暁桜編〈登録〉

「それじゃあ次の作業へ進みますか~?」

「ああ……何やるの?」

 気を取り直して先を進める。


「ユーザー情報の登録~」


「住所氏名生年月日趣味特技?」

 ちょっとしたイタズラ心が頭をもたげる。


「ちがう~、それはもうデータベースにある~」


 それは知ってる。

「身長体重血液型とスリーサイズ?」

 言ってみたいんだよ。

 ギャルゲーヒロインプログラムに変な質問返したり、答えをするとどう反応するのか?

 ……みたいな。


「健康診断とちがう~、サイズは見れば判るけど近い~」


 おお! ノってきた! びっくりだ。

 質問の解釈を違えた杓子定規な答えか、トンデモない言葉が出てくるかと思いきや、これは予想外の反応だった。

 DOLLの人格は安全上の様々な制約があるのに、ユーモアに反応する事に驚きを隠せなかった。

「……ごめん、全然わかんない」

 ひとしきり感心し、おいおい検証していこうと思って話を切りあげる。


 ――が。


「裸~」


 予想外の言葉が聞こえた。

「え?」

 聞き違いか?


「ハダカ~」


 意味わかんねぇ……。

 コイツさくらはボケてるのか?

「…………(うむむむ)」

 ツッコむべきかスルーするべきか……それが問題だ。

 頭に手を当てて考え込む。


裸身らしん


 棒読み系音読変換だ!

 はっ、そうか! キャラクターデータベースにない、言葉のイントネーションは棒読みになるのか!

 つまりオリジナルのさくらは”裸身”なんて言わない言語レベ……じゃなくて!

「いやいや、言葉とイントネーション変えなくても聞こえてるよ? つか、なんでハダカ?」


「ユーザー情報の登録~」

 素に戻り、飄々ひょうひょうと答えるさくら。


「いや聞いてるし、理解してるよ。俺が言いたいのはその理由と必要性なんだよ?」

 ……どうしよう。意志の疎通が無い。


「言ったら怒る~」


 答えてないし。

「怒らないから(ニッコリ)」


「たぶん怒る~」


 たぶん?

「何を根拠にそう言う?」


「アンケート~」


 なんだそれ。

「……人間はそんな単純じゃない」


「でも絶対怒る~」


 話が進まねぇ……。

「怒らない、約束します(ピクピク)」

 だが、笑いながら努めて冷静に言う。


「ニンゲンのヤクソクあてにならない~」


 お前はどっかの土人か! ケモノ神かっ!!

「怒りません、絶対です!(ピキッ)」 


「それでも怒るよ?」


 ナゼ疑問形?

「だから怒らねえって!(プチッ)」


「ほら怒ってる~!」


 人を指差すな!!

「幼稚園児のケンカか~~~~~~!!!!(ドカン)」

 キレた。


「怒られちゃったよう……(ピスピス)」


「誘導してるだろ! 絶対! てか言う事聞いてくれよ、仮にも……じゃない、正式なマスターなんだから……くぅぅっ」


 言ってるうちに自分が情けなくなってきて、最後の方は力なく呟くような声になってしまった。

 ……無料タダキャラにいいように振り回される俺って。

 立ち上がりベッドに近づき、下に潜りこむ。

 理由は定かでないが、この圧迫間とホコリ臭さが妙に落ち着くのだ。


「ゆ~き?」


「…………(うるさい!)」

 口に出したくないので脳内で反発する。


「どうしたのゆ~き? よく判らないけどそれがゆ~きのデフォルトなの?」

「…………(そんなデフォねえよ!)」


「返事が無い、ただの『ヤメテ、古すぎてツッコめない』…………」

 時代錯誤とんでもないボケに、たまらず声に出して途中で遮る。


「そっか~、じゃあデータベースに登録~っと、ピッピッピ~」


 ケロっとしてやがる。

「チョット待て! なにが“そっか~”なんだよっ! ついでに変な学習すんじゃねえよ!」

 ベッドの下でモゾモゾと動いてやっとこ振り帰ると、目の前にさくらが居た。


 そうして俺の鼻先をつつき、にこやかに笑う。

「も~~。ゆーきってメンドクサイ性格なんだね~♪ ぷんぷん(笑)」


 俺の性格キャラのせいにされた。

「俺か? 俺の事か? 俺ですか? 貴女アナタ様じゃないのですか? ってうが~~~~~!!!!」


 ヘビメタのボーカルのように絶叫しつつ激しく頭を振る。

 ゴン。

 ベッドの柱に頭をぶつけた。

 色んな所が

                ………………痛い。


  „~  ,~ „~„~  ,~


  その後、みっともなくベッドからゴソゴソと這い出し、テーブルの上にさくらが正座し、向かいに俺も正座した。頭をさすりながら。

「すいませんホントわからないんで、ご説明願えませんでしょうか?」

 ――デジャヴ。何だろう、確か十二時間前にもこんな事してたような?


