第18話 秀才
私の高校では、テスト期間となると、部活動はすべて、休みになる。
したがって、生徒たちは、テストの間、放課後の帰り道で、その感想を言い合った。そして、互いの戦況を確認した。たとえば、「テストどうだった?」「ぜんぜん、できなかった。特に最後の問題」「やばいじゃん」という会話を、帰宅しながら交わすのだ。
バス通学の私には、そんな経験がなかった。
私には、自分の勉強不足を嘆くよりも、もっと、恋愛など、ほかに考えなければならないことが山ほどあった。
私の席は真ん中にあった。黒井は、私の前の席に座っていた。一方、カオルは、私の後方だった。
全てのテストが終わって、私が「どうだった?」と黒井に聞くと、ペンを片付けていた彼女は、「そうね、まあまあ」と後ろを振り向かないまま答えた。
朝、挨拶するときですら、黒井は、「おはよう」と、妙に他人行儀で、よそよそしかった。
屋上で
そう思うと、私は急に心配になってきた。
後ろから、カオルが黒井に近寄って、こう声をかけた。
「アン、テストうまくいったか?」
「古典や英語はね。でも、数学が全滅かも。カオルはどうなの?」
「ぜんぶ、うまくいったさ。そうでないと、医者になるという僕の野望が達成できなくなるからね」
「野望って、なにそれ。面白い」と黒井は、私が一度も見たことのない笑顔を見せた。
「数学と英語と物理は満点に近いと思うよ」
「すごい」
「今回は簡単なほうだったなと思う」
「それ、いやみに聞こえる。あたし、カオルに勉強教えてもらおうかな。頭良くないし」
「大丈夫だ。黒井は頭いいほうだよ。いいよ、夏休みには僕がみっちりと教えてあげる」
「どうか、お願いね」
二人の会話を後ろで聞いていた私は、どす黒い感情が、ふつふつと自分の腹の奥底から湧き出すのを止めることができなくなっていた。
これが嫉妬なのは間違いない。
地上でもっとも
私の目には、もはや、黒井とカオルの二人が幸せな新婚生活を送って、赤ちゃんを抱いている未来の姿まで見えていた。
不公平だ。
許せない。
ありとあらゆる不幸が、私にむかって、ラッパを鳴らして、突撃の行進を始めているかのようだった。
なんなんだ。このカオルという男は。天が
怒りのあまり、私の頭はろくでもない考えを次々と生み出していった。
とめどない考えを、感情に流されて、楽しそうに会話している二人をぶつけてやりたかった私は、とうとう我慢できずに、「悪いけどな、俺、頭が良くなくて、テストができるお前たちがうらやましいんだ。慰めてくれない?」とカオルと黒井に言い放った。
「だそうよ。どうする?カオル?」と黒井がいたずらっぽく笑った。
「いいとも」
うなずいたカオルは、私のほうを向いて、にっこりと笑った。「今度の夏休み、インターハイが終わったら、斉藤クンを入れて、三人で勉強会をしよう」
「賛成」
後ろを振り返った黒井は、机に伏していた私にこう聞いてきた。「私とあなたが生徒役ね。カオルが教師。これでいい?斉藤クン」
「もちろんだとも!」と私は怒りを忘れて、顔を起こして大喜びした。
すべてがどうでも良くなった。カオルと水鳥のことなど知るもんか。
今は、彼女が私のそばにいれば十分だ。
その後、私たちは、夏休みの予定をすりあわせるために、お互いに、何月何日なら予定を空けられるのかを話し合った。7月28日から8月の初旬までの間ならば、問題がないだろうということで一致した。
問題は場所だった。
「私んち広いから、うちでやろうよ」と主張した黒井に対して、断固としてカオルは反対した。なぜなら、彼の嫌いな兄貴が留守だという保証はないからだった。
私の家は、少し、遠すぎる。
「図書館はどうだ」と私は提案したが、二人とも嫌がった。
「あそこは息が詰まるんだよね」とカオルが言った。
黒井の理由は、単純だった。「あそこ、ミステリーやオカルト本が置いてあるのよ。漫画喫茶と同じで、勉強に集中できないの」
「じゃあ、どこならいいのさ?」と私は問うた。
あ、とカオルが思い出したかのように小さな声を上げ、私と黒井の顔を見回した。「あそこがあった。僕の家だ」
こうして、夏休みの勉強会は、カオルの自宅で行われることとなった。
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