第10話 対策局のNo.1&2

──誠が運転する車に揺られること、約五時間。


「……うっぷ!」


 勇希は、最悪の気分で車を降りた。


「……勇希君、大丈夫?」


 先に降りていたソバが、口元を手で押さえている勇希に近づく。


「き、気持ち悪い……」

「……やっぱり、薬は意味なかったか」


 ソバが勇希の背中をさすっていると、背後から誠の笑い声が聞こえてきた。


「おいおい、対策局に着く前にくたばるなよ?」

「……誠さんがゆっくり運転しないから、勇希君が酔ったんだと思うけど」

「あぁん? オレのせいだって言いたいのかよ?」


 ギロリとソバを睨みつける誠。ソバはそんな彼女を横目に見つつ、小さなため息をついた。


「まさか、舗装されてない道まであんな速度で進むとは……ウェェ……」


 勇希がここまで酷い乗り物酔いになった原因は、誠の運転にある。

 勇希達が今いる場所は、勇希の故郷から遠く離れた森の中。ここに来るまで、車はずっとメーターに表示される最高速度で走り続けていた。舗装されていない獣道でもスピードが落ちることはなく……。


「勇希君、堪えるんだ。あれでも誠さんにしてはゆっくりな方なんだよ」

「そうそう。オレの運転はが強いらしいから、初めて乗る奴がいる時は控え目にしてやってるんだぜ?」


(マジかよ。あんなジェットコースターみたいな運転で……?)