「いいよ~」

 丁寧語で通じた!

「うんとねえ~、要は“身体的特徴の記録”なんだよ~」

「ハイ」

「顔や声、体全体が見えなくて、顔や声以外の部分しかわからなくても~、ゆ~きを判別できるようにってするためなんだよ~」

 人込みとかで顔が見えない時かな?

「……ふ~~ん、ナルホド」

 すんなり話が進む事に驚きつつ考えてみる。


 ひょっとして、あんな茶々を入れると対話構成モジュールにエラーとかが出ておかしくなるのかな? メモメ……って俺が調教テイムされてるよ!!


「――ってゆうことで~、ゆーきのカラダ見てみたいなあ~♪」

 小首を傾げ、不必要になまめかしいような、悪戯っぽいような顔とイントネーションで言ってきた。

 その声に嬉しいような思いと、拒否りたい衝動がせめぎあって表情がうまく作れない。

 そして結局デレてしまい、絞り出すように呟く。

「くっっ……さくらの声にこれだけの強制力があるとは……」


 だが、粛々と服を脱いでいるうちに頭も冷めてくる。


 ……ほんとにこれでいいのか?

 とか考えていたらさらなる要求をされる。


「そしたらねえ、床に四つんばいになってくれる~?」


「…………………………………(マジっすか?)」

 また押し問答クライン空間に閉じ込められるのは嫌なので、言葉にせずさくらをじっと見つめ返す。


「…………………………………(ニッコリ)」

 さくらはスマイルで返す。


「…………………………………(イヤです)」

 めげずに顔をしかめる。


「………………見せて♪」

 すると左手の三本指を口元に当て、天使のスマイルで命令おねがい


「…………はいぃぃ」

 負けた。


 言われた通りの姿勢になる。

 だが天使さくら様は不満だったらしい。


「ほら~、”ゆ~き”がよく見えないよ~?」


 何を言うデすかアナタ!!


「ハダカでいるのにさらに“俺”って”どこ”よ?」

 しまった! ツッこんじゃった。


「あのね、お『わ~~~~~~』…」


 はぁはぁ……。


「えっとね、おち『ぐわ~~~~~~』……」


 ぜはぁ、ぜはぁ……。


「んっとね、おち『どっせ~~~~~~い』………」


 ゴホッ、ゲホッッ……。


「お○ん○ん」


 フェイントキタ~~~~!

「その声で言うな!」


 さくらを指先で小突いた。

「え~~~? ”聞かれた”から”答えた”のに~、なんで~~?」


「あ!」

 その言葉でハッとする。


「……さくらどうすればいいの~?」

 よろけながら困り顔で抗議するさくら。

 軽く握ったこぶしを口元にあて、悲し気にイヤイヤをするようなリアクションを見せる。



 そうだ。ロボットに”聞いて”おいて”言うな”は矛盾だ。

「……そうだね、俺が間違ってた、ごめん、さくら」


「ゆーきはさくらのマスターだから”ごめん”はい~んだよ?」


 確かにその通りだ。だけど、

「謝りたいから謝ったんだよ」

 右手でボディを掴むように、親指でやさしく頬を触る。


「えへへ~♪」

 親指に頬ずりするさくら。


 ――カワイイなあ。

 犬の足を踏んだって思わず謝るんだから、まあ当然だろう。


 そして覚悟を決め、天使(さくら)様に従う。


「……こうでしょうか?」

 くっ、……とはいえこの耐え難い恥辱感。


「うん、”よく見えた~”、でももう少し足ひらいて見せて~」


 がはっっ!!(吐血)

