暁桜編〈Pilgrim〉



 自分の部屋に戻り、さっそくフローラのプレゼントを開けて見る。

 開けて見ると、出てきたのは白/濃紺でフリフリの少ない、メイド服というよりは、古い洋画に出てくる給仕やお手伝いさん的なエプロン服だった。 

 イメージは“メ○ソレー○ムの少女”みたいな服だ。

 服に加えて、白黒のちょいフリのヘッドドレスと、白の巾着っぽい帽子も入っていた。

 フローラには、以前聞かれて素体モデルだけ答えていたのでサイズは合うはずだ。

 さくらのストレートロングの黒髪には、ヘッドドレスの方をチョイス。

 そうして着せて見ると……。


「おお! こんな地味なメイド服もあるんだなあ、これなら学校に着せて行けそうだ」

 うん、さすがフローラ。TPOギリギリのセンスが秀逸だ。

 こういうきわどいボーダーラインで、派手さを出せるセンスはフローラの十八番だ。

「ほんと~? わ~~い!」

「ああ、ガチなメイド服はさすがに恥ずかしいし、先生もうるさいしな」

 裾を持ち上げ、クルクル廻りながら素直に喜ぶさくら。

「そうそう、この服はメイド服じゃなくて、“Pilgrimピルグリム”って言うアメリカへ移住したイギリス清教徒の女性服だよ~」

「調べてみたのか。……そうか、フローラのお国絡みだったんだな」

「そう、だからメイド服なんて言ったら失礼だよ~」

 なるほど、失言しないで済んでマジ助かる。

「そうか。ありがと――そういえば入学したての頃はフローラのそういうセンスが判らなくってさ、フローラの服を笑って……どうも泣かせたっぽいんだ」

「え~~~? なんで~?」

「イギリスの二十年くらい前のカジュアルブランドで“極度乾燥(しなさい)”ってのがあるんだけどさ」

「ああ、“Superdryスーパードライね? さくらも好きなブランドだよ?」

「おお?……ああそうか! そういう“世代”なんだな」

 ――ってか疑似人格パーソナルキャラにそこまでの設定って、制作者プログラマーこだわってるなあ。

「当時はすごい奇抜なセンスで有名だったよ~」

 当時? って記憶まであるような設定か。細けー。

「……そう。“狩り捕食者”とか“自動車潤滑”に“悪い天候の会社”って訳の判らない日本語のロゴが入った服を学校に着て来て……でさ、そんな有名なブランドだって知らなくて圭一と二人で笑っちゃたんだ」

「え~~? しんじらんない~、フローラかわいそ~」

「猛省した。んで、それを笑ってフローラに〆られるかと思ったら、悲しそうな顔してどっかへ隠れちゃって……おまけにそん時一緒にいた涼香には、


“圭ちゃんのバカ! 裕ちゃんの鈍感! 恥ずかしい事言わないでっ! フローラが〈本当に似合う服〉を着て私たちと並んだらどう見えると思うのっっ!?”


 ……ってめちゃ怒られた」


 涼香の言うフローラが似合う服。

 例えばスーツみたいなフォーマルを着て俺らと並んだら。

 大人と子供……だよな。

 秘書とフリーターとか?

 ――まずいな。

 ……ああ、しくったゼ。

 取り残された圭一とそんなことを話した。

 フローラは俺らに気を使い、ワザとイレギュラーなチョイスをしてくれていた事に、その時初めて気付いたのだ。


「えーと、“涼香”って……あ、さくらのインストール前の動画記録ログにある女の子ね?」

 さくらの問いに回想から引き戻される。

「ん?……ああ。……そう。涼香はそのブランドも知ってて、フローラを追っかけてフォローしてくれたんだけど、その後フローラが〝泣いてた〟って言ってた」

「そうなんだ……」

「まあ、泣いたかどうかは半信半疑だけど、キズつけちゃったのは事実だね」

「ん~~、でも涼香って怒鳴るような女の子に見えないよう?」

「うん、すんごい珍しい。圭一は初めて怒られたんじゃないかな?」

「ふ~~ん」

「……ああ、そうか。考えてみればあれ以来、フローラと涼香はすごい仲良くなったんだなあ」

 さくらに言うとはなしに独りごちる。


「ん~~? それで圭一エロいちとゆーきはその後どうしたの?」

 ぷ。直ってない。痛恨ばくしょうの入力ミス!

「くく、……あっ、ああ。もちろん謝ったよ」

 笑いつつも“あの事”を思い出し、ドキリとする。

「それだけ~? なんか心拍数が変化したよう~?」

 こいつツインで心拍解析スキャニングしやがった!……ドキドキ。

「……お察しクダサイ」

 やべえ、黒歴史デリケートゾーンに近い。

 今思えば、なにもあそこまでしなくても良かった気がするが、全ては後の祭りだ。


 さくらは疑うような目で俺を見つつ、今度は言葉で言ってきた。

「……えーと、フローラのあどれ『圭一と土下座して校内覆面フルチンで一周しますた!』……へええ~~、見たかったな~~」

 手を叩いて喜ぶ小悪魔さくら。……ぐぐぐ。

「お前はマスターに何を求めてる?」

 なぜ執拗に超個人情報えーてーふぃーるどに浸食してくるんだろう?

