第17話 秘密

屋上で御飯を食べた後、私と黒井は教室へ戻った。その間、黒井は一言もしゃべらなかった。

よっぽど、機嫌をそこねたらしかった。

私と黒井は手をつないでもいないし、私は告白すらしていない。一方で、元彼女の水鳥とは、手をつないだし、キスまでしたが、結局、別れてしまった。今では、ふられて正解だったと思う。水鳥に未練がなかったといえば、ウソになる。でも、もし仮に別れていなければ、黒井と私は、こんなに仲良くなれず、お互いを知らぬままだったのだ。ただのクラスメイトで終わっていただろう。そう考えると、未練をひきずったままの自分自身が、妙に憎くなった。もう、終わった恋をあれこれ考えても何も解決しなかった。

現在進行中の恋愛のほうが、私にとっては、はるかに重要だった。

では、黒井のほうはどう考えているのだろう。おそらく、水鳥と、私の関係をうすうす気づいていそうだ。あれだけの会話でも、何があったかをじゅうぶん推察すいさつできる。もう、子供じゃないのだ。大人でもないけれど。

黒井の考えをはかりかねた私は、放課後、補習の授業に向かおうとしている彼女を捕まえて、こう問うてみた。「なあ、お前、昼間のこと、怒ってる?」

「なんで?」

「なんでって、せっかくの楽しい時間を、先輩が邪魔しちゃっただろ?。そのことに、怒っているんじゃないかなーって、思ったりして」

「別に怒ってなんかいないよ」

私は黒井の顔をじっと見た。

彼女の顔には、怒りという感情は見られなかった。しかし、無表情と言うわけでもなかった。口の辺りがひくひくと動いて、まるで、別の生き物が口の中で暴れているようだった。何かを我慢していて、それを言い出せずにいる印象だ。

どういうことだろう。

「じゃあ、私、補習あるから」と言って、黒井はあっという間に廊下のかなたへ去ってしまった。

昼間のことをなにも詳しく説明できなかった私は、ぽかんと口をあけたままだった。我ながら情けなく思った。

こういうときは、カオルに相談してみるのが一番だった。だが、カオルは塾があるからとそっけない返事で、帰ってしまった。

私も塾通いをしていたが、今日は休みだった。こうなると、私には、何もすることがなかった。

何もかも忘れて、試験勉強に取り組むしかなかった。

自宅に帰ると、勉強に取りかかる前に、部屋の掃除をした。掃除機でホコリを丹念たんねんに取った。すると、黒井からもらったオカルト雑誌のコピーを部屋の片隅かたすみで見つけた。前にもらったコピーは、いずれも、前世にかかわる記事ばかりだった。

そういえば、ここ最近、前世については、何も話題に触れることがなくなったのを、私は思い出して、ふいに、疑問に感じた。

おかしいな。

黒井と仲良くなればなるほど、彼女のオカルト思想が、性格と矛盾しているような気がする。彼女は、別に探求好きでもなかった。オカルト雑誌を読みふけっているが、それ以外の調査、たとえば、ネットで調べたり、図書館で調べたりすることを、彼女はやっていない。前世の解説も、思いついた言葉を、ただ並べているだけだ。黒井いわく、「第一階層にはオーディンが支配する世界があり、第二階層には銀河の中心点となる精神世界がある。第三階層が、私たちの住む宇宙。いずれもコスモスの力で秩序を保たれており、前世では、私たちは二人とも、オーディンの守護のもと、エクスカリバーという剣で敵を倒す男性戦士だったの」という具合だった。オーディンは北欧神話の主神で、エクスカリバーは中世のアーサー王伝説に出てくる剣だ。時代も違えば、場所も違う。体系がばらばらだ。意味不明のでたらめである。

彼女の熱意を考えれば、私をだまそうとしているわけでもなさそうだった。だからといって、異常にオカルト趣味に熱中しているわけでもなかった。私と会話するときも、普通の女の子と変わりがなかった。

妄想癖という一言で済ませるなら、問題はかんたんだろう。

すなわち、彼女は自分の妄想を信じていた、ということならば、気は楽だ。妄想が出ないように、話題をそらしてやればいいだけの話だ。

でも、なにかしら、根拠があって、それを信じてるような節が、彼女にはあった。単なる妄想ではない。

拾ったコピーに目を通した私は、こういう疑問を解決するヒントをオカルト記事の中に求めた。

が、なにも関連しそうなキーワードはなかった。

ネットで調べようとして、午後9時を回ってしまっていることに気が付いた。こんなことをしている場合ではない。あと一週間後には、定期テストが待ち受けているのだ。

勉強を済ませた後、私は、スマホで黒井あてにメッセージを入れておいた。

――もし、失礼なことを言ったなら、謝るよ。ごめん

何に対して謝罪しているのか分からない曖昧あいまいな文面だったが、これで、私の感情が伝わるのであれば良かった。

彼女から返信はなかった。スマホの画面には、メッセージを読んだよと言う既読のマークが付いたのみだった。

やはり、怒っているのだろうか。

何に対して、彼女が怒っているのかは分からなかった。

嫉妬?

ありえない。まだ、二人は付き合い始めたわけでもなかった。友達という枠から外れて、黒井が嫉妬しているのは、考えがたい。告白すらしていないのに。

楽しい時間を邪魔されたから、という単純な理由ならば、そろそろ、機嫌を直して許してくれてもいいだろう。だが、昼間の彼女が見せた表情は、かなり複雑だった。何かを言い出せずにいるようだった。秘密でも抱えているのだろうかと、私は怪しんだ。

前世の話や、屋上の一件もそうだが、彼女がとてつもない秘密を、その胸の中に隠しているのだと言う結論に私は至った。

どんな秘密かは、まったく知る手段もなかった。

ただし、ゆっくり話し合いをするには、時期が悪すぎる。なぜなら、テストが一週間後に迫っているからだ。

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