魔法使いと見習い女騎士(仮)

あきたしょうじ

第1話

「ウォーカス先生!」

 アマリオの森の奥にある木造の一軒屋前――少年が扉の

前に立ち、大きな声で叫んでいる。

 声は一人だけしか発せられなかったが、この場にいるの

は彼だけではなかった。木の傍に佇む、そばかすが少し目

立つ赤毛の少女、切り株に座るぽっちゃりとした体系の少

年と、三人とは離れて立っている一人――青い瞳に、輝く

ような金髪が印象的な少女を含めた四人である。

 「今日は野草の勉強で、外回るんだろぉ?」

 不満そうな声をあげてた少年は、拳で扉を叩くのを止め

ると、今度は足で蹴るのにかえる。

 「た、ターク、そんな蹴らなくても」

 「ポマンがいつもそうだから、先生も寝坊するのよ」

 両手をもじもじとさせて座っているポマンを見て、赤毛

の少女は、やれやれと首を振って言葉を続ける。

 「おかーさんが言ってたわ。ウォーカス先生は、あんな

年なのに、お嫁さんもらってないから生活できないんだっ

て。ね、ガリーナ!」

 嗜めるような口調でいう赤毛少女にふられた金髪の少女

は、ゆっくり近づいてくると、そばかすの目立つ頬を軽く

小突く――ガリーナと呼ばれた少女は、口元をへの字にし

ながら、両手を腰にあてた。三つ編にした髪がなびき、腰

にさした短剣の鞘が揺れる。

 「アタチカ――なんで、そこで私が出てくるの?温厚な

ガリーナお姉さんも怒るわよ」

 「ぶったのは、怒ったのじゃないの!?」

 アタチカはそういうなりガリーナに顔を寄せるが、身長

差がありすぎるので、見上げている状態になっている。

 「なぁ、先生もうお昼過ぎてるんだから、アムス泉に行

くと日が暮れるよぉ」

 少女二人のやり取りを無視してタークは、扉を蹴りなが

ら声をあげ続ける。

 「あ、ああう」

 怒鳴り続けるラッキ、睨み合いを続けるガリーナとアタ

チカを切り株に座って見ていたポマンであったが、ヒート

アップをしていく三人を見て、思わず立ち上がり、右往左

往している。

 

 ドン

 

 何か背中にあたった――と思ってポマンは見上げてみる

と、薄汚い紺のローブを身にまとった男が立っていた。髪

の毛はボサボサなのだが、側面生え際は刈り上げている。

どうみても『不精』といえる外観に加え、垂れた感じの眼

のお陰で、彼の年齢は老けさせてみえる。若くみても三十

半ばといったところだろう。左手には身長よりも大きい杖

を握り、右肩に大きな背嚢が見える。

 「おや、ポマン。今日は、アムス泉で待ち合わせじゃな

かったかな?」

 と言った後に、ターク等の顔を確認すると、にっこりと

笑い、

 「今日は、皆さん早いですね」

 と言葉を続けると、四人が一斉に、


 『先生何やってるんですか!!』

 

