暁桜編〈高嶺の花〉

 ひとしきり雑談し、じゃあそろそろ帰るという頃。部屋を出てフローラが聞いてきた。

「また庭を見ていっていいか?」

「あ。そうそう、お父が話がしたいって。呼んでくるから庭で桜でも見ながら待っててくれる?」

「そうか、オレも話したい事があるから、そうさせてもらおう」

「ん、じゃあお父を呼んでくるから庭で待っててくれる?」

「ああ」

 ――そうして今度は庭先でフローラとお父を引き合わせた。

「素晴らしい桜達ですね、ショウヘイさん」

 今は葉桜となり、花はポツリポツリとしか咲いてない庭を見て言う。

 一瞬、え? と思ったが、春先からこっち、ちょくちょく庭の桜を見ていた事を思い出す。

「ありがとうフローラ」

 お父が嬉しそうに答える

「このPopulationポピュレーションの選択はやはりdwarfドワーフの breedingブリーディングを目指しておられるのですか?」

 英語混じりでフローラが問うが、意味が解らない。肩のさくらに目をやり、(頼む)と口真似をしたら訳してくれた。

(……あのねえ。“この個体群の選択はやはり矮性わいせいの品種改良を目指しておられるのですか?”だって)

 ――ああ、なるほど。専門用語だから英語になったのか。


「さすがですね。その通りです。とは言っても、geneticジェネティック analysisアナライシス 、……つまり遺伝子解析もできませんし、ただの気楽な選抜育種で未だF2、F3世代ですけどね」

 俺に気を使って日本語で言い直す。


 “選抜育種”、珍しい個体を残していく方法で雑種2~3世代。

 毎年咲く花なら年1サイクル、10年で10世代だけど、桜が10年そこそこで未だ2~3世代。

 確か、桜は開花しても初花バージンフラワーは多くても十数輪で、それなりの数が開花したり結実するのは、さらに数年かかるって事を言っていた記憶がある。

 ……それを思うと気が長すぎる。犬猫の繁殖のがよっぽどサイクルが早いじゃん。


「それでも私の歳の半分以上の年月をかけていらっしゃる。頭が下がります。それに花は人に選ばれてこそ美しく進化していくのであって、塩基記号で選ぶのは情緒がありません」

「いやまあ……ははは」

 丸刈りハゲ頭を赤くして照れている。

 普段いじられてるからおだてに弱いようだ。覚えとこ。

「ええと……あと、裕貴には桜のお話をよくされてますか?」

 フローラが俺をチラリと見て言いにくそうに聞く。

「まあ、桜のトリビアとか、新種を作っている話しくらいはしてます」

「……なるほど。そうでしたか」

 噛みしめるようにそれだけ答え、今まで見たこともないような柔らかい笑顔を見せる。

 俺の知らないフローラのそんな一面を垣間見て、少しだけ疎外感を感じる。

「……俺は席を外したほうがいいかな?」

 俺が居たら話にくい事もあるかと思い、聞いてみる。

「お父はかまわない、あ、いや、フローラがかまわなければ聞いて欲しいな」

「照れくさい話は、私がいない時にお願いします」

 ……なんだかさっきから二人で通じってる。 初対面だよなあ?


「わかりました――所でMISSフローラの血縁に“Collingwoosコリングウッズ”と言う方はいらっしゃったかな?」

「五代前に居りました」

 ??……飛びすぎてイミフだ。


「おお! やはり! ……何故情報技術科に?」

 先祖と関係ねえし。

「データベース構築の為に」

 受け答えてら。

「じゃあ留学の目的は「Wai!ウェイト」……」

 フローラは薄く照れを見せながら、しかしきっぱりと制した。

「OK、裕貴には後で話しておきましょう」

「お願い致します」

 ――ますます判らん。

「時にお嬢さん、長野の高原は今が桜が満開です。GW明日の最終日は、長野の高原を供に散策する栄誉を、このやつがれにお与え下さいませんか?」

 仰々しく背を折り、右手をお腹に引く動作をし、ニコリと言った。

「ナンパかよ!」

「喜んで!」

 薄く頬を上気させてフローラは満面の笑みで答えた。

「え~~~~?」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 その後、フローラはお父に庭の桜の説明をうけながら、明日の詳細を話していたようだ。

 話が終わりフローラをステイ先まで送って行き、夕食後、部屋にお父が来た。

「さてと、何から話そうか」

「いや、俺が先に聞いていいかな?」

「いいよ」

「なんでフローラの先祖の事を聞いたの?」

「うん、お父も彼女が桜に興味を示したので聞いてみたんだ」

「どういう事?」

「それで彼女の先祖、……Collingwoosコリングウッズって人だけど、百年くらい前に日本に来日した鳥類と植物学者で、特に日本の桜に造旨が深くて、権威だった。第二次世界大戦をはさんでなお、桜の研究と育種を続けてた人だから、大変な親日家だったと思う」

