第11話 歓迎、あるいは拒絶
「やあ、勇希君。どうだった?」
ソバは「練習場」と書かれた扉の前にいた。
「どうだったって……すごい広いな。しばらくは誰かに案内してもらわないと迷いそうだ」
勇希は疲れた顔をしながら、肩をすくめる。後ろに立つ若菜も苦笑いを浮かべていた。
「まあ、段々覚えていけばいいさ。それより、ソバの方は準備できたのか?」
「はい」
ソバが扉の横にあるボタンを押した。すると、扉が自動的に開いた。
「……なんか、ここだけ近代的だな」
「そりゃあ、機密性の高い部屋だからね」
扉の向こうは射撃場のように銃が並べられ、本来は的などが置かれているであろう方向には巨大な液晶パネルが貼られていた。
「それじゃあ、後は頼んだぞソバ」
「え、若菜さんはついてこないんですか?」
「私はクソ親父……隊長を監視しなくてはいけないからな」
若菜は額に青筋を浮かべながら、勇希達の元を去っていった。
「あー、隊長また何かやらかしたんだ」
大して興味無さそうに、ソバはそう言った。
「……またって、そんなに問題を起こす人なのか?」
「隊長は自由人だからね。仕事はやるんだけど、
そう言いながら、ソバは部屋の中へと入っていく。勇希もその後に続いた。
「なんで、そんな人が局長をやってるんだ?」
「んー……俺も詳しくは知らないけど、対策局の前身を作ったのが隊長だったからじゃない?」
「じゃあ、もしかしてソバは対策局になる前からいたのか?」
一番奥に置かれた銃の前で、ソバは止まった。
「……なんでそう思ったの?」
ソバは、勇希がようやく聞き取れる程度の声でそう言った。その反応を不思議に思いつつ、勇希は口を開いた。
「局長さんのこと『隊長』って呼んでるし、若菜さんのことも『副隊長』って呼んでるから、そうなのかなって」
ソバは「……ああ、そういうこと」と呟くと、勇希の方に顔を向けた。
「そうだよ。俺は対策局の前身である『化物討伐隊』に所属していたんだ」
「『化物討伐隊』って、ずいぶんストレートな名前だな」
「……まあ、当時は『死に変る者』っていう名前を知らなかったからね」
ソバの言葉を聞いた勇希が、訝しげな顔をする。
「『死に変る者』って名前は、ソバ達がつけたんじゃないのか?」
ソバは静かに、首を横に振った。
「じゃあ、一体誰が……?」
勇希がそう言った瞬間。
『システム準備、完了。スタート画面を表示します』
機械音声が鳴り響き、液晶パネルに映像が表示された。
画面には夜の森のような背景に、「START」の白文字が浮かび上がっている。
「え、なにこれ?」
勇希が呆気にとられていると、ソバに肩をポンッと叩かれた。
「この射撃練習用ゲームのステージを最後までクリアできたら、さっきの質問に答えてあげるよ」
「……ちょっと何を言っているのかわからないんですけど」
ソバが、近くに置かれていた銃を勇希に手渡した。
「『START』の所に照準を合わせて撃つと始まるから。心の準備はいい?」
「……俺に拒否権は?」
「無いよ」
ソバがあっさりとそう言った。勇希は、盛大にため息をつく。
「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば」
勇希は仕方なく銃を構え、画面に表示されている「START」に照準を合わせた。
「頑張ってね、勇希君」
ソバの言葉と同時に撃鉄を起こし、引き金を引く。リアルな発砲音と鳴り響くと画面が切り替わり、ゲームが始まった。
*************************
──ゲーム開始から三時間後。
「お、終わった……」
銃を置くと、勇希は膝から崩れ落ちる。
「お疲れ様」
背後で様子を見ていたソバが、勇希に声を掛けた。
勇希がソバの方を振り返ると、彼は胸の前で小さく拍手をしていた。
「凄いね。まさか、こんな短時間でクリアできるなんて」
「……いや、結構かかっただろ」
「いやいや。このゲーム、新人なら普通六時間くらいかかるんだよ。それを三時間でクリアできるなんて、勇希君は才能があるのかもね」
