暁桜編〈インストール〉

 家に帰るとお父の足がうつぶせの状態になっているのがソファーの影に見え、近よろうとしたら”ひな”がととと、と近づいて来てこう言った。

「あの、裕貴さん、先ほどみたいな場面では、私はどうすればいいのでしょう? お止めしたり通報したほうがよろしいのでしょうか?」

 まだ入手してから日が浅く、学習モード中のひなが聞いてくる。

 前のDOLLの学習内容を引き継ぐ事は出来るが、そこに死……眠っているお父ヘンタイは一から育てるのがいいらしい。

 しかし、最もな意見さもありなん。さすがDOLL。でも通報は困る。

「いや、あの二人のは一種のコミュニケーションだから基本は放置でいいよ」

「そうですか、承知いたしました」

「そうだね、どっちかが血を流したり凶器を持ち出したら止めるか通報していいよ」

 ある意味、子供としても相当ひどい気がするが、流血するのは決まっているので、まあいいだろうと思う。

「了解しました、ありがとうございます」

 そう言うと、ペコリと可愛らしいおじぎをするひな。

「あ、あと俺は”裕兄”で、言葉遣いは”兄”のポジションでいいよ」

「は~い、裕兄!」

 切り替え早えぇ……。


  „~  ,~ „~„~  ,~


 部屋に帰りPCを起動、モニターはテレビと同じ積層液晶レリーフ。キーボードは平面上にレーザー照射され、イマジネーションタッチと呼ばれるリアクション反応式を採用している。

 空中投影エアプロジェクトは背景まで見えてしまうため、専用ディスプレイに比べてまだまだ解像度に劣り、未だデバイや街頭広告の簡易ディスプレイにしか採用されていない。

 PCが起動完了し、美容院の椅子に似た専用クレードルピットに座らせるようにセットしてさくらを接続した。

 いよいよキャラマスクのインストール。

 ”ブルーフィーナス”はいわゆる芸能プロダクションだ。その方面は詳しくないが、業界屈指の大手だそうだ。

 2Dのテキスト画像。リンクが示されているお気に入り一欄のサイト。そこにあらかじめ入れておいたブルーフィーナスのダウンロードリンクをクリック。

 ページが表示され、”霞さくら”のキャラのバナーをクリックし、インストールの手順を読む。

 んん? 何々? 『インストール後のマッチングをスムーズに進める為、100の質問を用意……事前にユーザーの指向と傾向に修正したキャラクターパーソナルをお届けし……』ふんふん、『なおこの結果を持ちまして、より良いキャラクターパーソナリティの開発に御同意頂けた方に、本プログラムを提供いたします……』おお、ナルホド!

 要はアンケートに協力すれば、ノンベクトルのキャラをくれるって事らしい。

 OK、不安要素は無い。

 ポチッ。

 まずは生年月日から始まり、DOLLのスペック、ユーザーの体格、趣味嗜好、家族構成、恋愛経験、性格分析と簡単な心理テストと、”霞さくら”を希望した動機など、およそ100の質問に答える。

 なんで、インストール後に判る事をわざわざ聞いてくるんだろうと思ったが、コレこそがインストール後の情報漏洩スパイウェアが無い証なんだと知った。

 そうして最後にDOLL名を入力してダウンロード開始。

 順調にプログラムを保存し、解凍~インストール~再起動を終え、


〈さくら〉が起動する。


 カメラアイを開け、あたりを見回し自分を凝視している。

「おはよう、さくら」

 普通は他人と被ると気恥ずかしいので、元キャラクターの名前をそのまま付ける人は少ない。

 しかし自分はあまり気にする方でないし、旧時代人物レトロキャラクターで、それこそ親父世代しか知らないので、同世代で被る事は無いだろうと思いそのまま付けた。

 何より好きなキャラクターをほかの名で呼ぶのは抵抗があった。

「あなたが『水上裕貴』様でよろしいですか?」

「ああ、そうだよ」

 さくらの声だ、おっし!

