【巻5】公儀お毒味役だけど警護対象の手弁当で絶体絶命です

一、忍び寄る危機

青竜五味子の独白(病室にて)

 これは独り言じゃ。もし意識があっても、笑いながら聞き流してくれい。

 わたしは青竜家の長女として、どうしても強くなりたかった。祖父のように、泰然自若たいぜんじじゃくたる存在になりたかった。

 幼い頃より将来を嘱望される期待と重圧 プレッシャー

 それに応えられない己の病気がちの身体が憎かった。

 なにゆえこのような身体に生んだのか、筋違いにも母親にあたったこともある。いま思えば、汗顔ものの親不孝じゃ。


 でも、違った。気づかされたのじゃ。強さとは結局、心の持ちようだと。

 わたしが初めて会ったときから、おぬしはえらく頼もしかったのじゃ。

 大人にかなうはずのない、ひょろひょろな子どもの体躯であったが、しかし一歩も引かず、泣いてグズるわたしのために知恵を絞ってくれた。


 あのときはそれを知らず無邪気に遊んでおったが、後日改めて母親より顛末を聞かされたあとは、わたしは正直すごいと思った。

 おぬしと、もっと親しく話したかった。友達になりたかった。

 おぬしが、どこ家の誰かなど、あの鶏鳴けいめいの親分殿に聞けばすぐにわかったからのう。

 地元の顔役だけに、名士で通しているわたしの父とも旧知なのじゃよ。


 でも会いに行く勇気がなかった。

 自分の心の弱さが恥ずかしくて、もっと頑張らねば、もっと強くならねばと焦って月日が流れ、気づけばズルズルと高校生になってしもうた。


『自分は強くないよ。ただ慣れていただけ。室長とは得意な分野が違っていただけさ』


 心の弱さに打ちのめされて、わたしは見て見ぬふりをする苦しみに耐えきれず、そう、初めから見ないことにしたのじゃ。

 極力、人とかかわらぬ生き方をしてきた。

 人から逃げて、弱い自分から逃げていたのじゃ。

 誰だってそうじゃろう?

 大人だってそうじゃろう?


『でも室長は、みんなから慕われてたろう? そっけない感じでいて、でも面倒見がいいからさ』


 電車で座れぬ老婆がいて、座っている自分も疲れているとき。席は譲りたくない。

 だから必死に目を閉じて、自分の視界から、自分の世界から、その老婆の存在を消してしまうのじゃ。

 そんなことは誰だって経験があるはずじゃろう。


 なかには、本当に弱者を滅ぼそうとした独裁者も、数多くいたようじゃが、それも根っこは同じじゃ。

 弱者を真正面から見つめ、弱者に寄り添って生きる勇気がなかったのじゃろう。


 おぬしと同じ高校になったと知ったとき、わたしは狂いそうだった。

 なぜ遠くの女子校に進学しなかったか自分を責めた。

 おぬしとの埋められない差を見せ付けられないよう、わたしはひたすら無関心というフードを頭からかぶって、おぬしを見ないように過ごしていた。

 そうさな。

 まるで、まぶしさを恐れて日陰に隠れるナメクジの気持ちじゃったわ。


『なんのかんのと、叱ってきたじゃないか。いま思えば、クラスの誰よりも、コミュニケーションは密だったよ』


 そういえば、なぜおぬしの両親が家を去ったことを知ったのか、詳しく話してなかったのう。

 執念深いと笑ってくれい。

 青竜家は、竜の眷属。蛇性の家系なのじゃ。

 稲荷大明神が、狐を従えてるようにな。

 おぬしの家に何かあれば、すぐわたしに情報が来るよう、いろいろな方面に言い含めてあったのじゃ。


 おぬしの親が経済的に苦しんでいたのも知っている。

 これまでに、こっそり出過ぎたマネを何度もしてしもうたわ。

 それでも追いつかず、夜逃げをしたとか聞いてな。

 許してくれ、わたしはそれを「絶好のチャンス」だと思ってしまったのじゃ。

 おぬしに近づくためのな。


『どんな下心があっても、助けてもらったとき、自分は最高に嬉しかったさ』


 わたしはてっきり、衣食住の見返りに、おぬしが親しくしてくれているのかと思った。

 それがどうじゃ。毎日、己の命を危険にさらして、わたしの毒味をしていたというではないか。

 そんな重大ごとをわたしに秘密にしておくとは、南米出張の父が戻ったら、問い詰めてやらねばならぬな。


 まあ、それはよい。

 それよりも、わたしはまた、おぬしとの差を見せつけられてしまったのう。

 親しくもない他人のために、なぜ命をかえりみぬことができるのか。

 それが……わからぬ。

 わかるのが怖い。

 わかろうとして、それがわたしに無理だと知れるのが恐ろしい。


 おぬしは、どこまで遠い存在なのじゃろうなあ。

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