「うくく……。わっわかりました」

 全身の毛穴から変な汁を出す俺の後ろに回り込み、姿勢をチェックするさくら。


 天使様さくらのご尊顔を足の間から逆さまに見ると、非難するどころか、逆に慈愛に満ちた笑顔で、俺の原罪コカンを見つめてらっしゃった。

 洗礼しせんという名のほむらしゅうちに焼かれ、俺の聖剣エクスカリバー鞘にちいさく収まり、真実の口ボッカ・デラ・ベリタは熱く燃えている。


 情けない事この上ない。

「……トホホ」

 さくらが俺の周りをトテトテと軽やかに歩きながら,”時々止まっては凝視”する。


「はい、いいよ~、次は体育すわり~」


 まだあるのか……

「承知しました」

 まあそれぐらいなら。と思ったら。


「そしたら後ろに手ーついて足ひらいて~」


 ダメじゃん、てか。

「M字開脚ですか!」


「うん♪」


 楽しそうだ。

「~~っ……どーしてもか?」

 ダメ元で聞いてみた。


「ど~~~~してもなんだよ~」


 強調された……

 人間のような仕草で喋っていても、所詮ロボットだからゴネた所でどうにもならない。

 諦めて言われた通りのポーズをとった。


 ハハハ……もうどうにでもなれだ。

 左頬を暖かいものが伝う。

 AV女優ミューズ達の気持ちがちょっとわかったよ。

 ――俺……ごめんなさい……そして

                       …………ありがとう。


  „~  ,~ „~„~  ,~


「ハイOKだよ~、チョットそのままでいてね~」


「ハイ……(くぅぅ)」

 ………………早くイっ……じゃない、終わってクダサイ。

 気分はもうXX染色体ダブルイクス


 とか、悶々と考えていた。その時!


「裕兄、もうじき昼ごは(ガチャッ)んだy……………………………」


 姫花――さくら――俺

 惑星直列が成立した瞬間!


「イヤ~~~~!! ゆー兄ーがDOLLとヘンなプレイしてる~~~~!!!!」


 爆発した。

 悲鳴を上げながら階下に逃げていく姫花。


 凍結フリーズした俺。


 無視して観察――記録しているさくら。


「ハ~イ、”終了しました~”、お疲れ様です~」


 平然と言うさくら。それを見て俺の感情に火がついた。

「なにが”終わった”の? お前の”仕事”? それとも”俺”?」

 さくらと俺を交互に指差しながら、オーバーリアクションで訴える。


「ん~~、あたし?」

 左人差し指を突き出し、頬にあててソッポを向く仕草をするさくら。


「お~~前が終わってどーするよ! お前の何が終わるんだよ! ロボットのクセに言葉を端折はしょるなよ! てか何で疑問系なんだよ!」


 ……ぜえはあ。

「お疲れ様です~」


 またバグった。だがかまわず怒る。

「ちゃんと答えてねーし! つかリピートいらねえよ!!」


「よくわからな~い」

 おどけたように顔を傾げてペロッと舌を出す。


「んが~~! ネットにしかいないアイドルの真似すんなよ! ――あ!」

 しまった!


「さくらのオリジナルもそうだよ~ ゆーき」


 当然ながら、傷ついた風も見せず平然と答えるさくら。

「そうでした……ごめんなさい」

 だが、失言した後味の悪さは自分のもの。だから拭い去りたくて謝る。


「ゆーきはやさしいんだねー。さくらもヘンな事言ってゴメンね~」

 手を後ろに組み、屈み気味ににこやかに微笑むさくら。


「……いや、いいよ。さくらは自分の仕事しただけだもんな」

「判ってくれてありがとうゆーき。ふつつか者だけど、これからよろしくお願いね~♪」


 正座して三つ指をつき、深々とお辞儀をするさくら。上げた顔は極上のスマイルだった。

 だが、どこか翳りがあるように感じたのは気のせいだろうか?

 それともまだバグをひきずっているのか?


「……そこは”ふつつか者ですけど”って敬語にしてよ……ふっ、まあいいや。はい。よろしくお願いします」

 ……考えても答えは出ないので諦めて息をつく。

 俺もさくらに習い、姿勢を正して全裸のままお辞儀をした。


 退屈しないし、なんか面白そうなキャラだと思った。



  „~  ,~ „~„~  ,~



 〈Japanese text〉

 ――――――――――――――――――――

  ママへ。

 今日出会った男の子はすごくよかったよ。

 かっこよくてbeta.ver012のタイプ♪

 ちょっとえっちなデータ持ってて言葉使いもランボーだけど、

 とっても明るくていっぱい話しかけてくれるの。

 ひどい事を言ってもちゃあんとあやまってくれる優しいひと。

 なんとなくパパに似てるわ。

 百点をつけてもいいんだけど、今の点数は七十点くらいかな?

 残りの三十点はねえ~、まだよく知らないから残しておくの。

 そのほうが楽しそうじゃない?。

 ふふふ。これから一緒に居られると思うとわくわくする人だよ~。

 がんばってお姉ちゃん達に紹介できるようにするね♪

 

 ――――――――――――――――――――

 〈kasumisakura_a.i_beta.ver012/bin〉


 《user.precision_35/25340》


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