第9話 うそつき
私が自分の家に帰ったのは、夜9時のことだった。途中で塾に寄って、宿題を済ませた。だから、9時以降は、自由な時間となる。
自分の個室で、スマホを見ると、さっそく、黒井からメッセージが届いていたので、それを読んだ。
――今度の日曜日、朝、例の噴水で
とっさに、私は二度見したが、意味が分からなかった。聞き返そうとして、とっさにあることを思いついた。
机に放り投げた私の通学かばんは、黒光りしていた新品だったが、ところどころで砂が入って汚かった。私はそれをぱっと払うと、中身をすべて床にぶちまけた。プリントやら、赤点の答案やら、いろいろなものが出てきて、その中に、白いコピー用紙が五枚あるのを発見した。
「あった」
黒井のくれたコピーだった。
そのうちの一枚に、オカルトの記事とは関係がなさそうな記事が混じっていた。市の中心にある噴水が、今度、リニューアルするという新聞記事だった。日付は三週間前だった。
私は、スマホで次のようなメッセージを黒井に送った。
――コピーの記事を見たよ。じゃあ、今度の日曜日、朝10時ぐらい、待ち合わせでいいね。買い物に、どこへ行くかは君に任せる
瞬時に、彼女から返信が来た。
――わかった。私が考えておくから、その日まで楽しみにしてよ。じゃあ、おやすみ
――おやすみ
もっと、メッセージの交換をしたかったが、夜10時を回っていたので、さすがに、それは気が引けた。
私の母親が、一階の居間から声をかけるのが聞こえた。「はやく、お風呂入りなさいねー」
「はあい!」と私は叫んだ。
しかたがない。今日は金曜日だ。服選びは明日にしよう。
私は、風呂場に行き、学校で指定されている男子制服の、カッターシャツと、ズボン、それに靴下を脱いだ。
自分の肉体を鏡で見ることはなかったが、髪型がすこし気になった。散髪しようか。散髪代は親からもらって・・・。
その瞬間、大事なことを思い出した。
今月はこづかいがピンチだったことを。
湯船につかりながら、一心不乱に私は、次のようなことを考えた。
お金をどうするか。貯金は300円しかない。300円。小学校の遠足のお菓子代にもなりはしない。そもそも、彼女が遠い店を指定したらどうするつもりだ。
黒井におごってもらうか?
まてまて。
それは人間として、大事なものを失ってしまう可能性がある。
プライドがある。誇りだ。むしろ、おごってやる度量を見せてやらなければならぬ。では、どこから予算を調達するか。3、4千円あれば、交通費も入れて十分だと試算した。あとは、それをどうやって、得るか。
アルバイトか?
残念ながら、今から、アルバイトを探す余裕はなかった。あさってが日曜日だからである。時間的余裕はなきに等しい。
親はどうだろう。
うちには、父親と母親がいる。兄弟はいなかった。親にお金をせびるのはどうだろうか。しかし、この方法で調達するには、一つ、難点があった。
私の両親は、絶対、黒井とのデートを認めてくれないだろうということだった。二人とも、シビアである。けちではないが、出し渋る。かつて、高校の先輩の女性とデートしたときも、そうだった。二人とも、子供にこづかいをくれなかった上に、デートを禁じて、それが、けんかの元になって、先輩にふられたのである。
打つ手がなかった。
そうだ、カオルはどうだろう。今回の件には、深くかかわっている。むしろ、いいだしっぺだ。お金を貸してもらえないかと頼めば、・・・ダメだ。やつは、ネットもスマホも親に禁じられている。連絡が取れなかった。
こうなると、最後の手段にでるしかなかった。超法規的措置を取るしかなかった。
「お母さん、俺、髪切りたいけど、お金くれないかな?」と風呂から出て、母にこう頼んだ。
「いくらなの?」
「8千・・・500円くらい」
「くらい?」と母の眉間にしわが寄った。
「8千500円、新しくできた美容院に行くつもりなんだよ。いいから、出してくれ!」
うそつきは泥棒の始まりだったが、仕方のないことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます