第5話 死にたがりの頼み事
「……頼みたいことって、それなのか?」
「そうだよ」
真剣な顔を崩さずに、ソバは頷いた。
「いやいやいや、無理だって!」
「きちんと訓練を受ければ、誰だって死に変る者を倒せるよ」
「そういう問題じゃねーよ! 第一、なんで俺なんだよ!?」
ソバは「勇希君だからだよ」と、勇希のことを指差した。
「勇希君には、知らなくちゃいけないことがある。でも、それを知るには対策局に入ってもらわないといけないんだよ」
勇希は、訝しげな目でソバを睨んだ。
「知らなきゃいけないって、何を?」
ソバが、コートの内側から一枚の写真を取り出した。
「……これ、よく見てみて」
そう言って、ソバはその写真を勇希に差し出す。
受け取った写真には、右下の方に小さく日付が印刷されていた。
「……十四年前の、九月十一日」
勇希の顔が、みるみる険しくなっていく。
「もっと正確に言うなら、十四年前の九月十一日午後五時過ぎに撮影されたものだよ」
「……これ、あの樹海の近くで撮られてるよな?」
ソバは頷いて、勇希の考えを肯定する。
その写真に写る景色は、先程まで勇希達がいた樹海の出入り口近くの様子によく似ていた。
──たった一点を除いては。
「ど真ん中に写ってる、これ……」
写真中央部に写る、巨大な影。二足歩行をしているように見えるが、異様に手足が太くて長い。
「まさか……死に変る者?」
樹海で見た巨人とは見た目が違うが、その異様な雰囲気はそっくりだった。
「そう。ソイツは、一番最初に発見された死に変る者なんだ」
勇希の、写真を持つ手が震え始める。それに気づく様子も無く、ソバは話を進めていく。
「その写真は対策局による調査中に発見されたもので、元々は一般の人が撮影したものなんだ。フィルムで撮られているし、合成した跡も見られない」
勇希は背中に嫌な汗をかき、ソバの話が頭に入ってこない。
「だから、対策局ではその写真を本物と見なしていて──」
ソバがようやく勇希の異変に気づいた。
「……勇希君、大丈夫?」
勇希は、ハッと我に返る。
「ああ、大丈夫だ……と、思う」
「無理しなくていいよ」
勇希は青ざめた顔をしながらも、ソバに強がってみせた。
「別に、無理なんかしてな……」
「気づいたんでしょう?」
ビクッ、と勇希が肩を震わせる。
「……勇希君は勘が鋭いね」
褒めているのかいないのか、ソバは感情のこもっていない声でそう言った。
「自殺した人が死に変る者になると、多くの場合、家族や友人の前から姿を消す。だから、死に変る者になってしまった人は行方不明者として扱われていることが多いんだ」
これ以上、この男の話を聞いてはいけない。
そんな思いが、勇希の頭に渦巻いている。
「『その写真の死に変る者も、元はその頃に近所で行方不明とされた人ではないか?』と考えた対策局は、写真の日付の前後半年間で出された失踪届を調べた」
──その先を、言わないでくれ。
勇希は耳を塞ごうとするが、ソバの迫力に
「その結果、その間に出された失踪届の中で該当するのは、たった一人だけだった」
そして、勇希の思いも虚しく、ソバはとある人物の名を口にする。
「名前は『
──シン、と部屋が静まり返る。
窓の外にいるはずの
「……何、言ってんだよ」
勇希は、何とか口を開いた。
「兄さんが、死に変る者になってるかもしれないだって? そんな馬鹿なことあるわけないだろ」
「でも、可能性はゼロじゃない。だからこそ、勇希君はあんな反応をしたんじゃないの?」
勇希の全てを見透かしているかのように、ソバは淡々と言った。
「勇希君のお兄さんは、その写真が撮られた丁度その日に行方がわからなくなってる。そして、その後の捜索でお兄さんの
ソバの視線が、痛い。
「つまり、お兄さんが樹海付近まで来ていたことは確実。ここまでくると、対策局としては勇希君のお兄さんを疑わざるを得ない」
勇希は
「……疑いたいのもわかる。でも、兄さんが死に変る者になったっていう確証は無いだろ?」
「もちろん。だから、それを一緒に調べて欲しいんだよ」
ソバは、勇希が思いがけない言葉を口にした。
「死に変る者はずっと化物の姿をしているわけじゃない。力を得た奴の中には、人の姿で人間社会に溶け込んでいる奴もいる。写真の死に変る者も、そういうふうにして人間に紛れて生きている可能性が高い」
ソバが、勇希の目の前に回り込んでくる。
「対策局では、勇希君のお兄さんが“組織”を作ったんじゃないかと考えてるんだ」
「……組織?」
勇希がソバを見ると、彼は頷いた。
「『種』を作り、人々を死に変る者に変えていっている集団がいる。そこのボスが、最初の死に変る者──勇希君のお兄さんかもしれないんだよ」
──十四年間行方不明の兄が、化物となって人を喰らい続けているかもしれない? それどころか、他の人も同じような化物に変えていっているかもしれないなんて……
勇希が固まっていると、ソバは熱のこもった目で見つめながら話しかけてきた。
「今話したことはあくまでも推測に過ぎないよ。でも、もし本当に勇希君のお兄さんが写真の死に変る者なら、俺達は倒さなくちゃならない。誰にも知られないように」
勇希はようやく、ソバが自分を対策局に誘った理由を理解した。
「……兄さんの居場所がわかっても、兄さんが倒されても、家族には一切教えてくれないってことだよな」
「そういうことだよ」
勇希はしばらく無言のまま、ソバのことを見つめていた。
ソバが何を考え、何を思ってこの事を伝えてきたのか。それを、彼の能面のような顔から読み取るのは難しい。
「……俺の申し出を受けるのも受けないのも、勇希君次第だよ。もちろん、断ってくれて構わない。でも、俺は──」
ソバが、一瞬だけ言葉に詰まった。しかし、膝の上に置いた両手を握りしめると、
「俺は、勇希君と一緒に戦いたいと思ってる」
真剣な目で、勇希にそう告げた。
その時だった。
──コンコン。ガチャリ!
「ごめんなさい。電話がかかってきちゃって、お茶持ってくるのが遅くなっちゃった」
申し訳なさそうに、母親が部屋の扉を開けて入ってきた。
「ああ、ありがとうございます」
ソバは直ぐさま営業スマイルになると、座っていた場所から立ち上がった。
「でも、申し訳ないのですが、俺はそろそろ帰らないと……」
「あら、もう?」
「はい。この後、ちょっと用事が入ってしまって」
「そうなの。それは残念だわ」
ソバは母親と会話をしながら、部屋から出ていこうとする。
「あ、ちょっと……!」
勇希がソバを呼び止めると、ソバは勇希の方を振り返り、
「返事はまた明日、聞きに来るよ」
と、小声で言い残し、母親と共に部屋から出ていってしまった。
「……結局、言いたいことだけ言って帰りやがった」
部屋に一人残された勇希は、ベッドに寝転がった。
「一緒に戦いたい、か……」
果たして、それが本心からの言葉だったのか。
それを聞く前に、ソバは行ってしまった。
「……兄さん」
そう呟いて、勇希はおもむろにベッドから立ち上がる。そして、思い出したように、部屋の隅にある机に近づいた。
「なんで、兄さんは遺書を書かなかったんだろう……?」
勇希は、机の上に置いておいた自分の遺書を手に取る。
兄の残された持ち物の中から、遺書らしきものは見つかっていない。
「いや。──そもそも、兄さんは本当に自殺したのか?」
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