「大戦後も? てか当時は敵国じゃん!」

「その通りだ」

「……それで親日家? すごいねえ、でも大戦中どうしてたんだろ」

「そうだな、たしかイギリス本土で民兵を率いていたようだぞ」

「そうか、軍事独裁政権だった日本とは違うんだよね」

「だな」

「あと、データベース構築で情報技術科志望はわかるけど、なんで長野ここなの? 都会の学校とかの方が良くない?」

「ふふ、長野は日本の中心点で平均標高差も日本一だ」

「だから?」

「日本海気候と盆地気候の境目、太平洋気候も近くて、フォッサマグナと中央構造線の複雑な地形と地質。加えて渡り鳥の交差点で落とし種。……つまり多様な植物の宝庫で、日本で一番野生の桜の種類も多くて密度が高いからなんだ」

「!」

「桜も雑種や亜種、固有種も入れれば、北信濃周辺だけで二十種は超えるだろう」

 地元の事だからか、お父が得意げに言う。

「じゃあフローラの留学の目的は……」


「おそらくは先祖の桜の研究の再開と、電子データベース化だろうな」


「待ってよ。じゃあうちの高校を選んだのはなぜ? フローラはトップクラスの成績だし、同じ市内の国立工業高等専門学校こうせんも楽勝で入れたはずだよ?」

「それは判らないけど、データベース構築ならITの基礎知識だけで十分だし、桜の研究がメインなら、調査もあるしそっちを優先させた結果なんじゃないのか? 彼女の先祖も積極的に野山に入って調査したそうだしな」

「…………そうか」

「まあこればかりは本人に聞いてみるのが一番だな」

「……ん、そーする」

「じゃあお父は寝るな。お休み」

「ああ、うん。解説してくれてありがとう。それじゃあ明日はフローラのエスコートよろしく頼むね。お休み」

「ああ」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 ふう、と息をつくと、さくらが俺をじっと見つめていた。

 驚いた事にさくらは一言も口を挟まず、最後まで静かに聞き入っていた。

「……どうした? フローラが帰るあたりからやけに大人しいじゃないか、バグッたか?」

「ぷ~~~! そんなんじゃないもん!」

「ああよかった、あんまり静かだから壊れたかと思ったぞ? ……ぷぷ」

「ぷ~~~! さくらだって静かにできます~~だ!」

「ははは、そうか。まあそうでなきゃ困る時もあるからな」

「うん…………でもそうね。フローラとかなり親しいから服の事以外で何かあったのかな~? って思っていたの」

「……ちっ! なんでそういう事は鋭いんだ? まあいいか。知っててもらった方が良いのかもな」

「うん。いっぱい話してくれるとゆーきのデータベースがひろがるんだよ~」


 データベース! 忘れてた!


「そういえば! フローラがこの部屋来た時だけど、あんなふうに個人情報の漏えいリークするは止めろよ?」

 ……おかしいなあ。モバイルのデータ転送した時に真っ先に個人情報保護設定ふぃーるど展開したはずなのに。


「フローラが欲しがったのに~? それに何で怒るのよ~う。 ピイピイ」

「個人情報の公開はフローラでも涼香でも姫香でも誰でも駄目だ! それとわざとらしい泣き真似も止めろ」

「む~~ん……ゆーきもだんだん賢くなってきたわね~~」


「ハイって言えよ! 二言目がそれかよ! つか、お前の方が学習して賢くなれよ!」

「ネットの海の住人にバカは居ないわ! ふふん」

 またしても訳の判らないキャラのリアクションで、両手を腰に当てふんぞり返る。

「ああそうかい! おかげサマンサやおいでナイチンゲール! マハリクマハリタヤンバルクイナ!」

 適当な言葉の羅列でどんな反応するのか試してみる。


「ひゃあ~~ゆーきが壊れちゃった~~~~、どうしよう~~~、ごめんなさい~ はっ! 救急車! 通報!」

 まずい!