 声を揃えて叫んだ。それぞれの顔を確認したウォーカス

は当惑しながら、刈り上げられた頭の側面をポリポリかい

ている。

 「私、何かしましたか?」

 「ぼくらより何で早く起きてるんだよ!」

 先程まで遅れていた事をなじっていたラッキであったが、

そんな事は忘れて、ウォーカスに怒りをぶつける。

 「何でって――タークが、今度遅れたら『とまり灯亭』

の冷やし飴を奢ってもらう――っていったからですよ」

 「覚えてたのかよ……」

 扉を蹴っていたタークは、ずんずんと近づいてくる。そ

れを見たウォーカスは、背嚢を地面に下ろし、ポマンがい

た切り株の近くに座った。それを見たポマンは、ウォーカ

スの隣に座る。

 「飴一つも大事なお金なんですよ」

 タークの頭を撫でると、ポンと手を叩いた。

 「さて、講義をはじめますか」

 「アムス泉で、薬草探しないの?」

 目の前に座ったアタチカを見て、ウォーカスは地面に置

いた背嚢を抱え込む。

 「もう正午過ぎようとしてますからね。夕方になる前ま

でには、ロムコークに戻ってもらわないといけないから、

今日はここでできる事をしようと思います」

 そう言うなりウォーカスは背嚢からいっぱいの袋、束ね

られた草木などを地面に並べる。

 「今日は、魔法に使う『触媒』の勉強をしましょう」

 「え~」

 「何でよぉ」

 ウォーカスの言葉を受けて不満そうな声をあげたのは、

タークとアタチカだった。とはいっても、残りの二人も少

し曇った表情を浮かべている。

 「先生、いいかな?」

 アタチカが手を挙げて、ウォーカスの方に視線を向ける。

 「今時『触媒』つかって魔法つかってる人なんか殆どい

ないよ?何で、そんな事勉強しないといけないの?」

 「そうだよ、先生。僕もわかんない」

 普段は引っ込み思案なポマンもアタチカと同じように、

疑問の声をあげる。

 「ちょっと疲れるけどね、僕でも火を起こしたりする

事できるよ?」

 「『力場』が安定している今だと、『マナ』を集約す

る事は難しくないですからね」

 『力場』とは魔法が使える空間を指し、『マナ』とは

魔法を使う源を指す――非戦争地帯では、『力場』の管

理が厳重にされているので、『マナ』がある所では、才

能さえあれば、誰でも魔法を使える事ができるのだ。

 ウォーカスは左手の杖で、地面に三つの丸を書いて、

その近くに、二つの丸を書く。

 「皆が良く見かける魔法は主に、『現代語魔法』であ

り、『精霊魔法』、そして神様の奇跡の一部といわれる

『神聖魔法』の三つです。これらの魔法は、『神聖魔法』

を除いて自分の力だけで具現化させているわけではない

のですよ」

 「『神聖魔法』は、丸々神様のちからなんだよな?」

 タークがけらけらと笑いながらいうと、ウォーカスは

左手にもっていた杖の先で、軽く彼の頭を叩く。

 「いって~なんだよぉ」

 コブになった所を抑えながら、ウォーカスの顔の事を

睨み付けると、顔を近づけて、ちょこんと鼻先を差す。

 「タークの言っている事は、ある意味正しいですが、

その奇跡を得るには、日頃の修練が必要なんですよ」

 そういうなり、今度は杖を二つの丸の方に向ける。

「――いいですか。才能と、修練で魔法が使える中で

何故私が『魔法使い』――ルーンマスターと呼ばれるの

か?それは、先程いった三つに加えて、『古代語魔法』

と、『暗黒魔法』があつかえるからなんです」

 「『古代語』はなんとなくわかるけど、『暗黒魔法』

って、どういうものなの?」

 名前を聞くだけだど、気味が悪いと思ったガリーナ

は、物憂げに聞くと、地面に広げてある『触媒』を指

さす。

 「『暗黒魔法』はもともと『契約魔法』と呼ばれて

いました。その力は強大で、自身の精神力、大気中の

 『マナ』だけでは唱えられるものではありません。だ

から、この『触媒』をつかって契約者は力を一時的に

増幅させて、力を借りる――『暗黒魔法』と呼ばれる

ようになった所以はその『触媒』がピンからキリまで

あったからなんです。中には人の命も――」

 と、言いかけたところでウォーカスは「コホン」と

咳払いをし、

 「この話はまたにしましょう――要は、『触媒』があ

れば自身の精神力不足、『マナ』の密度が低い時でも

魔法をつかえる条件を緩和させる事ができるんです」

 「それがあれば、疲れてても魔法が使えるんだよね」

 ポマンがにこにこした顔でいうと、「良く解ったね」

とウォーカスは、優しく頭を撫でた。彼はあやされた

子猫のように、薄目で喜びの顔をつくる。それを見た

アタチカが、ぷーっと口を膨らませる。

 「ずるい!いっつもポマンばっかり!」

 「そうだぞ、ポマン生意気だぞ!」

 そういってアタチカが飛び掛ると、今度はタークも

絡んでくる。

 「あ、喧嘩は」

 こうなると喧嘩は当分終わらない。

(――やれやれ)

 ウォーカスは、髪をかきむしると、合間を見てその

場から立ち上がり、ゆっくりと森の方に入っていく。


 「先生――」

 「?」

 言葉をかけられて振り向くと、そこにはガリーナが

立っていた。風になびいた金髪は、この森の中で一層

に映える。

 「三人はどうしましたか?」

 「もってきたお菓子を分けたわ。大人しくなってい

ると思う」

 「私はそういう事ができないので、本当に助かります」

 ウォーカスはそういうなり、頭を下げる。

 「先生は――」

 ガリーナは、一呼吸をおいてから、ウォーカスの方に

顔を向ける。

 「――先生は、何で村に住まないの?」

 「またそれですが」

 「真面目に聞いてるの」

 彼女の言葉が少し強くなる。

 ガリーナは、騎士を目指していた。

 騎士見習いといわんばかりに、従卒のような格好をし

てはいる。短剣ではあるが帯剣もし、長かった髪の毛も

邪魔にならないように三つ編にしていた。だが、格好だ

けでなれない事は承知している。

 「冗談が嫌いなのは、知ってるでしょ?私が――」

 「村に来て、私に何をしろと?」

 「『魔法使い』の人って、宮廷の人にお尊敬されてる

んでしょ?奉公はして、少しづつ献金はしてるけど、本

当の従卒にしてくれなくて……」

 「女の身で騎士を目指すなら、その覚悟は忘れてはい

けませんよ?昔もいったはずです。それに、私にはそこ

までの力はありません」

 藁にもすがるような声をあげるガリーナに、あえて冷

たく突き放した声を出したウォーカス。それを聞いた彼

女は、思わず顔を下に向ける。

 「――平時に騎士になる為には、大きな献金か、それ

に値した影響力のある人の推薦が必要なの……」

 か細いガリーナの声を聞いたウォーカスは、あえて厳

しい眼を向けて、杖の切っ先を向ける。

 「ガリーナ、いえ、キリム・ズベレアの娘、ガリーナ!

あなたの父上は、立派な騎士だった。私のようなもので

も側導師を勤めただけでもわかります。彼の現在、そし

て私がこの森で隠遁するのも――」

 「運命――っていうんでしょ!それに、あんなの親父

じゃないわ!」

 大きな声で怒鳴り散らすと、涙を浮かべた眼で、彼の

方を見る。彼女の眼はいつも真剣だし、一途――だが、

はかなくも感じる。十六になったばかりで、苦行に進む

には、早過ぎるようにも感じる。

 (だからこそ)

 ウォーカスは、何事にもきつくあたったのだ。隠遁生

活にはいっている一『魔法使い』の一言で屈する程度な

ら、こういった話はしない。彼女が満足しそうな剣の腕

の立つものでも探し、相手をさせて、適当に礼儀作法で

も教えて満足させれば『騎士』気分だけを味あわせる事

もできる――だが、彼女の望みを適える為には、それだ

けではいけない。

 ウォーカスは、そう思ってきつくあたったのだ。

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魔法使いと見習い女騎士(仮) あきたしょうじ @Shoji_Akita

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