第28話 恋文
一日すべての授業が終わって、教室で、ほっと一息ついていると、隣の席に座っていたカオルが、私に向かって頼んだ。「例の手紙を返してくれないか」
「これだろ?」と私は、体育が始まる前に拾ったピンクの封筒を机から出して、彼に見せた。
誰からもらったのかは、どこにも書かれていない封筒。
それを私は知りたかったので、手紙を返す前に、カオルを軽く
ため息をついたカオルは、じっと手紙を見つめていた。
「知らないんだ」
「知らない?直接手渡しじゃないのか?」
「そうだ。斉藤クン、それは、今朝、僕のクツ箱に入っていたんだ」
私たちの高校では土足禁止であるため、クツは、校舎玄関の小さな箱に入れるようになっていた。外国の人がそれを見ると、貸金庫に見えるかもしれない。ずらりと並んだ箱に、番号が割り振ってあった。名前は個人情報を保護するために、クツ箱に書かれていなかった。したがって、事情をよく知る内部の人間が、手紙の持ち主となる。
「まさか、黒井が」
「それは違うよ」とカオルはすぐに否定した。「彼女じゃない。彼女であるわけがない。だいたい、見当はついている。こんなまわりくどいことをするのは一人しかいない」
「だったら、教えてくれ」
カオルはしばらく考え込んだ。彼は適当な憶測を並び立てるような人間ではなかった。おそらくは、証拠を探しているのだろう。
ややあって、頭を押さえながら、カオルはこう言った。「しかたがない。君、今、ここで封筒を開けてくれないか?」
「今、ここで?それはまずいだろ」と私はささやいて、さらに声のトーンを落とした。「他の皆が見ているかもしれないんだぜ」
「だったら、あとで屋上で開けよう」
ホームルームが終わった後、カオルの言うとおり、私たちは校舎の屋上へ上がった。幸いなことに、そこには誰もいなかった。
「いいんだな」と私はラブレターを持って聞いた。
「かまわない」
「いいんだな?開けて、中身を見るぞ」
ピンクの封筒を破って、中に入っていた白い紙を取り出した。10枚の便箋だった。手書きによる文字が、つらつらと書かれていた。
便箋に、名前が書かれていた。それは私のよく知る人物の名前だった。
私がその名前をカオルに告げると、彼は「やはり、そうだった」とうなずいた。
「僕はうすうす、そうじゃないかと思っていたんだ」
「でも、いや、そんなバカな」と私はすっとんきょうな声を出した。
信じたくなかった。
ありえなかった。
10枚の便箋を、私はなめるように読んでいった。
手紙には、美しく丁寧な文字で、こう書いてあった。
**
猪谷 カオル 様 へ
私がお手紙をあなたに出すのは、これで3通目となりました。寒くなりましたが、いかがおすごしでしょうか。
最初にお手紙をわたしたころは、桜の咲きほこる季節でした。そうです、私が初めて、あなたに一目ぼれして、あなたに恋して、あなたを愛してしまったときから、すでに半年がすぎているのです。
私は、あなたにはっきり自分の愛を伝えましたのに、あなたは私の愛に対して報いようとしませんでした。それどころか、私を遠ざけようとしました。遠くから、あなたを見つめている私に気づきながらも、決して、私の方向へ目を向いてはくれませんでした。
しかし、それは過去なのです。
すべてが、過去なのです。
いっときも、あなたのことを忘れるはずがありません。あなたの美しさを桜の花とともに忘れたくはなかった。あなたはお笑いになるでしょう。なぜ、忘れてしまわないのか、と。あきらめるわけがないのです。私はあなたに負けたのです。あなたの顔、むね、体、うで、あし、すべての美しさに参ってしまって、ひたすら、私のものにするチャンスをうかがっていたのです。美しさの前では、私が持つ、私の人生すべてがひれ伏します。私が負けたのです。なんども書きます。私という女が、すべてをなげうって、あなたに敗北したのです。
このように、はしたないことを書いてて、自分自身が信じられなくなります。はずかしいのです。バカです。そのようにののしられても、私はあなたを、うそいつわりなく愛しています。いつまでも、永遠に愛します。ですから、あなたも私を愛していただけないでしょうか。
お願いです。私を、愛してる。その一言だけでよろしいのです。それだけ。それだけを聞くために、今日を生きている私に、どうか、お願いですから、ください。あなたの一生の愛の、ほんのわずか、たった一言でも、かまいませんので、ください。ひたすら、愛をこめて、これを書いている私に、なにか、声をおかけください。あなたのまわりにいる女がうらやましくてたまらないのです。あなたの声を聞ける権利をえるにはどうすればいいのでしょうか。
返事をいただけないでしょうか。
それとも、嫌いになってしまったのでしょうか。
でしたら、紙でもネットでもなんでも、私を嫌いになったと私に伝えてください。
あわれな恋する女だとお考えなら、私の前で、どうぞ、そのようにおっしゃってください。いつまでも待ちます。あなたのためなら、永久に待ち続けます。離ればなれになっても、おばあさんになっても。
声だけでも聞きたいのです。
どうして、私から逃げるようなことをするのでしょうか。なにか、私があやまちをしたのでしょうか。夏休みに、あなたに会いたくて家まで行ったことでしょうか。それは罪です。しかし、私の罪ではありません。あなたが、私を無視してきたことへのバツなのですから、あなたの罪です。チャイムを鳴らしても、私の前へ出なかったのは、なぜですか。つまりは、あなたには、逃げ出したい気持ちがあったのです。
恋心をふみにじりました。
それがゆるされるものではないことを心しておいてください。
私が手紙を出すのは、これで最後となるわけではありません。また、出します。あなたがふり向いてくれるまで、そして、私の感情をなぐさめてくれるまで、なんども、なんかいも、100通でも200通でも出します。
ですから、無視をしないでください。今度は、愛をささやいてください。前のように、デートへさそってくれとは申しません。私は、あなたに見てもらいたいだけなのです。こちらへよってきて、私に愛してると声をかけていただければ、それで満足なのです。
長くなりましたが、どうか、すべてに目を通してください。私の愛がウソではないことは明らかです。決して、たわむれではありません。
P.S.
前の2通目も無視されましたが、なにか、問題があったのでしょうか。あなたの連絡先をお知らせください。
水鳥 レイ
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