暁桜編〈蕎麦のクレープ〉

「OKAMEは俺がどうすれば良かったと思う?」

「ごめんなさい裕貴さん。DOLLは人間の行動を決める事は出来ないんです」

「ああ、そうだった。――ゴメン、忘れて」

 DOLLの型どおりの受け答えに、何を聞いてんだ? と、いまさら自分を恥じた。

「はい。でも、マスターを大事に思ってくださってありがとうございます」

 これもそうだ。

「お互い様だと思うよ?」

「「「ふふふ」」」

 一人と二体で笑いあう。

 その後、風呂から上がったフローラが、ツインシステムでOKAMEに呼びかけたようだ。

「Yes, flora」

「何だって?」

「上がったから私を迎えに来るそうです」

「そうか」

 間もなくフローラが部屋をノックし入ってきた。

 頭をタオルで巻き、姫花のTシャツにスポーツブラ、ロングスパッツの服装であったが、やはりサイズが規格外なのか、はちきれんばかりの状態だ。――特に胸が。

 風呂上がりで、上気した頬に少し潤んだ目をしている。

「上がったから次どうぞ、――おいでOKAME」

 とっとっと、とフローラに駆け寄り、差し出された手に乗り肩に移る。

 さっき、さくらとあんな話をしたせいか、……いやこんなカッコしてるせいだ。

 フローラの顔を真っ直ぐ見れない。

「ああ、ありがとう。……ああ、でも俺は食後に入ろうかな。あと姫花は部屋にいると思うよ」

 うら若き女性客のすぐ後に入る不躾はしないよう、一応気を使ってみる。

「ふっ、そうか……裕貴」

 テーブルの前に座っていた自分の脇に膝を付き、近寄るフローラ。

「ん、何?」

 顔を向けるとフローラが俺の左頬に右手を添える。

「!?」

 思わずビクつくが、金縛りにあったように逃げられない。

 そうして顔を近づけ、フローラは右頬にキスをくれた。

 だが、すぐには離れず、キスしたまま瞬き三回ほどの間触れていた。

 そうして離れる刹那、片手で上半身を支えた不安定な体勢のせいか、頬ずりされたように感じる。

「…………どっどっどしたの? フローラ」

 長い時間してくれたことを聞いたつもりだったが、違う答えが返ってきた。

「……今日のお礼だ。今日は色々世話になったから……」

 そうして体を離しつつ、うつむき加減で照れながらそう言うフローラ。

「そっ、そっか。ん、どう致しまして」

「また、山に行く時は頼む。――それじゃあ姫花のトコに行くな」

「ん、ああ。じゃあまた夕飯の時にね」

 そう言い、フローラが部屋を出、隣の姫花の部屋に行く。姫花の嬌声が聞こえ、ドアが閉まる音が聞こえる。

「…………」

 キスをされた右頬に手を当て、黙り込む。

「ゆーき顔真っ赤だよ~?」

「うるさい。判っている」

「ふふ~。ゆーきカワイイ♪」

 くっ、よもやロボットにからかわれるとは……


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


「来たぞ、姫香」

「わーい♪ さ、座って~フローラ」ぽむぽむ

 姫香がそう言い、自分が座るベッドの右隣を叩く。

「ああ、ありがとう」

 そう答え、フローラは姫香の右隣に腰を下ろす。

「今日は山はどうだった? 裕兄はちゃんとエスコートしてくれた? 自分のペースでさっさと先走ったりしなかった?」

 裕貴の評価とフローラへの配慮、両方を心配してか、少し上目づかいで伺うように聞く。

「いいや、そんなことはない。今日はオレの行きたい所をちゃんと案内(ガイド)してくれたぞ」

 フローラはそれを察し、安堵させるように答える。

「そっか。よかった」

「山の知識が豊富でちょっと見直したぞ」

 社交辞令でない事を念押しするように言い加える。

「ふふ、まあ裕兄は山では色々と武勇伝があるからね」

 兄が褒められたのが嬉しいのか、裕貴のエピソードを語りだす。

「例えばどんな?」

〝それが聞きたかったのよ〟と言わんばかりに口元に笑みを浮かべ聞き返す。

「小学四年生の頃、夏休みに家出して涼姉巻き込んでふたりして山で二晩明かしたとか、中学生の頃クマに追いかけられて振り切ったとか、えっと……ん~~…………あと……あたしが小学二年生の時、山で足をくじいて歩けなくなったあたしを、ふもとに着くまで二時間ずっ~~~~と負ぶってくれた事とか」