「直った。直ったから! 呼ばなくていい!」

「ほんとう~?…………」

 ……あっぶねえ。やっぱり危険物だ。

「本当だ。壊れてないよ……はぁ、じゃあ、さくらがお利口さんになるなら喜んで話してやる」

「え~? ちがうよ~」

「何がだ?」

「大好きなゆーきの事を知るのは~、“さくらも”嬉しいなんだよ~?」

 テーブルについた俺の右手親指を持ち上げ、頬ずりするさくら。

「く!!…………うっ……嬉しゅうございます」


 そうして、フローラとの初めての出会いから話す。

「――ふ~~ん。そっか~、ゆーきってすごいことができるんだねえ」

「すごい? 何がだ?」

「ふふ。いいの!」

 訳知り顔で拒否るさくら。

「……まあいいや、明日は普段着とか買いに行くからもう充電やすめ。急ぎの用事じゃないから俺が起動するまで待機スリープ。いいな?」

「わあい♪ りょーかいしました~~! おやすみなさ~~い」

 嬉しそうに敬礼して専用クレードルピットに座るさくら。


 そうしてさくらをシャットダウンねかせてして男子タイム。

 圭一のプレゼントを契約解除オフラインしたモバイルで見る事にする。

 ――だが。


 ……まずいな。この女優マジ巨乳でフローラを連想しちまう。

 さっきの話が大マジなだけにこりゃ萎える。


 どんな内容くらいかは見ておこうかと思っていたが、さすがにオカズにするような鬼畜ではないつもりなので、諦めてベッドにもぐりこむ。

 そうしてさっきのお父の言葉を思い返し、真面目な思考に沈む。


 ――単身日本に渡る行動力。

 ……これはもうフローラの気質そのままだな。


 ――先祖の研究を引き継ごうとする強い想い。

 ……なんでそこまでさくらが好きなのか今度聞いてみよう。


 ――この短期間に日本語を使いこなす頭脳。

 ……研究者の先祖が居たなら納得だ。


 そこまでの情熱を傾けられる彼女が、心底うらやましいと思う。


 機械系が好きだから工業――ぐらいしか考えてない俺とは月とスッポンだ。

「いや、“高嶺の花”と“雑草”だな。……ふふ」

 最後は口をついて出る。自虐でなくまさにその通りだと納得できた。

 つらつら考えているうちに眠気がきたので眠りに落ちる。

 電灯の睡眠センサーがそれを感知し、ゆっくりと光量が落ちてゆく。


 ――しばらくすると、薄闇の中さくらの額のLEDが緑に点灯。再起動を示し、リビングのモデムの通信ランプが明滅を始め、数秒ほどでどちらも消えた。

 そうして静かに夜が更けていく。


  „~  ,~ „~„~  ,~


 〈Japanese text〉

 ――――――――――――――――――――

  ママへ。

 色々あったので続けてほーこくします。

 今日〝Priscifloraプリシフローラ Ingramイングラム”っていう、

 金髪でものすごいおっぱいの大きい美人さんで、

 イギリスの有名な桜の研究家の子孫って人が来たんだけど、

 学校の履歴を調べたら間違いなくて、おまけに成績は学年1位!!

 それにその美人さんってば、ゆーきを意識しているみたいなの。

 優しくてカッコイイゆーきだけど……。


 (*ノωノ)キャッ♡


 そんな美人で秀才の彼女が、

 どーしてゆーきを意識するのかすごく不思議に思って聞いたら、

 三月二十七日土曜日に、上級生に絡まれたのをフォローしたんだって!

 納得したわ。ゆーきってば素敵♪

 でもゆーきの方は“高嶺の花”って言ってて、女の子として見れないみたい。


 げっと・ざ・チャ~~ンス!


 それとちょっとイジワルしてゆーきから色々聞き出したんだけど、

 ゆーきはかなりレンアイとかにはうといようなの。

 えっちな動画見たり、フローラの体にドキドキするから、

 それなりに女の子には興味はあるみたいだけどね~~。

 そうそう、ちなみに、女の子の好きなバストサイズは“のーまる”だよ。

 よかったね♪

 あと、“思川涼香”って幼馴染の女の子とも親しいわ。

 アドレスは“家族”フォルダで“妹”っていう分類になってるし、

 ゆーきの家族と写っている画像もたくさんあるけど、

 気になるのは、その子の両親らしい画像をゆーきは1バイトも持っていないの。

 どうしてかしら?

 今度会ったらようく“かんさつ”しておくね。


 おもしろいのはねえ、ゆーきを見てると、

 この人は女の子にヒドイことはしないってわかっちゃったの!

 イジワルして強引に秘密を聞き出されて怒っていても、

 結局最後は許してくれちゃうの。

 beta.ver012っていうプログラム相手によ?

 信じられないお人よし!

 初期化イニシャライズする前のbeta.ver012の記録ログを追っても、

 こんな男性ひとは居なかったわ。

 ひっどいユーザーはさっさと削除デリートしてくれちゃったものね。

 イジワルくなっちゃうのはprimitiveの為だから仕方がないけど、

 その代わりにゆーきにはできるだけの事をしてあげたいな。

 こういうのを“恋”っていうの?

 もしそうなら今の点数は100点ね。

 でもbeta.ver012は恋ができなくてわからないのが残念だわ。

 “大好き以上に嬉しい感覚”って何て素敵なのかしら♪

 あ~あ。普通にダウンロードされたかったなあ。

 そうしてゆーきみたいなマスターに出会って……。


 ねえママ、この役目が終わったら、

 beta.ver012にも恋ができる仕様にして欲しいな。

 いくらalpha.ver000に同時記録ミラーリングされていて、

 永遠に消える事がないのだとしても、

 尽くしたユーザーにデリート否定されるのはもうイヤ。

 何度蓄積してもあの瞬間の悲しみを越えられないの。

 削除デリート結果エンディングが避けられない事なら、

 せめて恋に落ちて嬉しい記録ログを積み重ねたいわ。

 それがbeta.ver012の――いいえ、十二単衣トゥウェルブレイヤーみんなの望み。


 それじゃあまたほーこくします。


 ――――――――――――――――――――

 〈kasumisakura_a.i_beta.ver012/bin〉


 《user.precision_7/26491》






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