オリンピック・サムライ

 2020年の東京オリンピックに向けて、居酒屋の喫煙を禁止するという厚労省の方針がニュースとなり、インターネットで話題となっている。

 国民の健康の問題なのにオリンピックを契機にするというのが情けない気もするが、このやたらと大規模な体育祭は国家の旧弊を改めるきっかけとして扱われる事が多い。部屋を綺麗にするために友人を家に呼ぶというライフハックがあるが、世界的なイベントもそれと同様のものと考えていいだろう。旅行者向けの無料 Wi-Fi 整備など、この機会に改めて欲しい問題点は多い。

 ところで1964年の東京オリンピックはどうだったのだろう。これについては東海道新幹線の開通がその功績として語られる。「これからは自家用車の時代。なぜいま鉄道を?」と世間に揶揄されながらも、いざ完成してみるとその経済効果は絶大で、今や新幹線は日本を支える大動脈であるばかりか、諸外国への技術輸出も行われている。

 だがそれは「教科書に載る方の歴史」である。歴史教育が主に未成年者を対象に行われる以上、さまざまな理由で伏せられる事象があまりに多い。こういう明るい話題の陰で、水面下で一つの大きな文化的改革が進んでいた。

 それが「武士の根絶」である。

 読者の皆さんはご存じないと思うが、1960年の日本にはまだ武士というものが普通に存在し、袴と羽織を着て、二本差しを挿して馬に跨り、草履を履いて銀座や新宿のネオン街を闊歩していた。

 彼らはしばしば往来で刃傷沙汰を起こすため警察には問題視されていたが、高齢者からは戦勝国により奪われた伝統の守護者と見られ、若者からはそのアナーキーな態度を憧れの目で見られていた。婦女子からの人気も高かったがその封建主義的な気質のために家庭生活には向かず、当時の週刊誌には「付き合ってはいけない3B」として「バンドマン・ベーシスト・武士」が挙げられている。

「そんな筈はない。明治維新にともない身分制は廃止され、武士階級は消滅し、また廃刀令で刀の所持は禁止されたはずだ」

 と授業を真面目に聞いていた方は言うだろう。だがそれはいかにも優等生的な意見である。銃刀法の存在するはずのこの国で、一体いくつの非合法組織が水面下で拳銃のやり取りをしているだろうか。雇用における男女平等が法で定められながら、厳密に守っている企業は幾つあるか。飲酒は20歳からと定められながら、いくつの大学が新入生の歓迎コンパを行っているだろうか。法定速度60キロの道路で、律儀に60キロで走る車がいくつあるか。

 歴史や文化というのは一つの法律、一つの命令で簡単に改められるものではない。当然、武士も維新を経て百年にわたり存続していたのである。

 だが現在はいない。いま東京の街を歩いていて武士を見ることがあるだろうか? それは何かのアニメキャラのコスプレ衣装であり、本物の武士ではない。

 彼らはなぜ消えたのか?

 これは実は、1964年の東京オリンピック開催に伴う外国人への配慮なのである。

 現代人の感覚からすれば信じられないだろうが、日本の「サムライ」というのは外国人のイメージが大変悪かった。理由は言うまでもなく、第二次世界大戦の影響である。真珠湾攻撃にはじまり神風特攻隊におわる日本人の戦争に対するメンタリティは欧米諸国には恐怖と軽蔑の目で見られていたが、その精神的象徴とされたのが「サムライ」であり「武士道」なのであった。

 これは戦後20年経って首都東京でオリンピックを開催するにあたって大きな問題となった。日本の街に武士が闊歩していれば「日本人はあの戦争を反省していない」というイメージを外国人に持たれかねない。

 もちろん実際に戦争を主導した旧日本軍は、非合法組織となって久しい武士とはなんの関わりもないのだが、外国人にそういった詳細が伝わることはない。寺院のまんじマークが「ナチスの鉤十字に似ている」という理由で忌避されるのと同様である。

 こうして官僚主導により武士の根絶が進められた。まず銭湯に「帯刀者お断り」の張り紙が出された。己の魂を手放すことを潔しとしない武士は、これにより入浴を実質的に規制された。当時はまだ家庭に風呂が普及していなかったため、都市在住の武士は悪臭を放つようになった。次いで飲食店、映画館とさまざまな施設の利用が規制された。映画や普及のはじまったばかりのテレビでは、武士を悪役としたドラマが次々と制作され、人気を集めた。

 このような社会的圧力により、維新以後100年に渡り細々とその命脈を保っていた武士は、オリンピックを機に完全に根絶されたのである。

 60年代から70年代にかけて「武士」「サムライ」は差別用語とされ、たとえ時代劇であっても使用は不適切とされた。自主規制により「武道従事者」に改められた事もあったという。

 皮肉な事だが、あれから50年経った現在「サムライ」のイメージは徐々に向上し、今や外国人に最も人気の日本文化の一つとなっている。差別的なイメージはすっかり払拭された。ワールドカップで日本のサッカーチームが「サムライ・ジャパン」と呼ばれるのを見た時などは隔世の感があった。

 実物が消滅したからこそ、ファンタジーとしての武士への人気が集まっていると言えよう。

 では、なぜ武士と並んで日本文化の筆頭をなす「忍者」は生き残り、現在も一定の勢力を維持しているのか? 武士と違い本質的に隠密組織である彼らは、オリンピックなどの大衆的圧力の影響を受けにくいという事情もある。そもそも忍者が現存している事を知らない日本人も多いだろう。だが、それだけでは説明できない点もある。次回はこの問題について解説したい。


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