第12話 死にたがりについて、彼は何も知らない

 食堂に着くと、大きなテーブルの一画に人影が見えた。


「あれ、誰かいる……?」


 その人物は勇希達が入ってきたことに気がつくと、手招きをしてくる。


「おーい、早くこっちに座れよ!」

「え、局長さん!?」


 勇希達を呼んでいるのは、局長こと黒崎青太郎だった。


「いやー、ずいぶんと早く終わったんだな。こりゃ、期待の新人と言っても過言じゃないかもな!」


 青太郎は近寄ってきた勇希の背中をバンバン叩く。勇希は苦笑いを浮かべながら、青太郎に尋ねた。


「局長さん、こんな時間にどうしてここに?」

「そりゃあ、お前らのこと待ってたに決まってるだろ」


 青太郎は歯を見せて笑った。それを見て、勇希の隣にいたソバがため息をつく。


「……隊長。嘘は良くないですよ」


 ビクッと、青太郎の肩が跳ね上がった。


大方おおかた、副隊長の監視から逃げてきたんでしょう?」


 次第に、青太郎の顔がひきつっていく。


「ひ、人聞きの悪いことを言うなよ。ちゃんと休憩する許可は貰ってきてるって」

「その休憩時間、何分貰えました?」

「十五分だ」

「それじゃあ、隊長がここに来てから何時間経ちましたか?」

「……まだ一時間しか経ってないぞ」


──貰った時間より四十五分もオーバーしているんですけど。

 勇希は若菜が怒る姿を想像し、冷や汗を流す。


「副隊長に怒られても知りませんよ」


 抑揚の無い声で告げるソバに、青太郎は高らかに笑いながら言った。


「心配すんなって。お前らに迷惑はかけないからよ」


 食堂に響き渡るくらいの大声で笑っていた青太郎だったが、突然何かを思い出したように笑うのを止めた。


「……そういえば、ソバ。お前、に呼ばれてたぞ」

「室長に? ……ああ、いつものか」


 ソバは一人、出入口に向かって歩き出す。


「おい、どこ行くんだよ?」

「室長の所。勇希君は先にご飯食べてて」


 それだけ言い残すと、ソバは歩いて部屋から出ていった。


「……今すぐ行かなきゃいけないような用事なのか?」

「まあ、室長が心配するからな」


 勇希は怪訝けげんな顔で、青太郎に聞いた。


「というか、って誰なんですか?」

「ん? 若菜に教えてもらってないのか?」


 青太郎がテーブルに置かれていた湯呑みを手に取り、中のお茶をすする。


「略さず言うなら『対策局研究・開発室室長』だよ。死に変る者の研究とか武器開発とかしてる所を総括してるんだ」

「確か、建物の端の方にある施設ですよね? 俺は危険だからって入れてもらえなかったんですけど……」

「そうだったのか。てことは、その時ちょうど実験中だったんだろ」


 青太郎は空になった湯呑みにお茶を継ぎ足している。


「実験には室長も参加することが多いから、期待の新人君が室長に会えなくても当然だな!」

「あの、俺はそういう名前じゃ……」


 その時、勇希の腹が鳴った。


「ああ。そういやお前、飯食ってなかったな」


 青太郎はおもむろに立ち上がると、どこかへ行こうとする。


「どこに行くんですか?」

「厨房だよ。お前の分の飯、取ってきてやるから」

「え!? 局長さんにそんなことは……」


 勇希が言い切る前に、青太郎はスタスタと厨房の中へ入っていった。勇希は仕方なく、席に座って彼を待った。




 数分後、勇希の目の前にトレーに乗った食事が運ばれてきた。


「ほれ、今夜は皆大好きカレーだぞ。残さず食えよ」


 トレーの上には湯気の立つカレーライスが乗せられている。勇希は小さな声で「いただきます」と言うと、カレーをスプーンですくって食べ始めた。

 青太郎は勇希の目の前に座り、のんびりとお茶をすすっていたが。


「……にしても、あのソバが新人を連れてくるなんてなぁ」


 不意に、湯呑みを置いてそう呟いた。それを聞いた勇希は、スプーンを持つ手を止める。


「……そういえば、一つ気になってることがあるんですけど」

「なんだ?」

「ソバは、ここの人達に嫌われてるんですか?」


 青太郎は目を白黒させている。勇希は慌てて言い直した。


「あ、いや……なんか、局員さん達のソバへの対応が冷たい感じがして」

「……ソバから何も聞いてないのか?」

「え? ……はい。というか、聞き辛くて聞いてないんです」


 青太郎の声のトーンが急に低くなったので、勇希は首を傾げた。


「そうか……じゃあ、ソバが室長に心配されてる理由もわかってないのか?」


 勇希は「当たり前じゃないか」と思いながらも、首を縦に振った。


「……そうだったんだな」


