―裕ちゃん」」

 白Tシャツに水色の縦じまトランクスの俺とは対照的に、今朝の涼香は縦フリルの多い白のブラウスに、淡いベージュの膝丈縦折スカートだった。

 保育園、小、中、高校と同じで、家の鍵も渡されている涼香は既に家族同然だ。

 それに三つ編みの編み方から解き方や洗い方、髪の扱い方を教えてくれたのは、ほかならぬ涼香だ。

「……おはよう。さわやかな朝だね。今度はバイブレーションか、骨伝度スピーカー最大の方がイイデス」

 棒読み口調で半睨みしながらぶっきらぼうに言う。

「え~? やったけどゆーき『フヒャハハ……』とかって笑うだけだったよ~?」

「うそだ!」

「うそじゃないよ~。ほら~~『ゆーきこれでどーだ! フヒャハハ……』ね?」

 しっかり録音された証拠物件を差し出され逃げ場がない。

「ゴメンナサイ……って今何時?」

「六時五十分だよ~」

「まだ三十分は寝てられるじゃん。どうしたの涼香?……ふわあ」

 未だ完全に目が覚めず大あくび。

「あっ、ごっごめんゆうちゃ……おお…遅れたけど…ぷぷプレズント…ハイッ!」

 そう言いながら、小洒落た赤いリボン付きの包みを差し出す涼香

「えっ? ってまだ二日しか…早っ!」

 受け取って顔を上げた涼香の目の下には、色濃く疲労が見て取れた。

「あ~~! こんなクマ作って~~~ばかっ! 無理しやがって!」

 眠気が一気に吹っ飛んだ。

「ヒッッ、ごっごめんなさい…でっでも早くわたたしたくって、喜んで欲しくて……ごめんなさい……」

 両こぶしをアゴにあて、引くように涙ぐむ涼香。それを見て、逆に昇った自分の血が下がった。

「あ~~もうほんとバカだよ! ――俺がな!」

 そう言うと涼香を抱きしめた。

「ヒッ、ゆっゆうちゃ、な、な、…………」

「……悪い、涼香なら、人のために無理するくらい知ってたのに、釘を刺さなかった俺が全部悪い……うん。――ありがとう涼香」

抱きしめながら頭を撫でると涼香も抱き返してきた。

「うん……そっ……それで十分嬉ししいよ……裕ちゃん」

「コンコン」

 口ノックに振り返ると開け放たれたドアの所に姫花が立っていた。

「朝っぱらから仲良いところ悪いけど、『二人とも朝ごはんどうする~?』 ってママが聞いてるよ~」

「ああ。食べるけどちょっと見てくれよ、この涼香の顔……まったくもう!」

 涼香の顔を両手に挟み姫花に見せる

「うわ、ひっど。涼姉またなんか頑張ったの?」

「ふふ二人とも見っ見ないでよう~」

「プレゼントのDOLL服作るのに二日徹夜したらしい。あ~もうほんとしょうがないなあ涼香は」

 再び頭を撫でながら抱きしめてやる。

 どうしてコイツはそのエネルギーを自分の為に使わないんだ? まったくもう!

 やりきれないもどかしさと嬉しさと怒りがごちゃまぜになって、腕に力が入る。

「……じゃああたしは先にごはんもらってるわね。涼姉は? 食べていく?」

 ヤレヤレといったリアクションで見守っていた姫花が聞いてくる。

「ううん、あたあたしは食べたから大丈夫…ありがと姫ちゃん」

 腕の間からモゾモゾと顔を動かし、目だけ姫香に向けて答える。

「はいはい。どーいたしまして」

 手をひらひらさせて階下に消える姫花。

「…………さてと、それじゃあ早速見せていただけますか? 涼香様」

 体を離しテーブルの脇に座り涼香を促す。

「さくらもおいで、待望のお前の服だ」

「わ~~い♪ ありがとう涼香~」

 既に呼び捨てと言う事は俺が起きる前に何か話したようだ。

「きき気に入ってて、もららえるか、わか判らないけど」

 そう言い箱を空け服を取り出す涼香。

「こっこれは! まさか!」 

「う、うん〝霞さくら〟さんのステージ衣装」

「おおお!」

 一言で言えばそれは和服ドレスだった。

 専用に作られたワイヤー製のコートハンガーに飾られたソレは。

 服の全体の色合いは黒地ベースに、服の縁を赤でシワのあるレースフリルが囲んでいる。

 黒い袖は長く鋭い三角にそろえられ、服とは赤い紐で荒く結ばれ、隙間から肩口が見える作り。金字の毛書体で「櫻媛」と、不規則にプリントされている。

 下半身は膝下まででバッサリと斜めに切られた感じで、左右にチャイナ服のようなスリットが入り、のぞいた淡いピンクの襦袢にあたる部分も、着物側とは不平行に斜めに切られ、縁にレースがあしらわれている。

