第4話 カオル
6月になるとき、新しい友人ができた。
その男は、私とクラスメイトだったが、ほとんど、中学まで別だったので、面識らしいものがなかったのだ。ほんの偶然から知り合った。
学校ではすでに、仲良しグループができていた。私は、どの輪にも入り込めずにいた。黒井もそうだった。ただ、彼女は、得体の知れないミステリー研究部に入っており、時々は、顔を出しているようだった。バスに乗っていても、帰る時間がずれていて、彼女の帰宅姿を拝めなかった時が増えてきた。
放課後、一人ぼっちの私は、バスの到着時間まで適当に、クラスの教室の中で、過ごすことが多くなった。
はまっていたのは、流行の音楽を、オーディオプレイヤーと言う機械で、静かな教室で聞き流すことだ。そのときだけ、孤独を感じずに済んだ。イヤホンから流れる、金属音交じりの音が、教室と言う空間を支配しているようだった。そのときの、感覚は、高い山の上で大声で叫ぶのに似ていた。
ふと、自分の背後に、人の気配を感じた。
音ではなく、影が、自分を横切ったのだ。
それを知ったとき、初めて、私が一人ではなく、誰かとこの教室で一緒にいることに気づいた。
目の前に影の主が現れた。背の高い男の子だった。
「・・・おい」
私はとっさにイヤホンを外した。「なに?」
「ボカロはいいね」と、彼はコナミ製の人工音声ソフトの名前を挙げた。
「え?」
「鼻歌で歌ってたよ。気持ちよさそうに」
「歌ってたの?しかも、気持ちよさそうだった?」
「うん」
私は、私よりも背が倍近くありそうな男の子を、じっくりと見た。制服のシャツを、きれいにピンと伸ばし、ボタンもとめていた。優等生っぽい。たしか、クラスメイトだったはずだ。
名前は
「僕もボカロが好きなんだ。君も好きなのかい?」とカオルは聞いてきた。
「好きってほどじゃ」
「でも、あんなに気持ちよく歌っていたのに」
「それは忘れてくれ。俺がバカだった」と、顔から火の出そうな私は、声もたえだえに、こう答えた。
「ふうん。そうか、なら、忘れるよ」
彼は、そういって、クスリと笑った。
カオルの顔は、私と同じ人間には思えないほど、きれいに整っていた。鼻立ちがはっきりしており、りりしい眉は、彼の魅力を倍増させていた。学校の女子が、彼は将来、芸能界入りするだろうと噂しあっていた。それほど、現実離れした顔立ちだった。
私が外したイヤホンを、カオルは自分の耳に当てた。「この歌はわりかし古い曲だね。中学のときに、僕がよく聞いてた曲だ。ネットで?」
私がネットで音楽を取得したのだと言うと、うらやましそうに、彼はため息をついた。
「うちは受験が終わるまで、ネットが禁止なんだ」
「そうなんだ。
「今度、また、今日みたいに音楽聞かせてくれないかな?」
「いいけど、先生に見つかると厄介だよ。プレイヤーを持っていると、先生に没収されるからね」と私は、自分の胸に入った生徒手帳を示した。
私の高校は、校則にうるさい。ちょっとでも違反があると、重いペナルティーが課せられた。進学校のせいか、自由な校風が感じられない。
放課後に、誰もいないのを見計らってから、校則違反のプレイヤーを出す。そのときの、後ろめたさと、冒険心をくすぐられるような感情は、私の楽しみだった。
今日も、誰もいないのを確認したのに。
カオルは、うれしそうに笑った。彼は自分の魅力をアピールできる方法を、自分でよく熟知していた。
「よかった。
斉藤というのは私の名前だった。
「いいってことさ。だけど、交換条件ってわけでもないけど、今日のことは、俺とお前だけの、二人だけの秘密だぜ」と私は言った。
「ああ」
「先生にチクんないって、約束できるか?」
「約束する。君と、そのプレイヤーのことは誰も言わない」
はっきりと、カオルは宣言した。
私は彼を信用することにした。いくら、優等生でも、自分の言葉を曲げてまで、密告するようなマネはしないだろう。
次の日もまた、音楽について、お互い感想を言い合った。
そして、思い出したかのように、カオルがこう言い出した。
「君は、黒井アンと友達になりたいか?」
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