第14話 意地

それからと言うものの、私は、黒井と昼ごはんを学校の休憩中、教室で食べるようになった。自分のイスだけ、彼女の席に持っていって、一緒に弁当を食べるのだ。

あるとき、黒井は弁当を広げると、私のほうを見た。「ねえ、斉藤クンのお母さまがその弁当を作ってくれたの?」

「いや、父さんだよ。うちは、分業制だから、母さんが朝食、夕食の支度をして、父さんが俺の弁当を作る役目」

「へえ、意外ね」

「きみんちは?」

「兄貴がたまに、弁当を作ってくれることもあるんだけど、ほら、仕事が忙しいからね。住み込みの家政婦さんが、そういうのをやってくれるの」

「家政婦さんって、そういうサービスもやってくれるんだ」と私は妙なところで感心した。

黒井はかぶりを振った。「ちがう、ちがう。本当は、仕事に入ってないのよ。契約は、うちの家事に限られているんだから。でも、どうしても、家政婦さんがやらせてくれって、聞かないのよ。買ってるものだと、栄養が足らないかと心配みたいで」

以前、黒井の家に行った時に、家政婦は留守だった。家政婦用の部屋があると聞いて、私は驚かされた。

「やっぱり、黒井さんって、金持ちなんだね」

「兄貴が金持ってんの。私は、そこの居候いそうろうみたいなもん」

「それだったら、俺ら、居候みたいなもんじゃん。親にご飯の支度を全部してもらっているんだからさ」

「いえてるー」と、切れ目の入ったウィンナーを口に入れていた黒井は、にっこり笑った。

彼女の様子は、二ヶ月前、すなわち、4月のときとは大違いだった。

最近は、笑顔も増えて、家庭の事情から自分の意見に至るまで、積極的に話してくれるようになった。オカルトの話題も、徐々にしてこなくなって、二人だけのときに限って話題になる程度だった。

仲良くなればなるほど、彼女のことを知りたいと思うようになった私は、ますます、磁石のように、彼女に吸い寄せられていった。もはや、筋肉マッチョの兄など忘れていた。今度は、どこへデートをしよう。私は休日がくるのが待ち遠しくなった。

一方で、同じクラスのカオルとは、少し疎遠そえんになってきている。

放課後は、部活をサボったカオルと二人で音楽を聞くことがあった。しかし、彼がバスケ部でレギュラーの選手になってからは、なかなか、活動を抜け出すこともできないようで、私と会う機会はほとんど減った。同じ教室でも、カオルは女の子と話ばかりで、私とゆっくり言葉を交わす時間もないようだった。

いま、カオルは、女の子たちと、ぺらぺら、芸能界のことなど、とりとめのないことを話していた。

それを遠くから見ていた黒井が、ぽつりと言った。「カオルには、男友達いるのかしら」

バスケ部に男友達がいるようだったが、私は一度も会ったことがなかった。そもそも、部活動をしているカオルの姿なんて、見たこともなかったからだ。

「バスケ部に男友達がいるだろ。そうだ、今度、バスケのインターハイ予選が地元であるらしいから、黒井さん、確認ついでに、俺と応援に行こうか」と、それとなく、私は彼女を誘った。

「いいわよ。じゃあ、カオルに、どこの会場でやるのか、聞いてみようか。ねえ!カオル!」

黒井が、女子と談笑しているカオルに向かって、大声で叫んだ。「今度、夏のインターハイ予選、あなた、出るんでしょ!応援にいってやるから、どこでやるか、今すぐ、教えなさいよ」

クラスが静まり返った。

黒井が大声を出すのは珍しかった。

「ああ、この近くの国際センターのメイン体育館だよ。7月19日の土曜日。良かったら、ここにいる全員で応援に来てくれないか?そっちのほうが僕は嬉しい」とカオルも大声で返した。

きゃー、本当に?

クラスの女子たちが、口々に叫び始めた。

デートはあきらめよう。

カオルの余計な一言のせいで、二人きりのデートプランはついえた。まあ、また、チャンスは巡ってくるだろう。あきらめきれない私は、そう自分に言い聞かせた。

黒井のほうが先に弁当を食べ終わると、片づけをはじめた。ふと、手を止めた。

「ねえ、斉藤クン、いま、すこし、気になったことがあるんだけど」

「なんだい、黒井さん?」

「あなた、部活動をしていないよね」

「そうだね。どこにも入っていないよ」と私はラグビー部員の顔を思い出しながら、答えた。「本当なら、ラグビー部の選手になっているはずだったんだけどなあ」

「それは無理よね」と黒井は目を伏せた。

黒井の言葉の調子には、悲しい響きがこもっていたので、今度は、私のほうが気になり始めた。「どういう意味だい?」

「どういう意味って、文字通りの意味だけど?」

「なんだか、お前が、悲しげに言うからさ」

「あなたは悲しくならないの?斉藤クン」

「ならないよ。ちっともね」

私は、嘘をついた。

本当は、さびしくて悲しくて、やりきれない思いだった。ラグビー選手になって、カオルのように、黒井や、みんなに、応援してもらいたかった。

バスケ部や、黒井と同じミステリー研究部など、別の部に入ろうと思った時期もあったが、それは、同時に、ラグビーを完全にあきらめることになる。意地とプライドが、私を前に進ませることを拒んだのだった。ラグビー選手という選択肢を、私の手元に残しておきたかった。

結局、私は、どの部にも入らないまま、現在に至っている。

「まったく、悲惨じゃないね」と私は吐き捨てるように言った。

黒井は黙ったままだった。

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