告白

 とくに自分の病気がどうのとかの詮索もなく、あっさり南蛮は帰っていった。

「ふむ、気の良い男じゃな」

「でも油断しないで」

 さっきの南蛮はイイヤツそうだったけど、甘麦さんにあんなことをさせた薬の売買に、かなり関わっているはずなんだ。

 室長を傷つけずに、あの男の危険性を伝える方法はないだろうか。

 ただでさえ今回の件で、心労が重なっているはずだから、ショックを与えず、穏便に……。

「なんじゃ嫉妬か? たしかに顔は悪くない。加味とやらと大学が同じということは、それなりに頭も良いのじゃろう?」

「嫉妬なんかじゃないよ」

「何じゃ違うのか。残念じゃな」

 残念?

「てっきりおぬしも、わたしを好いてくれてると思っておったが」

 はえ?

「おぬしの気持ちがどうであれ、わたしは前からおぬしを慕っておる。それは知っておろう」

 いや、初耳なんですけど!

「はじめは、ただの憧れじゃったが、それが恋心に変わるのに、そう長くはかからんかった」

 あれ、いま自分告られてますか?

 つとめて平静をよそおっているが、室長の顔はわずかに赤らんでいる。あ、耳なんて真っ赤じゃん。

「今回の件で、ほとほとわかったのじゃ。わたしはおぬしを失っては生きていけぬ。もう手放しとうない」

 室長が身を寄せ手を握ってくる。

「わたしの気持ちに答えてくれるなら、今ここで契りを……」

 制服のタイをするりと抜く。

「あの、廊下に人がいるから」

「大事な話をするからと、とうに人払いをしてある」

 いやその、急な話すぎて、ついてけないんですけど。

「ごめん」

 その言葉に、室長が固まる。

「いまその気持ちに答えることは……できない」

「そう……か」

 彼女はベッドから降りると、そそくさと身なりを整えだした。

「わたしの勘違いか。すまぬ。やはり空回りな女じゃった」

 そうじゃない。そうじゃない。自分だって室長が可愛くて仕方ない。でもダメなんだ。

「いったん家に戻る。あとで響を寄越すから」

 ベッドから飛び降りて、帰ろうとする室長の手をつかんで引き留めた。

 ああ、説明ができない。

 もどかしくなって、強引に引き寄せ、唇を重ねる。

っ」

 彼女が痛がったせいで、ほんの数秒間だったけど、はじめてのキスの味は、とても苦かった。

「なにを……?」

「怖いんだ」

 彼女は自分の腕のなかで黙って聞いている。

「正直、好意は嬉しいよ。五味子さんは魅力的で、頭もいいし、誰にでも優しい。五味子さんのためになら、これからだって何度でも毒を飲まされたって悔いはない」

「だったら」

「だから、返事はできない」

「!」

「キミを守る勇気がくじける」


 今回の件で、毒味役がどれだけ危険かよくわかった。自分が室長と恋仲になったら、きっと自分は命が惜しくなる。

 これ以上好きになったら、きっと室長と別れたくなくなる。

 そうだ、プロに徹するんだ。彼女を好きになっちゃいけないんだ。

「守りたいから……」

 ようやく言葉が出てくる。

「守りたいから、好きになっちゃいけないんだ」

 恋人気分でうつつをぬかしていたら、殺意や悪意に気づけない。

 薬学の勉強だって、おろそかになりそうだ。

「なんだ……律儀なやつじゃのう」

 彼女の顔からこわばりが消えた。

「わかった。とても……おぬしらしいと、思う。でも」

 カチリ。

 なにかスイッチが入った音が聞こえた。

 かすかに、だが、確実に。しかも、やばい方向に回路がつながってしまった確信があった。

「わたしが一度決めたら、ぜったいに諦めないとは知っておろうな?」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

「さて、まずは身体を拭くぞ!」

「ええっ、なんでそうなるのっ」

 襲いかかってくる室長に手首をとられて、自分はあっさりとベッドに組み伏せられる。

 病み上がりとはいえ、彼女は護身術が得意とはいえ、なんたる屈辱。

「なにを今さら恥ずかしがる。もはや貴様の身体など、すみずみまで知っておるぞ」

「やめて、やめて」

「毎日、わたしが拭いていたのだ。今更どうということもあるまい」

「いまは意識があるんだから、自分でやるって。やめて、おムコに行けなくなっちゃう」

「だから、わたしがもらってやるというのに!」

 良いではないか、良いではないか。狂戦士となった室長に病室着を脱がされかける。うわ、気付いたらパンツはいてない。

 必死で抵抗しつづけると彼女もスタミナが切れ、自分への力をゆるめた。

 お互い、息を切らせている。

「五味子さんも、ずっと看病してくれて疲れてるんだし」

「そ、そうだな。今日はこのへんで諦めるが……」

 ようやく手をゆるめてくれたので、自分の貞操は守られた。

「おぬしが今後もそのつもりなら、わたしにも考えがあるぞ?」

 そこに浮かんだ妖艶な笑みに、自分は気が遠くなるのだった。

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