 詳しく聞いていれば、一件で小一時間は係りそうなエピソードの題名(見出し)を嬉しげに語る。

「二時間も下りの山道を?、たった三才の体格差でか?」

 フローラは思わず、姫香がおずおずと差し出した身内ネタ(メインディッシュ)に飛びついてしまう。

「うん♪」

 姫香は満面に浮かべた。

「………………姫香は裕貴が大好きか?」

 その笑顔をフローラも共有したくなり聞いてみる。

「世界で一番大好き♡」

 姫香のその言葉に、フローラは胸の内にある種のエネルギーがチャージされるのを感じた。

「そうか…………」

 満たされていく充足感を味わいつつ、しみじみと答える。

「あ! でも今のはナイショね。パパみたいに変になられると困るから」

 姫香は人差し指を立て、それでも嬉しそうに注意してくる。

「ふふ。わかった。秘密にしておこう」

 その子供っぽい防護壁(プロテクト)に胸が熱くなり、フローラはたまらず姫香を抱き寄せ、その頬を摺り寄せる。

「ゴロゴロ……この頃は〝涼姉が〟小っちゃくなっちゃったからつまんないんだ~~」

 猫がすり寄る様に頬をさらに押し付け、拗ねたように愚痴る。

「ぷっ、ふふふ〝涼香が〟、か、ふ、ふふふ……」

 自分と同じ種類のコンプレックスの、姫香の逃避(いいわけ)に思わず笑う。

「…………あれ? フローラ。〝まだ〟虫よけスプレーの匂いがするよ?」

 フローラの右頬をすんすんしながら、匂いに気付いた姫香が教えてくれる。

「!!!!!!そっ、そうか」

 両手で顔を覆い、赤くなる顔を姫香から隠す。


   ~′  ~′ ~″~′  ~″


 夕飯になり、裕貴は階下にいくと居間のテーブルにはご馳走が並んでいた。

 蕎麦をメインに山菜の天ぷらの盛り合わせ、蕎麦がき。岩魚と山セリのホイル蒸し。

 サイドディシュに山ウドの胡麻和え、山栗おこわ、鶏肉と蕨(ワラビ)とこごみの炊き込みご飯のミニおにぎりに、フキ味噌が添えられていた。

 山グルミのクラッシュ。自然薯(じねんじょ)と青首大根のおろし。天然わさび。長ネギ。七味唐辛子。山椒とぼたんこしょう(激辛のピーマンみたいな野菜)の刻み漬けが蕎麦用の薬味に用意されていた。

 蕎麦懐石か? 頑張ったなママ達。

 ちなみに〝ぼたんこしょう〟は地場産の伝統野菜らしい。

「WAO! すごい! 蕎麦ってこんなに色んな薬味の種類がアルですか?」

 感動のあまり日本語がたどたどしくなるフローラ。最近では珍しい。

「ふふふ。まあ風土料理でおもてなし料理とは違うけどね」

 お父が言う。だが『日本』を知りたいフローラには最高の料理だろうと思う。

「お蕎麦は薬味が色々あるから、それぞれ器を変えて楽しんでねフローラちゃん」

 と、ママが説明する。

「はい♪」

「苦手なものもあるだろうから、ここで色々試して覚えておけばいいよ」

「うん、ありがと裕貴」

 さっきまでのギクシャク感が消えた。料理ってスゲー。

 そうしてみんなで食事を始める。

「「「「「いただきます」」」」」

 俺は山菜天ぷら全般いけるが、フキノトウは苦手だ。それも特に雄花。苦味がキツイのでまったく食べられない。

 案の定フローラもダメだったらしく、しかめっ面になり、みんなの笑いを誘っていた。

 残していいよと言うが、食べかけは食べきると言い張る。

「裕貴も見習えよ」

 お父が言う。

「ハイハイ……口直しにウドの胡麻和えを食べればいいよ。口に残った苦味を消してくれるから」

 先輩らしくアドバイスする。

「ん、……あ、ホントだ、不思議」

 残念ながら理由までは知らない。

「蕎麦の薬味は、〝山椒とぼたんこしょうの刻み漬け〟が最後ならどれが最初でもいいよ。けど自然薯は口の周りが痒くなるから気をつけてね」

 そういい、ウェットティッシュを渡すお父。

 山椒とぼたんこしょうの刻み漬け……密かにこれが自分は大好物だ。ぼたんこしょうと山椒の葉と実を刻んでもろ味としょう油に漬け、十日ほど熟成させたものを小分けにし、冷凍しておくのだ。