 それだけ言うと、青太郎は黙り込んでしまった。


「あの、局長さん?」

「……ソバが嫌われてるのは事実だよ」


 突如として、青太郎が話し始めた。先程までとは違い、口調は淡々としている。


「でも、それには二つほど理由があってな」

「理由……ですか?」


 青太郎が頷いた。


「一つ目は、アイツ自身が人との関わりを避けてることだな」


 勇希は手に持っていたスプーンを置いて、話を聞くことに集中する。


「こっちから話しかけないと何も喋らないし、たまに話しかけられたと思ったら業務連絡か憎まれ口叩くかのどっちかだし、人と関わるのを面倒くさがってるみたいなんだよな」


 そう言うと、青太郎はヤレヤレといった様子で肩を落とした。

 勇希は、目を丸くしていた。今までソバから勇希に話しかけてくることが多かったし、何より対策局に勇希を誘ったのはソバだ。


「そんなもんだからさ、ソバがお前を対策局に引き入れたいって申し出てきた時は驚いたよ。今までそんなことをするような奴じゃなかったのにどういう風の吹き回しだ、てな」


 ソバに対して、勇希が持っている印象と対策局内での印象が全く違う。そう、勇希には感じられた。


「ま、アイツなりに考えての行動だろうから、気にすることはないのかもしれないがな」


 青太郎は再び湯呑みにお茶を入れ、ゆっくりとすすった。


「んで、二つ目は……あ、この話をする前に、お前に聞いておきたいことがあるんだが」

「はい?」

「お前、ソバのことをどこまで知ってる?」


 唐突な質問に、勇希は面食らった。


「どこまでって……ここの討伐隊に所属していて、蕎麦が好きなことくらいしか知りませんけど」

「それだけか?」


 青太郎が訝しげな顔で勇希に問いかけてくる。勇希は戸惑いながらも、首を縦に振った。


「そうか……さっきの反応からしてそうじゃないかとは思ってたが、やっぱり伝えてなかったんだな」


 青太郎が深々とため息をつく。


「伝えてないって、何をですか?」

「……」


 青太郎はあごに手を当てたまま、目を閉じて何か思案しているようだった。


「──実はな」


 長い間を置いて、青太郎がようやく口を開いた時。



「勇希君と呑気におしゃべりだなんて、ずいぶん余裕なんですね?」



 青太郎が、声の方向にゆっくり振り返った。


「……あ、あはは。ごめんごめん、つい話し込んじゃってさ」


 青太郎は引きつった笑いを浮かべながら、声の主に弁解する。

 皮肉たっぷりの言葉を吐いて現れたのは、鬼の様な形相の若菜だった。


「……謝るくらいならさっさと戻ってこいやこのクソおやじ!」


 若菜が、青太郎に向かって正拳突きを繰り出す。


「ゴフゥッ!!」


 彼女の拳が、青太郎の鳩尾みぞおちに直撃した。短いうめき声を上げ、青太郎は悶絶もんぜつする。


「いい加減、真面目に仕事をしてください」


 若菜はため息混じりにそう言った。


「うう……だって、書類仕事つまんない……」

「『だって』じゃありませんよ。休憩はもう充分取ったでしょうから、さっさと残りの仕事を片付けてください」


 腹を押さえたまま動こうとしない青太郎を、若菜は彼の腕を引っ張って移動させようとする。


「ちょ、痛い痛い! 若菜ちゃん、痛い!」

「だったら、ご自分で立って歩いてください!」


 若菜に怒鳴られた青太郎が、渋々立ち上がった。


「あーあ、すっかり凶暴な子になっちゃって。昔はあんなに可愛らしかったのに……」


 どこか遠い目で若菜を見つめ、青太郎は口を尖らせる。


「……一体、何年前の話をしているのですか? 感慨に浸ってないで、さっさと行きますよ」


 若菜はあからさまに不快な顔をした。その様子を見て、青太郎は肩をすくめる。


「はいはい。若菜ちゃんのストレスを少しでも減らすために頑張りますよっと」


 青太郎は若菜の後に続き、そのまま食堂から出ていってしまった。


「……あれじゃ、どっちが局長なんだかわかんないよな」


 一人残された勇希は乾いた笑いを浮かべた。


「ていうか、肝心な二つ目の理由を聞きそびれたな」


 あんなに気になることを言われたのに、重要なところを聞く前に若菜が会話を遮ってしまった。

 しかし、二つ目の理由を聞くために青太郎を追うのも、今更過ぎて気が引ける。


「……まあ、後でソバに直接聞けばいいか」


 勇希はソバが戻ってきた時に尋ねてみることに決め、すっかり冷めてしまったカレーを口に運んだ。

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