20年目の余命20年
生まれてすぐに医者から「先天性の心臓病で余命20年」と宣告されたので母は3日ぐらい泣いたけど、すくすく育ってちゃんと20歳になった。成人式であの殺生丸みたいな白いフワフワを巻いてる私を見て父は3日くらい泣いた。昔の母は「ちゃんとした身体に産んであげられなくてごめんなさい」と言っていて今の父は「今日まで生き延びてくれて嬉しい」と言っている。
これは別に病気が治ったわけでも医者が嘘をついたわけでもなく、単純に数学的な勘違いがあったらしい。
「心臓というのはですね、この部分がこうやってこうなる事で、拍動のリズムをつくってる訳ですが」
と医者は色あせたピンク色の模型を使って説明した。
「あなたの場合はここがこうなって、こうなってしまってるので、ランダムで心筋のこの部分がこうなって、次の拍動が起きなくなる可能性がごくわずかにある、という事です」
「えーとそれは、救命実習でやるようなあの機械でもダメな感じのものですか」
「AEDですね。あれはあくまで電気で心室細動を除去する道具ですからね。あなたの場合は心筋の構造的なやつなので、まあ、無理です」
ずいぶんと歯に衣着せぬ医者だと思った。まあ、変に気を使われても仕方ないんだけど。
「1回あたりの確率はごく小さいですが、だいたい1年で5%です。これは年齢によらず、心臓が動いてる限りは一定です。つまり、あなたが20歳まで生き延びる可能性は95%の20乗で、36%ほどだったんです。よく頑張りましたね」
頑張った、と言われても私は特に何もしていない。普通の人以上に何もしていない。
20歳までの命だと思ってたので、なるべく「長期的な目標」を持たず、今を楽しむように生きてきた。お年玉は貯金せずにさっさと使い、定期テスト対策はするけど受験勉強はほとんどしなかった。どうせ卒業する前に死んでしまうのだ。それよりは青春を謳歌したい。
テレビドラマとかで不治の病に侵されていた恋人がどうこうとかいうのを飽きるほど見て「こういうドロドロしたのは嫌だな〜」「もっとさっぱり生きて死のう」と思ってて、「若くてキレイなうちに華々しく逝く人生プラン」みたいなのをきちんと組んで生きてきたので、死の恐怖みたいなものはあまり無かった。奨学金というのは本人が死亡すれば返済義務がなくなるというので、限度まで借りて苦しい家計の手助をすることにした。これもひとつの親孝行だ。
と思っていたところにこれだ。もっと数学を勉強するべきだった。
「それで、私はあと何年生きられるんですか」
「確率はこれからも一定なので、平均値を言えば、あなたの余命は20年です」
またかよ、と思った。
「となると、40歳まで生きなきゃいけ……生きられるわけですか」
「期待値はそうなりますが、1年以内に死ぬ可能性も5%あります。表にするとこんな感じです」
【この年齢まで生きられる確率】
21歳 95.0%
22歳 90.1%
23歳 85.7%
24歳 81.5%
25歳 77.4%
30歳 59.9%
40歳 35.8%
50歳 21.5%
60歳 12.9%
「あなたが歳をとれば、そのぶんこの表の数字がズレると思って下さい。来年まで生きていれば、61歳になる確率が12.9%になるわけです。厳密には加齢とともに心拍数が減るのですが、まあ大した差ではないので」
なるほどなるほど。
つまり私は毎年毎年、20連発のリボルバー(あるのか知らないけど)に1発だけ弾を入れたロシアンルーレットをやらされてきたらしい。それで上手いこと20年連続で生き残ったけど、これからも毎年毎年、自分のこめかみに向けて撃ち続けなきゃいけないのだそうだ。
私が生まれた時の医者もちゃんと説明していた筈なんだけど、たぶん生まれたばかりの子供にいきなり「余命20年」とか言ったせいでお母さんの頭がバーンとなってそのあとの説明が頭入んなかったんだと思う。そりゃ仕方がない。医者が悪い。
どうして私だけが、とかいう不平はいまさら感じない。自分の人生が特殊だということにはもうすっかり慣れている。でもその特殊さをきちんと正確に理解すると、新たな問題がポコポコと浮上してきた。
だって社会人にならずに死ぬ予定だったから、就活なんて全くするつもり無いんだよ。3年になったら就活考えなきゃーとか言ってる友達を見て「生き延びる人は大変だなー」とか思ってたんだよ。卒業時点で90%生きてるから何とかしないと。
さすがに私が生きてるだけで泣いてる親に甘えて家でニートをするというのも申し訳ない。お父さんもあと4年で定年だし。最初はいいだろうけど何年も経つうちに親が「そろそろ弾が出ればいいのに」とかいう目で私を見るようになるんじゃないかと思うといたたまれない。親より先に死ぬのは仕方ないにしても。
そうだ、親孝行というなら孫の顔を見せてやるとかいうのもあるんだろうか? 30歳まで生きてるなら十分可能だけど、でも「もうすぐ死ぬ」という前提で相手探すのって倫理的にどうなの。生まれた子供も母親がもうすぐ死ぬって知ったらどう思うんだろう。あれ、でも子供が生まれた時点で私はまだ余命20年だから別にいいのかな。
でも子供がいないままで40くらいまで生き残っちゃったらどうなるのか。友達が40歳になって子供が小学生でPTAがどうこうとか言ってるのを見ながら私はひとりで死んでいくわけ? それ何の罰ゲーム? それだったら20歳で死ぬ方がマシじゃないの?
と、足りない頭をガンガン回して将来の自分をイメージする。走馬灯の逆みたいだ。「すぐには死なない」という事が分かったせいで未来の自分のビジョンがぐいぐい沸いてきた。
でも考えてみれば、普通の人だっていつ死ぬか分からないまま生きてるわけだから、私と同じ条件なんじゃないのかな。何年生きるか分からない人生がこんなにも大変だなんて! 人生の苦労というものを私ははじめて理解した。
とにかく唐突に開けた新たな人生を前に決意を固めた。国民年金は絶対に払わないぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます