【巻3】縁日デビューで室長が存外かわいいのこと

一、土曜警護

浴衣の君

「まだ五月だってのに、浴衣 ゆかたで?」

 ゴールデンウィークが明けたばかりの小寒い季節に、浴衣でお祭りに行こうなんて風邪ひきそうな発想が自分には信じられなかったけど、我がクラスの室長いいんちょうたる青竜 せいりゅう五味子 いつみこさんは、それは大まじめに、薄い桃色の浴衣を着つけて、下駄姿で玄関に現れたのだ。

 さすがに下駄は素足ではなく、白い足袋たびをはいていた。浴衣に足袋は不作法だって? いやいや、実際見てみると、これがなかなかいきなんだ。鼻緒で足の指が裂けたりしないしね。

「あ、それって、もしかして、半襦袢ってやつ?」

 浴衣が妙に厚ぼったいので、肌着をつけているのだろうと合点がいく。

「そういう着こなしもあるが、これは浴衣用のスリップじゃ。ワンピース型じゃから、着るのも脱ぐのも簡単じゃぞ」

 女性のファッションはよくわからんけど、しかしさすがにこれは、買ってあったのだろう。準備の良いこってす

「内側が起毛じゃからの、これはずいぶん暖かいのじゃ」

 それはいいけど、背がちっちゃい子が浴衣を着ると、子どもっぽさが倍増してしまうのは困ったことだ。

 室長と並んで歩いてたら、老け顔の自分が兄貴と思われるならまだしも、誘拐とか連れ回し事案と思われてはかなわない。

「室長、生徒手帳を持ったほうがいいよ」

「ん? なぜじゃ?」

「文化祭の取材だって説明しやすいから」

「なるほど、一理あるのう。甘麦 あまむぎ、ちょっと部屋から持ってきてくれ」

「いいですけど~お昼から浴衣ってなんか違う気がしますわ~」

 金髪三つ編みに西洋メイドさんから、和装にダメ出しだ。

「そうかのう」

「で、でも! 温泉とかは、昼間から浴衣ですよね?」

 しょんぼりしかけの室長に、助け船を出す。

「そうか、公式の場ではないのだしな! どうせ今から歩けば、すぐに日も落ちる!」

 そっかー暗いと、模様とか関係なくなるんだ。せっかくピンクで可愛いのに。

「あれ、この浴衣の模様……?」

 縁日でよく売られてる小さな鉢植えに似ている。

「キンギョソウじゃが?」

 やっぱそうか。このコ、どれだけ金魚が好きなの。でも、可愛いから許す!


 女性警備員の ひびきさんも、遠巻きに尾けて見守ってくれる手はずとなった。しかしやはり人出が増えると見失いやすい。

「なので、お嬢様の直接警護は少年に任せるしかありません」

 いまいましそうに耳打ちする響さん。

「人の多い場所ですから、さすがに誘拐などはないでしょうが……。それと」

 ごそごそジャケットの内側に手を入れて黒い光沢質の物体を取り出した。まさか拳銃かと思いきや、ブランドものの財布だった。

「お嬢様がなにかお食べになるときは、必ず同じものを買って、あなたが先に食べてください」

 うわあ、お小遣いもらっちゃったよ。しからば公儀お毒味役のお仕事、みごと勤めて参りましょう。

「私はお嬢様に近づく不逞の輩は、すべて撃滅する所存です。それは少年も例外ではない。少しでもお嬢様にいかがわしいマネをすれば、その場で滅ぼし……」

「わかりました、わかりました」

 この人の極端な青竜さんラブなとこ、だんだん怖くなってきた。

「で、響さんは浴衣を着ないんですか?」

「いざというとき動きに支障がありますので、この服装で参ります」

 OLさんっぽいベージュのジャケットとパンツ姿だ。コンパクトデジカメのポーチを下げて、出張ついでの観光客っぽい演出。

「そのポーチの本当の中身は」

「少年が知る必要はありません」

 聞いてみただけで、知りたくありません。昨日の警護で、左脇からずいぶん腕が離れて見えましたけど、いま何も吊してないですよね。そのままポーチに移ったんですよね。その重たそうなポーチに。

