タマネギが嫌い

 タマネギが嫌いだ。

 という話をすると「味? それとも食感?」「加熱した方? それとも生?」とか聞いてくる無神経なやつがいる。還元主義者のアホは物事をなんでも成分に分解して解決したがるが、おれはタマネギという全体が嫌いなのであって、そこに含まれる個別の成分が嫌いなわけじゃない。

 強いて言うならば、世界におけるタマネギの扱いが気に入らない。

 和食だろうが洋食だろうが、ファーストフードだろうが高級店だろうが、何を注文しても不意打ち的にタマネギが入ってる。ハンバーガーに、串カツに、牛丼に、ステーキに。

 どうやらタマネギは肉と合うという事になっているらしい。まったく理解できんが世間ではそうなっている。

 おれは肉が好きでタマネギが嫌いだ。肉とタマネギの相性が良いってことはおれにとって憧れの女が世界一嫌いな男と結婚するようなもので、その事実だけで世界を憎むに十分過ぎる。

 なぜタマネギはこうも世界から許されているのか。

 そこらの飲食店でもニンニクや唐辛子が入ってる場合、メニューにそういう注意書きがあるだろう。タマゴや牛乳もアレルギー表記がある。これらの食品は「食べられない人間への配慮」といったものが存在する。そこへ行くとタマネギは、いくら写真を見てもあの憎たらしい三日月型が載っていないと安心して注文すると、ミジン切りにされて肉の中に入っていたりする。

 この事実をもって悟った。世界はタマネギを愛しており、タマネギが嫌いなおれは世界に愛されていない。

 

 そういうわけでおれは航空宇宙大学の試験に3回失敗した後、フリーランスの星拾いになった。

 星系間に星の数ほど転がっている小天体をめぐって資源を拾う仕事だ。超希少元素を含んだ岩コロのひとつでも見つかればそれだけで一生暮らせる。

 だが仕事は危険だし、うまいこと宝の星を見つけると仲間内で殺し合いが発生したりする。無事に帰っても今度は利権争いが発生したりして、年に何人もの同業者が行方不明になる。星系間領域じゃ警察もロクに機能しない。世界に愛されなかった人間に相応しいアングラ稼業だ。

 1年間宇宙をブラブラして星を拾い、そのあと地上に戻って、鈍った身体を重力下で鍛え直す。そのサイクルを3回くらい続けた。飯は紙パック入りの流動食が中心なので、成分表さえチェックすればタマネギの不意打ちを喰らわずに済む。

「おかしいねえ〜」

 と相棒のスティーブが言う。2500キロ先にある浮遊小天体 SNC-0041Ω の観測データがフネのモニターに映し出されている。

「あんな小さいホシが、あんなキレイにマルいなんて、ありえないよ〜。ホシがマルいのは重力のせいなんだからねえ〜」

 直径10キロ程の小天体だが、ほぼ真球に近い形状をしている。一箇所だけ指でつまんだような突起があり、その先端に火口のような穴が空いている。穴の中は暗くて見えない。このサイズの天体に火山活動なんてある訳がないのだが。

「人工物ってことか? だったらデカすぎるだろ。こんなデカい未登録船がある訳がねえよ」

「ちがうよトシちゃん〜。これは宇宙生物だよ〜。この形はきっと宇宙タマネギだよ〜」

 タマネギという言葉を聞いておれはムッとなった。あのイヤな臭いが船外活動用メットの中に充満してきたような気がした。

 スティーブは元は宇宙生命科学会の会員で、画期的すぎる研究成果のせいで学会を追放されたと自称している。念のために調べたが学会に在籍歴はなかった。虚言癖なのか宇宙線で脳をやられたのか、3:7で後者だとおれは踏んでいる。

 今回このタマネギ星(仮)をターゲットにしたのはその奇妙な運動性のためだ。星系間領域でほとんど重力もないのに、まるで酔っ払ったオヤジみたいにちょろちょろと動き回っている。どうやら火口(仮)部分からガスが不規則に噴出しているらしい。

「厚さ1キロくらいのプレート構造が何枚も重なってるよぉ〜。やっぱりタマネギだねぇ〜」

「金になりそうな層か?」

「なんもないね〜。ただの岩ちゃんだよぉ〜。アッ、でも電波が届かない内側には何かあるかもねぇ〜」

「タマネギだったら中は何もないだろ」

「真ん中におっきなタネがあるといいねぇ〜。モモみたいに」

 モモと言われておれは祖国の昔話を思い出した。川からドンブラコと流れてきたモモの中に子供が入っていたという話だ。その後色々あって最終的に宝を手に入れる。

「一応掘っとくか。着陸してくれ」

「はいよぉ〜」

 といってスティーブはおれたちのフネをタマネギに近づけ、相対速度ほぼゼロで表面につける。宇宙軍の横流し船でろくな制御装置もないのに、何度見てもたいした腕前だ。おれは星掘重機の操縦が専門なので、着陸まではスティーブ任せだ。

「クランク回せ」とおれはスーツのマイクに叫んだ。「そっちのレバーじゃない、アホ。いい加減覚えろ」

「ボク重機のことはわかんないからさぁ〜。もと学者なんだよ? それより人手を増やそうよ、ヒトデをさ〜」

 とスティーブがわめくがおれは無視した。こういう裏稼業は少人数が原則だ。チームが2人から3人になれば、トラブルの可能性はぐっと高まる。

「トシちゃん、横から掘るよりも、あの火口から中に入ってった方がラクなんじゃないの〜?」

「気持ち悪いからイヤだ」

 とおれは断る。タマネギから噴出してるガスなんて気持ち悪くて、おれの重機に触れさせたくもない。外側ならただの岩だから構わない。層状構造になった岩をゴソゴソと掘り進んでいくと、急に柔らかい層に入った。水でも入ってるのかと思ったが、どうやら有機物の、それも固形物がゴチャゴチャと含まれているようだった。

 ライトをつけてカメラを起動した。

「おい、があったぞ」

 とおれは言った。有機物の層から取り出したのは、発酵食品のように糸をひいてヌメヌメになっていたが、どう見ても人間の手だった。指が五本ある。

「ふーん。ゲノム取れそう〜?」

「いま取った。そっちでデータベースと照合してくれ」

「ギルドに登録されてたよぉ〜。3年前に音信不通になったジョセフソンちゃんの手だねぇ〜」

「食われたのか? 星に?」

「あっちの火口から入ってたら、トシちゃんもヤバかったかもねえ〜」

「てめーが提案したんだろうが」

 有機物のコアにめぼしい資源がないことをざっと確認すると、おれは重機をさっさと引き上げてフネに戻った。スーツにタマネギ臭がしみついてないかを念のために確認した。

「あの火口から入ってきた生物を分解して、ガスを出して動いてるみたいだねぇ〜。やっぱりタマネギには肉が合うからねぇ〜」

「うるせえな。さっさと次の星に行くぞ」

「やっぱりこれは宇宙生物だよ〜。学会に発表したいなあ〜。もう追放されちゃったけどねぇ〜」

 楽しそうに喋るスティーブを無視しておれはスーツを洗浄ガスで念入りに洗う。こいつが自然物か人工物か宇宙生物かなんて事はどうでもいい。やっぱりタマネギは嫌いだ。

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