時を越えて


 金色の光が降り注いでいる。朝焼けだ。


 暁に染まりゆく東の空を追いかけた丘の上、多彩色に光り輝くその剣がかの者の手に渡った時、身体の中で心臓が大きくどくりと音を立てたのを、彼女の中で、感じた。


 記憶だ。はっきりとわかる。


 ――我がミザリオス・シルダの名において、民の富の為、更なる領土拡張を行うことをここに宣言する!


 初代皇帝が叫んでいる。裏返ることのない美しい雄の声は精霊王をまるで従えるかのように召喚する。柄に取り付けた輪が、激しく澄んだ音を立てた。光り輝く短い金の髪が暴風を受けて逆立ち、炎と水は竜巻と化し、あっというまに絡み合う蔓と咲き誇る花々、全てを包まんとする光と闇は、その合間に、明滅した。


 ――我が民に仇なす敵を屠れ、精霊王の思し召しのままに!


 全てが渦巻き、耳が割れるような音を響かせ、戦場を浚っていった。


 そうして暫く。


 眼下には平野が広がっている。数多の人の死骸が横たわり、崩れ、踏みつけられ、その魂は精霊に還ろうとしていた。彼女が間に合わなければ、シルディアナという国は消えていたかもしれない。攻め込んできた東部連合諸国に対する勝利であった。


 ――褒美を取らせよう、受け取れ、クライア・サナーレ!


 柄の輪が揺れて、狂ったように澄んだ美しい音を奏でる。ミザリオス・シルダは箍の外れた顔で笑いながら、剣を打った時に剥がれた破片で成形されたそれを、外した。


 ――風の加護を授けよう!


 記憶の視界の中で、風の精霊王フェーレスが動いた。哀しそうに微笑んだそのかんばせに、クライア・サナーレが深い哀悼の意を示したのを、彼女の中で感じる。それから、手を伸ばすのだ。


 門番のアツェルも、鍛冶師組合の親方であるプラティウスも、政変で死んでしまった。哀しみが溢れ、涙となって流れ落ちる。それを掬って、時を駆ける主は、クライアの手を取り、草木文様と花を描く優美な輪に口付けた。


 ――サナーレ家を、帝国北東部の地に封じようぞ!


 ――有り難き、幸せに、御座います。


 師は、アウルスは、利き手を失った。クライアを庇った時に斬り落とされたのだ。腕を庇いながら歩いてくるその姿が痛々しい。


 ――行け、クライア・サナーレ。


 新しきシルディアナの主は、振り返ってそう囁き、燦然と輝く朝焼けを背に受けて、そっと優しく微笑んだ。


 ああ、これは本当の笑顔だ。クライアの想いが此方まで流れ込んでくる。


 若き皇帝は、クライアよりも多くを失った。


 夥しい量の血を流し、死体を積み上げ、屠った上に玉座を立てた。その中には、彼が愛した双子の妹、アルカリア・シルダも含まれていた。真っ直ぐな金色の髪を長く伸ばした美しい、美しい女子であった。いなくなってから知った、兄弟が皆反発し合うシルダ家で、たった二人だけが、互いに支え合うことの出来る仲だったのだ。


 国の為に己が半身を失ったこの人に比べたら、まだ。


 自ら狂気を演出しながら、敵の目を欺いてきたこの人に比べたら、まだ。


 この皇帝に比べたら、己は何と浅く、何と無知で、何と幸せなことだろう?


 ――ミザリオス・シルダ皇帝陛下、万歳!


 涙を流しながら叫んだ。


 深い悲しみを背負ったその背中に、嗄れんばかりの声を、せめて、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る