 響さんが片耳に白いイヤホンをつけたり、ブラウスのエリのマイクを調整しているあいだに、自分は室長と打ち合わせだ。

 基本ルートを選び、はぐれたときの待ち合わせ場所を定め、撤退時間を決めたわけだ。なにしろ自分は携帯電話を持っていないからね。

「それでは不肖、歴山 れきざん うしお、本日はお嬢様をエスコートいたします」

 左手を胸にあて、恭しく礼法をとる。

「うむ、よろしく頼むぞ」

 室長の顔もなんとなく血色が良い。

 さあ、出発だ!(テンション上がってきたー!)


 駅までは車で送ってもらった。いったんエスカレータでペディストリアルデッキに上がると、神社方向へ延々と屋台が並んでいるのを見下ろせた。実に壮観だ。

「まだ昼だから、サボってる店も多いみたいですよ、お嬢様」

 さっきのノリで、まだ従者っぽい口調でいる自分。

 広めの歩道の右半分は、すっかり屋台で埋まっている。隣接する車道も一車線つぶし、そちらにも屋台がびっしりだ。道行く人は、どちらで食べようか遊ぼうかと目移りしてしまうだろう。

「まあ、迷いそうなときは右側優先で」

 行きと帰りで、それぞれ片側の店だけチェックすればいいのだ。

 屋台の領域エリアに足を踏み入れると、たちまち焦がした醤油しょうゆ、チキンの脂、バターやらなにやらの香りが襲い来る。

 これはワナだ。撒き餌だ。恐るべき誘惑の触手だ。

「行きで全体をチェックして、帰りに気になった店を おとなうのではいかんのか?」

 目先にとらわれない室長が、なかなか冷静な判断をする。

「どこにどんな店があったか、お嬢様は覚えていられると?」

「店名は定かでない屋台ばかりじゃが、品を記憶するくらい造作もない」

「ほほう、それではお手並み拝見といきますか」

 彼女はご存じないとみえる。へんぴな駅から始まるこの道路沿いに、何を血迷ったか、県下有数の規模で屋台が集結する事実を。

「にんにくチーズ棒じゃろ、ケバブじゃろ、ここらは繁華街の外人屋台とかわらんのう」

 お祭り価格で、ちょっと割高だけどね。

「見てみろ、あのケバブ屋。あそこだけ青いシートを敷いておるぞ」

「ああ、ケバブは汁や野菜がボロボロこぼれるから……でございますよ」

 手もベタベタに汚れるし、お腹いっぱいになるし、あれは後回しだな。

「焼きそばのソースがかぐわしいのぅ。あの型にはめたチョコなぞ、わたしでも作れそうじゃ。むおっ、小籠包 しょうろんぽうまであるのか!」

 自分の袖を引っ張りまくる室長におかれましては、序盤からお楽しみいただけて何よりでございます。

「あれはテキ屋ではなく、地元の中華料理屋でしょう、お嬢様」

 今回の出店の縄を張って取り仕切ったのは、おそらく地元のテキ屋組織、城南火徳組合の鶏鳴 けいめい親分だろう。

 もちろん今時のお祭りは、地元のテキ屋だけでなく、地方からも大勢オトモダチが集まってくるし、地元の商店も店を早じまいしてまで参加したがる。

「チョコバナナ、タコのはみ出す大たこ焼き、ホタテ入りの大たこ焼き、こんぺいとう……」

 いちいち口に出して覚えてく室長が、子どもみたいで可愛い。妹をつれてるお兄さん気分になる。

「またチョコバナナだ。そしてケバブ屋。おい、同じ店が幾つあるのだ?」

 早くも罠に気づいたようだ。

「同じグループが、散らばって店を出してるんですよ。本業のテキ屋だったら、修行中の子にいちばん有利な場所で バイをさせ、親分は難易度の高いとこに構えてるんです」

 よその縁日では「公平性を重視する」とかで、完全にくじ引きだけで場所決めをするから、別の一家のチョコバナナ屋がかたまって並んでたりと、ヒドいものだ。

 しかしこちらは違う。鶏鳴親分の差配で、遠路はるばるやってきたテキ屋は、旅費を稼ぐためにも場所を優遇するし、別の一家とネタがかぶらないよう仲間内の調整もあらかじめしてくれる。