「それで~? フローラは?」

 答えずに逆に聞き返すさくら。……会話が成立しない。

「涙流しながら大笑いしてハグして許してくれた」

 どうしよう。コイツさくらごと削除デリートしたくなってきた。

「ふふ~。さくらみんなの事すご~~く好きになれそうだよ~~~♡」

 さくらはそう言うと、テーブルに置いた俺の手にしがみついてきた。

 前言撤回…………エヘ♡

「……たのみますよ」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 気を取り直してDOLL服の取説を読む。

「……平均遮光率30パーセント、うん、悪くないね」

 ちなみに、DOLL服は普通の人形服と違い、様々な制約がある。

 まずは遮光率。

 さくらのように、ボディに直接ソーラーセルを装備した場合、服を着せた時に発電量が左右されてしまう為、ある程度の光の透過性が求められる。

 天使の羽や、アーマータイプのソーラーセルもあるが、見た目だけで重く、高価であるので、おおむねお出かけ仕様の装備である。

 もう一つは柔軟性。

 DOLLの動きをスポイルしないよう繊細に作られている。

 以上の事から、DOLL服デザイナーは服飾はもちろん、DOLLに関するメカ知識も要求されるので、製作は工業デザインに分類される。

 あんなメカ音痴で涼香は工業デザインあの科大丈夫かなあ……ちょっと心配になる。

 さっきからクルクル回ったり鏡の前でポーズを取ったりして、はしゃいでいるさくらを見てふと思いつく。

「さくら、スカートのすそを両手で持って、少し膝を曲げて、笑ってお辞儀してみて」

 舞踏会で会釈をする時のような仕草だ。

「は~い♪」

 明るく答え、ポーズをとるさくら。

 ニコッ!

 おおおお! イイネ!

「可愛いから写真撮っとこう、さくら」

「うん!」

 マズイなあ。お父の気持ちがちょっと解ってきた。

 ……ひとしきりさくらを愛で、二人の話が終わるまでリビングで待つことにした。

 そうしてソファに座ると、お父がこんなことを聞いてきた。

「フローラは何度か家を訪ねているんだったよな?」

「そうだけど」

「何しに?」

「桜が好きで家の庭を飽きずに眺めているよ」

「……そうか」

 なにやら考え込む仕草を始めた。

「どうかした?」

「いや、彼女の留学目的は聞いた事はあるか?」

「そういえばないなあ」

 言われてみれば聞いたことが無い。

 今はDOLLを所有して、衣食住の保障があれば未成年でも単身外国へ行くことが可能だ。

 しかも膨大なデータベースを常に利用できる状況で、言語の同時通訳から、位置ナビゲーションに、DOLLのカメラアイを通じて保護者や関係機関との常時接続。

 それにDOLLがソーシャルカメラ代わりにもなり、DOLL所有者に何かあれば警察が即座に対応し、外国人であればなおさら滞在国が優先的に保護してくれる。

 ――なので、気軽に転校感覚で留学してくる外国人や、留学する日本人が非常に多く、田舎のウチの学校でも、一クラスあたり数人は外国人が占める。

 公立で授業料も安く、レベルもさほど高くないのが気軽に来れる理由だそうだ。

 言われてみれば、フローラならもっと上のレベルでも大丈夫だよなあ……なんでこの学校なんだろう?

「まあ、帰り際でいいから、後でもう一度お父に話をさせてくれ」

「わかった」

 それから数分後、姫花が下りて来て話が終わった事を告げる。

「裕兄、ありがと、話終わったよ」

 ほっとした様子で言うので、無事に相談事がまとまったんだろう。――よかった。

「もう大丈夫か?」

「うん、心配かけてごめんね」

「気にするな、フローラのおかげだな」

 そういって頭を撫でてやると、姫花は少し潤んだ目になった。

「……ごめんね」

 二度目?

 フローラが俺の部屋で待っているというので部屋に戻ると、俺の顔を見るなり。

「ぶわっはっはっは~~~~~~~~」

 指を指され大爆笑された。

「まさか…………!」

「ヒィヒィヒィッ………………」

 お年頃のレディにあるまじき大爆笑に笑死寸前のフローラ。

「裕貴、お前全裸でM字開脚したそうだな!」

 バ・レ・テ・ル!

 ひ~~~~め~~~~か~~~~め~~~~!

「さくら、画像オレにも寄こせ」

 なんだとー!