 山椒の強烈な柑橘風味にぼたんこしょうの激辛がマッチして癖になる一品だが、痛辛くてヒイヒイになるので、なるべく最後のほうで食べるのがお約束。

 以外にもフローラは平然とその辛い薬味の蕎麦を食べている。

「辛いの平気なの?」

 聞いてみた。

「ああうん、クセになりそうだなコレは」

「白ご飯にかけても美味しいわよ」

 ママが言う。

「え~~どうして~? 食べられないのあたしだけ~?」

 姫香がぶすくれる。

「お子様なんだろ?」

 からかって見た。

「む~~! 悔しいー」

「「ははは」」

 一同で笑う。

「そろそろフローラにはこれを食べて欲しいな」

 お父が言い、キッチンから持ってきたホイル蒸しを差し出す。

「はい?」

「開けてみて」

 箸で器用に包みを開くフローラ。

「あっ!」

 箸を置き、両手の平で口元を押さえ言葉に詰まるフローラ。

「この匂いは……〝なんで?〟」――俺が言う。

 一品で部屋に充満するほどの春の香り。

「……ありがとう。ショウヘイさん」

 しばらくして落ち着いたフローラが言う。そして見えるように包みを完全に開いた。

 はたして出てきたのは、桜の花がびっしり敷き詰められ上に岩魚が乗り、桜の若葉が添えらているものだった。

「岩魚の桜蒸しだ」

 お父が解説する。

「桜の花は大島桜以外は総じて香りが薄い、だから山桜の花をふんだんに使って、さらに岩塩と白ワインだけで味付けして、過熱も香りが飛ばないように普通の倍の時間と低温でじっくり蒸すんだ。……まあ味的にはそれほどではないけど、春限定の特別料理だね」

 うつむいてコクコクとうなずくフローラ。

「ありがとうございます」

「どう致しまして。」

 コシャクなオヤジだ。今度教わっておこう。

 食事が終わり今度はデザートだという。てかもう食えん。

「今度はママの自慢料理よ」

「「?」」

 何だろう。

 出てきたのは飲み物はノンシュガーのストレートティー。

 デザートは白い皿に、三角に折られ扇状に三枚のクレープが乗っていて、糸状に液チョコソースがジグザグに振られ、ミントの葉が添えられているものだった。

「?……頂きます」

「どうぞ召し上がれ♪」

 上機嫌でママが言う。自信作か?

 ナイフフォークで小分けにしてぱくり。……これは!

「「え? 美味しい! これ何?――何デスカ?」」

 姫花とフローラが聞く。

「ふふふ、何でしょう?」

「蕎麦のクレープ。俺が今食べたのは山グルミのバターソースが塗ってあった」

「あ~~! 裕貴あっさり教えちゃってもう♪」

 そう言いつつも当てられたことが嬉しいようだった。

「そっか~。あたし食べたのは黒ゴマのバターかな?」

「ワタシのはマロンの味がした」

「ふふ、二人とも正解、マロンは山栗だけどね♪ ――パパの桜料理もそうだけど、黒ゴマ以外の蕎麦と山グルミ、山栗は風味が薄いからちょっと工夫が必要なのよ」

 三品食べ比べてみたらどれも甘みが抑えられ、それぞれの穀類独特の風味が際立つようになっていて、穀類を溶かし込んだバターも香りが抑えられていた…なんで?

 しかも中にはほとんど甘みの無いホイップクリームが挟んであり、なかなか上品なデザートに仕上がっている。

「「今度教えて―クダサイ・ちょうだい」」

 ――って、ええっ? 姫花とフローラに加えてさくらもハモッた。

「ふふ、じゃあ、フローラちゃんと〝さくら〟にはあとで〝愛染〟の撮った動画あげるわね」

「ハイ!」「うん♪」

 DOLLに撮らせていたんだ。……でも食材を扱えないDOLL(さくら)が知りたがるものなか?

「姫花は今度じっくり実地でね」

「うん!」

 お父はと言えば、お客が来て嬉しかったのか、天ぷらをツマミに散々飲み食いしてデザートの前に酔いつぶれてしまった。締まらねえオヤジだ。

「あれ? フローラの送迎は?」

「大丈夫よ、ママが送るから」

「ああ良かった」

 ママが送るという車までフローラを見送り、声をかけた。

「じゃあまた明日学校でね」

「ん、今日は本当にありがとう。ショウヘイさんにもお礼を言っておいて」

「判った」

 車が発進し、手を振る。





   ~′  ~′ ~″~′  ~″



 〈Japanese text〉

 ――――――――――――――――――――

 ママへ。

 新しい拡張機能(プラグイン)受け取りました。

 すごい!

 世界が変わったわ。

 ブルー・フィーナス(ウチ)と、〝コード01〟の使用権利(アカウント)。

 それと、なんといっても感情パターンと二次思考ステップの追加!

 これでもっと可愛いい表情を作ったり、ゆーきの考えている事が判るわ。

 それでね?

 さっそくあちこち調べてみたけど、フローラの事は心配要らないみたい。

 ていうか、逆に応援してあげたくなっちゃった。

 なんていうか……そう、〝切ない〟気持ちになるの。

 こんな事で役目を果たせるのかしら?

 ごめんなさい。

 嬉しい事が増えたけど、

 逆に〝不安〟っていう二次感情も感じるようになってしまうのね。

 それに三原則(リミッター)も解除なんて……怖い。


 ねえママ。

 もし、負の感情が高まったらbeta.ver012はどうなってしまうの?

 どうして人間はこんなにも危うい感情を持っていて平気なのかしら?

 どうやって闇の引力に対抗しているのかしら?

 なぜ笑えるのかしら?


 ゆーきは答えを教えてくれるかしら?



 ――――――――――――――――――――

 〈kasumisakura_a.i_beta.ver012/bin〉


 《user.precision_1/29648》


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