 ”霞さくら”は普通の女の子より半トーンほど高い張りのある声だ。

 心地の良いソプラノで、コーラスの中にあってすら判別できるほど癖があるが、普段の喋りは舌っ足らずで、エサをねだって甘えている金糸雀カナリヤのように愛らしい。

 そしてそこが俺にとって、彼女の歌に次ぐお気に入りポイントなのだった。

「承知いたしました、ツインシステムに接続リンク、登録データベースに照会。……確認完了、マスターとして認識、通常モードに移行いたします」

 目を開け、そう言うと表情が変わり、にこやかになった。

「おはよう、ゆ~き」

「おお、もう呼び捨てになってる」

「うん、“呼び捨てで対等口調がいい”って答えてあったからだよ~~」

「アンケートの事か。そうだったね」

「早速だけど初期設定始める~~?」

「えっと、何やるんだい?」

「まずは各種データと設定の引継ぎ~~」

「ああ、そうか、まだ終わってなかったっけ」

 そうして既に解約済みのデバイスとさくらをダイレクトリンクさせる。

 方法は、DOLL側がU字型のヘッドホンのようなオープン端子で、耳にあたる部分に接触端子が出ていて、デバイス側がマルチコンセントの差し込みクローズド端子になっている。

 モバイルを端子に接続し、DOLL側をさくらに渡す。

「ん~、カタくてできない~、ゆーきおねがい~~」

 さすがに新品の端子はまだ硬いようだ。

 パソコンや、ATM、各種関係機関、店舗のレジや専用機への接続はワイヤレスでも行えるが、デバイスや簡易機器への接続は有線で。さらにゲームや映像機器など、精度の必要な高速通信も有線で行う。

「はいよ。――よっと」

 両手親指の付け根でボディを挟むように支えながら、指で端子を開き、頭の正面側から端子で髪を除けるように端子をはめる。

 はめた瞬間。

「ア~~ン♪」


 身をよじるように腰をくねらせるさくら。

「おおう?…… って、なんて声出すのさ」

「えへへ~、サービスだよ~」

 いかん、ちょっと……いやかなり嬉しい。

「……人前ではやらないようにして」

 自分でも赤面しているのがわかる。

「は~い! 二人だけの約束だね♪」

 腰をおとして右手を後ろに回し、左人差し指を口元にあて、ウィンクしながら小首をかしげるさくら。そのリアルな動作に驚く。

 さすが芸能フプロのキャラ。アクションが細かい。……ってか、それにしてもこの色気うごき。リアルすぎて3Dな分ギャルゲーよりいいぞ。

「それじゃあ引継ぎしま~す」

 大昔のアニメの小坊主のように、頭に指を当ててくるくるするさくら。

「……あれー?、ゆーき友だち少ないの~?」

 だが開始早々、左手の人指し指を頬に当て、小首をかしげて不穏な質問。

「……悪いか」

 先ほどのヨロコビもつかの間、一気に冷めた。

 ……むう、ツッコミキャラか?

「ううん、ジャマが入らなくてさくらはうれしいよ~」

 違った……でへ♪

 口元を思いっきりあげて、花のように笑いかけてくれるさくらに思わずデレる。

 グッジョブ、プログラマー! ナイスフォロー! ナミダ出るぜ!

 とか思っていたらバクダンが落ちてきた。


「あ! えっちい壁紙と動画がある~」


 しまった~~!! 圭一のプレゼントだ!

「おおお!、そっそそそれは保存しないでくだださい~~!!」

 両手を無意味に踊らせ、涼香のように激しくキョドる。


「ゆーきの秘密ゲットォ~!」

 お菓子を見つけた子供のように喜び、左手を突き上げるさくら。


「お前はエロ本見つけた親兄弟か!」


 たまらずロボット相手なのにツッコミをいれた。

 くっ……まあいい。あとでPCに落としなおそう。

 ……とか思っていたら。


「え!? え!? コレってむしゅーせー? ゆーきこうゆう体位カタチが好きなの~?」


 なんてことを言うの!!

「どんなカタチだよっ! ってか実況すんな! 消せよ!」

「おお~~! すごい! このヒトおっぱいおっきいよ~~? ゆーきはおっきいのが好きなの~?」

 聞きゃしねえ!

「そんなのおまえのボディ見りゃ……じゃねえ。違う!」


「はふ~! は! ほえ! ひょあ~~! 今時は大胆なんだねえ~ ゆーき?」

 擬音を交えつつ、頬に手を当てクネクネするさくら。俺はジタバタ。

 くあああ! ヤメテ~~!!

「〈今時〉っていつのじだ……あぁーーもうっっ! 俺に聞くな! んで言う事聞いてくれよ!」

 あまりの羞恥に自分の言ってる事がおかしいのか正しいか判らない。


「聞くの~? 聞かないの~? どっち~?」

 とか思っていたらツッコまれた。


「うう、あ……、ええと……」

「あ~! ええ~~?」 

 だが、混乱しているうちにさくらに置いて行かれる。


 かまわず悶えるさくら。俺も悶える。ふたり……一体と一人で悶えてる様は。

 ……って! なんだこの状況!


「消してください!! 俺まだ全部見てな…………くっ、違っ……!」

 チクショー!! やべえ~~! 悶死しそう~~!!