 帯には剣のような形の飾りが八本、膝上の高さで帯の周りをぐるりとぶら下がっていて、飾りの中心に逆十字の文様が描かれている。帯は後ろでプレゼント用のリボンのように、小さく五つの輪の桜の形で閉じられていて、中心には真珠のような玉。

 上半身は、胸元の衿口は限界まで開かれ胸元を強調するようになっていて、ショッキングピンクのさくら吹雪文様があしらわれている。

 イメージ的には和服ドレスとカルメンの衣装を融合させ、ゴスロリっぽい雰囲気にしたデザインだ。

 更に金糸銀糸の結びをイメージした髪飾りに、放射状に配したかんざし風のカチューシャ。(これも補助アンテナ)と、黒のエナメルヒールブーツまで用意されていた。

 DOLL服は専門外だが、細部のクオリティや、部品点数の多さが手間に比例するぐらいは容易に想像できる。

「……………………すごい!!」

 驚嘆の目で涼香を見返す。

「う……あ………………え…………ううう」

 消え入りそうに照れる涼香。

「えっと……それじゃあさくら姫の着付けを手伝っていただけますか? 涼香様」

 早く着たところを見てみたいが、手順が判らないので、教わる必要がありそうなデザインだった。

「ハッハイッ!」

 と思ったが、背中に隠しジッパーがあり蝶の羽化の逆手順で着せるよう作られていた。

「……や~~ん」

 意外な事にさくらは、涼香に太陽電池(ソーラーセル)を脱がされた時、肩を抱いて恥ずかしがるそぶりを見せた。

 ……う~ん良く出来たキャラだなあ、本当、人間臭いな。

 こういう風に手順を簡略化するのも、相当のセンスと知識と技術がいるはずで、相当の努力が伺えた。

「いっ一応、おオッビの飾りがソーラーセルになってるの。だから下のレオタードがなくても十分動ける発電量はかっ確保できっきるよ」

 あまり淀みなく喋る時は、涼香の自信の表れだが、本人が知っているかは不明だ。

「ソーラーセルまで装備させたのか! そうか! レオタード着たまんまじゃ、ドレスを着た時に胸元から見えちゃうもんな、そこまで考えてたのか」

「うっ、うん……一応…」

 涼香がソーラーセルの極小L字ジャックを、肩甲骨の間の上あたりに差し込む。

 そうして鏡を置き、さくらにも見せる。

「涼香はやっぱりすごいな」

「ヒエッッ!? ななな…言って……」

 俯き、黙り込んでしまう涼香。

「涼香~」

 ずっと黙って鏡の前でドレスを検分していたさくらが、涼香に手招きする。

「ふっ、なっなに? さくらちゃん」

 呼ばれ、テーブルに顔を寄せる涼香。

「ちゅ♪」

 擬音を口にし、涼香の頬にさくらがキスをした。

「「!!!!」」

 驚く俺と涼香。

「……ありがとう涼香、さくらと~~ってもうれしいよ」

 そう言うと、極上の笑みで裾を持ち上げるお辞儀をした。語尾を延ばさない本気モードだ。

 それを見た涼香は両手を口に添えて泣き出してしまった。

「……ふっふっふえ…どうい…ひっ……たしまして…え~~ん…」

 さらに涼香の肩に飛び乗ったさくらが、涼香の左耳に優しく囁く。

「こ~~んな素敵なサプライズが出来る涼香が、さくらは大好きだよ」

「!!……………………~~んっ…うっ…」

 涼香はもう声にならない。

「素晴らしいドレスをありがとう。さくらも喜んでくれてよかったな涼香」

「~~~~~んっく…んっ…んっ……」

コクコクと何度もうなずく涼香。

 泣き止まない(られない)涼香を部屋に残し、リビングへ行きお父にさくらを見せた。

「お!………なんてこった。アノ衣装か……涼ちゃんがコレを?」

「ああ、手作りだってさ」

「プレゼントとしてのセンスも、服と小物の技術も申し分ないな――天才か?」

「それは判らないけど人一倍の努力はしているよ」

「えっへへ~♪、昇ちゃんどう~?」

 さくらが極上の笑みに、片足をあげ一回転のターンでアピールして聞く。

「うん、すばらしいよ…………悪い、お父も思い出して泣きそうだ」

 近寄ってきたママと姫花も感嘆の声を上げる。

