第10話 前日

土曜日になっても、私は散髪に行くことはなかった。

母親をだますことになったが、不思議と、罪悪感は心の底から沸いてこなかった。それよりも、服選びが重要だった。

私の体型はスリムなほうだった。私服は何着か持っているが、すべて、ほっそりとしていた。せっかくの買い物なので、明るい色がいいだろう。何を着ていくか、数分で決まった。

すると、次に、問題になったのは、時間があり余っていることだった。

美容院へ行くふりをして、市立図書館で、時間をつぶしたが、すぐに飽きた。一日があっという間にすぎるはずだった。

ところが、時間がすこしづつ、長くなっていった。私は、腕時計を見ながら、なぜ、秒針が早く進まないのだろうと、不満に感じた。

学校の宿題を済ませるべきだろうか。

そう思って、宿題のノートを図書館に持ってきたが、ひとつも手につかなかった。勉強に集中できなかった。

黒井アンにできる限り、早く会いたかった。

オカルトの講義レクチャーを聴かされようが、魔王を倒しにいこうが、前世の話をしようが、それでもかまわなかった。それは、彼女の一部分だった。大きな全体を見たときに、それは私にとっても、愛すべき要因となりえるものだった。

あれから、前世の記憶が復活することはなかった。また、作り話を彼女の前でするつもりもなかった。ましてや、頭ごなしに、前世を否定したくなかった。もっとも、大事なことは、「なぜ、彼女が私に前世の話をしてくれるのか」という、その動機だった。

カオルの話を聞いてから、よく考えるようになった私は、黒井のオカルト話のほとんどが、「私に関係すること」だったという点に着目した。そこから、話の糸口をつかめるかもしれない。

いまは、それでいい。明日になれば、きっと、はっきりする。

そう確信しながらも、私は不安と期待で押しつぶされそうになった。

だから、勉強など、手に付かなかったのだ。

私は、図書館を出た後、一人で、お昼を食べるために、自宅の近くの大衆食堂へ寄った。

そこで、店の奥に座っている、高校の制服を着た二人の男子と出会った。よく見ると、自分と同じ高校の生徒だった。大きめなボストンバッグを席のそばにおいていたので、スポーツ系の部活をやっているに違いない。

「お、斉藤じゃん」

一人の男子生徒が、私に気が付いて、声をかけてきた。「部活でてこないけど、どうしたのよ?」

だが、私は彼と面識がなかった。「部活には入ってませんけど」

「え、でも、ラグビー部だろ?」

「いや、違うんです。あれは、仮入部だったんです」

「そうなのか。残念」

「俺も残念です。親がみんなとラグビーするのを、許してくれないんです」

「まあ、そうだよな」とラグビー部員らしき生徒は、とても、残念がった。

入学当初、仮入部した日に、親にラグビーがやりたいという私の思いを伝えると、親はひどく反対した。

私の主治医も、それを聞いて、身体的な理由から反対した。結局、マネージャー仕事すら満足にできなかったので、部をやめざるをえなかった。

そのことを恨んではいなかった。

高望みしすぎた。それだけだ。

お昼ごはんを食べると、さっきのラグビー部員たちが外で待っていた。「なあ、斉藤、いつでも、俺たち、お前を待っているぜ」

運動オンチの私を買いかぶりのような気がしたが、それでも、気分のいいものだった。そして、仲間という居場所がある彼らを、ひどく恨めしく思った。

単なるねたみかもしれないけれど。

ラグビー部員と別れた後、私は図書館に戻った。調べたいことがあった。

世界の宗教や、神話について書かれているものについて、二、三冊、手に取り、それを読み進めていった。黒井の話が理解できる手助けになるかもしれないと考えたからだった。

もう一冊、私は、興味深い本を見つけて、それを借りることにした。

本のタイトルは、「ティーンのための、デートのハウツー」だった。

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