「つまり最初に、こんな店があるのかと記憶にとどめさせ、二度三度と同じような店に遭遇させることで、単純接触効果を狙っておるのじゃな」

 またなんか難しいことを言ってる。

「見るだけでは、つまらん。あのズワイガニを棒に差したやつ。美味そうじゃな」

 初めての食べたいリクエストだ。

 白くて四角くて長い物体に、割り箸をブッ差した食べ物で、知らない人が見たら、四角い五平モチか、平たいキリタンポに思ったかもしれない。

「買って参りましょう、お嬢様」

 ようやく看菜っぽいことができるので、嬉々として自分が二人分を買ってくる。

 しょうゆの焦げた匂いが二人を包む。

「うん、うまい」

 と、先に自分がかじる。異常なし。

 室長は、熱さを警戒してか小さな口で先っちょをかじり、もぐもぐ嚙んで、ごっくん。

「む、この食感、もしやカマボコか」

 ご名答。醤油で焼くとわかりにくいんだけど、食感で気づく。

 屋台をよく見ると、「ズワイガニ」のヨコに「風味」と書いてあるし、材料を並べてる手前のボードには「カニではありません」とも書いてあるのだが、これが実に目立たない。

「この値段で、この巨大なズワイガニはありませんぜ、お嬢様」

「ううむ不覚をとったわ。しかし、これはこれでウマいぞ」

 女の子が食べてるアクションって、どうしてこう見飽きないのかね。

「よし、次へ行くのじゃ!」

「仰せのままに」


 どうにも食べ物屋ばかりが続くなあと昨今の出店情勢を憂えるところで、いかにもテキ屋っぽい、昔ながらの口上が見られる店が現れた。

 打ち出の小槌のキーホルダーを売っているお婆さんだ。

 小さな小さな金色の像を、客の注文に応じて小槌に封入している。

「あれは何を詰めておるのじゃ?」

 室長が細い目で眺める。

「十二支の動物、七福神、サイコロなどなど。縁起のよさそうなものを手当たり次第です」

 熊手もそんなノリでオブジェを貼り付けまくるよね。

「ふうむ、あの者よほど目がいいのじゃろうな」

 ご飯つぶより小さな縁起物を、いちいち説明しながらピンセットで器用に小皿からつまんで、ひょいひょいと小槌の穴に放り込んでいくのだから、たしかに細かい作業だ。

「お嬢様。目つきが悪うございますぞ」

 ガンを飛ばすように熱い視線を送っている。

「こうせねば見えぬ」

「だったらメガネなりコンタクトなり」

「暗がりが見えにくいだけじゃ」

「じゃあ、もっと明るい場所に行きましょう。大きなものをいじってる、あの店なんかどうでしょう」

 ふるぼけた布に、「エッキス」と書かれている。なんとも前時代的なオモチャ売りだ。

「エッキスとはなんじゃ」

「エックス線のことです。手が透けて見える……ように感じる不思議な望遠鏡」

 理屈はわからないが、磨りガラスに鳥の羽がつけてあって、手をかざすとレントゲンのように手の骨が見える。夏休みの工作なんかで作ったことがある。

「インチキじゃろ。売れるわけがない」

「インチキというか、そういうオモチャなんですって」

 今はどうかわかんないけど、昔はセールストークだけで売れたんだな。それが啖呵 たんか売りってやつ。

「まあ、ああやって座ってる並べてるだけってことは、昔懐かしいって人が手にとるんですかね」

 この縁日は、古きよき時代のテキ屋の雰囲気を残しているから、それ目当ての年寄り観光客も少なくない。


「お次は、あれとかいかがでしょう」

