第11話 買い物

運命の日曜日を迎えると、朝からそわそわして落ち着かなかった私は、何度も、髪をくしでとき直した。改めて、自分の顔を鏡で見たが、枝毛があるだけで、問題はないように思えた。本当は、枝毛をきちんと切っておきたかったが、時間の無駄だ。もう、九時になる。黒井アンが待っているかもしれない。

待ち合わせ場所へはバスで向かった。

私のスマホにメッセージは入ってなかった。

それを確認してから、バスを降りた。

果たして、黒井は、泉で私を待っていた。「ジャスト九時と五分すぎ」

「ごめん」と私は詫びた。

遅刻するなんて最低だ。

もう一度、謝ろうとする私に対して、彼女は「べつにいいよ」と言った。普通なら、遅刻を責め立てるだろうが、今朝の彼女の機嫌はいいらしかった。

彼女の服も、きらびやかな白と黄色のワンピースで、金のピアスまで。髪もいつものおかっぱではなく、茶髪でベージュがかかっている。靴もかわいい黒のトーンだ。

ちょっと、待て。

私は黒井の全身とファウンデーションを塗ったかのような、きれいな顔をじっくりと眺めた。

「ええと、黒井さん・・・だよね?」

「別人だと思った?」

「うん。でも、どうやって、そんなにきれいに?髪は染めたのか?」

まさか、魔術を使ったのか。

美女の生き血か。生き血をすすったのか。

「染めてないよ。これ、ウイッグ。兄貴のを借りてきたから、水にぬらさないように気をつけないと」と、黒井は髪の毛をいじって見せた。

確かに、ふんわりした髪が、おでこから盛ったようになっていた。

だが、それだけでは、説明が付かない。学校とは雰囲気ががらりと変わっていた。一番の変化は、彼女の口調だった。

「さあ、行こう。一日はあまりにも短いもの。駅のモールへ行って、いろんなものを買い物したら、すぐ、日が暮れちゃうんで。それじゃ、せっかく買いたいものが買えなくなる」と一気にまくし立てた。

女子力を自由に変えられる種族なのかどうかは分からなかったが、彼女の意外な一面を見ることができたのは確かだった。

私と、黒井は、駅前にあるショッピングモールに入った。

彼女は鼻歌まじりで、お店を見て回った。

その姿が私には信じられなかった。

ギャップがすごい。実は、双子の姉か妹ではないかと言う疑いが頭をよぎった。

黒井の買うものは、あらかじめ、彼女が決めていた。

目の動くベヘリットに、輝くトラペゾヘドロンなど、得体の知れないものばかりだった。ゆえに、双子説はばっさりと捨てた。

買い物の最中で、黒井が聞いてきた。「ねーえ、腹減ってない?」

「減ってる。朝急いできたから、朝ごはん抜きで、おなか、ぺこぺこなんだ」

モールの中の喫茶店で、ごはんを食べることにした。

まだ、午前十一時で、昼ごはんには早い気がしたが、若い高校生の食欲では、これで、ぴったりだった。

喫茶店は、こざっぱりしており、客が大勢いた。中は広々としていたので、席へすぐ案内された。

二人の注文が済んで、私は、前から、気になっていたことを彼女にたずねてみた。「黒井、お前さ、彼氏とかいないわけ?」

「は?何、言ってんの」

「い、いや、べ、べつに答えたくなかったらいいんだ」と私はどもりながら、そう言った。「買い物慣れしているから、誰かとデートしているのかどうかなあ、と思って」

「いないよ」と、彼女はこともなげに答えた。「いるわけないじゃん。いたら、君と遊ぶかなあ」

確かに。

黒井の答えに納得した私は、続けざまに、次のような質問を試みた。「猪谷カオルってさー、ほら、美形で、モテそうなのに、特定の彼女いないだろ」

「イケメンなのに、いないね。いつも、女をひっかえ、とっかえしているようなイメージ。でも、昔から、あんな感じだった。子供のときの話なんだけど。あたしが人見知りするもんだから、あいつ、積極的な性格なのね、どんどん、女の子と話しかけて、あたしと仲良くしてくれるように頼んだわけ。で、自分もついでに女の子とグループぐるみで付き合っていくみたいな感じで」

「つまり、黒井さん、お前と付き合ったことはない」

いいぞ、自然な流れだ。

「そりゃ、そうよ。でも、どうして?斉藤クン?」

「確認したかっただけなんだ」と私はあわてて言った。「だって、カオルのことを好きなのか、と思っちゃうって。客観的に見て」

「あくまで、親戚のひと。あたしにとっては。好きというよりは、信頼できる人間って、感じ。ねえ、斉藤クン、変な勘ぐりしてほしくないな」

彼女は、はっきりと断言した。これによって、私の疑いは、きれいに晴れた。親戚同士の二人が付き合っているのではないかという疑いは。

安心して、昼飯のハンバーガーが食べられそうだ。

喫茶店のアルバイトらしき若い給仕が、みずみずしいレタスが詰め込まれたハンバーガーとコーヒーを持ってきた。私がそれをほおばると、それを見た黒井が笑った。「一口だね」

「こう見えて、大食いなんだ」

続けて、ジャムが挟まれたサンドイッチとアップルティーが運ばれてきた。

「おいしそう」と黒井が喜んだ。

彼女の笑顔は、このとき、初めて見たような気がする。カオルの言うとおりだった。私は、彼女の一面だけを見ていた。

こんなにもかわいらしい顔は見たことがない。

私は、ますます黒井に惚れ直してしまった。

食事が終わるなり、彼女は、昼のプランを告げた。

「次は、我が家にご招待」

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