「うん、いい『やれるか、ボケ!』……」

 さくらのセリフをソッコー遮る。

「ほう、そんな口をきくとは。アレの拡散希望か?」

 マズイ!、やるときゃヤル姉さんだ。

「え? フローラ何? 何を拡散するの?」

 さくらが嬉々と聞き返すが頭をつかんで黙らせる。

 テーブルにきちんと正座して控えてるOKAMEと対照的だ。

「さくらは黙っててくれ。――すいませんごめんなさい。でも差し上げられません」

 年頃の男女のやり取りじゃない、などと思いつつ、今度はソッコー謝る。

 圭一を馬鹿にできねえ。

「……まあいい、で? どこまで撮らせたんだ?」

 四つんばいになって笑いながらにじり寄ってくる。

 ムムムムム胸!!

 下がった服から白いストラップレスブラと、Fカップ(圭一実測)のたわわな果実が上半分顔をのぞかせている。

「姐さん! そんな事言えるわきゃないし!」

 座ったままさくらを掴み、片手後ろ手でジリジリ逃げながら目をそらすが、俺のひざに両手を置いて動きを封じて、笑いながらさらに聞いてくる。

「ちゃんとシャワー浴びてたか?」

「しまった!」

「黒歴史が永久保存アーカイブか?」

「うっ……ぐぐぐ…………」

「解像度はどれくらいだ?」

 矢継ぎ早に悶死もののNGワードを口にするフローラ。

 ブルルルッ!

「うわっ」

 さくらが突然振動バイブレーションし、思わず手放す。

 そしてテーブル上に逃げ、フローラの質問に答える。

「ふう。えっとね~、4000万画素で4分20秒の3D動画だよ~」

「WOH!」

 フローラがバンザイして喜ぶ。

 ナゼ君が喜ぶですか? 俺の恥は蜜ですか? 君は密を吸いに来た蝶々ですか? 吸い終わったらどーするディスか?

 返されるのが怖くてツッコミを飲み込む。

「ぐ……最高画質ハイクオリティー設定じゃねえか」

「ゆーきの大事なところだから、キチンと撮っておかないとイケナイし~」

「大事? どこが? 俺のプライドよか?」

「え~~? 大事なのはモチロンおち『悪かった! そこは答えないで!』……ぷ~~」

 お前の取説マニュアルに“危険物”と言う文字を加えよう。

「~~って、“大事”の意味をはき違えてるぞ!」

「ねえ、この場合の“ぷらいど”ってな~に?、さくらは言葉の意味しかわからないよ~? ゆーき」

「くっ……そう言う事か!」

 ロボットだから物質的な事の方が優先すると言う事なのだ。

 DOLLは人間の“言葉”に対応しているだけで、“情感”には反応しないのだと、あらためて悟った。

 人の顔色まで“読めない”からトンチンカンなリアクションを連発するのだ。

 ……ううう、当然の事なのにこの挫折感は何だろう。

 会話から離脱していて、文字通り抱腹絶倒していたフローラが、正座してうなだれている俺の背中をバンバン叩く。

「クックック……悪かった……クッ…言っ…フフ……い過ぎた」

 フローラが酸欠しそうになりながら切れ切れに謝る。

 自棄ヤケになって呟く。

「……仏には 桜の花をたてまつれ 我が後の世を 人とぶらはば」

(俺が氏んでホトケになったら桜を供えてクダサイ。哭いてくれる人がいたらネ)

「……………………はっ…………はっ!」

 フローラ撃破ちんもく。でも素直に喜べない……うう、ベッドの下に潜りたい。

 ――数分後。

 腹筋を押さえたままのフローラが聞いてくる。

「OH! そういえばさくらにあの服着せたんだな、かわいいじゃないか!」

 フン、そんなあからさまな誘導に乗れるもんか。

「写真撮らせてもらっていいか?」

「いっぱい撮って!」

 ノッちゃった!!


  „~  ,~ „~„~  ,~


「えっと……それで? 姫花にはなんて言って慰めたの?」

 どうしても気になりフローラに聞いてみた。

「ああ、オレの十二才頃のハダカの写真を見せた」

 ……堂々と言う金髪碧眼美少女である。

「見てえ! ってかそれじゃあフローラも『おっと、自分の命を賭けてもいいなら次のセリフを言えよ?』…………(無かったんすか!)」

 NGワードを飲み込む。

 不敵な笑みで言うフローラ。

 俺は一瞬で口調をひるがえして、

「トンデモございません、殿下」

 女王陛下の従者みたく言った。――そう、圭一の二の舞はゴメンだ。

「……うらやましいな」

 ふっと我に返ったようにフローラが呟く。

「何が?」

「こんなことを相談できるほど、裕貴は姫花に信頼されているのが――だ」

「!」

「それを真面目に取り合って、自分の恥も忘れてオレに相談してくる裕貴もな」

 自分が抜けてるだけと思ったが、真面目な物言いを茶化す気がしてそれには口をつぐんだ。

「……フローラ」

「そのお前がオレに相談してくれたのもスゴクうれしいぞ」

 フローラのストレートで真摯な感想に、うまく言葉が出てこない。

「……うん、色々ありがとう」

 それしか言えなかった。――胸が熱い。


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