 自分が指を向けた方角には、これまた昔ながらのアメ細工職人がいた。

 よそと同じはずの三寸屋台に、ここだけ異世界が広がっている。

 張り出した木枠に飾られている手の平サイズのイルカ、ライオン、ディズニーやポケモンのキャラクターは、どれもアメを練ってつくったもの。

 小麦粉まみれの百円玉が転がり、小さな扇風機が風をそよがす作業台。

 すでに六十を超えたと思われる真武 またけじいは、戦後まもなくから、ずうっとここを仕事場に、ほうぼうの縁日でアメを練り続けてきた。

「なんでえ、 金魚売り アカタン えいちゃんトコのガキじゃねえか。元気してたか」

 ごま塩頭が動いて、メガネごしに自分をのぞき込む。

「真武じぃよりは、数倍元気だよ」

「へへっ、だったら俺が元気なうちゃあ、お前は不死身に違ぇねえ。……って、なんだよ彼女連れかい」

 かろうじて中学生に見えるか見えないかという幼げな室長を、ひと目見て彼女呼ばわりとは、自分はロリコン認定されてしまったのだろうか。

「あ、この子は」

 と説明する間もなく、室長が屋台にがぶりよる。心持ち、顔が紅潮しているようだ。

「のうのう、これは全部アメで作ったのか? おぬしが手でひねってか?」

「くくっ、何でも作ってやるぜよ。リクエストはあるけ?」

「何でもじゃと? ならば」

 負けず嫌いだけに、どんなマニアックな要求をするかと身構えた自分だったけど、

「ならば金魚を頼むぞ」

 あまりに彼女らしくて、自分はコケそうになった。

「おうおう、任せとけ」

 じぃは傍らの電気釜から白いアメのかまたりをとって、手でこね始めた。

 平気そうに練ってるけど、あれは凄く熱い。

 練って練って、色が白くなり、温度も固さもちょうど良くなったら、割り箸に差す。

「おお……」

 伸ばしては糸切りばさみでチョキチョキと形を整えていくのを、室長が目を輝かせて見入っている。

「おお……おお……」

 一太刀を入れれば背ビレとなり、もう一太刀入れれば腹ビレとなる。はらほろひれはれ。

 形が整うと、食紅で赤身をつけて、あとは冷ますだけ。軒下の板から洗濯挟みで吊すと、ちょいど扇風機の風が当たる仕組みだ。しかも完成品が客からよく見える(逆さまだけど)。

 ここまで、わずか数分。それこそカップ麺ができるくらいの時間だったかもしれない。

 冷えてビニル袋に包まれた作品を、自分がお札と引き替えに受け取り、彼女に手渡した。

「ふぉぉぉお」

 間近に構えて、アメ細工の金魚に見入る室長。

「すごい! 芸術だ! ずっと大切にするぞ!」

「食べてもいいと思うよ?」

「そうじゃ、さっきから金をおぬしに出させたままじゃのう」

 ポーチから財布を取り出そうとするのを制止する。

「今日くらい、いいカッコさせてよ」

 まあ、響さんからの支援金ですけど。

「今日くらいとは、別に、おぬしはいつだって……」

 室長はなにかを言いかけて、口ごもる。

「か……感謝する」

 そこにいたのは、いつもの勝ち気にあふれる室長ではなかった。

 人見知りで、すぐに親のうしろに隠れてしまいそうな、内気な女の子のオーラをまとっている。

 もしかして、こっちが素なんじゃないの?と一瞬思ってしまったけれど、次の出店でその思いはあっさり打ち砕かれるのだった。

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