? ? も? すごいね~ゆーき、この女性ヒトタフだよ~ え~!! も!?」


 マスターを無視して一体で電脳内再生プレビューし続けるさくら。

「ダイジェストでバラすな……いやもう喋らないで! お願い!」

 たまらず土下座して懇願する。


「はっっ! あ~~! イヤ~~! ゆーき!、この男の人ヘンタイさんだよ?」


「ぐはっ!! (血反吐)」


 土下座しても効果なしだ。

 さくらの演算装置プロセッサとメモリがヒートアップしてきたのか、ラジエターがフル稼働を始め、胸部が激しく膨縮している。

 最後の力を振り絞り最終コマンドを口にする。

「“転送キャンセル”! これで言う事聞かなきゃ”強制終了シャットダウン”!!」

 ビシイッッ!!!! と指をさす。

「え~~? でも実行中にキャンセルしたらバグ残るよう……」

 バツ当番で、掃除を命令された小学生のように不平をもらすさくら。

 普通のパソコンでもそうだが、実行中の指令や作業をキャンセルすると、どこかしらに指令の残骸が残りバグとして蓄積される。

 そしてそれは重い作業で応答が悪いときに発生しやすく、また複雑なプログラムほど多くなり、ついにはシステムエラーを誘発する。

「くっ……そうか」

「――だから、一度落としきってからじゃないと削除デリートしたくない~」

「判ったけど、リアクション付けて要訳伝達ダイジェストする事ないだろ!」


「んん~、でも進行状況説明は設定事項デフォルトだよ~?」


 そうでした!


「すいません、貴女さくら様の仰せの通りです……でも……余計な感情ニュアンスは入れないでくださいますようお願いたします……」

 伏して申し奉る。

 ……どっちが主人?

「さくらはこの方がスキなんだけどな~……」

 好き嫌いかよ!

「ぐぐ……それでしたらデータの送受信はアナウンスモードでお願いたします」

 ロボットのくせに納得いかない様子に疑問を覚えつつも、人前でこんな羞恥プレイさせられたら人生詰んでしまうので、なんとしてもインプット《聞いて》してもらう。

「は~~あ。つまんないの~ ぷ~~!!」

 不平がある時のオリジナルからのかわいい口癖擬音。

 だが、俺が悶死するのでこれは譲れない。

「……なんてキャラだ」

「ピッピッ…………データコピー完了~」

 声のトーンを落とした変な擬音と共に、ぶすくれた調子で言うさくら。

「アナウンスモードでもこれかよ……大して変わらねえじゃん……はぁ、んじゃあ、動画と壁紙データを削除して」

「は~い……ピッ……削除しました~ ぷ~~~」

 ……このキャラ侮れねえ。って待てよ!?


「ゴミ箱も空にして」

 後ろを向くその瞬間、口元が歪むのが見えた。


「(チッ)は~い……」


 おい。

「今舌打ちが聞こえたぞ?」

「えへへ~、ばれた~?……ゴメンね~、――テヘペロ」

 小首をかしげながら舌を出しつつ、握りこぶしをこめかみに当てる仕草をするさくら。

「許しちゃう♪」

(かわいいぞ、こんチクショウ)――落涙。

 そうしてすんなり言う事を聞かないさくらとワアワアやりつつ、モバイルのデータを一通りさくらに転送する。

「……なあ、俺はネットで見た仕事中の”霞さくら”しか知らないけど、オリジナルもこんなキャラなのか?」

「そうだよ~。さくらはねえ~、ほぼオリジナルの性格を再現してあるんだよ~」

「それでこんなに応答レスポンスが悪……いや、“おきゃん”なのか」

(TPOの使い分けが無いってことか? つか、”単一モード”しかないって珍らしいな)

 クセがある人物キャラをモデルにした場合、やはり仕事などで使うと支障を来すらしく、マイルドに修正されていたり、ワークモードが設定できるのが普通なのだ。

「うん……ゆーきはこんなさくらはキライ?」

 正座を崩して左こぶしを口元にあて、小首を傾げて眉根を寄せ、悲しげに“よよよ…”の仕草で上目使いに見つめてくる。

 オリジナルの”霞さくら”と同じにした、琥珀色のウルフアイカメラで見つめられ、ドキリとする。

「いっいや、……まっ、まあ、真面目な場面で困らなきゃそれで良いし……かっ、かわいいと思うぞ」

 こんなベタなリアクションに動揺してる自分がチョロくて情けない。

「よかった~~♪ 憶えておくね~~、ピッピッピ~」

 後日、……ツインシステムからもDOLLを操作できる。と知った。


 俺の

                         …………お馬鹿。









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