一緒に生きようと誓った
自分と室長は、救急車に乗せられていた。
さすがに裸ではまずいので、室長はすでに屋敷で着替え済みだが、なぜか毛布にくるまっている。
自分はまだ身体が熱くて、頭もフラフラしてて、破けた上半身はそのままの状態である。
飲んだ薬の内容を、かわりに室長が医者に説明してくれて、中和剤を輸液してもらっていた。
「本当は血液を入れ替えたいくらいでやすが、とりあえずは点滴で無理矢理に回復させちまいましょう。まったくお坊ちゃんは無茶なお人です」
「無茶なのは、南蛮さんもでしょう。テキ屋世界でニセの名乗りをあげるなんて、殺されても文句言えませんよ」
「へへっ、潜入捜査は慣れっこですぜ」
詳しく聞けば、危険ドラッグの元締めを調査するため、主に県内のハーブ屋から、サンプルを回収していたのだという。
若く見えたが、しっかり妻子もいるらしい。
「ヤクザのふりしてヤクの売人に近づくことはしょっちゅうですが、テキ屋さんとこは初めてでしてね。まあ、ちょっとした専門家から研修を受け、あとは実地講習でなんとかなりやした」
「いやあ、ほんと桂ちゃんに連絡ついてよかったよ」
別室の加味氏もかけつけていた。
「どうも紫雪の野郎から工作があったらしくて、県警の連中、全然話が通じなくてさあ」
「まあ、おかげで銃を撃たせて、さらに罪を重くできやした。あいつは、半端な年数で外に出しちゃあいけませんからね」
そのやり方が料理長とどう違うのか、自分には適切な説明が見つからない。
「ところで、どうして地下にいるってわかったんです?」
輸血を受けながら自分はたずねる。
「そりゃあキミのスマホには、見守りアプリが入ってるからね。警護用だから、高さ情報もわかるんだ。地下室への入口は……まあ、厨房の収納庫が思い切り開けっぱなしになってたからね」
自分のボロボロになったズボンから、半分焦げたスマホがこぼれ落ちた。
「あれ……このスマホって料理長に……」
銭氏さんがスマホをこっそり返してくれてたらしい。
くそぉ、もう一度会ったらぶん殴ってやろうと思ったのに、彼女は荷物をまとめて忽然と姿を消していたという。
「お嬢様、ご無事で!」
救急隊員に支えられ、響さんもやってきた。
すでに屋敷で着替えを済ませた室長とは、別の救急車に寝かされていたらしい。
「無理に歩くでない。しっかり医者に診てもらえ」
「はっ」
室長の言葉に、響さんが深々と頭を下げる。
あれだけ怖い目にあったってのに、警備の責任をまったく
「どうした、寒いか」
室長が自分のとなりに座り、毛布の片側をかけてくれる。
ぴったり肩を寄せ合う形になり、心拍数が急上昇。
「あの、し、室長?」
「捨ておけ。……改めて言うのも妙なものじゃが……おぬしが助けにきてくれて、本当に嬉しかったぞ」
「そ、そりゃあ、どうも」
「想いを告げられ、もっと生きようと自信が湧き上がった」
「生き……る」
「おぬしには秘密にしておったが、わたしは長生きできぬと医者に宣告されているのだ」
ああ、彼女にはまだ説明してなかったんだった。
「大丈夫、室長の病気はすぐに治せるはずさ」
「ああ、今なら、おぬしの言葉も素直に信じられる」
タイミングよく、医者の一人が、検査結果を持ってきた。
いま屋敷の前庭には、厚労省からの依頼で駆けつけた、紫雪の息のかかっていない医師たちが大勢来ているのだ。
「お嬢さんの血液を調べたけど、これキミが言ってた通り、ただの亜鉛不足だね。とりあえず錠剤を処方するから、それ飲んでよ」
「ど、どういうことじゃ?」
「室長の病気はすぐに良くなるってこと!」
自分は嬉しくて仕方がなかった。
「本当か? 本当なのじゃな?」
「本当さ!」
「おぬしと、ずっと生きられる!」
ようやく事情を飲み込んだ室長が、がばりと、しがみついてきた。
思わず自分もひと目をはばからず抱きしめ返してしまう。
おおーっと歓声があがる。なんだよ、このハリウッド映画のラストみたいなシチュ!
でも嬉しいんだからしょうがないじゃないか。
「おぬしの身体は……熱いのう」
そりゃあ、目の端に涙をにじませて、美少女が身体を密着させてくれば、全身が火照ってくるのも当然だ。
腕の中におさめて初めて知ったが、室長はおどろくほど華奢で小さかった。
こんな小さな女のコが、あれだけの苦しみを一身に背負ってきたのだ。
いとおしさが強まり、つい腕に力が加わった。
バキコキ。
いやな音がした。
「あれ?」
みるみる室長が白目をむいて、口角に泡がこぼれていた。
「きゅ、救急車!」
「お坊ちゃん、もう救急車の中でやす!」
「とにかく腕を放すのです、少年! まだ怪力モードのままです!」
「五味子さん、まだ死ぬのは早いってーっ」
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