第26話
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
薬がもたらした想像以上の力と、それを全て台無しにしてしまうような大量の死神の出現に、それを研究所のモニターで見ながら絶句するクロガネの横で、キドがはしゃいでいる。
「すっごおおい、すっごおおいなあ。だだだ、ダイセイコーだよ!」
「……確かにお前の薬はたいそうな効果を発揮したが、この状況はどうだ? もはや万策尽きた、あの少年は死ぬだろう。そして、我々も……!」
クロガネはいら立ったような態度を見せていたが、しかし心の内ではゆっくりと穏やかな気分になっていくのを感じていた。全ての手を尽くし、そして訪れたのは破滅だった、その結果を、ずっと、待ち望んでいたからだ。本当は東京ヘブンズゲイトだけでも充分のはずだった、だが、クロガネは、人間という生き物自体を憎んでいた。だから、その人間がこれから根絶やしにされていくのが楽しみだった。憎悪を捨てるか、憎悪をたぎらせ己を焼き尽くすのか、優柔不断にも決めかねていたクロガネだったが、もはや悩む必要はない、目の前に迫る結果を、黙って受け入れれば良いだけなのだ。ユキとハルミがどう思うかは知らない、もはやそんなことを想像してみるような人間性すら、自分はどこかへ置き忘れてしまったのだから。
「どうかなあああ、あのコなら、やっつけちゃうかもよおおおお?」
キドは独りで社交ダンスを踊っているかのように、モニターの前でくるくる回る。モニターには、廃人のような表情のゼロシキと、空を幾重にも覆う大量の八つの首の死神が映っていた。
「クロガネ所長……?」
クロガネの横に立ちつくしたタカマツが、指示をうかがっていた。しかし、何もできることなど無い、だからクロガネは何も言わない、それは、タカマツ以下全員が充分に分かっているはずだった。
「打つ手はない」
ようやくクロガネは口を開いてみせたが、ほとんどタカマツを無視するような言い方だった。
「しかし、我々には最後まで抵抗する責任が……」
「責任か。我々が生き残るようなことがあれば、私はもう手を引くつもりだ。私にできることは全てやり尽くした。君が望むなら、私はこの研究所の所長などというポストをいくらでも君にくれてやろう。私がクビになるくらいでは責任が取れないというのなら、死刑にでも何でもなってやる。もう思い残すことはない、何が起こったとしても、私がここに立つのはおそらく最後になるだろう」
タカマツは何も答えなかった、ただ、失望したような視線を、その軽蔑を覆い隠すように伏し目がちになって、ひっそりとクロガネに向けていた。
クロガネは、じっとモニターを見つめている、あの少年は死ぬだろう、だが、それならば、虚無の絶頂で死ぬところが見たい、限界まで解放された虚無の力を、打ち砕かれ、その時にあの少女が殺される、そして、地獄のような無力感の中で、少年は首を斬り落とされるのだ、その時、想像もつかないような死神が生み出されることだろう。あの死神は、全て、絶望の中で死んだ少年たちの肉体と精神を原材料にして作り出される兵器なのだから。虚無を抱えた少年たちを戦場に送り込み、いつ果てるともない消耗戦を繰り返していたのは、そのサイクルの中でより強力な死神を作り出すためだった。《機械》も死神も、全てクロガネの発明品なのだ。あの少年の死体から生み出される死神は、途方も無い力を備え、最終審判のように、我々に無慈悲な死を与えてくれるだろう。自分が愛した、たった一人の人間を辱め、死に追いやった人間という下劣な生き物を、この世から消し去ってくれることだろう。クロガネはそこに興奮を覚えた。この世の誰もが成し得ないほど大規模なサディズムの祝祭がもたらす、絶頂と恍惚の快感。
「ウヒャヒャハハヤッヒャハハヤハハヤアハハヤヒャハヤハハ!」
キドが笑い続けている、かと思えば、キドはそのまま部屋を出て行こうとする。
「ヤヤヤヤヤヤ、ヤバイから、僕は逃げるよおおおおお! 精神病院の研究室には、僕が作らせた、さ、さ、さ、さ、最高のシェルターがあるからねええ。ほとぼりが冷めるまで、そこに逃げるよお!」
そしてキドは両手を上げたまま、踊り狂いながら走り去ってしまった。その背中に、タカマツが舌打ちを浴びせる、しかし、それはほとんど行き場を失った小さな虫のように、その部屋の中を漂うだけだった。クロガネはモニターから目を離さない、このまま、訪れる最後の瞬間を、受け入れようと思っていた。
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