石油玉になりたい

 石油玉になりたい、と彼女は言う。たぶん疲れてるんだと思う。

 石油王せきゆおうではないのかと聞いたが石油玉せきゆだまのほうらしい。そんなものになりたがる人間はあまり見たことがない。だいたい人間が石油玉になるのはすごく難しい。

 どうして、と聞くのできちんと説明する。石油玉になるにはものすごく時間がかかるし、その間ずっと温度を保っていなければならない。人間の体は小さすぎるのでそんなに長時間熱を保てない。よって君は石油玉にはなれない。それより周回軌道に乗ってる石油玉を見つけて石油王になるほうが現実的だよ、といったことを理路整然と述べたが、そんなのはつまらないという。

 彼女は最近どうも仕事が相当にハードらしく、暇さえあれば人生とは何かとか死んだらどうなるかとかばかり考えている。まあ普通は死んだら焼かれて骨になって、そのあと地球まで送って埋めてもらう。人類の間でメジャーな宗教はだいたい地球生まれなので、地球に埋葬しないとお釈迦様だかキリストだかの管轄外になるんじゃないか、と懸念する人が結構いるからだ。でも彼女はとくに宗教も信じてないから地球に送らなくていいと思ってて、かわりに石油玉になりたいんだという。

 たしかに石油玉は見た目もなんか綺麗だ。動画とかでよく見るけど、なんかこう、ふよふよしてて、玉ヨーカンみたいで美味しそうにさえ見える。食べたら死ぬけど。

 僕は石油玉を生で見たことはない。彼女もない。そりゃそうだ。いくら宇宙に山ほど石油玉があるといっても宇宙は山よりもずっと広いし、それに石油玉がよくある星系とそうでない星系というものがある。石油玉のある星系というのはもっとずっと巨大生物が育つところじゃなきゃいけなくて、進化的に巨大生物が生まれるにはそれなりの環境ってものが要る。

 たとえば地球上では動物ならシロナガスクジラ、植物でもメタセコイア程度までしか大きくなれない。あれはどういう理由だったっけ、重力とか気圧とか、そういうのだった気がする。でも宇宙は広いので生物多様性もすごい。となれば中には「大きいことはいいことだ」という偏狭極まるダーウィニズムで生きてる連中もいるので、世代を重ねるごとにどんどん巨大化する。あと個体の概念が曖昧で1個2メートルくらいの細胞がたくさん集まってモソモソ動く細胞群体もいる。そういうのがある程度大きくなると、わりと宇宙空間でも平気なので、そのへんをフワフワ飛んでる。

 有名どころではおおぐま座のオオグマオオアザラシなんてのがあってあれは確か全長が数百キロメートルくらいある。自分の重力で大気圏がちょっと出来る。オオグマオオアザラシってもう少しマシな名前ないのかよ。

 で、そういうのがうっかり小惑星と衝突したりして死んじゃうと、生命活動が停止するので中のバクテリア(人間くらいの大きさ)がせっせと体を分解して増える。そうするとどんどん内部が高温になっていくので今度は熱でバクテリア人間もどんどん死滅しちゃう。そしてバクテリアを分解するサブバクテリア(地球のバクテリアくらいの大きさ)が活動しだす。

 そんな感じでどんどん単純な有機物になって、まあ大抵の場合はそのへんの恒星に落っこちちゃうけど、うまいこと周回軌道にのってぐるぐる回ってるうちに熱であぶられて、宇宙をただよう直径百キロくらいの石油玉になることもあるんだそうだ。確かそんな感じ。細かいところは忘れた。

 化石燃料の時代も過ぎて久しいけれど、辺境の星では今でも石油玉がエネルギーとして使われてるらしい。ここから20光年ほど離れたなんとかという田舎ではわりと石油玉がたくさん浮いている。採取するコストに見合うほどいい感じの位置に石油玉が来ると、タンカーを飛ばして回収に行く。もちろん全部回収したら星に石油の海ができちゃうから、備蓄できるだけの分を慎ましやかにもらって帰る。住んでる星の衛星軌道に石油玉があるのが一番嬉しいけれどそういうことはめったに無い。石油玉とその利用者の関係は一期一会だ。

 でもそうやって自分の死が有効活用されるのって素敵だと思わない? だから石油玉になりたい、と彼女は言う。やっぱり疲れてるんだと思う。

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