 勇希は内心色々ツッコミたかったが、押し寄せる吐き気を堪えるのに精一杯だった。




 それから、更に時間が経った。


「ようやく落ち着いてきた……」


 未だ青ざめた顔のまま、勇希はゆっくりと頭を上げる。


「勇希君、よく頑張ったね」


 勇希が声のした方を向くと、グッと親指を立てるソバの姿が目に入った。


「哀れみに満ちた顔するなよ……」

「勇希君を心配してるだけだよ。この先は歩きじゃないと進めないから」


 ソバが指差した先には、大人一人通るのがやっとの狭い道があった。


「歩くのは大丈夫だよ。むしろ、車で移動するんじゃなくて安心した」

「……安心してるところ悪いけど、この先任務で長距離移動する時は彼女のお世話になるんだからね」

「マジか……」


 勇希が絶望感を味わっていた時。ふと、あることに気がついた。


「あれ? そういえば、誠さんは?」


 勇希が辺りを見回しても、誠の姿は見当たらない。更に、乗ってきたはずのライトバンも無い。


「誠さんなら自分の家に車を置きに行ったよ」

「え、誠さんの車だったの!? 対策局の車じゃなくて?」


 驚く勇希の言葉に、ソバは頷いた。


「誠さんの家はかなり裕福らしくてね。対策局ができる前からお世話になってるんだ」

「へぇ……」


 その時、勇希は誠の腕に彫られた刺青を思い出した。


「ま、まさか、誠さんの家って……ごk」

「勇希君。馬鹿な想像してないで、さっさと行くよ」

「あ、ハイ」


 ソバのあとに続いて、勇希は狭い道に入った。



********************


 長い一本道を、二人は黙々と歩いた。


「……ほら、見えてきたよ」


 ソバの声を聞いて勇希が顔を上げると、急に視界が開けた。狭い道を抜け、障害物の一切無い草原のような場所に出たらしい。


「あの奥にあるでっかい建物が本部だよ」


 草原の奥には、この場所には似つかわしくない灰色の巨大な建物がそびえ立っている。


「予想以上にでかいな……」

「討伐部隊の宿舎や訓練施設の他に、研究所や武器開発をしてる施設もあるからね」


 ソバに説明を受けながら、勇希は本部の建物に近づいた。


「……ん? 誰か入り口の前に立ってないか?」


 勇希は建物の大きな入り口前に、人影があるのに気づく。

 勇希達が更に近づくと、その人物が話しかけてきた。


「おかえり、ソバ」


 女性の声だった。ソバはその人物に頭を下げてから、勇希を紹介した。


「副隊長。この子が今回入隊する盛岡勇希君です」

「初めまして」


 勇希が頭を下げると、「副隊長」と呼ばれた女性は微笑を浮かべる。


「初めまして。私は対策局副局長、兼、討伐隊副隊長のもり若菜わかなです」


 若菜が白く細い手を差し出した。勇希は慌てて、その手を握り返す。


「よろしくお願いします、若菜さん」

「こちらこそ。早速で申し訳ないが、ここから先は私が本部を案内しよう」


 勇希が若菜に続いて歩きだそうとした時、ソバが動く気配の無いことに気づいた。


「ソバはついてこないのか?」

「俺は別にやることがあるから。また後でね」


 ソバは無表情で、ヒラヒラと手を振った。勇希はほんの少し寂しさを感じながらも、若菜と共に本部の中に足を踏み入れた。


 入口から入ってすぐ、目の前に白一色の長い廊下が現れる。


「まずは局長に挨拶しに行こう」


 若菜は左右にある数多くの扉には目もくれず、廊下をスタスタと歩き出す。そして、突き当たりにある大きな扉の前で、ようやく立ち止まった。


「ここが局長室だ。私が先に入るから、勇希君は後ろの方に立っていてくれ」


 若菜は両開きの扉をノックする。


「局長、新入局員を連れてきました。……局長? いらっしゃらないのですか?」


 何度もノックするが、中から返事は無い。若菜は「失礼します」と言って、扉を開ける。


「……うっ!」


 勇希は思わず、鼻をつまんだ。

 扉が開いた瞬間、強烈な酒と煙草の臭いが勇希達に襲いかかったのだ。


「……グゴォー、グゴォー」


 局長室から聞こえてくる巨大ないびき。それは、部屋の奥の方で眠る男性から発せられていた。

 目の前に立つ若菜の肩が、小刻みに震え出す。


「あ、あの、若菜さん……?」

「……こンの」


 若菜は局長室に置かれている本棚から分厚い辞書を手に取ると、


「クソ親父!」


 という叫びと共に、椅子の背にもたれかかりながら眠っていた男性にぶん投げた。


「フゴォ!」


 辞書は見事に男性の額に直撃する。頭に激しい衝撃を受けた男性は、そのまま「局長」という札が置かれたデスクに突っ伏した。


「……痛ぁい。酷くない、若菜ちゃん?」

「なにが『痛ぁい』ですか。おじさんが可愛い子ぶっても気持ち悪いだけですよ」


 額をさすりながら起き上がった男性に向かって悪態をつく若菜。彼女は床に転がるビールの空き缶を蹴飛ばしながら、男性に近づいていく。


「だいたいなんですか、この缶ビールの量。煙草も灰皿から溢れかえってるじゃないですか」


 デスク上に置かれたガラス製の灰皿には、煙草の吸い殻が詰め込むように入れられていた。若菜は大きなため息をついて、男性を睨みつけた。


「いい加減ちゃんと仕事してください、!」


 イライラしている若菜とは対照的に、男性は無精髭の生えた顎をボリボリ掻きながら呑気に大きな欠伸をした。


「ふわぁ……そうカリカリすんなって。仕事は片付けてあるんだし」

「……書類は終わったかもしれませんが、もう一つ重要なことを忘れていらっしゃいますよ」


 若菜は後ろに立っている勇希をチラリと見遣った。その視線に気づき、勇希は慌てて自己紹介をする。


「は、初めまして……盛岡勇希といいます」

「……あー、もしかして、新入りが来るのって今日だったのか?」


 返事をする代わりに、若菜はギロリと男性を睨む。男性は決まりが悪そうに、ボサボサの髪を更に掻き乱した。


「悪い、すっかり忘れてたわ。お見苦しいところを見せてしまって申し訳ない」


 男性は立ち上がり、勇希に笑顔を向ける。


「俺は黒崎くろさき青太郎せいたろう。ここの局長と討伐隊の隊長を務めている」


 勇希は青太郎と握手する。青太郎の手は勇希より一回り以上大きく、危うく握りつぶされるのではないかと勇希は冷や冷やした。


「細い体だな。こりゃあ、鍛えがいがあるな」


 そう言って青太郎が高らかに笑った時、彼の肩に羽織っていた上着が落ちた。


「……え」


 露わになった青太郎の身体を見て、勇希の口から声が漏れる。


──青太郎の左肩から先が、無い。


「……すまんな。びっくりしただろう?」


 青太郎は落ちた上着を拾い、また同じように羽織った。


「昔、ちょっとヘマをしてな。腕を一本持っていかれたんだ」


 どこか悲しげに、青太郎はそう言った。


「ま、油断しなきゃ大丈夫だ。しっかり訓練を積んで、立派な隊員になってくれ」


 手を振る青太郎に別れを告げ、勇希と若菜は部屋を出た。


 その後、若菜に一通り建物内部を案内してもらった勇希は、再びソバと合流するため、とある部屋に移動した。

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