続・石油玉になりたい
そんな彼女が死んだのは3年前のことだ。
途方に暮れている僕を見て、気の利いた友人が遺体を保存する業者を紹介してくれた。彼女の体は地球生物が活動できない温度にまで冷やされたあと、超断熱素材の袋に包まれて、僕の部屋まで運ばれてきた。この袋は開封しない限り、100年でも200年でも低温状態を保てるのだそうだ。
こうすれば遺体は腐らないので、とりあえず考える時間ができた。友人に深く礼を言うと、有機人種は大変だな、と彼は肩をすくめて言った。
石油玉になりたい、と彼女は言っていた。人間が石油玉になるのはすごく難しい。少なくとも自然には不可能だ。
でも石油というのは要するに炭素の鎖だ。理論上は炭素から作れる。なんらかの化学処理で彼女の遺体を石油にして、宇宙に浮かべておく事が出来るかもしれない。宇宙は広いので、遺体からダイヤモンドを作ってくれる業者というのもある。それなら遺体から石油を作ってくれる業者もあるんじゃないか。
そのころ僕たちが住んでいた星は、小さな恒星のまわりを長楕円軌道で回る小さな惑星だった。夏と冬の温度が200度くらい違うところだ。
夏の終りになると、この星の動物たちはみんな
この繭を集めて作ったのが、宇宙でいちばん断熱性の高いバイオポリマーだ。彼女はいまそれで覆われている。本来の用途とは逆で、低温を維持するために使われている。
彼女の身体が冷えている横で、僕も頭を冷やすことにした。かりに化学処理で彼女を石油にしたとしても、処理に必要なエネルギーが、石油から取れるエネルギーよりも多いらしい。
自分の死が有効活用されるって素敵だと思わない? と彼女は言っていたのだから、そんな無駄遣いをしちゃ駄目だ。
だから僕は彼女を普通に埋葬しようと思った。でもそれも問題がある。この星の土着のバクテリアは、地球のタンパク質で出来た彼女を分解できないのだ。異星の生物にとって、地球人の体はプラスチックの人形と一緒だ。
だから彼女の体は、体に内在する地球由来のバクテリアに分解され、唯一の食料源を失ったバクテリアはみんな飢え死んでしまう。生命なるものは何一つ残らない。それはあまりにも悲しい。
こうして袋詰の彼女を部屋に置いたまま1年間迷った末、僕は遺体を地球に持って帰り、荒地の小さな丘に埋めた。宗教の問題ではなく生命科学の問題として、地球の物質でできた彼女の体が役に立つのは、地球の生態系しかないからだ。僕たちがどれだけ遠くに行っても、地球生まれという印は身体の隅々まで刻まれている。
なるほど石油玉というのはいい。化学構造が単純なので、素材としても燃料としても汎用性が高く、宇宙のどこでもそれなりに役に立つ。今になって彼女のことを少しだけ理解できた気がする。
断熱袋をゆっくり開くと、周囲の空気が冷えて白いもやが出来た。1年も冷やされた彼女の体は、もう朽ちてぼろぼろになり、人間の形じゃなくなっていた。でも物質としては確かに地球の生命だ。
あれから結構な時間が過ぎた。僕はもう地球に戻るつもりはない。ただ、ときどき衛星カメラの画像で地球の様子を見る。彼女を埋めた丘は今、小さなコスモスの花畑になっている。
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