「……お前に褒められても嬉しくねぇよ」
勇希はソバから顔を
実の所、ソバは無表情のままなので、本気で勇希を褒めているのか、それとも皮肉なのか判断できず、素直に喜べないのだ。
「てか、クリアしたんだからさっきの質問に答えてくれよ」
「……ああ、確か『死に変る者』って誰が名付けたのかって質問だったよね?」
わずかに、ソバの顔に
「そうだよ。ソバ達が名付けたんじゃないなら、一体誰がつけたんだ?」
その疑問に、ソバが口を開いた時。
「それは“組織”が名付けたからよ」
部屋の入り口から、女性の声が聞こえてきた。
「いや……君のお兄さんが名付けたと言うべきなのかな?」
声の人物は勇希達に近づいてくる。そして、勇希の目の前で歩みを止めた。
「初めまして、盛岡勇希君。私は
緩くウェーブのかかった短い髪をいじりながら、黒羽は勇希をじっと見つめている。
「は、初めまして……」
その睨みつけるような視線に、勇希は思わず後ずさりした。
「あの、なんで俺の名前……」
「あら、局内で君のことを知らない人間なんていないわよ? だって──」
黒羽がより一層、目つきを鋭くする。
「あなたは、“組織”のボスの弟なんだから」
「……っ!」
「お兄さんのことで責任を感じて対策局に入ったのかしら? もしそんな理由で入ったのなら、今すぐ辞めた方がいいわ」
勇希の目と鼻の先まで、黒羽は顔を近づけた。蛇に睨まれた蛙のように、勇希はその場から動くことが出来ない。
「そんな生半可な覚悟で来られても、邪魔なだけよ」
黒羽がそう言った直後。突然、彼女の身体が後ろに引っ張られた。
「きゃっ! な、何すんのよ!」
いつの間にか黒羽の背後に回っていたソバが、彼女の襟首を掴んでいる。
「……死にたがり。あんた、彼を連れてきてどうするつもり?」
ソバは、何も答えない。
「あんただって、こうなることくらいわかってたでしょう?」
ソバは口を開こうともしない。その様子に、黒羽は舌打ちをした。
「……あんたのそういう所が嫌いなのよ。私より長くここにいるからって、調子に乗らないで」
何を言われても、ソバは微動だにしない。
黒羽は二度目の舌打ちをすると、ソバの手を振りほどいた。
「もう射撃練習は終わったのよね? 次は私が使うから、さっさと出てってよ」
黒羽は勇希達に背を向け、置かれていた銃を手にする。
「……行こう、勇希君」
ソバに腕を引かれ、勇希は部屋から出た。
扉が閉まる前に中を覗くと、苦虫を噛み潰したような顔の黒羽が銃を乱射している光景が目に入った。
「なあ、ソバ」
目の前で閉まった扉を見つめながら、勇希はソバに話しかける。
「なに、勇希君?」
「……俺は、ここの人達に歓迎されてないのか?」
勇希が横目でソバを見遣った。ソバは無表情のまま、勇希と同じように扉を見つめている。
「対策局にいる人達は皆、大切な人を死に変る者に殺されてたり、死に変る者に変えられたりしてるんだ」
ソバの声は落ち着いていた。そのおかげか、話している内容がすんなりと勇希の頭に入ってくる。
「だから、“組織”に対して強い恨みを持っている人が多いんだよ」
「……さっきの、白爪さんも?」
「うん。彼女の場合は目の前でお姉さんが死に変る者になってるし、彼女以外家族全員が食べられてるからね」
ソバが何気ない様子で言ったが、勇希は言葉を失った。
──どうして、黒羽があんなにも勇希に厳しく当たっていたのか。
それは、勇希が
「ソバ。もしかして、俺は──」
ここにいない方がいいんじゃないか?
勇希が、そう言葉を続けようとした時だった。
──グウゥゥ……
勇希のお腹が、盛大に音を立てる。
「……そういえば、夕飯がまだだったね」
ソバが、呆れた様子で言った。勇希は顔を真っ赤にして、何も言えなくなってしまう。
「食堂に行こうか、勇希君」
「……おう」
その後も鳴り続けるお腹を押さえながら、勇希はソバとともに食堂へと向かった。
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