 軽く朝食を摂り、部屋に戻ると、涼香は俺のベッドに突っ伏してまだ嗚咽を上げていた。 ……うれし涙だから気が済むまで泣かせとこう。

 俺は涼香の隣に腰を下ろしベッドに寄りかかる。

 あんなふうに感謝されたらそりゃ嬉しいよ。人間うれし泣きさせるなんて侮れないDOLL、いやキャラだ。

 そう思い、ベッドに降ろしたさくらをマジマジと見つめる。

 目が合うとさくらはにっこりと笑った。

「うん本当によく似合う。俺が好きになったきっかけのライブ衣装だ」

 そう言い俺も笑い返す。

「「そうなの?~」」

 二人、もとい、一人と一体が聞いてくる。

「うん、そう」

 遅刻しそうだったが、俺は気にしないので涼香が落ち着くまで待つ。

 ――十数分後。ようやく落ち着いた涼香。

 そして、さくらを普段着に戻し、学校へ行く準備をする。

「そうだ、フローラと圭一にも見せたいな。だから昼休み学食へ集まろう」

「え! ちょっと恥ずかしい…かも」

 反論する涼香を笑って無視し、こう言う。 

「って事で二人にこうメールして。〝件:完成/内容:涼香の作ったさくらのDOLL服のおひろめ、昼休み学食でね〟って送信して」

「は~い♪ そーしん…ピピピ。……送ったよ~」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 涼香は実は自転車に乗れない。だから、片道三キロの通学距離を歩き(申請上は)なのだが、自分がチャリの後ろに乗せていくようにしている。

「わっ悪いからいいようぅ」

 と、以前涼香は言ったが、一四五センチの身長に、おそらくは体重も四〇キロないであろう彼女が、負担になどなるわけが無い。

 あまりにも遠慮が過ぎるので、

「俺に彼女でもできたら降りて貰うさ」と、言ったら、

「じゃあ卒業するまで大丈夫だね♪」と、返すので、

「……幼なじみのアナタ。非モテ宣告ありがとう」と、半にらみして答えたら、

「えひっ?」と、涼香は嬉しげにびくついた。

 それを聞いたフローラが、

「オレがなってやろうか?」と、笑って言うので、

「俺より軽かったらね」と、返したら、

「……よし。あとで〝袋叩き〟と言う熟語の意味を教えてくれ」と、聞かれ、

「ひいい~~~~~!! すいません。姐さん」と、答えたら、

「誰が姐さんだ!」と、言いつつ小突かれた。

「そんなにノりたきゃ、俺の上に乗ればいいゼ~」と、圭一が言うので、

「じゃあ圭一には〝血祭り〟と言うお祭りに連れて行ってもらおうか」と、誘われ、

「それよりは〝酒池肉林〟と言うピクニックなんかどうだ?」と、圭一が誘い返し、

「よし! ノってやるから連れて行ってもらおう」と、言われて逆エビ固めで乗られ、

「うぎゃ~~~!!!!」と、満足げに顔を歪め、

「「逝ってらっしゃ~~い」」と、涼香と送り出した。


  „~  ,~ „~„~  ,~


 チャリで学校に向かう間、涼香がこんな事を聞いてきた。

「そっそういえば、きっ昨日はフローラと…ずずいぶん遠くまで……行ってたたんだね、どうしたの?」

 ……そうだ。GPS情報を三人にもオープンにしてたんだった。

「うん、山へお父の車で桜を見に行ってたんだ。で、そのガイド」

「そう、じゃ、じゃあフローラっ…は本格的にこっ……行動始めたんだね」

「あれ? フローラの留学目的って知ってたのか?」

「ん。――まっ前、服をっを…買いにい行くっと思っててメールしたら、県外のさっ桜園を見に行くから、行けなないって言ってて……それで聞いたの」

「……そうか」

 コミュ障気味の涼香がそこまで仲良くなれる友人ができた事に、フローラに声をかけてよかったと思う。

「うん、すごいよねフローラ」

「そうなんだよな……あと俺もフローラの研究に協力したいから、これからはフローラが山へ行く時はガイドすることにした」

「そう……」ぎゅうっっ……

 俺の腰を抱く涼香の手に力が入るのを感じた。














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